萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 雪嶺 act.16-side story「陽はまた昇る」

2015-07-25 22:26:47 | 陽はまた昇るside story
Can utterly abolish or destroy 終わりの始まり
英二24歳3月



第83話 雪嶺 act.16-side story「陽はまた昇る」

あと一歩、

ただ願い踏みだして森をぬける。
もう涯は近い、その願いどおりフラッシュ閃いた。

「いま警察の救助隊が戻りましたっ、背負っているのは人質でしょうか?」

ほらマイクの声が聞える、そのまま放送されてしまえばいい。

「通してくださいっ、道を開けて!」

先導する井川の声が響く、いつもより随分と大きい。
日常は寡黙に穏やかな笑顔と声、けれど今は緊迫みなぎらす。

「どいてくださいっ、ストレッチャー通ります!」

井川の声に知らない声が重なる、きっと消防の救急隊だ。
その声も落着きながら慎重に急ぐ、そんな渦中でザイルパートナーが呼んだ。

「ストレッチャー来たよ宮田、起臥姿勢にしてやんなっ、」

指示する声が喧騒のなか鋭く徹る。
それだけ事態は軽くない、そのままに背中の咳があえぐ。

「ごほっ、こんっごほっ…ま、って」

待って、そう言いたいんだろう?
けれど待つなど出来ない、だって今はチャンスだ。

「喘息の方を載せてください、薬は飲みましたね?」

ストレッチャー運ばれ救急隊員が呼びかける。
背中から降ろし横たえて、晒された顔にフラッシュ瞬いた。

「若い男性1名、救急搬送されます!何かの発作を起こしているようです、」

マイクの声また叫んでフラッシュたち喧しい。
人群れ掻き分けてストレッチャー護る、その隣テノール低く笑った。

「ふん…おまえ仕組んだね?」

やっぱりお見通しだ?
そんなパートナーに目だけで笑って、すぐ先輩に呼ばれた。

「宮田さん!このまま救急車に乗って下さい、許可もらいました、」

また井川の声が呼ぶ、何度もう呼ばれたろう?
カウントしながら何か遠くて、がしり隣から抱き抱えられた。

「ありがとね井川、谷口こっち支えて、」
「はい、」

低い声が応えて体の右が軽くなる。
至近距離の横顔は寡黙で、けれど肩は頼もしい。

「宮田やっぱ熱出ちまったよ、救急車に乗せてやって?こっち俺と井川で対応する、」

テノール鋭く言ってマイクの群れへ向かってゆく。
青い隊服の背中が遠ざかる、そして救急車へ乗せられ意識が墜ちた。




披いた視界、窓の雪が蒼い。

硝子のむこう墨色あわい蒼白の空、まだ雪は降る。
ひらひら白い花びら舞いおちる、ぼんやりと英二は微笑んだ。

「…いま17時5分、だ、」

きっとその時間、きっと当たりだ?
確かめたくて時計見ようと左手あげて、ずきり痛覚が刺した。

「っ、ぐっ」

左手があがり難い、なぜだ?

その疑問に痛覚つんざいて記憶めくられる。
数時間前に何が起きたか、ここは今どこなのか、その答に笑った。

「は…俺、病院送りだった、」

今朝、自分は雪崩に直撃した。

銃声、その衝撃波に雪壁は崩れて斜面は鳴動した。
朝陽の気温上昇とセラック崩壊、そして誘発された雪崩が呑みこんだ。
それでも傷この程度で済んだのは幸運だろう、ほっと息吐いた病室の扉が開いた。

「起きたのか宮田、気分どうだ?」

低い沈着な声で誰か解かる。
首だけ動かした視界、精悍な心配顔に笑いかけた。

「無事です、黒木さんこそ顔色悪いですよ?」

なんで顔色悪いのか、その理由ふたつあるだろう?
推量と仰いだ隊服姿はベッドサイドの椅子がっくり座った。

「呆れたぞ、宮田、」

かちり、

ライト点けてくれる声にため息混じる。
この反応は当然だろう立場の男は言った。

「こんな任務よくも引受けたな、ってかなんでこんな、どうなってるんだ?」

困惑、混乱、この事態どうしよう?
そんなトーンいつにない顔は声を低めた。

「宮田、国村さんはSATの指揮官に逆らったらしいな?逆らって当り前の任務だと俺も思う、だけど宮田が引受けたらしいな、理由は狙撃手の正体か?」

もう「正体」は広まってしまったらしい。
そう解かる台詞に笑いかけた。

「黒木さん、犯人と人質はどうなりましたか?小隊長も、」
「無事だ、犯人は両手首を砕かれたがな。国村さんは幹部の打ちあわせ中だ、」

ため息まじり答えてくれる、その言葉に記憶ひっかかれた。

―両手首、でも周太は二発の暇なんか無かった、

あのとき撃たれたのは一発だった。
ただ一発で雪壁は崩れだし身を伏せている、あの一発で「両手首」など可能だろうか?
それでも「両手首」が事実なら?その可能性と記憶のカウントに尋ねた。

「弾丸は二発あったということですか?」
「一発は突入した狙撃員だ、どちらも凄まじい腕だな、」

低い声が蛍光灯の光に教えてくれる。
この言葉だけで解けるようで、ほっと息つき微笑んだ。

「事情聴取はどうなりましたか?人質と犯人と、」

今回は「普通」の事情聴取じゃない、だから自分も「放送」を謀った。
その効果を低めた声が告げた。

「それも話す、その前に宮田の事情聴取させてもらう、」

やっぱりそうなるんだ?
予想どおりな展開に笑った傍、精悍な困り顔は言った。

「狙撃手のマスクを剥いだままにしたらしいな、狙撃手の正体はトップシークレットだろうが?それをテレビカメラに晒して、なんの目的があるんだ?」

きっと訊かれると想っていた。
そのままに沈着な眼差しはストレートに訊いた。

「湯原を辞めさせたかったのか、宮田は?」

核心まっすぐ突いてくれるな?

―次期隊長に推されるだけはあるな、黒木さん?

心裡に感心しながら可笑しい。
つい笑った肩ずきり痛んで、眉ひそめ言われた。

「呑気に笑ってくれるな?だが笑い事じゃないぞ、狙撃手のリスクは高いんだ、」
「解かっています、」

肯いて肚へ収めこむ。
そして真面目な貌ひとつ穏やかに答えた。

「湯原は喘息の発作を起こしました、咳による絶息のリスクにマスクは邪魔だという判断です、レスキューなら当然の処置だと思いました、」

自分は山岳レスキュー、その職務を全うしただけ。
そこに生命が掛かっている、だからこそのプライドに先輩はすこし笑った。

「それはレスキューとして正論だ、俺でも同じ判断をしたよ、」

肯定してくれる、そこにある連帯感は篤い。
けれど相手はそうもいかないだろう、心配に訊いてみた。

「国村さんは幹部の打ち合わせ中ですよね、浦部さんはどうしていますか?」
「浦部は皆に状況説明してる、無事だ、」

答えながら立ちあがり、窓のカーテンひいてくれる。
雪ふる空はもう暗い、暮れていく硝子に自分が映り消えた。

―傷だらけだな、俺、

左額にガーゼ、左肩から腕は固定包帯。
右手も包帯巻かれている、それでも下肢の無事に微笑んだ。

「黒木さん、湯原の容態はどうですか?」

いちばん聴きたかった、君のこと。

なぜ同じ部屋じゃないのか、その理由は「トップシークレット」の所為だ。
そう解るからこそ尋ねた真中、長身ふりかえり告げた。

「湯原も無事だ、熱は下がりきってないが咳は落着きだしてる、ご家族が付添ってるから安心しろ、」

低い声の言葉にヒントが見える。
確かめたくて、吐息ひとつ穏やかに笑いかけた。

「スポーツドリンク飲みたいです、俺の財布ってどこですか?」
「そこの抽斗だが、買ってきてやる、」

精悍な貌すこし笑って踵返してくれる、その背中へ笑いかけた。

「黒木さん、緑色のキャップのヤツお願いします、」
「なんだ、オゴリなのに銘柄指定か?」

ふりむき笑ってくれる顔は呆れ半分、けれど優しい。
きっと言うこと聴いてくれるだろう?信頼きれいに笑いかけた。

「あれのミネラルバランスが俺には合うんです、探すの大変なら自分で行きます、」

こう言えばきっと買ってきてくれる。
そんな面倒見いい先輩はシャープな瞳ほころばせた。

「宮田は朝まで安静だ、早く治せ、」

精悍な顔は笑って病室の扉を開ける。
かたん、すぐ閉じられた扉のむこう遠ざかる足音に微笑んだ。

「ごめんな、黒木さん?」

登山靴の音もう遠い、その距離にベッドから降りた。



(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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