period 時の区分
第81話 凍結 act.1-side story「陽はまた昇る」
閉じた窓、けれど明るいのは天窓のせいだ。
「見られてる感じだな?」
ひとり微笑んで踏みこんだ足元、無垢材の厚みが靴下を透かす。
音のない漆喰塗の壁は陽に白い、めぐらす薄闇も天窓の灯は照らしだす。
この場所に五十年前まで遠い血縁が住んでいた、その時を積もらす床に英二は片膝ついた。
「…ごめんな周太、」
呼びかけて目の前、トランクの鍵へ指ふれる。
ふるびた留金かちり鳴って、薄闇の光が晒した中身から箱ひとつ取った。
かたん、
かすかな音に箱ひらいて銀色にぶく瞳を映る。
載せた掌に金属は重たい、その刻む時が腕時計を脈うたす。
カチッ、カチッ…
規則正しい打刻は大事に手入している宝物な証拠。
きっと正月にも調整したのだろう、この大切な形見に笑いかけた。
「馨さん、俺と来てくれますか?」
持ち主に呼びかけて打刻音また掌を響く。
発条仕掛けの声は返事のようで、微笑んでポケットに収めトランクを閉じた。
「あら英二くん、もう帰るの?」
やわらかなアルトに振向いた階下、携えたコートに黒目がちの瞳が笑ってくれる。
クセっ毛ゆるやかな髪は相変わらず黒くて、時止めてしまった笑顔に笑いかけた。
「明日は富士に登るんです、今夜から発つので、」
「相変わらず忙しいのね、さっき帰ってきたばかりなのに、」
穏やかなトーン微笑んでくれる、その瞳がそっくりで鼓動に穿たれる。
あの眼差しと逢いたい、そう願いながらもポケットの重みと笑った。
「昼を一緒して軽く飲みましたよ?3時間はのんびりさせてもらいました、」
「そうだけど、英二くんの昼寝が終わったら見せたいものあったのに?」
残念だわ?そう黒目がちの瞳が見あげてくれる。
この眼差しと言葉に止められて鞄とコート携えたまま笑いかけた。
「じゃあコーヒー戴けますか?昼寝の眠気覚ましさせてください、」
コーヒーだけの遅刻なら許される?
そんな予定と笑いかけて優しい笑顔が微笑んだ。
「美味しいの淹れるわ、お正月に周におさらいしてもらったの、」
ほら、名前だけで鼓動を撃たれる。
「ありがとうございます、テラスにしますか?」
微笑んで応えながら肚底から揺すられる。
ただ名前ひとつだけ、それでも響いてしまう本音に優しいアルトは言った。
「テーブルにアルバムがあるから見ていて?お正月に周が見つけたのよ、英二くんにも見てねって言ってたから、」
アルバム?
「…、」
ため息そっと呑みこんで落着かす、言われた事に鼓動が穿つ。
なぜ今それが見つかるのだろう?途惑わされて、けれど隠したまま微笑んだ。
「楽しみですね、ありがとうございます、」
「のんびりどうぞ?陽だまりで温かいけど、寒かったらヒーター入れてね、」
やわらかに黒目がちの瞳が笑って台所に行ってくれる。
ニットにパンツスタイルの寛いだ背を見送って、かたん、仏間の扉を入りため息吐いた。
「…まだアルバムがあったのか、」
『since 1980』『since 1959』『since 1939』『since 1914』そして写真だけの『since 1926』
あの5冊が全てだと思っていた。
春3月の終わりに見つけたアルバムたちは「隠されて」ある。
だから見つけた後また別の場所へ隠して、それなのに現れた6冊めをテラスに見た。
「…え?」
テラスのカフェテーブルの上、アルバムは小さい。
写真一葉ずつのサイズだろう?紅い表紙も既知とは違って英二は首傾げた。
―隠されていたのはサイズも大きいし青い表紙だったけど、これは?
このアルバムを作ったのは別人だ?
そう見ながらコート置き、籐の安楽椅子に腰おろし向きあった。
「…周太が見つけたって言ってたな、」
つぶやきながらテラスのむこう座敷へ振り替える。
畳さわやかな奥に仏壇は鎮まらす、そこにいる誰かが遺したのだろう?
そんな思案にすぐ答も解かるようで、そんな推測と開いたページつい微笑んだ。
「斗貴子さん、あなたですね?」
華奢に上品な振り袖姿がこちら見つめる、その切長い瞳が懐かしい。
この眼差し本当にそっくりだ?聴いていた通りの美少女に笑いかけた。
「本当にお祖母さんと似てるんですね?あなたの方が儚げで優しいけど、斗貴子さん?」
呼びかけて時が遡り超えてゆく。
この写真は十代だろう、もう六十年から昔なのに笑顔は瑞々しい。
前に見た写真より若い分だけ似ている、その面差し唯ひとり見つめて穏やかに微笑んだ。
「周太とも似てますね、雰囲気とか…おっとりした話し方はあなた譲りですか?クセっ毛の髪も、」
語りかける相手の写真は青いアルバムでも会っている。
けれど十代の写真は初対面だ、この初々しい祖母の従姉にそっと尋ねた。
「斗貴子さん、この家に嫁いで幸せでしたか…この家に俺を呼んだのは、あなたですか?」
そうかもしれない、だって今このとき彼女のアルバムが現れた。
まるで符号のようページ繰りながら時間も近づく、この全てに願いたい。
どうか護らせてほしい、あなたの大切なこの家を。
「…俺を呼んだのなら斗貴子さん、ゆるしてくれますか?」
問いかけてポケットの腕時計が重たくふれる。
この時計より前の時間から決っていたのだろうか、そんな思案に扉が開いた。
「おまたせ英二くん、周ほど上手じゃないけどごめんね?」
「ありがとうございます、佳い香ですよ?」
笑いかけアルバム最後の一頁を開く。
今また言われた名前に写真も微笑む、その面差しどこか映した笑顔が言った。
「このクッキー、周が作ってくれた生地を焼いたの。だから美味しいはずよ?」
ほろ苦い馥郁にバターあまく香たつ。
この心遣いに俤をなぞる時間は温かい、その幸せにカップ口つけ微笑んだ。
「コーヒーも美味しいです、腕を上げましたね?」
「でしょう?伯母さまにも教えてもらったのよ、英二くんのお祖母さまね?お正月もいらしてくれて、」
笑って応えてくれる言葉に温かい時間が名残る。
あの祖母も元気らしい?安心と焼菓子とりながら笑いかけた。
「祖母は口煩くありませんか?美幸さんなら気が合いそうだけど、」
「可愛がっていただいてるわ、色々と甘えさせてもらって申し訳ないくらいよ?」
やわらかなアルト楽しげに話してくれる。
聴きながら菓子を口はこんで、さくり甘くほどけて微笑んだ。
「周太のクッキーも甘いですね、美味いです、」
「でしょう?周はこういうの本当に上手なの、馨さんと似て細やかだから、」
白い指も菓子とりながら話してくれる。
その華奢な指ふと止めて、黒目がちの瞳すこし悪戯っぽく教えてくれた。
「英二くん、英理さんと関根くんから何か聴いてる?」
何か聴いてる?
なんて訊かれる「何か」は限定されるだろう?
その推定に寂しさと困りながら笑った。
「何も聴いてませんけど、姉が祖母に関根を紹介するんですか?」
「当たりよ、さすが警察官ね?」
さらり微笑んで応えてくれる、その解答に何か寂しい。
―最初にお祖母さんに紹介するなら結婚だな、いちばん強力な味方だから、
きっと姉は本気だ、そして相手も本気だろう。
そう解るから寂しくなるのは結局のところシスターコンプレックスだ?
こんなところ自分も子供っぽい、それも可笑しくて笑ったテーブル越しアルトやわらかに微笑んだ。
「英二くん、ご実家には帰らないの?」
やっぱり訊かれるんだな?
きっと祖母とも少し話したろう、この心遣いに笑いかけた。
「このあと実家の実家に寄ってから帰ります、」
「ご実家の実家?」
どういう意味なの?
そう黒目がちの瞳が尋ねてくれる、けれど今まだ言いたくない。
こんな意固地に微笑んだ唇、コーヒーの馥郁かすかに甘くほろ苦い。
(to be continued)
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第81話 凍結 act.1-side story「陽はまた昇る」
閉じた窓、けれど明るいのは天窓のせいだ。
「見られてる感じだな?」
ひとり微笑んで踏みこんだ足元、無垢材の厚みが靴下を透かす。
音のない漆喰塗の壁は陽に白い、めぐらす薄闇も天窓の灯は照らしだす。
この場所に五十年前まで遠い血縁が住んでいた、その時を積もらす床に英二は片膝ついた。
「…ごめんな周太、」
呼びかけて目の前、トランクの鍵へ指ふれる。
ふるびた留金かちり鳴って、薄闇の光が晒した中身から箱ひとつ取った。
かたん、
かすかな音に箱ひらいて銀色にぶく瞳を映る。
載せた掌に金属は重たい、その刻む時が腕時計を脈うたす。
カチッ、カチッ…
規則正しい打刻は大事に手入している宝物な証拠。
きっと正月にも調整したのだろう、この大切な形見に笑いかけた。
「馨さん、俺と来てくれますか?」
持ち主に呼びかけて打刻音また掌を響く。
発条仕掛けの声は返事のようで、微笑んでポケットに収めトランクを閉じた。
「あら英二くん、もう帰るの?」
やわらかなアルトに振向いた階下、携えたコートに黒目がちの瞳が笑ってくれる。
クセっ毛ゆるやかな髪は相変わらず黒くて、時止めてしまった笑顔に笑いかけた。
「明日は富士に登るんです、今夜から発つので、」
「相変わらず忙しいのね、さっき帰ってきたばかりなのに、」
穏やかなトーン微笑んでくれる、その瞳がそっくりで鼓動に穿たれる。
あの眼差しと逢いたい、そう願いながらもポケットの重みと笑った。
「昼を一緒して軽く飲みましたよ?3時間はのんびりさせてもらいました、」
「そうだけど、英二くんの昼寝が終わったら見せたいものあったのに?」
残念だわ?そう黒目がちの瞳が見あげてくれる。
この眼差しと言葉に止められて鞄とコート携えたまま笑いかけた。
「じゃあコーヒー戴けますか?昼寝の眠気覚ましさせてください、」
コーヒーだけの遅刻なら許される?
そんな予定と笑いかけて優しい笑顔が微笑んだ。
「美味しいの淹れるわ、お正月に周におさらいしてもらったの、」
ほら、名前だけで鼓動を撃たれる。
「ありがとうございます、テラスにしますか?」
微笑んで応えながら肚底から揺すられる。
ただ名前ひとつだけ、それでも響いてしまう本音に優しいアルトは言った。
「テーブルにアルバムがあるから見ていて?お正月に周が見つけたのよ、英二くんにも見てねって言ってたから、」
アルバム?
「…、」
ため息そっと呑みこんで落着かす、言われた事に鼓動が穿つ。
なぜ今それが見つかるのだろう?途惑わされて、けれど隠したまま微笑んだ。
「楽しみですね、ありがとうございます、」
「のんびりどうぞ?陽だまりで温かいけど、寒かったらヒーター入れてね、」
やわらかに黒目がちの瞳が笑って台所に行ってくれる。
ニットにパンツスタイルの寛いだ背を見送って、かたん、仏間の扉を入りため息吐いた。
「…まだアルバムがあったのか、」
『since 1980』『since 1959』『since 1939』『since 1914』そして写真だけの『since 1926』
あの5冊が全てだと思っていた。
春3月の終わりに見つけたアルバムたちは「隠されて」ある。
だから見つけた後また別の場所へ隠して、それなのに現れた6冊めをテラスに見た。
「…え?」
テラスのカフェテーブルの上、アルバムは小さい。
写真一葉ずつのサイズだろう?紅い表紙も既知とは違って英二は首傾げた。
―隠されていたのはサイズも大きいし青い表紙だったけど、これは?
このアルバムを作ったのは別人だ?
そう見ながらコート置き、籐の安楽椅子に腰おろし向きあった。
「…周太が見つけたって言ってたな、」
つぶやきながらテラスのむこう座敷へ振り替える。
畳さわやかな奥に仏壇は鎮まらす、そこにいる誰かが遺したのだろう?
そんな思案にすぐ答も解かるようで、そんな推測と開いたページつい微笑んだ。
「斗貴子さん、あなたですね?」
華奢に上品な振り袖姿がこちら見つめる、その切長い瞳が懐かしい。
この眼差し本当にそっくりだ?聴いていた通りの美少女に笑いかけた。
「本当にお祖母さんと似てるんですね?あなたの方が儚げで優しいけど、斗貴子さん?」
呼びかけて時が遡り超えてゆく。
この写真は十代だろう、もう六十年から昔なのに笑顔は瑞々しい。
前に見た写真より若い分だけ似ている、その面差し唯ひとり見つめて穏やかに微笑んだ。
「周太とも似てますね、雰囲気とか…おっとりした話し方はあなた譲りですか?クセっ毛の髪も、」
語りかける相手の写真は青いアルバムでも会っている。
けれど十代の写真は初対面だ、この初々しい祖母の従姉にそっと尋ねた。
「斗貴子さん、この家に嫁いで幸せでしたか…この家に俺を呼んだのは、あなたですか?」
そうかもしれない、だって今このとき彼女のアルバムが現れた。
まるで符号のようページ繰りながら時間も近づく、この全てに願いたい。
どうか護らせてほしい、あなたの大切なこの家を。
「…俺を呼んだのなら斗貴子さん、ゆるしてくれますか?」
問いかけてポケットの腕時計が重たくふれる。
この時計より前の時間から決っていたのだろうか、そんな思案に扉が開いた。
「おまたせ英二くん、周ほど上手じゃないけどごめんね?」
「ありがとうございます、佳い香ですよ?」
笑いかけアルバム最後の一頁を開く。
今また言われた名前に写真も微笑む、その面差しどこか映した笑顔が言った。
「このクッキー、周が作ってくれた生地を焼いたの。だから美味しいはずよ?」
ほろ苦い馥郁にバターあまく香たつ。
この心遣いに俤をなぞる時間は温かい、その幸せにカップ口つけ微笑んだ。
「コーヒーも美味しいです、腕を上げましたね?」
「でしょう?伯母さまにも教えてもらったのよ、英二くんのお祖母さまね?お正月もいらしてくれて、」
笑って応えてくれる言葉に温かい時間が名残る。
あの祖母も元気らしい?安心と焼菓子とりながら笑いかけた。
「祖母は口煩くありませんか?美幸さんなら気が合いそうだけど、」
「可愛がっていただいてるわ、色々と甘えさせてもらって申し訳ないくらいよ?」
やわらかなアルト楽しげに話してくれる。
聴きながら菓子を口はこんで、さくり甘くほどけて微笑んだ。
「周太のクッキーも甘いですね、美味いです、」
「でしょう?周はこういうの本当に上手なの、馨さんと似て細やかだから、」
白い指も菓子とりながら話してくれる。
その華奢な指ふと止めて、黒目がちの瞳すこし悪戯っぽく教えてくれた。
「英二くん、英理さんと関根くんから何か聴いてる?」
何か聴いてる?
なんて訊かれる「何か」は限定されるだろう?
その推定に寂しさと困りながら笑った。
「何も聴いてませんけど、姉が祖母に関根を紹介するんですか?」
「当たりよ、さすが警察官ね?」
さらり微笑んで応えてくれる、その解答に何か寂しい。
―最初にお祖母さんに紹介するなら結婚だな、いちばん強力な味方だから、
きっと姉は本気だ、そして相手も本気だろう。
そう解るから寂しくなるのは結局のところシスターコンプレックスだ?
こんなところ自分も子供っぽい、それも可笑しくて笑ったテーブル越しアルトやわらかに微笑んだ。
「英二くん、ご実家には帰らないの?」
やっぱり訊かれるんだな?
きっと祖母とも少し話したろう、この心遣いに笑いかけた。
「このあと実家の実家に寄ってから帰ります、」
「ご実家の実家?」
どういう意味なの?
そう黒目がちの瞳が尋ねてくれる、けれど今まだ言いたくない。
こんな意固地に微笑んだ唇、コーヒーの馥郁かすかに甘くほろ苦い。
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