と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

成田からカルガリー空港到着

2015年07月18日 06時34分17秒 | カナダ・アメリカ紀行2015年7月

あのまま、居住地の巨大病院で死んでいたら、この雄大なロッキーの山々は見ることができなかった。生きてて良かったとしみじみ思った。

カルガリー空港にて

 

成田発16:00であった。飛び立ったのが。エアカナダという飛行機であった。事前に評判を調べたら、あまり良く無い。日本人CAが少ないというので、サービスが?と書かれていた。それに食事も同様だと書かれていた。そりゃそうだろう。ANAとかJALと比べられたら、かわいそうというものである。

そんなことより、座席が広くないと困る。なにしろこっちは病み上がりだ。エコノミークラス症候群で入院したのだから。なにも飛行機の乗りすぎではない。そんなに旅行した記憶はない。茅屋の書庫で閉じこもりっきりで、ゴミ論文を一気呵成に書きすぎたという笑えない冗談からエコノミークラス症候群になっちまったバカ爺である。まったく笑えない。笑えないどころか、未だに古女房ドノに叱責される。論文書きすぎて、病気になるバカがどこにいるという論調である。

確かにそうだ。

年齢を考えよということだ。うら若き俊秀と勝負しようとしたのが、そもそもの間違いの発端であった。それに、社会人学生というか、老人学生に学位を発行してくれるほど大学も甘くはねぇというもんじゃ。当たり前である。これから大いに飛翔しようという方と、これからくたばる爺では比較にならない。もったいないではないか。学位の発行に定数があるのなら、爺はまっさきに除外されるのは目に見えていた。

そこらへんがわかっていなかったんだよん。

だからエアカナダという飛行機会社を比較して、ここに文句は書かない。そんなもんだと思えばいいのだ。そんなもん。大学と一緒である。大学なんてそれこそ掃いて捨てるほどある。それに東大なら質も保障されるってぇいうことくらい、いかなアホでもわかっている。それくらいの学力がなければ、博士を目指してはならんというこった。

しかし、ビジネスクラスの座席は快適であった。それこそ東大並みの評価の高さであった。何故か。座席がビジネスクラス全員、斜めになっているからである。これは他の航空会社のビジネスクラスとは違っていた。そんなに何度も乗ったことはないが、エコノミークラスに乗るために、通りかかったことはあったからだ。

斜めだから快適なのである。プライバシーが完全に近いほど守られている。読書灯も他人を意識しないで済む。

それにビジネスクラス専用のトイレもあった。人数に比較して数もあたりめぇに多かったから、まぁこんなもんだろうと満足した。ただし、清掃は行き届いていない。コレはANAとかJALにはかなわない。やはり日本人スタッフというのは、違う。気配りが。マレーシア航空とか中華航空、大韓航空も良かったが、あれはあれで機内食が良く無かった。

エアカナダは、機内食も事前の評価では良く無かった。カップラーメンが出てくるとインターネットでさんざんに書かれていた。覚悟していた。そしたら、カップラーメンは出てこなかった。個人的に食いたいヒトだけのオーダーでしかなかった。

結論は、並みである。そんなにおいしくもないが、まずくもない。さらにアルコールがおいしそうだった。でも、こっちは呑めない。呑んだら死んじまう。

だから、がまんした。わはははっははっはははである。

やればやれるもんだ。美味そうだったが。よだれが出そうだったよん。

行くときは、9時間45分かかった。機内食2回である。相当な時間がかかった。まさにビジネスクラスでないと、途中でエコノミークラス症候群を再発した可能性がある。だから機内で運動ばかりしていた。足を揉んだり、つま先立ちの運動、スクワット等々である。それができるだけのスペースがあるからだ。変わりもんだと言われてもいい。そんなことより、命あってのモノダネである。もっとも、飛行機が落っこちたらどうしようもないが。

途中、日付変更線を超えた。だから一日前に逆戻りである。不思議な感じである。タイムマシンに乗ったのだろうから。

夕方、成田を出発したのに、アメリカ大陸に近づいたら明るいのだから。

カルガリー空港に到着したのは、10:45である。高度を段々と下げていったときに、座席の窓から見えたのが、カナダである。

さらに感動したのが、機内から見えたロッキーの山並みである。おおおおおお、これが憧れのロッキーかと思った。とうとう来ることができたのである。

あのまま、居住地の巨大病院で死んでいたら、この雄大なロッキーの山々は見ることができなかった。生きてて良かったとしみじみ思った。死んでしまったら、こんな風景は見る事もできない。学位を諦めて退学して良かったとも思った。生きていてこそである。生きているから旅行もできる。学位にこだわって、ゴミ論文を書いていたら、古女房ドノに離婚されちまっただろうし、こんな風に旅行もできなかっただろう。だいいち、そんな暇は無かっただろう。ゴミを生産するためだけの時間の無駄使いであったのだから。

カルガリー空港は綺麗な空港であった。まるで、村上春樹の真っ赤な嘘話に出てきそうな場面設定である。

そして、これからがロッキー観光のメインである「バンフ」の旅が始まるのである。マリリンモンローも来た土地である。

楽しみ、楽しみである。

 

けふは、これから千駄ヶ谷の国立能楽堂に行ってくる。

能の「俊寛」を見る爲である。

興福寺の勧進能である。

多川俊映貫首さまもこられるようだ。

こっちも楽しみである。

 

それではこのあたりで。

 

(^_^)ノ””””。

 

 

 

 

 

コメント
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7月17日(金)のつぶやき

2015年07月18日 06時14分48秒 | 老人大学ごっこ2015年から2016年

■「感謝する理由がみつからなければ落ち度はあなた自身にある。」【ミンカス族】

Waishan Richunanさんがリツイート | 16 RT

草木湖 寝釈迦像:群馬県・草木ダムにおられる寝釈迦像。当像の本尊は、この地より6km離れた二子山のふもとにいる釈迦涅槃像である。こちらは勝道上人が彫り、空海が開眼したという。また、足尾銅山で亡くなった囚人の冥福を祈って刻んだ説もある。 pic.twitter.com/swqBeIySZt

Waishan Richunanさんがリツイート | 9 RT

土足でおれの世界に女は踏みこんでくる、どの女もだ、という感想がおれに浮ぶ。そしてどの女も、そのことを、おれを自分の方へ引き出す風に考えちがいしている。-見殺す

Waishan Richunanさんがリツイート | 1 RT

学校の成績なんて気にすることはありません。何か好きなことが一つあって、それを一生懸命できるということが人生の一番の喜びなんです。

Waishan Richunanさんがリツイート | 7 RT

組織の中で生きるということは、ある種の身勝手と、他者蔑視と、自己欺瞞があるのだろうなぁ。女と一緒だよ。相手にされないと相手を恨む、呪うというのが女の特性じゃな。マジに。組織人も一緒だよ。


俺なんかなんの組織にも属していないから、相手を恨んだり、呪うこともない。そもそもその組織の正当性を疑ってかかることの方が、先決問題である。大学というところもそうだ。大学なんていろいろあらぁな、であるからだ。間違いない。


■「信じることが価値を生む。価値は考えを生む。考えは心の反応を生む。心の反応は態度を生む。態度は行動を生む。」【作者不詳】

Waishan Richunanさんがリツイート | 14 RT

何に価値があるのかというと、組織にあるのではない。中身である。大学に、学校に、塾にあるのではなく、個性の中にある。そこを勘違いすると、俺のようなゴミ箱行きの論文しか書けなくなる。オモシロイもんですなぁ。

1 件 リツイートされました

成田空港のANAラウンジだが、どこのラウンジであっても、飲むものは一緒であった。

カナダには、成田空港から行った。居住地から近い。しかし、九十九里浜から一直線に鉄路... goo.gl/gqoqsb


コメント
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/