大正10年(1921年)開業の小さな駅です。


この駅は間も無く取壊され、今年10月19日からはその後、移設する新しい駅からの発車となります。
北陸新幹線上越妙高駅の開設に伴いこの駅舎は取壊され新たに今の位置から西に120mの場所に移ります。
上越妙高駅は来年3月に開業されます。
そろそろ100年になること可愛らしい駅舎を訪ねてみました。
ガラガラガラっと引戸を開けすぐ右側が切符売り場の窓口。

左側は待合室。
ストーブが真ん中にあります。

壁に感謝の言葉や写真。



駅員さんにお願いしてちょっとホームを撮らせてもらいました。

よく手入れをされています。

ここから出かける人が汽車を待っている間のひと時に、という心遣いなのでしょう。
真向かいには工事中の新幹線の駅が見えます。

切符入れ。

もったいないなぁー。
仕方ないのかなぁー。
残っていて欲しい風景です。
立派な新幹線の工事は今、こんな感じです。ここにこんな立派な駅が出来たら、のどかな風景はどうなるんでしょうね。



この駅は間も無く取壊され、今年10月19日からはその後、移設する新しい駅からの発車となります。
北陸新幹線上越妙高駅の開設に伴いこの駅舎は取壊され新たに今の位置から西に120mの場所に移ります。
上越妙高駅は来年3月に開業されます。
そろそろ100年になること可愛らしい駅舎を訪ねてみました。
ガラガラガラっと引戸を開けすぐ右側が切符売り場の窓口。

左側は待合室。
ストーブが真ん中にあります。

壁に感謝の言葉や写真。



駅員さんにお願いしてちょっとホームを撮らせてもらいました。

よく手入れをされています。

ここから出かける人が汽車を待っている間のひと時に、という心遣いなのでしょう。
真向かいには工事中の新幹線の駅が見えます。

切符入れ。

もったいないなぁー。
仕方ないのかなぁー。
残っていて欲しい風景です。
立派な新幹線の工事は今、こんな感じです。ここにこんな立派な駅が出来たら、のどかな風景はどうなるんでしょうね。

この駅舎のある風景が変わってしまうのは寂しい。
新幹線の駅と併設されて便利にはなっても、この地の人の想い出が消え去ってしまう。
雪国の停車場が悲しそうに見えて仕方がありません。
こうして大事な歴史がなくなっていくんでしょうね。
寂しい限りです。先日行ったカールベンクス村で心に残ったのは、日本人はいつまで宝石を捨てて砂利を拾うのか?というベンクスさんの言葉。宝石とは彼の大事にしている日本の古民家のことです。日本人はいとも簡単にそれを壊して新建材で建て替えるという批判です。もちろん、建て替えるのには理由もあると思います。お手入れも大変でしょうし、寒いでしょう。引き受けて住み続ける人がいるのか、など。
でも、こんな駅を120m移動するために建て替える必要があるんでしょうか?とても綺麗になるようですよ。住民から反対はなかったんでしょうかね。まぁ、使う人が気持ちよければ良いのでしょうけど。
この秋までにもう一度行けるかなぁー?
砂利と宝石のカーベンクス氏の言葉は重いです。
日本は壊し続けてきました、今でも変わらずなのです。
経済性や地方の発展が優先され、貴重な物がいとも簡単に捨て去られる。
建造物だけでは無く、悲喜こもごもの想い出も壊れてしまう。
文化とは小さなことの積み重ねだと思うのです。
東京でも再開発の名のもとで、どれほどの想い出が反古にされたでしょう。
ヨーロッパとの違いが益々明らかになってきますね。
この駅舎のことから、もう一度よく考えたいと思っています。
ロンドさんの記事は大きな提唱です、せめて地方には残して置きたいですね。
壊すのは簡単、一瞬です。そしてこの駅舎だってすぐに忘れられて新しくて便利な方がよくなってしまうでしょう。今が大事だから懐かしんでばかりいられない。寂しいです。
ヨーロッパはどうしてあのように保存するんでしょうか?新しくしようとしないのは何故なのでしょうか?生まれてから死ぬまで同じ景色の中にいる人もいるんですよね。この狭い日本は目の前で新しくなっていくのばかりを眺めて来た気がします。