私も民間企業でサラリーマン研究者のはしくれとしてやってきたが、研究者といえばやはり大学教授がイメージされるだろう。企業の研究者を経て、エリート中のエリートともいえる東京大学理学部物理学科の教授にまで登り詰めた著者が、研究者として成功するための必要条件や資質、ノウハウなどを開示しているので、興味を持って読んでみた。
本書で全体を通して力説されていることとして、研究者にとって大変重要なものは、研究そのもののスキルは当然のことだが、他の職業でも一般的に言われていることと同じ、「コミュニケーション力」と「プレゼンテーション力」だという。
プレゼンは、研究者としての「生死」を分ける最重要事項という。国内学会や国際会議で印象に残るプレゼンをすることは、研究者としてのステップアップに決定的に重要だとしている。プレゼンの仕方の一つのポイントとして、「胸が開く」形でプレゼンすること、それによって聴衆に向かっている、聴衆を受け入れているという暗黙のサインになって、印象が良くなるということが心理学的に知られているという。
プレゼンは「お客様本位」の説明が重要である。相手によって説明の仕方を変えるのである。聴衆の種類は、(a)同じ専門分野の研究者たち、(b)専門が少しずつ違ったいろいろな分野の研究者たち、(c)まったくの素人の一般市民や中学生・高校生たち、に分かれる。一般講演はタイプ(a)のプレゼンでいいが、招待講演になるとタイプ(b)のプレゼンにする必要がある。この場合、前提知識のレベルを少し下げ、分野やトピックスのオーバービューのために講演時間の半分程度を費やし、後半の半分を自分の最新の研究成果の発表に当てるべきだという。
また、大学の教員が学生に研究内容を説明するとき、学生は自然の謎に挑むために大学院で研究するわけなので、すべてわかったように説明してはダメである。半分ぐらいは理解できないように研究内容を説明するテクニックが必要で、それによって学生は興味を持ってくれるという。一方、会社で自分の研究内容を説明するときは、会社で給料をもらいながら研究しているのに、「まだ謎が解明されていません」という説明をしてしまってはダメで、聞いている人をわかった気にさせる説明をすることが大事だという。
研究者としての道は、修士課程―博士課程―ポスドク・助教―准教授―教授・グループリーダー、と段階があるが、それぞれの段階で重要なことは変化してくる。
著者は、最初の大学院生(修士課程)のときに小さな成功体験があり、それに快感を覚えて研究者の道を歩み出したという。だから小さくてもいいので成功体験を早い段階で味わうことはとても大切だという。それには教授から学生への研究テーマの出し方も重要なのだろう。そして、博士課程で身につけてほしいこととして、夢や憧れは胸の奥にしまい、学会発表や論文といったアウトプットをコンスタントに出すという「プロ意識」をあげている。
ポスドク・助教であれば、学会で、未来の雇い主になるかもしれない教授やシニア研究者たちに自分をアピールするために、発表だけでなく、他の講演者の発表に対する質疑応答を利用することが有効だという。気の効いた質問、本質をついた質問などを頻繁にしていると教授たちの目に止まりやすい。その質問も、教授や准教授レベルの先輩格には挑むような質問をして、逆に、大学院生らしき若手の講演者には教育的な質問などをして使い分けると、印象が格段によくなる。また、質問が出ない講演に対して積極的に質問すると、あいつは空気の読める研究者だな、とシニア教授などの好印象を持たれる。そのような気配りがプロの研究者として生きていくために必要だとしている。
大学などが准教授レベルの研究者を選ぶときは、極めて慎重になるという。研究能力だけでなく、教育者としての指導力、さらに管理職的なマネジメント能力が重要になる。応募者の中から、まず書類審査で候補者を数名に絞り、次に採用面接を行う。ここで、自分の研究実績と計画、教育や研究グループ運営への方針や抱負を述べる。そして、これらのことについて多面的で厳しい質問を受ける。インタビューでのプレゼンと質疑応答を見れば、専門の違う審査員や教員にも、その候補者が有能なのかどうか判断できてしまう。まったくの素人の学生たちを自分の研究分野に惹きつけたり、非専門家が審査員の研究費をとってきたりするための力と同じものが試されることになる。プレゼンの事前準備は入念にしなければならない。
さらに、教授を雇うときは、その教授候補者の善し悪しだけでなく、その候補者が背負っている専門分野が、その学科・専攻、あるいはその研究所に必要かどうかが審査される。以前は、定年になった教授の後任として同じ分野の新しい教授を迎え入れていたが、現在では、ゼロベースで学科・専攻の将来を議論して、そのポジションに座るべき新しい教授の分野を決める。そして、教授はむしろ自分の研究はさておき、自分の専門とする学術分野全体を、一般市民はもちろん他分野の専門家にも説得力を持って語れなければならないとしている。
さて、「おわりに」で、著者は本書を出版社から依頼されて書いたのではなく、自発的に書いて出版社に原稿を売り込み、断れたら次の出版社にあたればいいと考えていたという。実際に、3、4社から出版を断られた本がベストセラーになった例はいくらでもあるという。本を出したいのなら、そういうやり方もありなんだと思った。
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