活動したての火山の火口に行けばわかるが、そこは生命を拒否する、いや生命を破壊し尽くす死の世界だ。地上で最も過酷な空間だ。
御嶽山頂に向う救助隊は、そこに入り込むわけだから、文字通り「決死隊」である。
地震や津波の”被災地”に入るのとは訳が違う。
いつ爆発するか分らない福島原発の建屋内に入るような、いやそれ以上の危険がある。
もどかしい気持ちを抑えて、救助がはかどらないことを理解したい。
それにしても、死者のプロフィールが明らかになるにつれ、知人や隣人であってもおかしくない普通の人たちなので、なおいっそう身につまされる。
自分もあの人たちのように、あそこに行っていたかもしれないと。
実は私も、先週末は、岐阜側から御嶽に行こうかなと思った瞬間があった。
でも中腹の濁河温泉まで車を運転していくのが億劫になって取り止め、結局は新幹線で東京に帰った。
なんか旅行に行くこと自体が億劫になっていたから。
でも家にいるのが一番いい、とは結論づけたくない。
そのうち以前のように、火山の壮絶な風景を畏怖をもって見に行くだろう。
火山は確かに生命を破壊し尽くすが、活動が静まれば、美しい風景と温泉を与えてくれる。
「これが地球なんだ」と実感させてくれる。