現生人類の少なからずが、思考の呪縛(マインドコントロール)を受けやすいことは、宗教原理主義や過激思想に人生を預ける人だけでなく、振込め詐欺に簡単にひっかかる人を見ても明らかだ。
それは現生人類が獲得したシステム2の高度な思考・表象活動に由来する。
本来は、思考は経験事象の解釈・推論活動に使われ、表象は記憶象の再生に使われるものだが、それだけでは終らずに、現実経験の処理から逸脱することが可能となった。
すなわちありもしない事を”空想”すること。
これは人類に固有の創造能力でもある。
人類はこの方向に魅了され、芸術を誕生させた。
人類はこの創造能力を使って、現実の意味を再構成して物語化してきた(個体発生的には、幼児期に自発的にやりだす)。
かくして思考は、その理想型である「数学」のような厳密な論理操作で個人差なく一義的な解に導かずに、なんとでも好きな方向にもっていける。
偶然に作られたインクの染みが特定の意味ある図像に見えるように。
その物語能力は、辻褄が合えば信じてしまう思い込みを生む(論理の誤用だけの問題ではなく、それを支える感情の問題でもある)。
システム2はそれ自体が洗練可能なので、システム2自身による思考癖(バイアス)の改善は可能だが、そもそも思考癖それ自体が自覚されにくい(思考バイアスのリストを作って人々に自覚させるのが心理学というシステム2活動)。
このような思考に支配される根本原因は、思考を可能にするシステム2が心の最上位に位置しているためだ。
確かな解決法は、思考に距離をおき、思考に支配されない心の育成だ。
そのイージーな方法は、システム2(思考)を停止して、より低次のシステム1(習慣)を最上位にすることだが、そういう退歩はかえって弊害を大きくする(思考は必要だ!)。
望ましい方向は、システム2より高次のサブシステム(システム3)を作動させること。
このシステム3は、システム2が作動できる現生人類は作動可能であることが歴史的に保証されている。
ただし日常的に経験されていないため、たいていの人は作動したことがなく、その方法も知らない。
システム3は生存に必須のものでなく、また作動の負荷もすこぶる高いためだ(ということは、現生人類のほとんどは思考※に支配されてしまう)。
※:しかも他者から吹入された思考
システム3のもっとも効率的な作動方法は瞑想である。
明晰な覚醒状態を維持したまま、システム2の通常の活動(思考・表象=想念)を停止してみるのである。
といっても一気に無念無想になることは、慣れ親しんだシステム2の活性からして困難である。
まずは無制御の雑念状態から一念状態に想念を制御的に絞る。
すなわち、呼吸に集中してその数を数える「数息観」(すそくかん)という入門的な瞑想法だ。
初心者は呼吸に集中しようとしても、それ以外の雑念が湧いてくるだろう。
その雑念を無理に抑圧しなくてよい。
自我の意図なく勝手に沸いてくる想念に集中せずに、呼吸に集中しながらそれと距離を置き、眺めるだけにすること。
すると相手にされなかったその想念は去っていく。
次の別の想念がやってくるだろうが、同じように対処する。
思考は自我とは別の存在であることを経験するこの距離化が、自我が思考に支配されない重要な第一歩となる(思考の映像化である夢(NECA)も自我を支配するが、自我が目覚めることによってその支配から脱している。だから夢は忘れてよい)。
マインドフルネス瞑想が、認知行動療法に使われるのも、これが理由だ。
瞑想法のより詳しい記事→瞑想のすゝめ