私は年金生活の77歳の身であるが、
私の住む地域は、世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅で、
生家に近く、私としては結婚前後5年間を除き、
この地域に72年ばかり住んでいる。
昨日の元旦の日、私は初詣をしょう、
と近くにある神社、寺院を訪ねることを思い立ったした・・。
私は高校時代から都心の学校に通った頃から、初詣に関しては、
きまぐれに原宿駅に近い『明治神宮』、鎌倉の『鶴岡八幡宮』、
或いは我が家から3キロばかり歩いた『深大寺』などに、参拝したりしてきた。
やがてサラリーマンを定年退職してから、多々の理由で年金生活を始め、
人出の多い中が苦手となり、込み合う季節は避けて、参拝したりしてきた。
何かしらここ数カ月は、コロナ新変異株の影響で、
従来通り、苦手なマスクをして、三密(密集、密接、密閉)を避け、
やがて終息するまで、無念ながら自粛の延長戦と思いながら、
私たち夫婦は年末年始も、たったふたりだけで過ごそうと話し合ったりしてきた。

このような深情を秘めてきた私は、地元の神社、寺院だったら、人出も少なく、
ゆったりした心で参拝できると思い秘めていた・・。
こうした心情を秘めてながら、独りで暖かな冬の暖かな陽差しの中、
人影も少ない静寂の中を歩いたし、私は霞嶺(かすみね)神社に寄ったりした。
私は農家の三男坊として育てられ、幼少期から馴染みのある神社でもあり、
故郷の里のような処でもある。
しかしながら境内に着くと、ご近所にお住いと思われるご家族の人が、
30名前後の参拝の御方が見え、
こんなに多くの御方が初めてであったので、微苦笑をしたりした。
まもなく私は、わずかながらお賽銭をした後、祈願した・・。

祈願したことを発露すれば、家内は過ぎし2019年の4月、
家内が体調を崩して内科を検診した後、
まもなく膵臓(すいぞう)に異変があることが推定された。
やがて私の住む地域の大きな総合医療センターで、 3回ばかり通院して、
専門医師のアドバイスされる中、初期の膵臓(すいぞう)がんです、と診断されたりした。
そして4月17日より2泊3日で、家内は検査入院した後、
5月12日より摘出する手術で入院をして、この後の経過状況、
やがて回復状況も医師より順調と診断され、19泊20日間を得て退院となり、
我が家に生還してきた。
そして私は、おまけとして・・あと3年で80歳まで健康寿命で生かしてくれ・・・
このようなことを願いを神様に託したりした。
やがて私は、隣接した明照院(みょうしょういん)寺院に寄ったりした。
この霞嶺神社、明照院は、1985年(昭和60)年に調布市の市制30周年を記念の中、
調布市内の自然、史跡などの中から市民に選ばれ、『調布八景』のひとつとなっている。
そして先程と同じようなことを祈願したりした・・。
やがて寺院を辞したりしたが、初詣に際して、
神様そして仏様に、77歳の私は願いを託してしまったが、
果たして・・と思いながら歩きだしたりした。
この後、私は雑木林が残る道を歩いたりした・・。


私は初冬の時節、昼下りのひととき、風もなく暖かな陽だまりの中、
まばゆい冬の陽射しの中を歩いたりした・・。
私の住む地域は、世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅で、
生家に近く、私としては結婚前後5年間を除き、
この地域に72年ばかり住んでいる。
昨日の元旦の日、私は初詣をしょう、
と近くにある神社、寺院を訪ねることを思い立ったした・・。
私は高校時代から都心の学校に通った頃から、初詣に関しては、
きまぐれに原宿駅に近い『明治神宮』、鎌倉の『鶴岡八幡宮』、
或いは我が家から3キロばかり歩いた『深大寺』などに、参拝したりしてきた。
やがてサラリーマンを定年退職してから、多々の理由で年金生活を始め、
人出の多い中が苦手となり、込み合う季節は避けて、参拝したりしてきた。
何かしらここ数カ月は、コロナ新変異株の影響で、
従来通り、苦手なマスクをして、三密(密集、密接、密閉)を避け、
やがて終息するまで、無念ながら自粛の延長戦と思いながら、
私たち夫婦は年末年始も、たったふたりだけで過ごそうと話し合ったりしてきた。

このような深情を秘めてきた私は、地元の神社、寺院だったら、人出も少なく、
ゆったりした心で参拝できると思い秘めていた・・。
こうした心情を秘めてながら、独りで暖かな冬の暖かな陽差しの中、
人影も少ない静寂の中を歩いたし、私は霞嶺(かすみね)神社に寄ったりした。
私は農家の三男坊として育てられ、幼少期から馴染みのある神社でもあり、
故郷の里のような処でもある。
しかしながら境内に着くと、ご近所にお住いと思われるご家族の人が、
30名前後の参拝の御方が見え、
こんなに多くの御方が初めてであったので、微苦笑をしたりした。
まもなく私は、わずかながらお賽銭をした後、祈願した・・。

祈願したことを発露すれば、家内は過ぎし2019年の4月、
家内が体調を崩して内科を検診した後、
まもなく膵臓(すいぞう)に異変があることが推定された。
やがて私の住む地域の大きな総合医療センターで、 3回ばかり通院して、
専門医師のアドバイスされる中、初期の膵臓(すいぞう)がんです、と診断されたりした。
そして4月17日より2泊3日で、家内は検査入院した後、
5月12日より摘出する手術で入院をして、この後の経過状況、
やがて回復状況も医師より順調と診断され、19泊20日間を得て退院となり、
我が家に生還してきた。
もとより、この間は、最悪の場合を想定することもあったりして、
私たち夫婦は激しく揺れ動いたりした・・。
この後、家内の退院後の定期検査のたびに、転移されていないか、
私たち夫婦は、心の底におびえ、何とか今日まで、
幸運にも神様か仏様に支えられて過ごしたりしている・・。
こうした深情もあり、これからも転移しませんように・・。私たち夫婦は激しく揺れ動いたりした・・。
この後、家内の退院後の定期検査のたびに、転移されていないか、
私たち夫婦は、心の底におびえ、何とか今日まで、
幸運にも神様か仏様に支えられて過ごしたりしている・・。
そして私は、おまけとして・・あと3年で80歳まで健康寿命で生かしてくれ・・・
このようなことを願いを神様に託したりした。
やがて私は、隣接した明照院(みょうしょういん)寺院に寄ったりした。

この霞嶺神社、明照院は、1985年(昭和60)年に調布市の市制30周年を記念の中、
調布市内の自然、史跡などの中から市民に選ばれ、『調布八景』のひとつとなっている。
そして先程と同じようなことを祈願したりした・・。
やがて寺院を辞したりしたが、初詣に際して、
神様そして仏様に、77歳の私は願いを託してしまったが、
果たして・・と思いながら歩きだしたりした。
この後、私は雑木林が残る道を歩いたりした・・。


私は初冬の時節、昼下りのひととき、風もなく暖かな陽だまりの中、
遊歩道の外れにコナラ、クヌギなどが群生している冬木立の情景を眺めたり、
大きな欅(ケヤキ)の樹が陽射しを受けながら、
悠然(ゆうぜん)と、青い空に向うように、たわわな枝を伸ばしている情景も、
この時節は私の好きな光景でもある。

やがて我が家の近くに流れ野川の遊歩道に出て、
まばゆい冬の陽射しの中を歩いたりした・・。


まもなく一時間ばかり歩き、やがて自宅に向かったりした。