不自由な毎日が長く続いていますから、自分のことを「明るい」と考えている人でも、
「最近、ちょっと暗くなっているかも」と感じているのではないでしょうか。
「暗い気持ちでいると、どうしてもネガティブな方向に、考えが向いてしまいます」
と言うのは、精神科医の和田秀樹氏です。
「ネガティブな考え方をしていても、何もいいことはありませんが、
明るい気持ちで前を向いていれば、不思議と物ごとが、いい方向に動き出します」。
では、しんどいとき、落ち込んでいるとき、気分を上げるにはどうすればいいのか。
和田秀樹氏の新刊『なぜか人生がうまくいく「明るい人」の科学』をもとに、
3回にわたり解説します。
私たちは、会社や学校、地域社会で生活していますから、
仕事や勉強のことで不安になったり、人間関係に悩んで、暗い気持ちになることがあります。
同じような環境で生活していても、いつも明るく、楽しそうに毎日を送っている人もいます。
あなたの周りにも、そういう人がいるのではないでしょうか?
そういう人は、ほぼ例外なく「笑顔」でいるはずです。
この違いは、どこにあるのでしょうか?
・明るい気持ちでいるから、毎日が楽しくなるのか?
・毎日を楽しくしようとしているから、表情が明るくなるのか?
そのどちらも正解だと思いますが、暗い顔をしている人に比べて、
明るい笑顔でいる人というのは、周りの人たちの気持ちを明るくします。
毎日が楽しくなるような「いい環境」ができやすいのです。
☆気持ちが明るい人には人が寄ってくる
いつも気持ちが明るい人というのは、心理的な垣根が下がりますから、
自然と人が寄ってきます。
部下の人たちに、威厳を示そうと「仏頂面」をしている上司より、
ニコニコと愛想がいい課長や部長のところには、やはり人が集まってきます。
女性が管理職になると、「部下にナメられたくない」と思って、
必要以上に厳しい顔をする人がいますが、それでは逆効果です。
仕事ができる人というのは、男性でも女性でも、意外と愛想がいいものです。
明るい笑顔の人が、周囲の人も明るくするというのは、
その人が持っている雰囲気とか心理的な影響だけでなく、科学的にも証明されています。
笑顔の人と一緒にいると、その人につられて笑顔になる・・・
という経験をしたことがあると思いますが、
それは「エンドルフィン」の働きによるものと考えられています。
エンドルフィンとは、脳内で機能する神経伝達物質の1つで、
「体内で分泌されるモルヒネ」の意味があります。
モルヒネの数倍の鎮痛効果があると考えられ、
「気分が高揚」したり「幸福感」が得られたりするという作用を持っています。
笑顔の人につられて一緒になって笑うと、周囲の人たちの脳内でも
エンドルフィンが放出されるため、一体感や安心感が生まれます。
人に笑いかけることは、「私はあなたの敵ではない」ということを相手に伝えるだけでなく、
相手を笑顔にして、その人の気分を明るくする効果があるのです。
その相手の笑顔を見ることによって、笑顔の人はさらに明るい気持ちが増幅されて、
幸福感を得られる・・・というフィードバック効果もあります。
笑顔の人の周囲に幸せオーラが感じられるのは、こうした明確な理由があるのです。
☆仏頂面で暗い顔をしていませんか?
人が笑顔でいると、そのほかにもさまざまな「恵み」があります。
仏頂面をして暗い気持ちでいるより、明るい気持ちで笑顔でいる方が、
何となくいいことがありそうですが、それをハッキリと認識している人は少ないかもしれません。
毎日を明るく過ごすためには、笑顔の効果を知っておくことも大切です。
以下に主な5つを紹介しましょう。
①気持ちに余裕が生まれる
笑顔になると、人は明るい気持ちになり、心に余裕が生まれます。
リラックスして日常を過ごすことで、自然と疲れやストレスを蓄積しにくくなり、
何ごとに対しても「やる気」が出ます。
前向きな姿勢で物ごとに向き合えますから、いい結果が出やすくなります。
ビジネスの世界に限らず、さまざまな分野で成功している人に明るいイメージの人が多いのは、
こうしたことも要因の1つです。
②相手に心を開いているサインになる
周囲の人と円滑なコミュニケーションを図るという点でも、
笑顔は、欠かすことのできない大切な要素です。
あいさつや会話の際に笑顔でいると、相手に心を開いているサインになります。
相手もリラックスできますから、お互いの心理的な距離を素早く縮めることができます。
③生き生きした印象を与える
女性が美しさを維持するためにも、笑顔には、大きな意味があります。
笑顔の回数が多い人ほど、表情筋を使う機会が多くなり、
顔のコリがほぐれて血行がよくなり、シワやたるみが目立たなくなります。
口角の上がった美しい笑顔でいることは、生き生きした印象を与えることができます。
いつもニコニコしていると、表情筋が発達して、表情が若々しくなります。
逆に、あまり笑わないと表情筋が緩んでしまい、人に老けた印象を与えます。
疲れているように見えたり、不機嫌そうに見えてしまうのです。
④免疫力が高まる
笑顔になると、健康面でもいい影響があります。
笑うことでリンパ球の一種であるNK(ナチュラルキラー)細胞が活性化され、
免疫力が高まって病気の予防に役立ちます。
⑤精神的に安定する
「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニンが分泌されることで、
安らぎや安心感が得られて、精神的に安定することも明らかになっています。
声を上げて笑うと、肺や心臓が刺激されて、
脈拍や血圧が安定してリラックスしたり、自律神経を整えてくれます。
全身の筋肉が動くことで、代謝も上がります。
近年の研究によって、こうした健康面のメリットは、
「作り笑顔」でも同じ効果が得られることがわかっていますから、
意識的に笑顔を心がけるだけで、心身共に健康に一歩近づくことができるのです。
☆明るい気持ちで過ごすには笑顔が大切
明るい気持ちで毎日を過ごすためには、日ごろから「笑顔」を心がけることが大切です。
笑顔が無理ならば、軽く「微笑む」だけでもいいのです。
非常にシンプルなことですが、明るい気持ちで毎日を過ごすためには、
実は最も重要なことであり、最も効果が出やすいことでもあります。
人は誰でも、「暗い顔」になったり、「落ち込んだ顔」になったりすることがあります。
そんなときに「あれ、いま暗い顔をしているな」と気づいて、
「こんな顔をしていちゃダメだな。笑顔を心がけよう」と思うだけでいいのです。
少なくとも、他の人がいる前だけでも、笑顔を心がけて、
明るい気持ちでいよう・・・ということです。
あなたが笑顔でいれば、周囲の人も明るい気持ちになります。
その明るい気持ちが、あなたを明るい気分にさせてくれるのです。
明るい笑顔になれば、人に与える印象も大きく変わります。
普段、難しそうな顔をしている人が、笑顔になると、
周囲の人もホッとして、和やかな雰囲気が生まれます。
笑顔が無理なら、「こんにちは」というあいさつだけでも、いいのです。
普段、仏頂面をしている人が「よう!」と明るく手を上げるだけで、
印象は確実に変わります。
いつも笑顔の人より効果があったりするものです。
美容整形で、二重まぶたにすることは簡単にできても、
笑顔がチャーミングな顔にするのは、意外に難しいといいます。
男性をハンサム系やイケメン系に変身させることはできても、
魅力的な笑顔の持ち主にすることは、至難の業なのです。
最新医学を持ってしても難しい笑顔に、そう簡単になれるわけがないと考える人もいるかもしれません。
でも、笑顔が無理ならば、話題の選び方を工夫するとか、物ごとの考え方を改めるなど、
何らかの工夫をすることはできます。
そうした工夫を繰り返し続けることは、笑顔を心がけることと同じくらい大事な意味を持っています。・・ 》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
今回、敬愛している精神科医の和田秀樹さんの書物より、
《・・自分も周りも幸せに!笑顔がもたらす5つの効果、・・》、
77歳の私は、改めて学び、そうですよねぇ・・と瞬時に賛意させられ、
微笑み返しをしてしまった・・。
私は1944年(昭和19年)の秋、農家の三男坊として生を受け、
祖父と父が健在だった頃までは、私が今住んでいる近くで農家をしていた。
こうした中、私が地元の小学校に1951年〈昭和26年〉の春に入学した当時は、
祖父、父が中心となって、小作人だった人たちの手助けを借りて、 程ほど広い田畑を耕していた。
そして所有している田んぼの中に小さな川が流れ、湧き水もあり、 竹林、雑木林が母屋の周辺にあった。
そして母屋の宅地のはずれに蔵、納戸小屋が二つばかりあり、
この当時の北多摩郡神代村(現・調布市の一部)の地域の旧家は、このような情景が多かった・・。
長兄、次兄の次に私は生まれたのであるが、
何かしら祖父と父などは、三番目の児は女の子を期待していたらしく、
幼年の私でも感じたりしていた。
もとより農家は、跡継ぎとなる長兄、この当時は幼児は病死することもあるが、
万一の場合は次兄もいるので、
私は勝手に期待されない児として、いじけたりすることがあった。
しかし祖父は不憫と思ったのが、自身の名前の一部を私の名前に命名した、
と後年に父の妹の叔母から、教えられたりした。
私が地元の小学校に入学したのは、1951年(昭和26)年の春であり、
私は小学5年の頃まで、劣等感と卑屈にさいなまれ、
いじけた可愛げのない屈折した児であった・・。
兄の2人は学校の成績が良く、私は通信簿は『2』と『3』ばかりの劣等生で、
通信簿を学期末に頂くたびに、
お兄さんの2人は優秀だったのに、と担任の女の先生が溜息まじりに言われたりしていた。
この当時の私は、クラスの仲間からは、私を『三原山』とあだ名を付けられていた。
何かと平素は無口の癖に、ときたま怒り出し、周囲の多くの同級生が困惑し、
伊豆七島のひとつの大島は、幾10数年ごとに爆発する活火山の由来だった。
やがて小学6年生の頃になると、突然に人前でおしゃべりをすることが大好きと変貌して、
見知らぬ小父さん、小母さん対しても、私の方から話すようになり、
母、兄妹、そして父の妹でこの当時未婚だった叔母も驚いていた・・。
これ以来、私はお調子者のひとりとなって、学生時代、社会人のサラリーマンの中、
同じ仕事をするなら、楽しくしょうね・・と周囲に公言したり、
おだてられると高揚しながら奮闘したりしてきた。
このように私は、特に小学生の時代は劣等生であり、できれば消しゴムで消したいが、
こればかりはなぁ・・と苦笑したりし、あまり思いだしたくないのが本音である。
過ぎし2004年の秋に民間会社を定年退職となり、
多々の理由で年金生活を始めたりした。
こうした中、相変わらず、男の癖におしゃべりが好きで、
何かと家内と談笑したり、ご近所の奥様、ご主人など明るく微笑みながら談笑したりしている。
そして私は、遊歩道、公園などを散策していると、見知らぬ男性、
女性グループの御方たちと、話しかけられたり、或いは話しかけたりして、談笑し、
殆ど毎日過ごしている。
こうして歩く時の私は、紳士バックを園児のように斜め掛けして、颯爽と歩いたりしていることが多いが、
大半はデジカメをネクタイのように首から掛けて、歩いている中で瞬時に魅了された情景を、
一期一会ねぇ、と思いながら撮ったりして、記憶のかたみとしている。
このように歩いていると、ほぼ1キロを15分ぐらいであるので、
やはり時折、足早に歩いたり、或いは意識して、大股で歩いたりしている・・。
或いは、知人とか友人と時折お逢いする時は、しばらくねぇ・・、と私は笑いながら逢ったりして、
日中はコーヒー、夕暮れからはビールか水割りのウィスキーを飲みながら、談笑をしたりしている。
ときおり国内旅行を私たち夫婦は幾たびか重ねてきたが、
旅先でも、私は食事処、ロビーなどて隣席した見知らぬ方でも、話しかけて談笑したりしている。
こうした中で、好奇心をなくしたらこの世は終わりだ、と信条している私は、
体力の衰えを感じている私でも、その時に応じて溌剌とふるまったりしている。