昨夜、ときおり愛読している公式サイトの【介護ポストセブン】を見ている中、
『 ピンピンコロリで逝った人がしていた5つのこと
寝たきりにならず最期を迎えるには? 』、
と題された見出しを見たりした。
私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であり、
家内は私より5歳ばかり若く71歳となる。
そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、
我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に築後40数年の古ぼけた一軒屋に住んでいる。
『 ピンピンコロリで逝った人がしていた5つのこと
寝たきりにならず最期を迎えるには? 』、
と題された見出しを見たりした。
私は東京の調布市に住む年金生活の76歳の身であり、
家内は私より5歳ばかり若く71歳となる。
そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、
我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に築後40数年の古ぼけた一軒屋に住んでいる。
こうした中、過ぎし35年近くのサラリーマン航路は、何かと悪戦苦闘が多かった為か、
17年近く過ごしてきた年金生活は、予測した以上に安楽な生活を享受している。
しかしながら、誰しも70代の頃になれば、
いつの日か自身が亡くなる時を思い馳せる時があると思われ、
何かと単細胞の私でも、漠然としながらも思案する時がある。
私は年金生活を始めて、3年過ぎた頃から、
いつの日にか認知症、脳梗塞など、そして寝たきりになる前に、
ポックリとこの世と別れを告げたい、と思ったりしていた・・。
17年近く過ごしてきた年金生活は、予測した以上に安楽な生活を享受している。
しかしながら、誰しも70代の頃になれば、
いつの日か自身が亡くなる時を思い馳せる時があると思われ、
何かと単細胞の私でも、漠然としながらも思案する時がある。
私は年金生活を始めて、3年過ぎた頃から、
いつの日にか認知症、脳梗塞など、そして寝たきりになる前に、
ポックリとこの世と別れを告げたい、と思ったりしていた・・。
たとえば晩秋ある日、私の自宅の近くの川沿いの遊歩道を歩いていた時、
この遊歩道は片側が帯状に小公園となり700メートル前後あり、
樹木、草花が四季それぞれに彩(いろど)っている場所で、私の散策の好きなひとつのコースでもある。
そして、いつものように木のベンチに私は座り、ペットポドルの煎茶を飲みながら、少し休息をした・・。
この時に、どうした思いか解らないが、いつの日にか命が果てる時は、
晩秋の午前のやわらかな陽射しの中、ポックリと死を迎えられたら本望である、と脳裏をかすめたりした。
この遊歩道で、独りで歩き、好きな本を抱(かか)えて、突然に命が果てる、 といった状況を願ったりした・・。
しかしながら、この5年を過ぎた頃、私は「ピンピンコロリ」は難しい、とネットの記事で学んだりした・・。
がん医療の権威で終末期医療に詳しい大野竜三医師(愛知県がんセンター名誉総長)は、
『・・ピン・ピン・コロリ。それは中高年なら、誰もが願う生き方でしょう。
でも、そう簡単なことでは、ありません。
現実的に60歳以上の日本人がコロリと逝くとしたら、
心筋梗塞か、脳出血か、脳血栓かと思いますが、 救急搬送されれば、救命措置が施されるでしょう・・』
と私は学び、苦笑したりした。
このような終末期を私は思いめぐらしてきた・・。
この後、親戚の叔父さん3名も、終末期に3年から5年も入院され、
こうした中、ふたりの叔父さんは御自身の意思はなく、多大な手厚い延命治療を受けて、
やがて病院で亡くなってきた。
こうした話を私は聞いたりしてきたが、 自分で食物を口に運び、食べられなかったら、
もとより延命治療は断り、 痛みだけを執(と)って下さる平穏死を選ぶょ、
と私は家内に幾たびも言ったりしてきた。
家内も胃ろうや人工呼吸器などの延命治療は、お断りですから・・ と私に言ったりしている。
このような話を私たち夫婦は、幾たびも話し合ってきた・・。
このような深情を秘めている私は、今回の《・・ピンピンコロリで逝った人がしていた5つのこと
寝たきりにならず最期を迎えるには? 』って、
どのような状況の事ですか、と思いながら記事を真摯に読んだりした・・。
この記事の原文は、『女性セブン』の2021年1月1日号に掲載むされた記事のひとつで、
関連の【介護ポストセブン】に2020年12月27日に配信され、
無断であるが転載させて頂く。
《・・ 2020年9月に100歳を超える高齢者が初の8万人を超えた。
しかし実は、日本は世界有数の長寿国だが、
他国に比べて寝たきりで最期を迎える“ネンネンコロリ”が多いと、
専門家が指摘する。
理想の最期――ピンピンコロリを実現するためにどうすればいいのだろうか?
関連の【介護ポストセブン】に2020年12月27日に配信され、
無断であるが転載させて頂く。
《・・ 2020年9月に100歳を超える高齢者が初の8万人を超えた。
しかし実は、日本は世界有数の長寿国だが、
他国に比べて寝たきりで最期を迎える“ネンネンコロリ”が多いと、
専門家が指摘する。
理想の最期――ピンピンコロリを実現するためにどうすればいいのだろうか?
☆日本の寝たきりの人数はスウェーデンの10倍
2019年の日本人の平均寿命は、
女性が87.45歳、男性も81.41歳となり、ともに過去最高を更新した。
2020年9月には、100歳以上の高齢者が初めて8万人を超え、
“人生100年時代”が訪れようとしている。
だが、それは同時に“寝たきり”で過ごす高齢者が、
増加したことも指し示している。
東京都立大学名誉教授で健康長寿に関する研究の第一人者の星旦二さんが言う。
「日本は世界でトップクラスの長寿国ですが、
他国に比べて寝たきりで最期を迎える“ネンネンコロリ”が多いのが特徴です。
つまり、長寿だからといって幸せとは限らないのです」
他国に比べて寝たきりで最期を迎える“ネンネンコロリ”が多いのが特徴です。
つまり、長寿だからといって幸せとは限らないのです」
日本における「寝たきり」の人数は、アメリカの5倍、
スウェーデンの10倍ともいわれている。
いくら長生きしたとしても、
自立した生活ができなければ幸せとは言いがたい。
誰もが理想とする死に方である「ピンピンコロリ」に近づく方法は、ないのだろうか・・・。
最新の研究から、「ピンピンコロリ」で旅立った人を
看取った医師のアドバイスまで徹底取材した結果、
彼らに共通する「絶対にやらないこと」と「毎日やっていること」が明らかになった。
看取った医師のアドバイスまで徹底取材した結果、
彼らに共通する「絶対にやらないこと」と「毎日やっていること」が明らかになった。
☆要介護などで自立した生活ができない期間が10年もある現実
そもそも「ピンピンコロリ」とはどんな死に方なのか。
星さんが解説する。
星さんが解説する。
「最期まで元気で、要介護状態にならずに、
寿命を全うできる状態のことを指します。
寿命には健康寿命と平均寿命がありますが、
この2つの差が少なければ少ないほど、ピンピンコロリだといえます」
補足すると、健康寿命とは、要介護などで日常生活が制限されずに、
自立して生活できる期間のことを指す。
つまり、寿命が長くても健康寿命が短ければ、
その間は充実した生活が送れないということだ。
厚生労働白書によると、2013年の女性の平均寿命と健康寿命の差は12.4年、
男性は9.02年もある。
つまり、多くの人が、不健康な期間が平均して約10年はあるのだ。
☆ピンピンコロリに必要な5つのこと
1.歩く力を落とさない=自分の足で歩く
『“歩く力”を落とさない!「新しい足」のトリセツ』などの
著書がある足の専門医・久道勝也さんは
「人生には老齢期に入って亡くなるまでに、3つの“下りステップ”がある」と話す。
著書がある足の専門医・久道勝也さんは
「人生には老齢期に入って亡くなるまでに、3つの“下りステップ”がある」と話す。
「人生最後の下り階段は、歩行・排泄・食事の順に段差が高く、
一度下りてしまえば、ふたたび上ることはほぼ不可能です。
このステップを下りるスピードをできるだけ遅くすることこそが、
“ピンピンコロリ”につながります。
その中で最も重要なのが、最初のステップである歩行。
これさえ維持できていれば、
下り階段を下りることそのものを遅らせることができる。
そのうえ、自分の思いどおりに動けない状態は、介護する方も大変だが、
本人がいちばんつらいことは言うまでもない。
歩行機能は、精神面にも大きな影響を与えるのです」(久道さん)
死を迎えるまでには、1.歩行、2.排泄、3.食事・・3つの段階がある
この「3つの階段」を下りる速度を遅らせれば遅らせるだけ、
「ピンピンコロリ」に近づくことができる。
2.最期まで自分の歯で噛んで食べる
在宅ケアを専門とする立川在宅ケアクリニック院長の荘司輝昭さんは、
これまで多くの人を看取ったが、
歯が丈夫な人は、最期まで元気だったと振り返る。
「元気で長生きするうえでベースになるのは、自分の歯で噛んで食べること。
噛むことは、脳への刺激につながるし、
何より自分の力で、栄養を摂ることができます」
3.家にひとりで引きももらず社会的つながりを維持
歯の健康と並んで、荘司さんが気づいた彼らの共通点は
「社会的なつながり」だった。
「スポーツジムや趣味の習い事に通うだけでもかまいません。
違う世代の人と話をすることも、
脳への刺激になり、認知症予防になります。
意外にも、もともと明るい性格かどうかは関係ない。
たとえ時間がかかったとしても、
自分なりに社会とのつながりを持てるように考えて行動している人は、
最期まで元気な人が多いのです」(荘司さん)
星さんはピンピンコロリの人は、家にひとりで引きこもらないと話す。
「ピンピンコロリを体現したいなら
『老後は、ゆっくりのんびり暮らしたい』というのは適切ではありません。
役割があり、何かと用事を作って忙しい人の方が元気で長生きです。
『老後は、ゆっくりのんびり暮らしたい』というのは適切ではありません。
役割があり、何かと用事を作って忙しい人の方が元気で長生きです。
会社や趣味、地域活動をやめて社会とのネットワークが断絶されると、
6年間で男性が7割、女性で5割の人が死亡することが明確になっています。
いまは新型コロナウイルスの影響で人に会いづらいため、
コミュニケーションの手段は、
電話やZoomなどのオンラインでもかまいません。
人とのつながりを維持することは、ピンピンコロリの第一歩です」
4.部屋を温かくする・・18℃以下の家に住んではいけない
暖冬といわれた2020年も少しずつではあるが、
日ごとに寒さがつのるようになった。
朝起きて室内の寒さに、身震いする人も多いだろう。
しかし星さんは、
「ピンピンコロリを目指すならば、
18℃以下の家に住んではいけない」と断言する。
「日本では、暖かい居間ですら6割の住宅が、
冬の室内温度が18℃以下になりますが、
体が冷えると血圧が上がり、ヒートショックのリスクも高くなる。
喘息やアレルギーも寒い家から発症することが多いのです。
冬の室内温度が18℃以下になりますが、
体が冷えると血圧が上がり、ヒートショックのリスクも高くなる。
喘息やアレルギーも寒い家から発症することが多いのです。
いまの時期なら、窓を二重にしたり厚手のカーテンを使ったりして、室温を一定に保つように工夫する。
結露は、カビとダニの原因にもなるので、気をつけましょう。
ダニは、エアコンにもたまります。
定期的に掃除することも健康長寿につながります」(星さん)
過ごしやすく居心地のいい住まいが完成すれば、
いつそこで“お迎え”がきても安らかに逝ける・・・
しかし荘司さんは、それに待ったをかける。
いつそこで“お迎え”がきても安らかに逝ける・・・
しかし荘司さんは、それに待ったをかける。
5.安らかな死への準備…エンディングノートを書く
「安らかな死への準備として、エンディングノートも忘れずに。
ご自宅で看取りをして、本人はピンピンコロリで気持ちよく逝ったけれど、
遺族が相続でもめるケースは珍しくありません。
自宅で亡くなった後、家族が警察に調べられたケースもあります。
急に先立たれた遺族の負担を軽くするために、
葬儀の方法や訃報の連絡先を含めてエンディングノートに書いておく、
遺言書を作るなど、準備が必要です。
そうしないと、平和なピンピンコロリになりません」(荘司さん)
幸せな最期を迎えるため、できることから始めよう。
→最も多くの医師が「安らかな死に方」のトップに挙げたのは?
眠るように穏やかに最期を迎えることはできるのか
教えてくれた人
東京都立大学名誉教授・星旦二さん、足の専門医・久道勝也さん、
立川在宅ケアクリニック院長・荘司輝昭さん ‥》
立川在宅ケアクリニック院長・荘司輝昭さん ‥》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
今回、ピンピンコロリで逝った人がしていた5か条、
私は真摯に学び、多々教示させられたりした・・。
私たち夫婦の晩秋期の難題は、息子、娘もいないので、介護がひとつの課題である。
いつの日にか『要支援』までであったら、何とか自宅で過ごせると思われるが、
やはり『要介護』になってしまったら、やむなく介護施設に入居すると思案したりしてきた。
やがてどちらかが、国の支援を受けている費用が程ほどに適度な特別養護老人ホームに、
入居が叶(かな)わなくなってしまった時、困苦する。
やむなく高価と称されている有料老人ホームに、断腸の思いで自宅の敷地を売却して、
介護施設に入居しなくてはならない場合もある。
もとより介護の難題は、いつまで介護を受ける必要な期間が判らず、
やがて永がられば本人の自己負担額が増し、貯金は切り崩しても資金不足となり、
当然ながら、退所が余儀なくされて、行き場がなく迷子のような介護難民になることである。
いつの日にか『要支援』までであったら、何とか自宅で過ごせると思われるが、
やはり『要介護』になってしまったら、やむなく介護施設に入居すると思案したりしてきた。
やがてどちらかが、国の支援を受けている費用が程ほどに適度な特別養護老人ホームに、
入居が叶(かな)わなくなってしまった時、困苦する。
やむなく高価と称されている有料老人ホームに、断腸の思いで自宅の敷地を売却して、
介護施設に入居しなくてはならない場合もある。
もとより介護の難題は、いつまで介護を受ける必要な期間が判らず、
やがて永がられば本人の自己負担額が増し、貯金は切り崩しても資金不足となり、
当然ながら、退所が余儀なくされて、行き場がなく迷子のような介護難民になることである。
こうしたことに今から対処するためのひとつとして、
殆ど毎日のように自宅から3キロ以内の周辺にある遊歩道、小公園などを散策している。
こうした根底として、もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、困窮するので、
ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。
こうした中で、私は亡き母の遺伝を純粋に受け継いだ為か、恥ずかしながら男の癖におしゃべりが好きで、
何かと家内と談笑したり、ご近所の奥様、ご主人など明るく微笑みながら談笑したりしている。
そして私は、遊歩道、公園などを散策していると、見知らぬ男性、
女性グループの御方たちと、話しかけられたり、或いは話しかけたりして、談笑し、
殆ど毎日過ごしている。
或いは、知人とか友人と時折お逢いする時は、しばらくねぇ・・、と私は笑いながら逢ったりして、
日中はコーヒー、夕暮れからはビールか水割りのウィスキーを飲みながら、談笑をしたりしている。
ときおり国内旅行は私たち夫婦の共通趣味のひとつで、幾たびか遊学を重ねてきたが、
旅先でも、私は食事処、ロビーなどて隣席した見知らぬ方でも、話しかけて談笑したりしている。
こうした中で、好奇心をなくしたらこの世は終わりだ、と信条している私は、
体力の衰えを感じている私でも、その時に応じて溌剌とふるまったりしている。
そして今年のコロナの烈風に伴い不要不出の中、
私たちは本格的にエンディングノートの中の諸項目を話し合い、
書類に第一稿としてまとめたりしてきた・・。
このような身勝手な私は、果たして今回のピンピンコロリで逝ける人、
成れるように・・こっそりと祈願したりしている。
しかしながら長く生き健康寿命でいられるのは自助努力も肝要であるが、
やはり難病などをすべて乗り越える必要があるので、
仏様か神様が采配する世界かしら、と空を見上げたりしている。
殆ど毎日のように自宅から3キロ以内の周辺にある遊歩道、小公園などを散策している。
こうした根底として、もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、困窮するので、
ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。
こうした中で、私は亡き母の遺伝を純粋に受け継いだ為か、恥ずかしながら男の癖におしゃべりが好きで、
何かと家内と談笑したり、ご近所の奥様、ご主人など明るく微笑みながら談笑したりしている。
そして私は、遊歩道、公園などを散策していると、見知らぬ男性、
女性グループの御方たちと、話しかけられたり、或いは話しかけたりして、談笑し、
殆ど毎日過ごしている。
或いは、知人とか友人と時折お逢いする時は、しばらくねぇ・・、と私は笑いながら逢ったりして、
日中はコーヒー、夕暮れからはビールか水割りのウィスキーを飲みながら、談笑をしたりしている。
ときおり国内旅行は私たち夫婦の共通趣味のひとつで、幾たびか遊学を重ねてきたが、
旅先でも、私は食事処、ロビーなどて隣席した見知らぬ方でも、話しかけて談笑したりしている。
こうした中で、好奇心をなくしたらこの世は終わりだ、と信条している私は、
体力の衰えを感じている私でも、その時に応じて溌剌とふるまったりしている。
そして今年のコロナの烈風に伴い不要不出の中、
私たちは本格的にエンディングノートの中の諸項目を話し合い、
書類に第一稿としてまとめたりしてきた・・。
このような身勝手な私は、果たして今回のピンピンコロリで逝ける人、
成れるように・・こっそりと祈願したりしている。
しかしながら長く生き健康寿命でいられるのは自助努力も肝要であるが、
やはり難病などをすべて乗り越える必要があるので、
仏様か神様が采配する世界かしら、と空を見上げたりしている。