「山路きて 何やらゆかし すみれ草(芭蕉)」
1684年に松尾芭蕉は関西を旅し(野ざらし紀行)、翌年この句を詠んでいるとのことであるから、「おくのほそ道」紀行に出る5年前の句のようであります。松尾芭蕉は元禄7年(1694年)没とされているようだから、享年51というところでしょうか?何やらお爺さんが旅をしたというイメージがありますけれど、40代で旅をしていたことになる。(当時の平均寿命を考えれば、それなりの年齢でしょうけれど…。)
さて、齢60を越えた『おやじぃ』は、芭蕉大先生の俳句を真似て「肥やしふり くろ(畔)に腰つき すみれ草」と詠んでみた。前日、元肥をまだ撒いていなかったという相方『チャオちゃん』は、午前中に肥やしをふり、午後から『おやじぃ』がトラクターでうなう(耕運する)約束であったのだけれど、案の定、彼は午後から肥やしふりをしていた^^;
田んぼの中を足取り軽やかに元肥をふっているのだけれど、一往復ごとに彼は畦畔(くろ)に腰を掛けては息を整えている。そんな81歳の老体に、畦畔に咲いた『スミレちゃん』が「年取ったなぁ~オヤジ。」と労いの声を掛けていたというイメージなのでありますが、花を見て、女性名詞化したり、労いの声を女性の声に見立ててしまうところに『セクハラ臭』の漂う句となっておりますよ(笑)
作業が終われば『ノロ社長』の労いが…
作業の早い大規模農家は、既に「田起こし作業」は終了し、水を引き込み始めております。『おやじぃ』は、ようやく肥料を買い求め、今日の午前中に散布して、午後から一気に「田起こし」するつもり…自分のところより他所様を早くなどと言うと聞こえは良いのでありますが、慌てたところで大規模農家の田植えが終わらないことには、末端の『おやじぃ』の田んぼには水は来ない。田んぼを引き継いだときには胃が痛くなるほど水の心配をしたものでありますが(チャオちゃんに耕運してもらわなければいけないから…。)今では慣れっこになってしまいました。耕運ローターの交換も今ではワンタッチ…「水が入ったならば、いつでも電話して。」と耕運作業は『おやじぃ』が今年から受け持つことになりましたよ^^;
はてさて、何故かしら畦畔にポツンと咲いた『スミレちゃん』…草本の「スミレ属」には300種(一説では、400~450種)が属していると言われ、今も種分化が進んでいると考えられているんだそうな。
「俺がやめたらお前が作っか?(作付けするか?)」と尋ねる相方『チャオちゃん』に、「チャオちゃんが止めたら、オラも止める。」と答えた『おやじぃ』であります。『スミレちゃん』からの労いの声も欲しいけれど、『機械貧乏』が『はがゆぐ(進む)』だけだから(笑) あと10年で春の光景は違っているに違いない…。