蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

冬日和

2021年12月11日 | つれづれに

 「これ、お宅用です。唾つけといてください。味わうのは来年、暮れに収穫して届けます」。枝もたわわに下がる巨大な晩白柚を指差しながら、ご主人が笑いかけてくる。
 春には、大変な数の白い花を付けていた。これが全部実ったら、枝が折れてしまいそうな数だった。猛暑と長雨という異常な季節を重ねて自然摘果が激しく、最終的に残った貴重な8個の一つを、我が家用に分けていただくことになった。
 瑞々しい実に加えて、皮で作るマーマレードは美味しく、ロスに住む次女が「料理に使うから送って!」と、毎年首を長くして待っている。

 今年も、残すところ3週間になった。
 「ジャガイモ掘りしましょう」とY農園の奥様から誘われたこの日、午前中の雲も消え、師走を忘れさせるような雲一つない快晴の午後となった。いつも通り、淹れたての珈琲を魔法瓶に詰めて車を出した。
 先日奥様に振舞った珈琲が全く香りを失い、恥をかいた。コロナで訪れる人も減り、買って2ヶ月以上過ぎた豆は無残だった。行きつけの喫茶店「蘭館」に走った。「香りは焙煎してからせいぜい1か月ですから、少しずつ買われた方がいいですよ」と勧められ、いつものモカ・バニーマタルを半分の100グラム求めた。3か月前から8%ほど値上がりしていた。「輸送コスト上がっているし、モカは紛争地帯の産ですから、もっと品薄になって値段も上がり、貴重品になるかもしれません」
 15年ほど前に絶妙な酸味と苦みのこの豆に巡り合ってから、多分7割ほど高くなっている。アラビア半島内陸・標高2000メートルのバニーマタル地方の段々畑で採れるモカ珈琲であり、アラビア語で「雨の子孫たち」を意味するという。

 師走というのに眩しいほどの日差しが降り注ぎ、持ってきたコートもジャンパーも車の中に置き、さらに羽織っていたセーターも脱いで畑に蹲った。モンシロチョウや蜂が黄色い菜花に舞い遊び、早くもホトケノザがあちこちに群れ咲いている。300坪のこの畑は、既に早春の佇まいだった。

 掘り上げた「デジマ」という品種のジャガイモは圧巻だった。ご夫妻が鍬で掘り上げた土の中から、カミさんと私はただ拾い上げるだけである。真っ白な肌は美しく、大きいものは拳大もある。ひと畝掘り上げるのに15分もかからなかった。9月の初めに植えた2キロの種芋が、3つの籠に大中小と仕分けされて溢れるほどの収穫である。
 土が乾くまでが、楽しい珈琲タイムになった。

 ジャガイモ、蕪、春菊、ホウレンソウ、菜花、レタス、サツマイモ、菊芋――太っ腹な奥様からのお土産がどんどん増えていく。地区公民館の要職にあるご主人は、途中から下校時間の子供たちの見守りの為に、青パトの巡回に出掛けられた。

 豊かな夕飯になった。ご飯を半分にして、大きなジャガイモを一個ずつジャガバタにする。濡れたキッチンペーパーで包み、さらにサランラップでくるんで、600Wの電子レンジでおよそ10分、ほくほくのジャガバターを主食にした。いただいたホウレンソウと春菊の胡麻汚し、採りたての柔らかい蕪の味噌汁など、畑の実り溢れる夕飯だった。
 この日、大宰府の気温は18.3度、県下2番目の暖かさだった。

 「紅白歌合戦」の顔ぶれに、もうついていけない。次第に遠くなる昭和を偲びながら、残る3週間の年の瀬を過ごすことになる。来るべき年に、きっといいことがあると信じながら、新たな命が芽ぐむ春を待ち続けよう。
                       (2021年12月:写真:畑の収穫)

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