蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

竜胆の広場

2017年04月16日 | 季節の便り・花篇

 気温が急上昇した。太宰府の昼下がり、28.9度!もう、初夏真っ盛りの暑い日差しである。

 圧巻の群舞だった。三日前に探した時には、僅か2輪しか見ることが出来なかった花が、昨日今日の初夏を思わせる気温に一気に花開き、足の踏み場に困るほどのハルリンドウが群れ咲いていた。いつもの「野うさぎの広場」に至る散策路である。

 昨日の「八代目中村芝翫襲名披露 お練り」のブログを書き、買い物を済ませたところで、ふと気持ちを急き立てるものがあって歩きに出た。山の花時は短い。数日の油断で見頃を外すことがある。
 同じ三日前、親しい友人二人と名残りの桜探訪に出たカミさんが、「竜胆が咲いているよ。今から来ない?」とメールを送ってきた。大宰府政庁跡から少し山手にはいった「春の森公園」である。階段と山道7,000歩を歩いてきた後でもあり、やはり私の秘密基地「野うさぎの広場」に咲くハルリンドウを待ちたくて辞退したのだった。
 その時同行した友人が、前日に見付けたハルリンドウが無残に盗掘されていると嘆いていた。こんな心無い花盗人が「私は山野草が大好き!」などとほざく資格はない。由布高原のニホンサクラソウの原種やエヒメアヤメ、バイカイカリソウ、倉木山のニリンソウやエヒメアヤメ、そして男池から隠し水に登る途中のヤマシャクヤク……どこも無残な盗掘が繰り返され、無粋なロープで保護されていたりするのを見ると、腹立たしさを越えて情けなくなる。山仲間と倒木を運んで、ヤマシャクヤクの蕾を登山者の目から隠したこともあった。

 幸い此処「野うさぎの広場」に至る散策路は、日曜日の今日でさえ人影はなく、可憐なハルリンドウが散り敷いた落葉の間に美しく群れ咲いていた。だから此処は余程心許す人にしか教えない。
 日当たりのいい広場よりも、木漏れ日だけの山道の方が花の数が多い。広場への取り付きの坂道よりずっと手前に、去年まで気付かなかった群生地がいくつもあった。その数、推定100株を超える群落である。
 昨夜の嵐で、まだ濡れている地面にひざまずき腹這いになって、カメラでほしいままに撮り続けた。山野草は、日向より日陰の方が美しい色が出る。帽子で日陰を作りながら、マクロレンズを近付けてシャッターを落とす。気が付いたら、肘も膝も泥だらけになっていた。

 倒木のマイベンチに座り、額から滴る汗を拭いながら、3時のおやつに持ってきたメロンパンをかじった。冷たいお茶が、喉元を心地よく洗う。眼下の九州国立博物館前の広場で開催されていた賑やかな「よさこい祭り」が終わり、一気に山に静寂が戻った。風の囁きが蘇り、降り注ぐ木漏れ日が優しく頬を照らす……至福の時間の始まりだった。
 これからしばらく、散策路は「竜胆の小径」となり、「野うさぎの広場」は「竜胆の広場」となる。

 汗が引くのを待って、ゆっくり帰路に着いた。戻る道に目線が変わり、新たな群生地も見付けた。歩けば5分もかからない短い散策路だが、季節季節でこれほど豊かになるのだ。
 車道に出たところに、満開の真っ赤な西洋シャクナゲがある。その根方からハタハタとキジバトが飛び立った。
 家路を辿る私を送ってくれたのは、澄み切ったシジュウカラの囀りだった。
                     (2017年4月:写真:ハルリンドウ)

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