昨日の記事では、私は目下、英語の発展途上にあるという話だったが、
その発展途上の状態にも恩恵がある。
夫と喧嘩をしたり、何か気に入らない状況になったとき、
ここで何とか相手をギャフンと言わせる一言を言いたい!と思うことがある。
日本語でなら、皮肉をこめて、相手の言葉尻をとって、あのテこのテでいかようにも言えるけれど、
幸いなことに、私には英語でそれを言うだけの語力がない。
だから、言わない(正確には言えない、のだが)
時間がたってみると、それらはほぼ間違いなく、言わなくてよかったー、と思うことばかり。
たとえ、それを言ったところで、私はすっきりするわけじゃないことは、過去の経験からわかっている。
相手を嫌な気持ちにするために放った言葉で、自分が傷つく、みたいな感じ・・・
だけど、憎らしいことを言えない代わりに、
今私がどう思っているのか、ということは伝えるようにしている。
そして、どうしてもどうしても、ぐだぐだとどうしようもないことを言い尽くしてしまいたい時は、日本語で言う。
「自分は母国語で自由になんでも言えるのにズルイよ、私だけ。それにばかばかしいと思わない?こんなことで喧嘩してさ、私だって・・云々」
夫は私が言っていることを理解しないけど、「ハイ、ハイ」と聞いている。
私は、言ったという達成感があり、夫は、聞いたという達成感(?)があるというわけ。
言葉の壁も、悪いことばかりじゃあない。
その発展途上の状態にも恩恵がある。
夫と喧嘩をしたり、何か気に入らない状況になったとき、
ここで何とか相手をギャフンと言わせる一言を言いたい!と思うことがある。
日本語でなら、皮肉をこめて、相手の言葉尻をとって、あのテこのテでいかようにも言えるけれど、
幸いなことに、私には英語でそれを言うだけの語力がない。
だから、言わない(正確には言えない、のだが)
時間がたってみると、それらはほぼ間違いなく、言わなくてよかったー、と思うことばかり。
たとえ、それを言ったところで、私はすっきりするわけじゃないことは、過去の経験からわかっている。
相手を嫌な気持ちにするために放った言葉で、自分が傷つく、みたいな感じ・・・
だけど、憎らしいことを言えない代わりに、
今私がどう思っているのか、ということは伝えるようにしている。
そして、どうしてもどうしても、ぐだぐだとどうしようもないことを言い尽くしてしまいたい時は、日本語で言う。
「自分は母国語で自由になんでも言えるのにズルイよ、私だけ。それにばかばかしいと思わない?こんなことで喧嘩してさ、私だって・・云々」
夫は私が言っていることを理解しないけど、「ハイ、ハイ」と聞いている。
私は、言ったという達成感があり、夫は、聞いたという達成感(?)があるというわけ。
言葉の壁も、悪いことばかりじゃあない。