小学生の頃、持ち物のすべてに母がマジックで名前を書いた。
竹製の30センチのものさし、体育で使う鉢巻、上履き、傘、そろばん、ハンカチにまで書いた。
それはありがたいことなのだが、
母はときどき、カタカナと漢字を混ぜて書く。
私がそれが嫌でしかたがなかった。
どういうことかというと、
私の旧姓の苗字には、最後に「川」がつく。
その「川」だけが漢字で、上の部分をカタカナにするのだ。
たとえば、
吉川だったら ヨシ川 と書く。
なぜカタカナで書くのか、母に聞いたことがある。
すると母は言った。
「だってめんどくさいもの」
それなら全部カタカナにすればいいではないか。
「カワ、より川のほうが簡単じゃない」
今となれば母の理屈もわからないではないが、子供の私はそのカタカナ+漢字をみるとため息が出た。
そろばんの赤いケースに書かれた「カタカナ+漢字」の名前を見せて
私はそれがどんなに嫌かということを友達に話してきかせた。
「人生はうまくいかないことのほうが多いんだよ。いやになるね」
友達はそう言って、ピンクのランドセルの蓋を閉めた。
今でこそ、ランドセルはいろんな色があるようだが、当時は男子は黒、女子は赤と決まっていた。
でもその友達だけが、ピンクのランドセルだった。
彼女は越境通学をしていて、時々近くの祖父母宅に帰った。
彼女の家庭にどんな事情があるのか話さなかったし、聞いたことはなかったけれど、
10歳にして人生を見切るような体験をしている彼女の前で、
名前をどんなふうに書かれようが、そんなことはあほらしくどうでもいいことにみえた。
ジンセイの意味は知っているけれど、
自分のそれが始まっていることも、その意味を考えたこともなかった。
「でもさ・・・やっぱ好きじゃないんだもん・・・」
私は心の中でそう言って、名前の上を指でなぞった。
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竹製の30センチのものさし、体育で使う鉢巻、上履き、傘、そろばん、ハンカチにまで書いた。
それはありがたいことなのだが、
母はときどき、カタカナと漢字を混ぜて書く。
私がそれが嫌でしかたがなかった。
どういうことかというと、
私の旧姓の苗字には、最後に「川」がつく。
その「川」だけが漢字で、上の部分をカタカナにするのだ。
たとえば、
吉川だったら ヨシ川 と書く。
なぜカタカナで書くのか、母に聞いたことがある。
すると母は言った。
「だってめんどくさいもの」
それなら全部カタカナにすればいいではないか。
「カワ、より川のほうが簡単じゃない」
今となれば母の理屈もわからないではないが、子供の私はそのカタカナ+漢字をみるとため息が出た。
そろばんの赤いケースに書かれた「カタカナ+漢字」の名前を見せて
私はそれがどんなに嫌かということを友達に話してきかせた。
「人生はうまくいかないことのほうが多いんだよ。いやになるね」
友達はそう言って、ピンクのランドセルの蓋を閉めた。
今でこそ、ランドセルはいろんな色があるようだが、当時は男子は黒、女子は赤と決まっていた。
でもその友達だけが、ピンクのランドセルだった。
彼女は越境通学をしていて、時々近くの祖父母宅に帰った。
彼女の家庭にどんな事情があるのか話さなかったし、聞いたことはなかったけれど、
10歳にして人生を見切るような体験をしている彼女の前で、
名前をどんなふうに書かれようが、そんなことはあほらしくどうでもいいことにみえた。
ジンセイの意味は知っているけれど、
自分のそれが始まっていることも、その意味を考えたこともなかった。
「でもさ・・・やっぱ好きじゃないんだもん・・・」
私は心の中でそう言って、名前の上を指でなぞった。
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