太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

みーんな、おでんの具

2020-11-14 11:06:06 | 本とか
荻原浩の「神様からひと言」

大手広告代理店から『珠川食品』に再就職した主人公が
入社早々に会議でトラブルを起こして、リストラ要員収容所といわれている
お客様相談室に異動となった。
毎日クレームを処理しているうちに、そこに送られた人々が次々と壊れていく中で
7年も働き続けているという篠崎に付いて仕事をすることになったが
篠崎はギャンブル狂いでいい加減な中年オヤジ。
辞表を胸に、主人公は次々降りかかるごたごたに振り回されつつも
そこで何かを見つけられそうな気がしてくる。


初めて読んだ作家だったけれど、なんだか、読後感がすごくよかった。


古い体質の会社、自分のことしか考えていない経営者、家族を人質にとられて会社に残ることだけで精一杯の社員たち。
どんなに立派そうな会社でも、きっと中身は似たようなものなのかも。
会社っていったい何なんでしょう、とつぶやく主人公に、篠崎が言う。

「おでん鍋と一緒だよ」
「え?」

「ほら、狭いとこでぐつぐつ煮詰まってさ、部長だ役員だなんて言ったって、
しょせん鍋の中で昆布とちくわが、どっちが偉いかなんて言い合ってるようなもんだ」

そしてこう続ける。

「このおでん屋じゃ牛スジが1番高くて偉そうだけど、他の食い物やじゃ使っちゃもらえない。
こんにゃくはここじゃ安物だけど、味噌田楽の店じゃ堂々のエリートだ。

ちくわぶは言ってみれば専門職。
天職を見つけたヤツだな。
よそには行けないけど、おでんの中では存在感を示すことができる。
似ていても、ちくわは転職が可能だ。
おまえがジャガイモだとする。おでんの中なら平社員だけど、肉じゃがの皿の中なら共同経営者だよ」


思わず、ウーム・・・とうなった。

「会社の序列なんてたいした順番じゃないんだよ、一歩外に出たらころりと、変わっちまうかもしれない。
でも子供の頃から一生懸命に競争して、ようやく手に入れた順番だからね、
そこからこぼれ落ちたくないんだな」


みんな、何が怖いのかわからないまま、
つまり、自分が何を握りしめているのかもわからないのに、それを失ったらおしまいだと思ってる。
みんなおでんの具さ、と言っている篠崎だって、自分の手のひらを見つめてしまう。
私だって、そうだ。
私の場合、会社という鍋じゃなく、社会という鍋だけど。

私はおでんの中の、何だろう。
何になりたいんだろう。
天職を見つけて鍋の中でゆったりしているちくわぶも、
地味に、でも他のものにはマネできないほど芯まで味がしみた大根もいい。
いや、なんだっていい。
今の主流はどうせ昆布だとか、人気者で値段も高い牛スジに嫉妬することもなく
私自身のままでくつろいでいられたら、何でもいい。


結局、こういうことか。
自分らしくいると鍋からはみ出してしまう、と信じさせられてきた。
自分はこの鍋の中でしか価値がないと思っているから、はみ出したらおしまいだと思う。
おしまいなんかじゃないのに、もしおしまいだったらと思うと怖い。

小説の中で、追い詰められた同僚の一人が自殺をする。
「おでん鍋を飛び出しちまえば、いいだけの話なのに・・」
訃報を聞いた篠崎が、男泣きする。


できそうで、できない。
何度か、思い切って崖を飛び降りてきた私だけれど、
毎回、グズグズして、背中を飛び蹴りされてようやく飛び降りてきたクチ。
それなのに、いまだに何かを握りしめており、
それが何なのかもよくわかっていないのである。