太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

ぼんやりと生きている

2020-11-26 12:00:08 | 日記
試験の前の一夜漬けで、早起きして勉強しようと思って寝て、そのまま寝過ごしてしまう。
「しまった!!」
と思って、夢からさめる。

そんな焦る夢は、いまだにみる。

そして、遠足の日の夢も同じぐらいの頻度でみる。


小学校3年かそこらだったと思う。
学校に行くと、みんなナップサックや水筒を持っており、
ランドセルを背負っているのは私一人だった。
その日は遠足だったのに、私は知らなかったのだ。
学校を休んでいたからではなく、昨日もちゃんと登校していた。
確か、そのまま家に帰ったように記憶している。

家に帰ると、母は言った。
「なんで??」
明日は遠足だということを知らない、ということがどうして起こり得るのか。



結局、私は自分が興味のあることにしか意識を向けていないのだと思う。
遠足自体は好きだけど、バスに乗る遠足は、乗り物酔いをする私には楽しいものじゃなかった。
その時は、バスに乗る遠足だったのかもしれない。
今更、どんな理由でもどうでもいいんだけど。
学校から配られる保護者あてのプリントも、私はたまに親に渡し忘れることがったし、
ふわふわぼんやり生きていたというだけのことかもしれない。



日曜夜の、「サザエさん」の終わりのテーマソングとともにブルーになる
サザエさん症候群の、私は重篤な患者でもあった。
日曜は朝から遊びほうけて、夕飯も食べてしまい、サザエさんも見てしまい、
手をつけていない宿題の重責に落ち込む。

私がやるべきことを後回しにするのは、なにも夏休みの宿題だけじゃない。
宿題が嫌で、でも、やらないで学校に行く勇気はない小心者。


毎週、毎夏、同じことを繰り返して大人になった私は、ここまでくるとマイペースといえるんじゃなかろうか。
あれから何十年。
私のぼんやりは、社会に揉まれていくらかはマシになっていると思う。
ただ、興味のあることにだけアンテナが敏感に反応するのはそのままで
普通は知っているだろうということの多くを、私は知らずに生きている。

休日が終わって明日から仕事、という夜。
やらねばならない宿題が一切ない、というヨロコビを、私はいまだに噛みしめている。