太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

温度差、なすすべなし

2022-11-15 07:50:51 | 日記
ものごとに対する感覚の違いは、けして歩み寄ることのない温度差となって永遠に残るのだろう、と最近思うようになった。

一般的なことでいえば、たとえば父親が亡くなったとを誰かに話すとする。
それを聞いた人自身の、父親に対する思いの深さで同情の深さが変わってくる。
平凡な家庭で育った私は、親を憎むことなど考えられないけれど、世の中には親を憎む人はいるし、そういう人はその反動で片親を苦しいほどまでに愛していたりする。
ある友人は、日本で一人暮らしをしている母親のことは好きだけれど、どうしようもなく心の距離があるのだと寂しそうに言った。
母親に電話をかけることの、3割ぐらいが義務であることに心が痛むのだという。



さて、そんな深刻ではない夫との温度差。
夫とは、たいていのことの感覚は近いのだけれど、どうしてもわかりあえない溝というのはある。

夏にフランスに行く前に、私の更新したグリーンカードが届かなくて焦ったことがある。
パンデミックの間に更新してから1年近くたっていた。
調べたら、更新中であるという承認のスタンプをパスポートに押印してもらう必要があることをつきとめたが、そのための予約をするのに面倒な手続きを踏まねばならない。
そうなると私は夫に頼むしかないのだが、「わかった、やるよ」と言い、そのまま放置。
ウェブサイトには、その予約をとるのに早くて数週間かかるとあり、早くしないと旅行に間に合わない。
再び言うと、機嫌が悪くなる。
「更新にいった紙が残ってるんだからそれで大丈夫だよ。そのうち来るよ」
というのが夫の意見。
「でも調べたら、承認のスタンプが要ると書いてあるから、それがなかったらダメじゃん」
というのが私の意見。
結局、業を煮やした私はシュートメに頼み、電話をかけてもらった。
「あの子はそうなのよ、スティーブ(義父)も同じなのよねえ」
こういう面だけは、私とシュートメは気が合う。
日をおいて、何か所かに電話をかけ、いろいろとしちめんどくさいことがあって、結果的に旅行の半月前にカードが届いた。
「ほーらね」
と夫は言ったが、私が受け取った先方からのメールによれば、私が急かしてあれこれやったことが功を奏して送られてきたのだと思う。



無事フランスに行ったはよかったが、当時はハワイに戻って来る24時間前にコロナのPCR検査を受けなければならなかった。
フランスでは特定のドラッグストアで検査を受けられるのだけれど、最終地のパリに着いてみたら、ホテルの近くの検査ができるドラッグストアはわかったが、そこは日曜日が休み。
私たちがパリを出るのは月曜日だから、日曜日でも開いているところを探さねばならない。

こんなとき、あなたならどうする。

私はすぐにでもドラッグストアの場所を確認しておかねば気がすまないタチ。
ところが夫はぜーんぜん違う。
ホテルのフロントデスクの人に、近くにあるドラッグストアの場所を聞いたまではいい。
でもそこが日曜は休みで、日曜でも開いているところは他にあるのだとデスクの人が言ったら、

「あ、そう。なんとかするよ、ありがとう」

と言うではないか。
なんとかする、ってどうすんの。
見知らぬ土地でどうやって日曜もあいていて検査もできる所を探すのさ。
今ここでこの人に日曜も開いてるところを教えてもらえば解決じゃん。
かと言って、夫はドラッグストアを探すでもなく、そんなことは忘れたかのようにパリの街を楽しんでいるのだ。

その日の午後、夫が部屋にいる間に私はフロントに降りて、日曜もあいている場所を地図に書いてもらった。
私が聞かなかったら、どうするつもり。


そして日曜日の朝。
プロバンス地方に滞在しているシュートメからメールが来た。

『明日からPCR検査をしなくてもハワイに入ることができるようになったらしいわよ』

「ほーらね、なんとかなったろ」

確かに。
なんとかなった。

私はただ規則に従ってきっちりしたいだけで、手を打てることはしておきたいだけで、何が悪い。
なんとかなるさ、と何もしない夫はリラックスしていて、焦ってキリキリしている私はストレスが溜まって楽しめないでいるなんて、なんだかとっても腹立たしいことこの上ない。
だからといって、私はきっとこの先も夫のようにはなれないのもわかっていて、それがもっと腹立たしいのである。