今回紹介するのは、ここには初めての方。K・Kさんの作品です。いつも、きっぱりとしたよく分かる文章を書かれます。
【 キュウリ
開け放した窓から初夏の風が入ってくる。昨日のこと、夕食にキュウリの酢の物を用意した。
すると、夫は「あの時、君はキュウリを一本丸ごと持って来て、びっくりしたよ」と、私の顔をみて笑った。四十年も前のことになる。結婚前の夫とデートでハイキングに行った時のこと。私は弁当におにぎりとキュウリを丸ごと持って行った。「えっ、そんなこと覚えているの?」。私にとってキュウリの丸かじりは当たり前。あのパリッとした食感がたまらない。味噌をつけても塩をふっても良しである。
「実は今だからうち明けるけど……」夫は切り出した。私と付き合う前に、別の女性と出かけた時、彼女はおしゃれな籠にサンドウィッチを作ってきた。でも、パンの切り口に包丁の錆が付いていて、幻滅した── とか。「薄黒いサンドウィッチは食べる気がしない」夫は顔をしかめた。そして、私のキュウリ丸ごと一本にも「何だ、これ」と驚いたという。
私がキュウリの丸かじりを好きなのは父の影響だ。農家の二男だった父は、サラリーマンになり、転勤もした。が、その先々で畑を借りて野菜を作っていた。休日には家族で弁当を持ち、畑で遊んだ。採れたてのキュウリをポキッと折って、その場で食べる。
その父も昨年、九十二歳で旅立った。あのキュウリはもう食べられない。もの言わない父に、私は「やっぱり、キュウリは丸かじりだよね」と話しかけた。】
【 キュウリ
開け放した窓から初夏の風が入ってくる。昨日のこと、夕食にキュウリの酢の物を用意した。
すると、夫は「あの時、君はキュウリを一本丸ごと持って来て、びっくりしたよ」と、私の顔をみて笑った。四十年も前のことになる。結婚前の夫とデートでハイキングに行った時のこと。私は弁当におにぎりとキュウリを丸ごと持って行った。「えっ、そんなこと覚えているの?」。私にとってキュウリの丸かじりは当たり前。あのパリッとした食感がたまらない。味噌をつけても塩をふっても良しである。
「実は今だからうち明けるけど……」夫は切り出した。私と付き合う前に、別の女性と出かけた時、彼女はおしゃれな籠にサンドウィッチを作ってきた。でも、パンの切り口に包丁の錆が付いていて、幻滅した── とか。「薄黒いサンドウィッチは食べる気がしない」夫は顔をしかめた。そして、私のキュウリ丸ごと一本にも「何だ、これ」と驚いたという。
私がキュウリの丸かじりを好きなのは父の影響だ。農家の二男だった父は、サラリーマンになり、転勤もした。が、その先々で畑を借りて野菜を作っていた。休日には家族で弁当を持ち、畑で遊んだ。採れたてのキュウリをポキッと折って、その場で食べる。
その父も昨年、九十二歳で旅立った。あのキュウリはもう食べられない。もの言わない父に、私は「やっぱり、キュウリは丸かじりだよね」と話しかけた。】