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書評 渡辺明が見た藤井聡太   文科系

2020年09月30日 15時27分34秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など

 これは書評である。ただし、ある本ではなく、ある文章の書評だ。あまりに面白く、かつ人物を描いたルポルタージュ(現地報告)としても後世に残るような名文と感じたから、こんな異例の書評を書くことにした。今日本を大きく騒がせている藤井聡太をこともあろうにスポーツグラフィック・ナンバー1010号が特集して大きな話題になったが、そこにこういう文章が収められている。『渡辺明「敗北の夜を越えて」』、作者は大川慎太郎という将棋記者らしい。この文章には何よりも先ず、日本将棋界に藤井聡太革命とも言える事態が起こったことが余すところなく描き切られている。ついで、そこまでの名文が出来上がったのは、棋聖戦敗北の当日夜に潔すぎるほど正直に「敗戦の辞」を語った棋界の第一人者渡辺明の人柄、功績とも言える。このことに関わって文中こんな下りがあるので、それを初めに紹介しておきたい。

『別れ際、「徹夜ですよね。原稿、頑張ってください」と渡辺は微笑んだ。
 一人になってから、彼の人間性について思いを巡らせた。なぜ棋士人生を揺るがすような痛恨事を、その日のうちにこれだけ率直に語ることができるのか』
  ちなみに、この記事原稿の主要部分は翌日の昼が締め切りだったとのこと。だからこそ渡辺が「負けた場合には『社会的ニュースになるはずだから』、この夜の内に」と、大阪から東京に帰る21時発新幹線車中で大川の取材に応じることになっていたもの。そう、このルポの冒頭に描いてあった。この二人、なにか積年の信頼関係が偲ばれたものだ。

 さて、まずとにかく、「敗戦の辞」を追ってみよう。
『車中、渡辺が「終盤力が違いすぎるよなあ」とポツリと漏らした。これが、敗局について発した初めての言葉だった』
『それでも(最終局の)終盤戦で藤井に指された8六桂という自玉の逃走路を封じられた一手について語る時は、少しばかり早口になった。「まったく見えなかった」と渡辺は憮然とした表情で言った』
『冒頭で挙げた2つの手(第1局は1三角成り、第2局は3一銀)と、第4局の8六桂。藤井は勝局のすべてで、自身を代表するような名手を放った。そんなことは一流棋士でも生涯で5回披露できれば十分だ。・・・・ 渡辺の口調が熱を帯びてきた。
「過去にもタイトル戦で負けたことはあるけど、この人にはどうやってもかなわない、という、負け方をしたことはありません。でも今回はそれに近かった」
 白旗を揚げたようにも聞こえた』
『36歳の渡辺は藤井の倍の年齢だ。・・・・藤井の登場によって自分の将来の立ち位置が見えてしまったということはないのか。緊張しながらそう尋ねた。
「それは今日、棋士全員が思わされたことでしょう」
 穏やかな声色で渡辺は答えた。そこには自嘲も謙遜も悲嘆も感じられなかった』
『藤井との対決はこの棋聖戦が最後ではない。今後、彼とどう戦っていくのか。
「現状では藤井さんに勝つプランがありません。だっていまから藤井さんのような終盤力を身につけようとしても無理だから」』
 と、このルポはここまで来て、ここの冒頭に書いた「徹夜ですよね。原稿、頑張ってください」へと続いていく。

 さて、このルポの結びである。
『最大の注目は、1カ月前の敗北の夜「プランがない」と語った藤井との再戦だ。
 「次は普通にやります」
 渡辺は一呼吸おいてから続けた。
「棋聖戦は藤井さんとのタイトル戦初対戦だったので、向こうの情報はほとんどなかった。でも番勝負で指して分かったこともある。だから次は普通にやりますよ。何度も負かされ続けたら自分の将棋をガラッと変えることも考えるでしょうけど」
 藤井と再び相まみえるのは遠くない未来だろう。おそらく私はまた、取材を依頼するはずだ。その時、渡辺は負けた場合のことを伝えてくるのだろうか。』
  この文章は、今回の棋聖戦敗北の夜を控え、それに備えて起こった、「負けたらその日のうちに新幹線で取材に応じる」と渡辺が大川に応えてきたその異例を受けているのである。

 以上、このルポは、藤井聡太という18歳の若者が日本の伝統文化の一角に起こした革命的出来事と渡辺明という人物とを描き切ったようで面白い文章だし、同時に取材方も含めて文章として極上のものとも読んだ。この記者、大川慎太郎を今調べてみたが、日本大学法学部新聞学科を出て、講談社などにも勤務し、今は雑誌「将棋世界」の編集者をやっている将棋観戦記者とあった。なるほど、である。

 

 最後になったが、この藤井聡太君、まだまだ負け始めることもあるかも知れない。全棋士中勝率ナンバーワンを続けている藤井君だが、豊島前名人にだけは5連敗進行中であるのに対して、この記事の後に渡辺明が豊島から名人位を奪い取っているのである。誰が考えたってこう思う。今の藤井君には弱点もあって、豊島はそれを見抜いて来た。豊島の過去を振り返れば、これら勝利のヒントがAI研究にあることは明らかだから、そういう観点から皆が藤井・AI棋譜の対照研究を血眼になって重ねていくだろう。

 

コメント (1)
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