あかない日記

写真付きで日記や旅行・趣味を書き留める

ベトナム紀行(21) ベトナムのビール

2014-03-21 | ベトナム紀行

 

この 「333」 (バーバーバー)ビールは缶のみだが

 フランスの醸造技術を導入しているとかで 泡立ちが良く

 さわやかな香と さっぱりとした味わいで飲みやすかった。

 

 因みに ベトナムのビールは アルコール市場の約97%を占めている。
 
ベトナム人のビール消費は アジアの中で中国 日本に次いで第3位とか。

 ビール会社は 中小を含めると多く乱立しているが 

SABECO VBL(ベトナムビール工場)  HABECO の

大手ビール会社3社が ベトナム生産量の89%を占めており

 順に45% 22% 22%となっている。 (2012年)


 各社の主なものは

・SABECO: サイゴン(緑・ライト 赤・レギラー) 333 サイゴンラガー
・VBL:  ハイネケン タイガー 
・HABECO: ハノイビール

また ベトナムのビール市場へは 

既に いくつかの外国企業が参入している。

  そのなかでは サッポロホールディングスと

世界最大のビールメーカーである AB InBevの2社が進出している。

 


ベトナム紀行(20) 夕食

2014-03-20 | ベトナム紀行

 

ホーチミン 第一日目の夕食は 統一会堂 近く 

3区 Vo Van Tan通りの路地の中にある

オールドベトナムスタイルのベトナム料理店 「ベトヘリテージ」


ベトナム人はシフードが好物で 特にカニ料理が一番とか

そこで 今回のツアーにも組み込まれており

  「カニ三昧」の夕食が用意されていた。

 
渡りカニを蒸した料理はHap ゲーハップという。
(ゲーは渡りガニのこと ハップは蒸し料理)、

渡り蟹をゲーと呼び、その他のカニはCua(クア)とは区別している。

我々も 地ビールで 「モッハイバーヨー!」(1、2、3、乾杯!)

 

 

 


ベトナム紀行(19) 戦場のカメラマン

2014-03-19 | ベトナム紀行

 

 「安全への逃避」  (資料から)

 

前の「マジェスティックホテル」に関わる話題を もう一つ

前回は 開高 健 でしたが 同じくベトナム戦争の取材で
 
戦場カメラマン 澤田 教一(1936~70年)が 


1965年 1か月自費で単身現地に入りし このホテルに滞在していた。


そのベトナム戦争の最前線で 撮影を続けた中の一枚 「安全への逃避」


アメリカジャーナリズム界の最高峰・ピュリツァー賞を受賞し

 一躍トップカメラマンの仲間入りをしている。


澤田の このときの様子を交え このホテルの名を冠にした


 「ホテル マジェスティック 〜戦場カメラマン澤田教一 その人生と愛〜」が
 
 2013年 日本で 玉木宏主演 上演されてもいた。

 

 

 (web資料から)

 


ベトナム紀行(18) ベトナム戦記

2014-03-18 | ベトナム紀行

 

前回の「マジェスティックホテル」の話題で

 ジャーナリストが多く利用されたことに触れたが


このホテルに 作家の開高健(1930年生)が

 朝日新聞社の特派員としてベトナム戦争を取材するため

1964年11月から100日間滞在している。

 

その間に南ベトナム政府軍の先頭部隊に加わり

 ベトコンとの対戦に参加するなど 


戦時の取材が 「ベトナム戦記」として1990年に刊行されている。


刊行から半世紀 20刷にもなり 今でも読まれていることがよく分かる。


特に 2月14日のジャングル戦のくだりは生々しく鮮烈で
 
200人の第一大隊うち 帰還したのはたった17名だけだった・・・・

我々は 今こうして平和裏に観光できるが 半世紀前のことである。

 


ベトナム紀行(17) マジェステックホテル

2014-03-17 | ベトナム紀行

 (資料より)

 

ドンコイ通り1番地 サイゴン川に面して
 
四大コロニアル風ホテル 四つ目


「マジェスティックホテル」がある。

 
コンチネンタルホテルと並び称される サイゴンを代表するホテル。


1925年 フランス植民地時代に開業したホテルで
 
白亜の格調高い5星ホテル 客室は175室。


フランス植民地時代にはフランス人の社交場として

第二次世界大戦中には日本軍の宿舎として使用され

 また ベトナム戦争中には


海外特派員やスパイの活動拠点としても 頻繁に利用されている。

 
その後 ベトナム戦争中には 対岸のサイゴン第2区での戦況がよく見えるため


西側の軍関係者やジャーナリストの数多くが定宿し
 
ベトナム戦争の情報を各国に送っていた。

 南北統一後 南ベトナム政府の公式な迎賓ホテルとして使用され
 
外国の大統領や著名人も多く滞在している。

 

*

   チュオン・タン・サン・ベトナム社会主義共和国主席及び同令夫人が
 
国賓として来日しており

        今日は 天皇皇后両陛下との御会見と 宮中晩餐が開かれる由。

 

 

 


ベトナム紀行(16) レックスホテル

2014-03-16 | ベトナム紀行

 

 屋上には使用が認められているグエン王朝の王冠マークが目印になっている。


こちらは レロイ通り とグエンフエ通りの角に
 建つホーチミンの四大コロニアル建築のホテルの一つ  「レックスホテル

2008年に全面改修され 4星から5星のホテルに生まれ変わっている。

レックスホテルの前身は 
1959年 ベトナム最後の皇帝バオダイの親族である
Ung Thi夫妻が買い取り 
拡張工事をして6階建てのRex Trade Centerとなっていた。

その後 いろいろな変遷を経てきていることから
 ベトナム近代史を刻み 80年以上に渡り
 サイゴンのランドマークとして 現在に至っている。

 
現在のレックスホテルは 
ベトナムの政府要人や企業のVIPしか使えない宿泊施設や
24時間飲食がフリーな専用ラウンジが作られていることは
 他のホテルと比べ 異色の存在となっている。

 

 


ベトナム紀行(15) グランドホテル

2014-03-15 | ベトナム紀行

 

 

ホーチミンの四大コロニアル建築のホテルについての話題

コンチネンタル グランド レックス マジェスティックの一つ

 「グランドホテル」は 
ドンコイ通りに 面してある。
 
1930年代のコロニアル風の建物を 1997年に改築している。

 ドーム状の丸屋根の塔と出窓が 特徴の4つ星ホテル。

建物は 新館と旧館に分かれ 客室は233室
 
その内旧館は 昔のスタイルで 高級感がある78室

 新館は 機能的なアメリカンスタイルあるとのこと。

 


ベトナム紀行(14) コンチネンタルホテル

2014-03-14 | ベトナム紀行

 

 

ドンコイ通り西端 市民劇場の横にある 正面の建物は

ホーチミンの四大コロニアル建築のホテル 

コンチネンタル グランド レックス マジェスティック

の一つ 「コンチネンタルホテル」。

かつてのサイゴンの時代を懐かしむことができる 歴史あるホテルで

1880年に 建築されたホーチミン市 最古の高級ホテル。

一階カフェの屋外テーブルが並べられ東洋のパリを醸し出している。

世界の要人や著名人が宿泊し 

カトリーヌドヌーブ主演の映画「インドシナ」の舞台にもなっている

 

 


ベトナム紀行(13) チャンフンダオ像

2014-03-13 | ベトナム紀行

  

ツアー一行が ショピング中 抜け出して 周辺を散策。

ドンコイ通り最南端部サイゴン川に面して 

半円状のロータリーの中心部 メリン広場に


13世紀 南下政策を推し進めるモンゴル軍の3度に渡る侵略を退けた

ベトナムの国民的英雄 陳興道 (チャン・フン・ダオ 1228─1300年) 将軍の

前方に指さす立像があった。


驚くことに このモンゴル軍は日本・鎌倉時代に

2度にわたり侵攻した「元寇」だけではなく 

このベトナムにも襲来していたのだ。

英雄の名を冠した

チャンフンダオ通り(ペンダイン市場前~チョロン地区)や寺院もある。

 


ベトナム紀行(12) ショッピング

2014-03-12 | ベトナム紀行

 

   ドンコイ通り 87番地と145番地に 
  
2店舗ある ベトナム雑貨の店 「Tombo」に案内される。

   店名から 日本人の経営かもしれない?

   サンダル バック アクセサリー 刺繍小物などの
 
 ベトナム雑貨が 綺麗に並べられている。

   日本人客も多いと見え 日本語のできる店員もおり
  
押し売りや マンツーマンでなく 感じのよい店だった。

   家人は サンタダルを2足 お土産に買い求めていた。

 

 


大地震(82) 東日本大震災三周年追悼

2014-03-11 | 東日本大地震

東京・国立劇場

 

今日 3月11日 東日本大震災から 3年を迎えた。

震災による死者は1万5884人 行方不明者は2633人になるそうだ。

被災地では絆を大切にしつつ

復興に向けて懸命な努力が続けられている。 

この3年 当方としては何もできなかったが せめてこの日にはと

政府主催の東日本大震災三周年追悼式の一般者として

花一輪をささげ お祈りさせていただいた。



 

 


ベトナム紀行(11) ドンコイ通り

2014-03-11 | ベトナム紀行

 

   第1日目の見学は ホーチミン市 

  市内中心地  特に 「ドンコイ通り」の散策とショッピングにあてられている。

  「ドンコイ通り」は サイゴン川沿から聖マリア教会まで
 
 北西に伸びるホーチミン随一の目抜き通りで

  “ベトナムのシャンゼリゼ通り” とも呼ばれ

   約1Kmの短い通りの両側には 外国人観光客向けの土産物屋
   
有名高級ブランド店やコロニアル風の建築群が軒を並べ
  
 街路樹が街頭の両脇に整然と並んでいる。

   当方には ヨーロッパを感じるが
  
 “ヌックマム”(ベトナムの漁醤)の香りもまざってなんともいえない

   
独特なにおいが漂い 
  
 “シャンゼリゼ通り”とは思えなかったが・・・


ベトナム紀行(10) ベトナム国歌・国旗

2014-03-10 | ベトナム紀行

 

  前回の ベトナムの国に話題に続き 国歌 と 国旗について 

  「国歌」は 社会主義の国ゆえか 戦場へ向かう「進軍歌」が採用されている。 

  また 「国旗」は “金星紅旗

  と呼ばれ 赤地に黄の星を置いている。

   「赤」は 独立の為に人民が流した血


   「黄(金)」は 革命、

  
 「星」は 社会主義の象徴 

  
 「五本の星の光」は 労働者 農民 兵士 商人 知識人
 

  を表している。

 

 


ベトナム紀行(9) ベトナム国

2014-03-09 | ベトナム紀行

                             

(資料から)

 

  ベトナム国の正式名は 「ベトナム社会主義共和国

  国名のベトナムとは、中国語における「越南=南方に建てた越の国」に
 
 由来している。


  首都はハノイ。 公用語はベトナム語。
 
  歴史的に中国から フランスからも影響を受けているので


  漢字を起源にしているがアルファベット表記に。

  面積32万9,241平方km(日本のおよそ70%) 
  
人口は 約9千万人(2011年)。


  国土は 南北1,650km 東西600kmに広がり 細長いS字に似ている。
 
 南北に細長く 北には紅河デルタ 南にはメコンデルタに 水田が広がる。

  北部は 亜熱帯性気候 南部は熱帯モンスーンに

属しているので 気候は 大きく異なる。


  南部は5月~10月頃が雨季 11月~4月が乾季で
  
年間を通して気温は高く 

  
最近では 気候変動のため乾季でも雨が降ることがあるそうだ。


  北部には首都ハノイ 中部・ダナン 南部・ホーチミンシティが
  
主要都市としてあり 
日本との関係は良好で 
  
世界でも有数の親日国家として知られている。

   ベトナムの世界遺産は 文化遺産が5件 自然遺産が2件あって

  今回のツアーでは

   
 「フエの建造物群」 「ホイアンの古い町並み」 「ミーソン聖域」
    
「ハノイのタンロン皇城の中心区域」 と「ハロン灣」の
 
 5箇所を巡ることになっている。


 


ベトナム紀行(8) ホーチミン市

2014-03-08 | ベトナム紀行

 

    ホーチンミンの宿泊ホテル

 
  第1日目の宿泊は ホーチンミン市内中心地(1区)から離れ
  3区(空港から1区に向かう道沿いの地区)に位置し
  290室ある 4星ホテル「RAMANA」。 2011年に前面改修している。


  空港から このホテルに直行し 荷物を置き 市内見学に向かう。 

  ここで あらかじめ ホーチンミン市について
  前身は 旧南ベトナムの首都サイゴンだったが
  ベトナム戦争で陥落し 1976年の南北統一後

  旧北ベトナムの指導者だった ホー・チ・ミン にちなんで改称された。

  「サイゴン」とはベトナム語で “カポックの生える場所” という意味で
  市民は 今でもサイゴンと通称で呼び 
  公式なときにだけホーチミン市としている。 
  市内にはサイゴンの名のつく施設等が多くある。

  当方も「サイゴン」のほうが馴染みやすいが・・・

  「政治都市」の首都ハノイに対し 
  今は「経済都市」として発展し続けている。

  ベトナム東南部に位置し 首都ハノイの1,760km南にある。
  面積2,095 km2(ベトナム全土の0.63%)
  1~12の番号の区と名前で呼ばれる10地区があり

  人口約740万人(2010年)
  平均海抜は19mで サイゴン川の西岸にある。

  気候は熱帯気候で 平均気温は28度 湿度は75%。
  雨季と乾季に分かれ 雨期は5月から11月
  毎年平均して約1800mmの降水量がある(雨天は年約100日)。