アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

内藤晃~ピアノで味わうバッハ~

2013年05月25日 | ピアノ
またもやベヒシュタインサロンへ(^-^)

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おととい来たばっかり、弾いたばっかりのベヒシュタインフルコンで、今度は内藤先生が弾くんだもんね。なんか不思議な感じ。

今日は、スケルツオさんといっしょに、近くのホテルでビュッフェランチしてから満を持して(おなかいっぱい)ベヒシュタインサロンへ。
ほんとはれんしうかいの前もみなさんランチだったんですよ。でも私は、ケチって午後半休しかとらなかったから行けなかったの。カタキをとったぞ(?)

今回のコンサートは、澤谷夏樹氏のミニレクチャー付き。向学心に燃えていない(←おい)私としては、まぁ話はサクサク済ませて内藤先生の演奏に行ってくれたまえ、くらいの失礼な気持ちでいたのだけれども(^^;; レクチャーおもしろかったです。話上手で。

「音楽と言葉」の関わりをいろんな面から、たとえば
・半音で下降するメロディーが嘆きを表す(音が意味を持つ)
とか
・言葉のリズムを音楽に取り入れる
とか。
メモも何もとってないんで記憶があやふやですが、モーツァルトのフィガロの結婚ってのは、モーツァルトが貴族を皮肉ったりしてるわけですが、そういう思い切った「おちょくり」というのを「やっちゃおかな」「やっちゃえ、やっちゃえ」「やっちゃおー♪」みたいな対話があるとかですね。

誤解をおそれず大胆にかいつまんでいうと、内藤先生の演奏は対話たっぷりしっかり多めなんで楽しんでください、という感じでした。

それでね。

バッハって、自分が弾くとなると敷居が高いんだけれど、それはなんか難しそう…何が難しいのって、音を並べること自体、「メロディー+伴奏」じゃないから慣れてない、という低レベルの事情がまずあったりする。けれどほんとうのところは何が難しいかというと、楽譜の書かれ方がいまどきより「ざっくり」してて、ぶっちゃけ音符しか書いてないので、

白文(返り点も打ってない漢文)

みたいなもの。基本のお約束をはずして勝手に解釈すると、

「てふてふ」を「ちょうちょう」でなく「てふてふ」と読んでしまう

ようなハズしたことになってしまう。だから、残念な演奏をしないためには、まず教養がなくちゃいけないわけ。

ここまで聞くと、たいがい逃げ腰になって、「バッハやめとこ」と思うわけですけど、内藤先生がおっしゃるには、たいへん余白が多い(自由度が高い)、楽しむ余地がたっぷりあるものだとか。

実際のところ、先生が弾くバッハは、ペダルもいろいろ駆使してピアノの能力をめいっぱい引き出して多彩な音色で表現されていて、それでなにより、弾く先生がめちゃくちゃ楽しそうなんだもの。ほとんどうきうきしているようにすら見えます。

おととい、自分たちで弾いた同じ楽器とはもう「別人」という感じですが、もともと、私たちも、そんな乱暴に弾く人はいなかったし、いい楽器だから、おおむねきれいには鳴ってたと思うのね。でも、何が違うってその多彩さなんです。こんなにいろんな音が出るのか~って。それが自在に組み立てられてて、確かに「対話」。たっぷりおしゃべりなんですよ。

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コメント (8)
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