アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

線形性があるとかないとか

2015年06月23日 | 大学生活
大学に入ると、数学が二つに分かれて、「解析」ってのと「線形代数」ってのがあった…と思う…(いまいち自信なし)

   にほんブログ村 教育ブログ 中高一貫教育へ←大学での数学がなにやってるかわからなかった人にはこの本マジお奨め。

私にガツンと門前払いを食わせたイプシロンデルタは「解析」のほうで、いやとにかく手の打ちようがなかった。
でも、「線形代数」のほうはもうちょっとは、ほんのちょっとだけだけど、とっつきようがあるような気がしたんだけどね…

なんか最初あたりは二行二列の行列とかでてきて、操作的なことも多少説明あったから、なんとかなるんじゃないの、というか、
それに科目タイトルがねぇ、なにしろ「線形」っていうんだから、なんとかなりそうな雰囲気を醸し出しているじゃないですか。

「線形性がある」とか「ない」とかいうのは、まぁだいたい日常用語(日本語)と認めてあげてもいい(よね?)

中学受験で取り上げる理科の計算問題とかいったらともかく「線形性」があるような話ばっかりで、
ばねに10g、20g、30gの重りをぶら下げたらそれぞれ伸びは1cm、2cm、3cmになるとか、
それでちょっとびろーんって伸ばしすぎたら、いまいちうまく戻らなかったりして(非線形)って話まではでてこない。

ほんとは日常生活、特に生物がらみの話になったら非線形ばっかりなのかもしれないけど、
そんなややこしく考えなくても、そんなに厳密に考えなくても、ざっくり「線形」とみなして推測すれば足りるようなこともいっぱいある。

小学生向けの理科でまず「比例」の考え方を徹底的に身に着けるってのは非常に理にかなってるよね。いかに数学苦手を自認する私だって、そこらへんまでは自信持って考えられるじゃないですか?

それで、「そっから先はどうせ非線形だからさぁ、考えても無駄だからやめとこ」とかいってればいいわけですよ。

だから、なんとなく…いやー、あくまで、なんとなく、なんだけど、「線形代数」ってんだから、そんなに難しくないでしょ?? 「線形」っていうんだからさぁ、とか思わなくもなかったんだけど、これがまたさっぱり日本語扱いの下手な先生で、結局何やってるかわからないというか、私の知ってる日常用語の「線形」と、「線形代数」がどういう関連にあるかもよくわかんないまま終わってしまった。

別のクラスの先生で、高校の数学みたいに計算練習から入っていってぼちぼち説明をした人がいたらしい。その話をしてくれた人(数学はそんなに得意でない理系で、化学に進んだ)は、解析はともかく線形代数はまぁまぁわかったといっていたけれど。

まぁどういうやり方がいいのか知らないけど(中身を知らないんだからわかるわけがないけど)、とにかく大学の(当時の)数学の先生ときたら。人にものを教えるとか説明するとか、そういうことをまじめに考えたことがないのかしら?? 確かに、高校までの先生と違って「教え方」についてきちんと習う機会はなかった人たちなのかもしれないけど、それにしたってねー、教えることだって給料のうちなハズなのに、その自覚があるようには見えなかった。

数学の先生以外はそこまでひどくなかったと思う。浮世離れの程度が。

でも、「プロの数学」の松野陽一郎先生は説明がうまいですね。特に、一般人が、数学畑の人の話しぶり、説明ぶりを見て「えぇーー」「誰得!?」と思わず白い目を向けてしまうポイントがどこかということをよくわかっているようなのだ。これはすごい。

この本は、四部に分かれているけれどその二つ目が「線形性とは」。ここで、私が謎とカオスのまま終わらせてしまった「『線形代数』の線形って?」という疑問にまるっと答えてくれているだけでなく、基底とか固有値とか、直感的(図形的)な理解からもうちょっとちゃんと式をこねくり回す理解まで、ずいぶん要領よく、読みやすく書いてくれてます。

章の冒頭に取り上げられている入試問題は
------
xy平面上の一次変換fが次の3条件をみたすとする。
(1) 点(1,0)はfにより第4限の内部にうつる。
(2) 点(0,1)はfにより第2象限の内部にうつる。
(3) 点(1,1)はfにより第1象限の内部にうつる。
このときfには逆変換が存在することを示せ。また、点Pの像f(P)が第1象限の内部にあれば、点Pも第1象限の内部にあることを示せ。
------ 1988年東大理系
というもの。ずいぶんシンプルな問題で、たぶん私が入試のときにこれに出会ったら、なんか解けそうな問題があってよかった(←零点回避)と喜び、fを表す行列をa,b,c,dでおいて式を書いて…とか思うけど、この本では、これが一次変換の図形的な意味(方眼紙の変形)からいって当たり前の話であること、それをきちんと説明するにはどうしたらいいかも平易に説明してあって感動した。

もちろん大学での数学はその先から始まるんだけど。でも、うまく「誰得」とか「意味」や「操作」を交えて説明してくれれば私だってわかってやらんでもない(←上から目線でいってみた)、この本とか見れば「やればできるじゃん!!」。もっとがんばりなさいよ数学の先生。と思うのであった。

それでもし、私が大学に入ってからの数学もある程度理解して活用できるようになってたら何か人生変わったかというと…ねぇ。よくわからないんだけれども、生活のうるおいというか、ものの見方というか、まぁ少なくともプラスではあると思うんだ。やっぱりわからないよりわかるほうが、人生ちょびっとおもしろくなるもんだよ。

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私が数学わからなかったのはどう考えても教え方が悪い!

2015年06月22日 | 大学生活
すみません、「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」というコミックスタイトルのパクりですがこのブログ読んでる人のほとんどは知らんですよね(私もたまたままたろうの本棚で見かけただけ)。

   にほんブログ村 教育ブログ 中高一貫教育へ←数学得意でしたか? 今、数学は生活に生きてますか?

私は元々数学苦手の理系ですが、だから数学がイマイチあやふやなのわかっててあえて「理系男子と結婚しよう」なんて不純な動機で理系を選んだのが悪いと言われればそれまでですが、ともかく大学に行ってからの数学って、これっぽっちもわからなかったのでした。

どうわからないかというと、何をやっていたのかがわからないレベル。

じゃあどうやって卒業したのかというと、えー別にカンニングじゃないですよ。でも
・人脈で過去問ゲット
・人脈で解答作成
・前夜、「写経」して手に覚え込ませる
・テスト当日、なぜか類題だけなんとか解ける(!?)しかし徹頭徹尾意味不明

というようなやり方なんで限りなく他力ではありますが、とにかく単位とって、でもそんなやり方だから速やかに忘却してしまって、いつも「あれはなんだったんだろう」というような。

もちろん私も最初は授業に出ていたんだけど、そこでイプシロンデルタどうとかで、実数が連続してるとかいうそりゃそうだろうよ的なことを延々とやってて誰得かわかんなくて、ついでに先生の字がきたなくてxとyの区別もつかず、滑舌も悪くて何をいってるかわからず、要するにある程度わかってなくてはそれを判読してノートを取ることもできないという状態。

それでその無益な授業を諦めて以降は出席せず、もっと有益な何か…青春とか…に時間を費やしたんだけれど。

そのことは別に後悔してないし、今別に数学わからないからって困らないし、一生ほっといてもかまわないっちゃかまわない。

けど、こじろうが大学生(理系)になって大学の数学が始まると、はたから見ていてなんとなく、そこまでわかんない話してないみたい?? 確かにイプシロンデルタのあたりはこじろうも「誰得!?」って母と同じ感想を抱いたらしいけど、でも線形代数はもっととっかかりのある内容だしねぇ。またろうのやってた高専の数学はもっと、イプシロンデルタはなくって(^^;; ほんとに使う数学ばっかり書いてあったから、高校の数学あたりが終わってからも、まだずっと読めばわかるような内容だったのだ。

あのわからなさは何だったの!?

…という純粋な好奇心(つまり、なんの役にも立たない)で、たまたまブロ友さんのところで見かけた本をポチ。
「プロの数学 ―大学数学への入門コース(松野陽一郎)」

今日は会社の帰りに読みながら来たんだけど、
「そうだったのかー!!」
「おもしろいじゃん(o_o)」

んで、タイトルの感想に至ったわけです。

私の場合、英語とか国語とかであれば、むちゃくちゃ鋭く「出題者の意図」というものを察することができて、それで自分がわかってないところまで(笑) 正解を出すことができたりしたのですが、数学はその神通力がまったく効かなくてねー
…まぁ要するに、話のポイントがまったくピンときてないってことですか。

でもこの本だと、大学入試の数学の問題ってのが、数学屋さんのどういう発想で出題されたものなのか、ちょっとわかるというか、そういう数学的にとても大事なポイントをシンプルにすっと切り取って出したみたいな、それが数学屋さんの考える良問というものであって、でもそれって結局本質的な理解をしていない(けどいちおうまじめに数学は勉強した)高校生には逆に難しくなっちゃうので、だから東大京大の問題になってるんだなと。

それでつまり、私が早慶理工学部の入試数学ならわりとちゃんと解けたのに、東大の数学はわかんなかったのはそういうわけなんだな、とも。

(つづく)

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チェンバロとクラヴィコードは違う。

2015年06月21日 | ピアノ
チェンバロもクラヴィコードも、ピアノからいえばご先祖様みたいな。

   にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ←とにかく期間中にもう一度会いに行こうと思ったの。

というか、「両方のいいとこ取りしてピアノからフォルテまで出せるようにしたよーん」みたいのが元々の「ピアノ」の名称だったと聞きましたが(クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ)。

「~聞きましたが」というのは、試弾室に案内してくれたお姉さんの解説でということです。今、いくつかぐぐってみますと、クラヴィチェンバロというのは単に「チェンバロ」の正式名称で「クラヴィ」の部分の意味は「鍵盤」であり、クラヴィコードを意味していないとか?? どうなんですかね、本当のところ。誰か教えて。

名称の由来はともかくとして、
・弦を叩いて音を出す、というところはクラヴィコード側に似ていますが、
・音程があらかじめ作られた弦が張ってある、ひとつの音に複数の弦、というところはチェンバロ側に似ています。

いずれにせよ、同じような形の「鍵盤」を持っていてそれで演奏するので、
この三つの楽器の「どれか」を弾ける人なら、その他二つも、いちおう音が並べられるわけですね。

いちおう弾けますけど、弾き心地はけっこう違います。

ゆかりちゃんの影響もあって、何度かの機会を見つけてチェンバロに触れてきましたが、チェンバロの響きってほんと魅力的なんですけど、その魅力をしっかり引きだすにはちゃんとチェンバロの練習をしなければいけないと感じました。

なんといっても発音のメカニズムが違うわけなので。ピアノなら、一番下まで行ったときに「打鍵」となりますが、その手前の動きの最中もある程度の抵抗を感じます。チェンバロの場合、鍵を押しても爪が弦に触れるまでは何の手ごたえもなく、触れた瞬間に突然意外な抵抗、そして弦を「はじく」ということになります。

チェンバロをしばらく習ったら、少しマシにチェンバロを鳴らせるようになるかもしれない、でもそれはなまじっか弾くスタイルが似ていてメカニズムは全然異なるピアノを弾くときに余計な混乱をもたらさないだろうか?

チェンバロを弾いてみて、こんな素敵な楽器が家にあったら素敵ね、という発作的な所有欲はないでもなかったけれど、でもそれは具体的な形をとる前に簡単にしぼみました。ひとつは置き場所、またひとつは調律の手間という現実的な問題ですが、もうひとつ本質的な問題はそれがまったくピアノの代替品にはならないこと。つまり弾く技術が異質なものだと感じたことでした。

チェンバロを練習してもピアノは上達しない、ある面では混乱をもたらすかも、と思ったことが一番のバリアだったんです。

一方、クラヴィコードの場合、弾き心地はピアノとずいぶん違いますが、クラヴィコードを弾いて「少し慣れた」一時間後にピアノに向かったとき…これはまったく混乱しない、

むしろ、クラヴィコードで弾き方を苦心・工夫したことが、ピアノを弾くときにちょっとしたヒントになっている。

と思ったのです。

「打鍵」の瞬間と、そのあとの鍵盤の保持をピアノよりダイレクトに意識できて、ちょっとした弾き方の差がストレートに音に表れるクラヴィコードはほんとうにおもしろい楽器だと思います。昔の(モーツァルトさんとか?)作曲家はクラヴィコードで音を確かめながら作曲したとか…ほんとかどうか知りませんが、寝室にも持ち込めるサイズと音量を考えるとそんなこともあったかなと想像できてしまいます。しかもクラヴィコードを触っていても、翌日ピアノフォルテを弾く邪魔にもならないと思えばそりゃ便利ですよね。

・ピアノを弾くこととの親和性が高く
・置き場所コンパクト
・小音量で夜間もOK
・グラピより安価(かな?)
・チェンバロより調弦する本数が少ない(^^;;
・バッハやモーツァルトを弾くととっても幸せ

あぁぁー自分を押しとどめるネタが思い至らない…
いやひとつはあります。
・これを買ったら一生グラピはないな

金曜日のあと、なんかクラヴィコードのことばかり考えています。
これは恋なのかしら。

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クラヴィコードを弾いてからピアノを弾くと

2015年06月20日 | ピアノ
クラヴィコードはタッチが微妙なので、まずはもっとシンプルな曲で試そうと思い、バッハ平均律一番のプレリュード(ドミソドミソドミ)を弾いてみました。

   にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ←夜間に弾いてもOK、音の問題クリアですよおくさま

んー、うまく響いたり、響かなかったり、タッチの位置とか、スピードとか、いろいろ試すけどなんかうまく法則がつかめず…

それで、ふと思いついて楽譜を譜面台から下して(どのみちドミソドミソドミの楽譜が置いてあったわけではない)、爪が弦を打つところをガン見しながら弾いてみました。

(シンプル機構なんで丸見えです↑)

そうやってみると、つくづく思うのですが、単純な機構の楽器です。自分の指が鍵盤を押したらその結果がダイレクトに反映されてるというか、ぶっちゃけ「打鍵」と「打弦」はつながっているというか、それで目のフィードバックと耳からの音のフィードバックを合わせると突然「つながった」感触がありました。

あぁなんかわかったかも!!

と叫んで、曲後半は別人のように鳴りそこないが減りました。おゆき先生もびっくりです(^^;;

つまり自分が打鍵により動かした「爪」が振動する弦の端になっているところがミソなんですたぶん。

とかいってても自分で何がわかったのかよくわかんないんですけど。少なくとも、音を響かせ続けるには「端」はしっかり保持しなければいけなくて、決してそれが弦から離れてはいけないんです。ピアノだったら打鍵したあと、薄皮一枚、鍵を浮かしてもダンパーが戻らない範囲であれば音は消えませんが、クラヴィコードの場合、その脱力はNGです。

だからといってガチッと弾くのもきれいに響かせるのとはやっぱ違うみたいで、脱力は必要なんですけど、でもちょっとピアノとは違います。ともかく、打鍵のあとどうするかについてはピアノよりもっと意識しなければいけないようです。

考えてみると音程の作り方については、チェンバロやピアノより、バイオリンに似てますけど、
バイオリンの場合は弦を押さえる左手の指で音を出しているわけではなく、
弦の端でないところをこすって振動させているので、その点はもちろん違いますね。

クラヴィコードの音程の作り方、発音の仕方はこれまで私が触ったことのあるどの楽器(ピアノ、チェンバロ、フルート、バイオリン、和太鼓)とも違うんですが、でも何に似てるかっていえばそりゃピアノに似ています。

けれどもピアノよりもっと自分の動作と音の距離が近い感じです。

音のボリュームはほんとに小さいですけど、その中でとても繊細に変化がつけられます。
とはいえなかなか思うとおりにコントロールできませんが…
一回目より二回目、というふうに慣れてくるとますますおもしろいんです。

おゆき先生も最初「格闘」してましたが、だんだん上手に鳴らせるようになってきました。
私のような劇的ビフォーアフター的変化じゃなくて、
弾くたびに皮一枚ずつ真実に近づいていく感じで、たぶんリクツでなく耳で合わせているんですよね。

おゆき先生の弾くインベンションがとても素敵でした。

私もインベンションを弾いてみましたが、かなり忘れていたので(-_-;;
クラヴィコードのタッチ云々以前に、曲が弾けてないっていう残念な部分がありましたが、
それでもなんか「いいところ」がある響きが楽しめます。

ところで、せっかく同じ部屋にベヒシュタインのグランドがありますので、そちらでも同じ曲を弾いてみました。

インベンションの一番…

ピアノを一音鳴らすと、その音の大きさに自分でビビります(^^;;
あーびっくりしたっ

現代人はこんなでかい音に慣れておるのかね。

でも勇気を出して(笑)弾いてみると、これがまた!! このピアノもとてもいい楽器なんです。それで
「アンダンテさん、突然上手になったわ!! クラヴィコードを弾いてからピアノを弾くと変わるじゃない??」
…え!?

「アンダンテさん、クラヴィコードを買うべきなのでは??」
…え、えーーーっ(o_o)

(さらにつづく)

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クラヴィコード、ビブラートできる打弦楽器

2015年06月19日 | ピアノ
クラヴィコードと現代ピアノをひとつの部屋に置いて、さぁどっちも好きに弾いていいよっていうゴージャスな時間貸し企画があったので行ってきました!!

   にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ←日本家庭にも収まるコンパクトサイズ(!?)

クラヴィコードって、チェンバロみたいな「軽いけど見た目はグラピ型」じゃなくて、ちんまりした箱型のやつね。
これです:


チェンバロは、爪で弦をひっかいて音を出しますが、
クラヴィコードは、金属製の、マイナスドライバーの先っちょみたいなので弦を叩いて音を出します。つまり打弦するんですよ。そこはピアノに似ています。

そこまでは知ってたのですが…

チェンバロも、ピアノも、音の高さってのは弦を張ったときの強さと長さで決まっているもので、それをはじくなり叩くなりしてその決まった音程の音を出すわけですね。(←当たり前だろ、って今思いました?)

ところが、クラヴィコードの場合は、「マイナスドライバーの先っちょ」で叩いたときに音程が決まるんです。つまり、「先っちょ」の(上の写真でいうと)右側は響いているところ、左側は響いてないところ、なんです。えーーっ

なので、ひとつの弦を張って、叩く位置を変えれば、音程が変わります。
実際そういう、ひとつの弦で二つの音程を担当するってクラヴィコードもあるそうですが。
それってつまり、その二つの音は決して同時に鳴らせないってことよね??

今日弾いた楽器は、「ひとつの弦でひとつの音程」、ちゃんと鍵盤の数だけ弦が張ってあるものでした。
ピアノに近い、ともいえますね。だいぶ鍵盤が少ないですが(^^;;

ところで、今ざっくりと「ひとつの音程」と書きましたが、厳密にいうとその事情はピアノみたいにハッキリしたものじゃないんです。

今日の楽器はキルンベルガー調律という、わりと平均律に近い調律がされていましたが、それはあくまでも「そっと叩いた場合の」音程でいえばってことです。なにしろ、爪でぐっと叩く方式ですから、ぐぐぐっといけば、つまりより強く引っ張ることになるから音程が変わります。

つまり、なんと弾いたあとぐいぐいって押せば、ビブラートがかかるんです(^^;;

さらに、「純正律の響きがほしいな~」と思ったら、二つの音の片方をぐっと押すとかうまく(?)調整できれば、リクツの上では音程の幅を合わせられちゃうってことになります。えーーっ

もちろん、弦を叩くときの強さによって、音量の調節もできます。

そんなこんなで、案外表現の幅が広い楽器のようです。ただ、全体に音量が小さいんですが。


私が今、「音楽の星座」のために練習している(というかまだあんまりしてないけど)曲は、ブラームスとスターウォーズなので、そりゃクラヴィコードで弾くにはねぇ、ということで楽譜はモツソナを持って行きました。K333の三楽章です。

とりあえず弾いてみますと、なんか部分的に「いい感じ」なんですけど、とにかくきっちり発音するのが難しくて、「ぐぐっ」と詰まって途切れる音、げげっと変にびびった音、でもきれいに響く音も出るんですけど、どうすれば確実にきれいな音で弾けるのかよくわからないんです。

それと、鍵盤の数が少ないんで、音が下がっていったり、音が上がっていったりするとすぐ端が迫ってきて、
「あっ、鍵盤足りない?」って思ってうろたえてしまうんですね、どうも。
けど、大丈夫なんです…

クラヴィコードの、最高音、最低音のいずれも、よく出てくるんですが、決してそこを超えないんです。たぶん、「そういうふうにできている」んですね。要するに、モツソナが、クラヴィコードサイズ。

細かいトコがよく弾けてないのでちょっとなんなのですが、イメージでいいますと、こういうコロコロした曲はとてもクラヴィコードに合います。上手に弾いたらとっても素敵なんじゃないかな~

クラヴィコードに合う曲を、次々弾けたらいいんですけど、そういうわけにもいかないので(-_-;;
今日は強力な助っ人を頼んでいました。

おゆき先生に、「二コマ続きで予約してご一緒しませんか?」と誘ったんです。これで、自分が弾いたり、おゆき先生のフランス組曲を聞いたり、交互にできるし感想も言う相手ができるってことです。

クラヴィコードの響きは小さくてやさしくて、とても親密な感じです。
モーツァルトもバッハも、とても合います。シンプルな曲をきれいに響かせると、とても幸せです。

先生が「モーツァルトが五歳のときに作曲した曲」というのを弾いてましたが、あれ、とてもよかったです。

あーごくらくごくらく。(つづく)

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