古本屋で見付けた懐かしい本の見返しには見慣れた蔵書票が貼られていた。まだ学生の頃、僕が図案化したものを高価な専門書に貼り付けた三冊のうち僕の一冊、一死んだ友人の一冊、そして最後の一冊であるこの本が数十年ぶりに一堂に会したことになるが、感慨らしきものが何も浮かんでこないのは僕を含む本の持ち主が既にあの頃から遠く離れた存在と成り果てて久しいからだろうか。
古本屋で見付けた懐かしい本の見返しには見慣れた蔵書票が貼られていた。まだ学生の頃、僕が図案化したものを高価な専門書に貼り付けた三冊のうち僕の一冊、一死んだ友人の一冊、そして最後の一冊であるこの本が数十年ぶりに一堂に会したことになるが、感慨らしきものが何も浮かんでこないのは僕を含む本の持ち主が既にあの頃から遠く離れた存在と成り果てて久しいからだろうか。
友人の特技はカードリーディングだが、当人は周囲の状況や思考から導き出される予想された未来くらいしか読むことが出来ないと言っていた。ちなみにカードはどんなものでもデッキとして三枚以上あれば託宣効果が出るらしく、たまにお菓子のおまけカードや花札まで使う事がある。
細身のガラス瓶に詰まった透明の液体は、母に言わせると哀しい恋の末に海の泡となって消えた人魚の流した涙らしい。だからこの涙は強力な媚薬となるのというのが口癖だった母は生涯この瓶を大切にしていたが、本当ならその媚薬を使いたかった相手がいたことを私だけが知っている。
聖書の時代から珍しくなかった「マリア」の名を持つ女性は、やがて聖母マリアとは違った存在として伝承を重ねていった結果、聖女にして罪深い娼婦であるという個性を与えられた。肉感的で感情溢れるその姿は人間をただ清らかなるものとは捉えなかった人々に崇められ現在に至る。
クローバーの日本語名はシロツメクサだが、これは壊れ物の舶来品を箱詰めする際の詰め物に使ったのが名前の由来だと言う。そんな事も知らないうちから私は春になると無心に四つ葉を探しながら花輪を編み続け、大人になっても芝生の茂みに咲く白い花の群れに目をやってしまうのだ。
この世界を奥深く複雑にするのは影の役目だと彼は言っていた。光が遮られる事によって生まれる闇の濃淡が世界の厚みを作る。そして光と闇の何方にくみすることも出来ぬまま狭間に佇む哀れな存在が我々人間だと。それなら死んでしまった彼は光に焦がされ灰となったのか、それとも闇に落ちて跡形もなくなってしまったのか。
「
パンジーは『無益な恋』の別名を持つそうだ」
「可憐な外見の花なのにな。むしろ可憐に見えるからこその二つ名かもしれんが」
「スミレも同じだ、『先駆けて咲くがすぐ萎み、芳しいが長持ちせず、つかの間の香り、心の慰め』それだけだとオフェーリアの兄貴も言ってる。そういうものに身を委ねるのも楽しいかもしれないが、俺は御免だな」
「ひょっとして、また俺の親父かお袋が性懲りもなく見合い話でも持ち込んできだか」
パンジーは『無益な恋』の別名を持つそうだ」
「可憐な外見の花なのにな。むしろ可憐に見えるからこその二つ名かもしれんが」
「スミレも同じだ、『先駆けて咲くがすぐ萎み、芳しいが長持ちせず、つかの間の香り、心の慰め』それだけだとオフェーリアの兄貴も言ってる。そういうものに身を委ねるのも楽しいかもしれないが、俺は御免だな」
「ひょっとして、また俺の親父かお袋が性懲りもなく見合い話でも持ち込んできだか」
たかあきは晩秋の田舎町に辿り着きました。名所は古代から続く遊園地、名物は焼き菓子だそうです。
王都に帰る前日の晩、奴は使用人を全部下がらせた客間で杯を傾けつつ昔話を始めた。幼い頃、見知らぬ田舎町の遊具がたくさん並んだ場所で綿菓子を手にしたまま誰かと歩いていた記憶があって、最近ようやくその誰かが死んだ本当の母親だと知ったのだが、どうして彼女と自分が二人だけで館から遥かに離れたそんな場所にいたのかは未だに解らないままだそうだ。
王都に帰る前日の晩、奴は使用人を全部下がらせた客間で杯を傾けつつ昔話を始めた。幼い頃、見知らぬ田舎町の遊具がたくさん並んだ場所で綿菓子を手にしたまま誰かと歩いていた記憶があって、最近ようやくその誰かが死んだ本当の母親だと知ったのだが、どうして彼女と自分が二人だけで館から遥かに離れたそんな場所にいたのかは未だに解らないままだそうだ。