都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

大内ビル?

2025-01-12 | 港区   
大内ビル?
所在地:港区 虎ノ門1-25-12
構造・階数:木・2(+B1?)
建設年:戦後まもなく
解体年:2008〜09(平成20〜21)
Photo 2007.8.6

 壁面上部が半円状になったモルタル看板建築。切妻屋根妻入りで、壁面上部を半円状にして山型の妻面を隠している。一帯は建物疎開地区だったので、この建物も戦前のものではなく戦後まもなくの頃に建てられたものだったはず。

 周辺は現在は虎ノ門ヒルズ森タワーになっており、写真内の全ての建物は現存していない。また、撮影時に建物名の細かな確認をしなかったため、後で住宅地図を確認したがこの建物が大内ビルなのかどうかははっきりとは確認できていない。

Tokyo Lost Architecture  
#失われた建物 港区  #看板建築  #モルタル看板建築 
ブログ内タグ一覧
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

料理屋 菜根

2025-01-09 | 港区   
料理屋 菜根
所在地:港区 愛宕1-5
構造・階数:木・2
創業年:1959(昭和34)
解体年:2016(平成28)頃
Photo 2008.5.21

 愛宕山の山上にあった中国料理店。
 下記、芝地区地域情報紙によれば、もともとは戦後の1949(昭和24)年に現在の虎ノ門1丁目あたりで創業した店で、1959(昭和34)年に愛宕山の山上に菜根別館として開業したという。屋号の「菜根」は、中国の学者、洪自誠(こうじせい)の随筆集「菜根譚」(さいこんたん)から採ったものだそう。

 私自身はお店に入って食事をしたことがなかったので知らなかったが、建物は数寄屋造りで、2階に松、桜、梅の3部屋があったという。


 Photo 2014.1.27

 2014年頃までは営業していたようだが、その後閉店して建物も解体された。現在は新たに休憩所が建てられて営業している。

芝地区地域情報誌26号 - shiba26.pdf

Tokyo Lost Architecture  
#失われた建物 港区  ブログ内タグ一覧
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

池田靴店

2025-01-06 | 中央区  
池田靴店、旧納米洋服店
所在地:中央区 湊2-7-6
構造・階数:木・2(一部3)
建設年:1928(昭和3)頃
解体年:2023(令和5)
Photo 2006.4.7

 鉄砲洲児童公園の少し南にあったタイル張りの看板建築。右半分が池田靴店。左側は写真の時には既に仕舞屋になっていたが、かつては納米洋服店という店だったという。

 色の異なるタイルで模様が描かれているちょっと華やかで印象的な建物だったが、2023年夏に解体されてしまったそうだ。湊界隈は戦災を免れた看板建築が多数あったが、最近は再開発もあってかなり少なくなっている。

中央区ホームページ/池田靴店
池田靴店、中山印刷所/湊2丁目 - ぼくの近代建築コレクション
池田靴店 中央区湊 - 東京ノスタルジア

Tokyo Lost Architecture  
#失われた建物 中央区  #看板建築  #タイル張り看板建築 
ブログ内タグ一覧
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2024年12月 記事一覧

2024-12-31 | 記事一覧 

12/15 亀屋
12/18 文芸春秋銀座別館/坂口ビルⅡ
12/21 桃乳舎
12/24 峰、スワン理容室

Tokyo Lost Architecture   ブログ内タグ一覧 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

峰、スワン理容室

2024-12-24 | 中央区  
峰、スワン理容室
所在地:中央区 日本橋人形町2-6-8
構造・階数:木・3
建設年代:昭和初期
解体年代:2006〜09(平成18〜21)
Photo 1996.10.6

 人形町の一角にあった小さな建物。その経緯については下記『たてもの図鑑 シャンバ』に詳しい。

 建物は、2階の北東側はトタン張り(たぶん)で、路地側はモルタル塗り。1階はタイル張りとモルタル塗り。
 マンサード屋根の屋根裏3階建てだが、屋根裏は小振り。震災後の昭和初期にマンサード屋根やギャンブレル屋根で建てられた看板建築には、もはや屋根裏とは言えないような3階建てもあるが、ここはあくまで屋根裏部屋といった造りになっていた。

 関東大震災後の昭和初期に建てられたものだったそうで、1933(昭和8)年の火保図では建物は既にあったようだが、屋号などが書かれておらず用途は分からず。
 戦後の火保図(1950年、1953年)では「喫茶モリ」。
 1963年の『東京都全住宅案内地図帳』では「コーヒー峰」。
 1973〜80年頃は住宅地図では「洋酒 峰」。
 1980年代〜92年の住宅地図では単に「峰」となっていた。

 そして、1993年の住宅地図では「スワン理容室」。スワン理容室はもともと人形町2-8-5にあった床屋さんで、1992年には同所に5階建てのスワンビルが完成している。下記「ぼくの近代建築コレクション」内の記事に付けられたコメントには、1995年頃には廃業していたことも記されている。
 写真の建物は撮影時、空き家だったようで床屋の看板やサインなどはない。1995〜97年の住宅地図でも空白になっている。恐らくスワン理容室は、ビルへの建て替えの期間中、一時的にここで営業していたのだろう。ビルの完成後、理容室は戻ってしまい、写真の頃は空き屋で理容室時代の庇が残されていたようだ。

 2000〜2003年頃の住宅地図では、ここは「Shumba」という店になっており、前述のように下記『たてもの図鑑』で採り上げられていた。
 しかしこの店も、その後なくなり、2006年の住宅地図では再び空き家。その後、2、3年のうちに解体されたようで、2010年のGoogleストリートビューでは既に消失している。

たてもの図鑑 シャンバ
麻雀明朗、バーバースワン/日本橋人形町2丁目 - ぼくの近代建築コレクション

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 中央区  #銅板張り看板建築 
#ギャンブレル屋根  #マンサード屋根  ブログ内タグ一覧
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする