二代藩主前田利長の正室玉泉院(永姫)が屋敷を構え、
後に三代藩主前田利常が作庭を始め、
廃藩時まで藩主の内庭として存在していた庭園を
池泉回遊式庭園として江戸後期の姿に。
こちらの庭園には全く記憶がないと思いましたが、
それもそのはず、明治期に廃絶された庭園を
平成20年から5年間をかけて発掘調査をし、庭園を造成、
平成27年歴代藩主が愛でたであろう庭園の姿が再現。
饗応の場として活用された「兼六園」に比べ、
藩主の内庭としての性格が強い庭園だったそうです。
庭園に面した石垣は、形状や色彩など外観の
意匠に趣向をこらした「見せる石垣」として造られています。
金沢城は「石垣の博物館」とも言われるそうですが、
城の周囲には野趣に富む高石垣、
藩主の御殿や庭園の周囲にはデザイン性にも富むといった
場所によって石垣様式を使い分けていたのでした。
これを見ていた外国人観光客も驚いている様子。
石同士の接合部分を隙間なく加工して積み上げる切石積み、
形や大きさをそろえた割石を用いて積み上げる粗加工石積み、
城郭石垣の技術と庭園としての意匠とが見事に融合した
金沢城ならではの傑作とされています。
V字形の石樋から落差9mに及ぶ石垣の滝も
見てみたいものですが…
甦る加賀百万石の金沢城に驚愕です。
十代の頃から城郭建築には興味があって、
その頃から旅の目的が城であったりしたのですが、
一度行ったくらいで満足してはいけないと思いました。
姫路城も大阪城ももう一度行かなくちゃ!
熊本城は行けるかしら?
この足で兼六園に向かって鑑賞すると良いと思うのですが、
気づけば正午はとっくに過ぎていたのです。
石川県金沢市丸の内1-1
2016.5.3