「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

集束の中で介護ショートステイ

2022-06-20 22:39:55 | 2012・1・1
今日の昼過ぎからまた老人介護施設に4泊5日でお世話になる。入所直前になって膀胱から出血、往診医に相談したところ、過去の病歴を診断して、緊急に止血薬を薬局に注文、ショートステイは予定どおりお願いすることになった。今回御願いする施設は5月に次いで3度目で、慣れてはいるが、やはり家とは違う。さらに残念ながら介護の度合いも進んできた。

昨日20日、月曜日は曜日の中で感染数が少ない曜日だが、昨日も全国で7800人と久しぶりに1万人を割った。4ケタの1千人を越えたのは東京の1076人の1都に過ぎなった。これで長く続くコロナ弟4波の波長が収束に向かってもらいたい。





























































半世紀しても定着せぬわが家の「父の日」

2022-06-20 12:58:36 | 2012・1・1
6月の第3日曜日は世界的に「父の日」の祝日として制定されているが、わが国では今ひとつだ。わが家では祝って貰った記憶がない.。調べてみたら世界的に「父の日」とされたのは半世紀前の1972年のことなのだ。むりもない。

老生の昨日「父の日] ,珍しく娘たちからお祝いとして好物となった焼酎にかわったしゅークリームが贈られてきた。が、老生はここ数日、心身ともにフレイルの度が深まり、寝たり起きたりの生活だ。

半世紀前、「父の日」が制定された時代、老生だけでなく日本の父親は”モーレツ”社員が多く、父親としての役割を果たしていただろうか。フレイルはその結果なのだ.。定着しないのも無理はない。



わからない観光地とクラスタ―との相関系

2022-06-19 12:21:58 | 2012・1・1
6月第3日曜日の19日、梅雨の季節と無関係であまり観光に影響ないと思う沖縄だが、新規感染者数はここ数週続けて4ケタの1000人台に載せている。東京、大阪首都圏に次ぐものだ。先日も全国の人口比別ではダントツだと書いたが何か理由があるのか。

東京首都圏の1日新規感染者数は4ケタ台が続いているが、これを23区市町村別に分けると1地域多くても2ケタから3ケタに過ぎない。沖縄県の4ケタはクラスターである。その原因は何なのか。それぞれの地の食事や習慣が影響している二ではないか


















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80歳と90歳、老の現実

2022-06-18 14:49:28 | 2012・1・1
フレイル度が心身ともい深まる毎日だが、10年前の小ブログを見て80歳と90歳の老の現実を改めて驚いた。10年1昔というが、1年に起きた10大ニュースを拾ってみると①杖を突きつつ半月東南アジア歴訪②持病の高血糖医師変更③上歯総入れ歯に④i合津など老人会旅行へetc。まだまだ元気だが、介護の最期の因になった足腰の痛みが出始めてきた。左膝半月版摩耗が原因で、整形外科に通院知らり、整骨院へ行ったりスポーツジで歩行水泳いたりした, 。結論として2016年.85歳の時。人工膝置換手術を した.。その後5年間事後リハビリ続けて来たのだが。

2014年12月、84歳の時,大腸がんにかかり入院手術、16年1月再発
,再手術に成功した.。さらに、16年5月、膀胱がんの3回目の手術した.。この間、地域の老人会の歌の会に月に1回参加した。足腰にフレイルが強く感じるようになったのは2019年。コロナ禍が街に聞こえ始めて来たをころだ。外出の機会がなくなり、老生が週一で通院していたりはビリサービスを中止した.。
3人のうち2019年まで月に1回、昼食を共にしていた竹馬の友と3人と3年以上あっていない。3人のうちコロナワクチンきらいがいるためお互いにそれとなく敬遠しているのだ。コロナ禍とはいえ、年齢には関係ない話だ/。





10年前のわが庭の季節の花

2022-06-17 11:17:13 | 2012・1・1
老生の介護疲れで90歳の老妻の庭の手入れは昔ほどでない。10年前、2012年6月には、こんな名前も忘れた花まで寫眞をとっていたのだが。今は朝晩、窓際の花に水を遣るのが精いっぱいだ。写真をブログに収めるどころではない。


沖縄県人口比別コロナ新規感染 ダントツ何故なのか

2022-06-16 10:15:28 | 2012・1・1
新規コロナ感染数は全国的には低空飛行で同慶の至り、6月15日の発生を見ると、1日1000人台を超えたのは東京の2015人の第一位に次いで沖縄県が1414人で第2位、大阪の1340人より多い。人口別統計では沖縄県がはるかに47都道府県を抑えてトップを続けている。今年は沖縄は本土復帰50周年注目な年なのに残念だ。

沖縄には現役時代、JICAの仕事なので本島だけでなく、先島の離島にも長期滞在したことがある。今、NHKの朝のドラマにも出てくるうるわしの島だ.。その沖縄県が今なお新規感染が多いのか。初期の感染の波の時は駐留米軍関係と言われてきたが、現地の新聞では1日100人といない。

30年ほど前、出張先の離島で急病にかかり、石垣島の病院へ救急車で運ばれた。昔のことだが、医療環境は本土に比べてよくなかった.。今は 昔と違うと思うのだが






日本人の戦争体験と外国人「介護師

2022-06-15 11:07:50 | 2012・1・1
昨日。介護の今後計画ついて、ケアマネジャーの訪問を受けた。先月まで通園していた週一回の足腰のリハビリが、老生にとって適正かどうか、ショートステイの日程づくり等であった。老生のショートステイは今回で今年になって4回目だが、続けて1週間以上とるのは難しいようだ。首都圏ではショートステイの大半は介護度の高い、4,5しか入所できない。介護度の比較的低い老生3は後まわしになるようだ.。

お世話になった二施設ともベトナムから働きにきている介護師が大勢いた.。仲間同士を通じて、老生がベトナム語が分かると誤って伝えられたらしい,。老生が理解できるのはインドネシア語で会って、べトナム後はベトナム戦争中のサイゴン、ハノイ、ダナンなどの地名に過ぎない.。
それも先の戦争中の仏印のサイゴンであり、日本軍南方軍総司令部のあったダナンである.。しかし、ベトナムの若い介護師にとってはダナンの地名をしっているだけでうれしい。


新聞休刊日が年2日しかなかった「全舷」の想い出

2022-06-13 09:44:16 | 2012・1・1
6月13日は全国の新聞が一斉に休刊する「新聞休刊日」である.。1991年からは月に1回、特別な日が設定されているが、老生が入社した53年頃までは年に新年と確か秋のお彼岸と2回しかなかった。新聞は1年365日のうち364日休まず家庭に配られた。

休刊日のことを当時、業界言葉で”全舷”と呼んでいた。”全舷”とは昔の海軍の俗語で水兵さんたちが航海を休み全員、休みを取る日のことを言ったのだが、新聞社でも記事を書く第一線の記者から、茶の間にこれを配達する販売員に至るまで全員仕事を休んだ。

全員そろって顔を合わせる機会はめったにないので、”全舷”には1泊旅行で温泉地に呑み旅行に行くのが常であった。戦後10年近く立っていたのだが、まだ酒の調達が難しい時代で、宴会の幹事役は闇の安酒をさがすのに飛び回った。日ごろの仕事のうっ憤もあって酒の上のもめごとも多かった/。

往時のツワモノも半世紀を経た今、既にこの世を別にしている。ニュースの量も酒もすてるほどあるが老生にはついていけない。