先日の日曜日、品川の"荒神さま”(海雲寺)の春の大祭に詣でたあと、近くの真言宗
醍醐派の古刹、海照山品川寺にも参拝した。品川寺は大同年間(806-810)の開基と
いわれ江戸六地藏第一番の地藏菩薩像があることで知られている。この境内に樹齢
400年の大いちょうが残っている。樹間5・35㍍、樹高25㍍もあり品川区の保存樹に指
定されている。(写真は地藏菩薩像)
大いちょうといえば、今月の初め強風で鎌倉八幡宮の"隠れいちょう”が根元から倒され
た。1219年、源実朝が八幡宮を参拝したさい、このいちょうの背後に隠れていた公暁に
よって殺害された、と伝えられる、あの大いちょうである。
品川寺の大いちょうは、この大いちょうほど古くはなく知名度も低い。しかし、江戸開府と
同じ頃、東海道筋のこのお寺に植えられ400年間にわたって街道の往還を見てきた。東
京という大都会の高層ビルの中にあって、ここだけが、ぽつんと空間になっていて緑が残
っている。二十一世紀の不思議な世界である。
鎌倉八幡宮の大いちょうは、幸いクローン技術の応用によって90%再生が可能だという。
と、いっても巨樹がそのままの形で元に戻るわけではない。”生命”だけが引き継がれる。
品川寺の大いちょうもいつか鎌倉八幡宮の大いちょうと同じ運命になるのかもしれないが
出来れば、同じ巨樹のままでいて貰いたい、と思ったりした。
醍醐派の古刹、海照山品川寺にも参拝した。品川寺は大同年間(806-810)の開基と
いわれ江戸六地藏第一番の地藏菩薩像があることで知られている。この境内に樹齢
400年の大いちょうが残っている。樹間5・35㍍、樹高25㍍もあり品川区の保存樹に指
定されている。(写真は地藏菩薩像)
大いちょうといえば、今月の初め強風で鎌倉八幡宮の"隠れいちょう”が根元から倒され
た。1219年、源実朝が八幡宮を参拝したさい、このいちょうの背後に隠れていた公暁に
よって殺害された、と伝えられる、あの大いちょうである。
品川寺の大いちょうは、この大いちょうほど古くはなく知名度も低い。しかし、江戸開府と
同じ頃、東海道筋のこのお寺に植えられ400年間にわたって街道の往還を見てきた。東
京という大都会の高層ビルの中にあって、ここだけが、ぽつんと空間になっていて緑が残
っている。二十一世紀の不思議な世界である。
鎌倉八幡宮の大いちょうは、幸いクローン技術の応用によって90%再生が可能だという。
と、いっても巨樹がそのままの形で元に戻るわけではない。”生命”だけが引き継がれる。
品川寺の大いちょうもいつか鎌倉八幡宮の大いちょうと同じ運命になるのかもしれないが
出来れば、同じ巨樹のままでいて貰いたい、と思ったりした。