「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

バスの中に持ち込む旅行キャリアーバッグは問題か

2017-07-31 05:44:31 | 2012・1・1
京都市内を走る都市バスの中へ旅行用のキャリアバッグを持ち込む外国人観光客が増え、日常生活に支障が出てきているそうだ。ここ数年の日本への観光ブームで、ここまできているのかと驚いた。しかし、一方では、世界的な観光地の京都である。市民から批判が出る前に何とか対策を考えるべきであると思ったりした。

僕は1990年代から2000年代にかけてJICA(国際協力機構)の研修事業の仕事で年に10回近く、外国人を連れて京都へ出かけたが、悩みの一つは公共交通機関でった。経費の関係でタクシ―の使用は制限されており、バスに頼らざるを得なかった。京都は他の大都市に比べて地下鉄の路線が少なく、路面電車も少ない。駅からホテルまでさえ、バスを使うケースが多かった。

観光事情の変化からか、東京でもLCC(格安航空)で来て安宿に泊まり、観光を楽しんでいる若者を多く見かけるようになってきた。東京タワーの下のバス停からキャリアーアバッグを車内に持ち込んでくる。幸い、東京の場合は朝晩のラッシュでも混雑することがないので問題にはなっていない。

僕は羽田空港から帰宅するときには空港からJR.東急蒲田駅行きの路線バスを使う。高齢者向けのパスを使えば無料であり、東急蒲田駅から目黒線にに乗れば30分で帰宅できる。現在、羽田空港から京浜急行に乗れば京浜蒲田駅には行けるが、ここからJR.東急蒲田駅までの接続がない。数年後には、この二つの蒲田駅を結ぶ蒲蒲線が出来て便利になり、僕もバスを使用しなくなる。

京都は千年の歴史を持つ古都であり、街並み保存上色々制約があるそうだが、観光客のバスへのキャリアバッグ持ち込みはあまり関係があるとは思えない。例えば、リムジンみたいな車に改造し、係員を配置すればよいことだ。

「北」の挑発 「北」への寛容

2017-07-30 06:00:57 | 2012・1・1
北朝鮮が28日深夜、またICBM(大陸間弾道弾)を発射した。ミサイルは1000キロ近く飛行し、日本のEEZ{排他的経済水域)内の日本海に着弾した。27日は1953年、朝鮮戦争が終結した日で、北朝鮮では「祖国解放戦争勝利の日}の祝日であり、これを記念して発射されたものだろう。”挑発を行えば滅亡の墓場につき落とす”と勇ましい言葉を吐いているが、危険で迷惑な話である。

このICBM発射を伝える同じ日の新聞に、在日朝鮮学校の授業料の無償化を認める大阪地裁の判決が載っていた。国が「朝鮮学園」に対して無償化の対象外にしたのは裁量権の逸脱、乱用であり、学園の民族教育も不当とはいえないというのである。拉致国家の指導者を賛美し、ICBMの発射を正当化している国に対して”助成金”を与えるようなものだ。これを寛容といえるだろうか。

朝鮮戦争が終わった64年前の記憶が僕にはない。すでに新聞社の地方記者をしていたのだが。改めて当時を振り返ってみると、わが国は朝鮮戦争の特需で、経済は復興に向かっていたが、日本人全体が”平和ボケ”していた気がする。朝鮮戦争を契機に連合軍からの要請で創設された警察予備軍は、戦争が終わり”厄介者”扱いされていたのではないか。「戦争」がタブー視され、「戦車」が「特車」とおかしな言葉で呼ばれていた。

1952年、警察予備隊は保安隊と名前を変更、54年に現在の自衛隊組織になったが、一部の国民の間に、自衛隊を”厄介者”視した当時の見方が定着し、さらには「爆発装置」視までしてきた。こういった見方が、現在に至るまで、残っているのではないか。「北」の授業料無償化判決の大阪地裁の判事の頭のどこかにもこの考え方があるようにみえてならない。

平均寿命世界一 “寝たきり期間”も世界一 

2017-07-29 05:55:57 | 2012・1・1
日本人の最新(2016年)の平均寿命が厚労省から発表になった。男性が80.98歳、女性が87.14歳と最高齢で香港に次いで世界二だというが、香港は中国の特別行政区であり、事実上は世界一の長寿国である。同胞としてご同慶の至りである。しかし、手放しで喜んでよいのか。

平均寿命とは別に健康寿命という言葉を最近よく耳にする。WHO(世界保健機関)が2002年に提唱したもので”人間が自立して生活できる”年齢で、日本では、だいたい介護保険による要介護2以上をメドにしている。特別養護老人ホームの入居条件が要介護2以上であるから、誤解を呼ぶ言い方だが、”寝たきり老人”は健康寿命の範疇には入らない。少し古いデータだが、厚労省の2010年の資料によると、日本人男性の平均寿命は79.64歳だが健康寿命は70.43歳でその差(寝たきり期間)は9.23歳、女性はそれぞれ86.35歳、73.62歳で、その差はなんと12.65歳もある。

僕の周辺でも”寝たきり老人”が増えてきた。本人は老後健康に留意して生活していたのだが、加齢による誤嚥が原因だったり、転倒が引きがねになって他人のお世話になっている。超高齢化社会に入り、わが国が当面している課題は、いかにして”寝た切り期間”を短くすること。つまり、健康寿命を長くすることである。幸い、僕ら老夫婦は要介護1で、介護のお世話になっていないが”予備軍”であるのは間違いない。

蓮舫代表の辞任と”ドロ舟”民進党の舵取り

2017-07-28 05:42:14 | 2012・1・1
民進党の蓮舫代表が昨日辞意を表明した。先日の野田佳彦幹事長に次ぐものだ。野党第一党はいったい、どうなっているのか。連舫.野田体制が出来たのは、昨年9月だから一年足らずでの短命である。この間、民進党は10月の総選挙で大敗、今年7月の都議会議員選挙でも惨敗した。代表、蓮舫氏個人も”二重国籍”問題が浮上して評判が悪く極論をいえば、この10月間の”連舫丸”の航跡は支持率の低下だけにすぎない。NHKの調査では昨年7月の支持率、10.6%が現在は5.8%に半減している。

政治家の間では”政治は水物、一寸先は闇だ”と言われているが、この蓮舫氏の辞任を喜んだのは安倍政権ではないだろうか。「加計」問題や稲田防衛相の「PKO秘密漏洩」で、窮地に立っていた安倍政権は、風向きが変り、ひょっとすると8月の内閣改造後の秋には総選挙に打って出るかもしれない。蓮舫氏は早急に次期代表の選出に入るといっているが、”ドロ舟”状態の代表に誰が選ばれてもその舵取りは難しい。最高顧問の一人に菅直人氏の名前がある限り、3年間の民主党政権の失政がついてまわる。

それにしても民進党は無責任な政党である。たった1年足らずで人気が悪いからといって代表が辞められては困る。これでは、かりに政権の座につかれても思いやられる。何か僕には「社民党」の先例が、「民進党」の将来を予測するように見えてきた。二大政党下での「民主党」の活躍を期待していたこともあったが、残念ながら日本の政治風土にはなじまないのであろうか。

一人で通院 老老介護への不安

2017-07-27 05:24:07 | 2012・1・1
近くの国立病院へ今日、CT検査に出かけてきた。CT検査とは身体の中の病巣を特別な断面レントゲン装置を使い、コンピューターで画像処理して患部を見出す検査だが、ここ数年、何回か僕はこのお世話になっている。検査そのものは検査当日食事をしてはいけないだけで、痛みは伴わず短時間で済む。ただ、慣れないと、レントゲン装置の中を身体が抜けていくのがイヤなものだ。

僕は2014年4月、初期の大腸ガンが発見され腹腔手術で入院したが、16年1月、再発、二度目の開腹手術をしている。主治医によれば、あまり例のないケースだそうだが、2度目のガンが早期に発見できたのは、手術後のCT検査によるもので、ステージ1の初期ガンで済んだ。

70歳代になってから、僕は大腸ガンのほか膀胱ガンでも4回入院手術、左膝にも人口関節を入れており”満身創痍”だが、日常生活には支障がない。杖があれば歩行ができる。しかし、二つ年下の老妻が心配してくれて僕の通院には付き添ってきてくれた。ところが、先日その老妻が家で足を踏み外し膝を痛めてしまった。そこで、今日は僕一人での通院である。

いつも病院で感じることはわが国の老老社会の現実である。夫婦と思われる老カップルが、一人を車イスに乗せ、一人が押している姿が多くみかける。幸い、僕はまだ、杖をつきながらもバスで通院できる。しかし、老妻を車イスに乗せて病院通いは出来ない。二人とも今は元気で介護のお世話にはなっていないが、遠くのように思われた「介護」が身近なものになってきた。

「加計」問題の解決にはならぬ安倍総理への周囲の”忖度”

2017-07-26 05:42:20 | 2012・1・1
「加計」問題をめぐる参院予算委の審議を一昨日の衆院についで昨日もテレビでみたが、NHKだけでなく民放まで部分的だが同時中継していた。いかに国民のこの問題に対する関心の深さがわかる。しかし、安倍総理の答弁を聞いていても、総理自身の直接な関わりあいがないことは、なんとはなく理解できたが、疑惑が完全に払底したとは思えない。

たしかに關係閣僚の答弁、参考人の陳述からは、安倍総理が「加計」の名前を使った”形跡”はないが、総理周辺が何故か最初から”加計ありき”で動いていたのは確かだ。昨日の委員会でも参考人の一人の前首相補佐官が、例によって”記憶にない”戦術でかたくなに答弁していたが、誰がみても補佐官が官邸で今治市の関係者と会っているのは事実だ。何故、これほどまでに総理の立場を弁護しなければならなのか。

安倍内閣の閣僚の三人、文部、農林、地方創生大臣が「加計」学園の理事長と会ったことがあるという。一方、安倍総理は”腹心の友”の理事長の経営する大学に獣医学部が認可されたのを今年1月になって初めて知ったという。どう見ても不自然である。何か僕には総理の周辺で、総理への”忖度”がなんとはなくあり、それが今でも働いているように見えてならない。

”李下に冠”など中国の故事好きの総理にならっていえば、”忖度”は”他人の心をおし量る”意で「詩経」から出ている。決して悪い意味ではないが、こうまで、総理の周辺が総理を”忖度”されては、国民にとって迷惑だ。問題解決にはならない。疑惑を深めるだけだ。

安倍総理の”李下の冠”

2017-07-25 05:26:12 | 2012・1・1
閉会中の衆院予算委での「加計」問題などをめぐる質疑を昨日テレビでみた。安倍総理は自身”丁寧に、しっかりと、誠実に”説明されたと思われているが、残念ながら、”疑惑が払底されたとは思えない”(日本維新の会 浦野靖人議員)。参考人の陳述の食い違い、不誠実な答弁を聞いて、僕も浦野議員に同感だ。

安倍総理は答弁の中で何回か”李下の冠を整(ただ)さず”という中国の故事(古詩源.君子行)を引用した。三省堂の「慣用句ことわざ事典」によると、”他人から疑いを受けやすい行為はしないほうがよい”という譬えである。杏(あんず)の木の下で冠を直すと、杏の実を盗んでいるような疑いをかけられるという意味である。まさに総理の「森友」から「加計」の至る言動は”李下の冠”である。

昨日の予算委の参考人として、加戸守行元愛媛県知事、前川喜平前文科省事務次官、和泉洋人総理補佐官、藤原豊前内閣府審議官が出席したが、前川氏と和泉氏の証言は”言った言わない”で食い違ったままはっきりしない。藤原氏に至ってはすべて”記憶にない”一辺倒で、木で鼻をくくったような答弁だ、これでは、いくら安倍総理が”丁寧に、しっかりと誠実に”と言われても、逆効果で疑念が深まる一方である。

今日も参院で同じ審議が行われるが、時間の浪費のように見えてならない。安倍総理にとっては「森友」「加計」はまさに”李下の冠”であった。国家の最高指導者である。公職にある間は、公私混同とみられるよな行動は厳に慎むべきであった。

白鵬 炎鵬の優勝 大相撲名古屋場所

2017-07-24 05:30:01 | 2012・1・1
四横綱三大関の豪華番付で始った大相撲名古屋場所は終わってみれば、白鵬の強さだけが目立った場所だった。稀勢の里、鶴竜の二横綱は、早々とケガを理由に途中欠場、白馬冨士だけがやっと11勝をあげただけ。大関陣に至っては、期待された新大関、高安が9勝、負け越し常連の豪栄道は7勝8敗でまた来場所は陥落のカド番、照ノ冨士は二横綱にならって欠場してしまった。観客は連日大入り満員だったようだが、果たして協会にとって無事千秋楽を迎えたといえるかどうかだ。

やはり白鵬の強さは抜群だ。過去最高の39回目の優勝を軽々と成し遂げ、魁皇の持っていた通算勝ち星数1088を越えて千秋楽には1090、まだ32歳の若さである。前人未踏の記録をどこまで伸ばせるだろうか。大横綱である。これに対して他の横綱、大関陣の不甲斐なさは嘆かわしい。ただ救いだったのは若手力士の台頭と頑張りだ。殊勲賞を貰った関脇、御嶽海や負け越しはしたが、横綱白馬冨士から金星をあげた宇良、鶴竜など一横綱二大関を破った北勝富士の頑張りなど。

若手といえば幕内優勝した白鵬と同じ宮城野部屋で序二段優勝した力士、炎鵬の活躍も話題になっている。元幕内力士でケガで番組を下げていら舛之山との決定戦をテレビで見たが、169㎝の小兵で、まだ髷も結えない炎鵬が土俵際で舛之山を突き落として勝った。先場所も序の口全勝しており、角界に入って負け知らず。高校相撲の強豪、金沢学院を卒業、大学時代には世界ジュニア選手権大会(80キロ級)で優勝している。白鵬を頼って入門したそうだが、数年後の活躍が楽しみだ。

10年前の自民党の大敗退廃

2017-07-23 05:50:45 | 2012・1・1
”現在の政治情勢は10年前に似ている”と産經新聞のコラム「産経抄」(7月22日)が書いていた。十年一昔、すっかり忘れていたが、早速、小ブログ「老人タイムス」が当時何を書いていたのか調べてみた。

10年前の7月30日、小ブログは参院選挙の自民党の大敗を受けて「自民党の大敗自民党の退廃」という題で、当時の松岡利勝農水相の”架空事務所費”をめぐる山本拓副大臣の”芸者の玉代”の失言を取り上げていた。山本副大臣がが事務所費を芸者遊びの玉代に使っていたと失言?した問題である。”芸者の玉代”問題は26日のブログでも書いている。

10年前の安倍内閣は”消えた年金問題”で野党民主党から揺さぶりをかけられ評判が悪かった。12日の小ブログも”大山鳴動消えた年金問題”というタイトルで、安倍総理の年金問題の無策を批判している。これが結局、参院選の自民党の大敗の因になった。

政治情勢には直接関係ないが、7日のブログには”女の大将に期待”というタイトルで、安倍総理が久間章生防衛大臣の”原爆投下は当然”の失言を受けて、その後任に小池百合子氏(現東京都知事)を任命した話題を扱い、女性として初の防衛大臣に期待していると書いている。

山本拓元農林副大臣の名前を久しぶりに新聞で見た。夫人の高市早苗総務大臣と”政治スタンスの違い”から離婚された。8月3日の内閣改造に関係があるのかどうか。十年一昔、政治情勢が似ているという指摘もまんざらではない。

昔は日射病 今は熱中症の違い

2017-07-22 05:32:31 | 2012・1・1
東京は連続17日間、30℃を超す真夏日が続いている。テレビの画面には”熱中症注意 こまめに水を飲み、エアコンの調節を”というテロップが流れている。80半ば過ぎの老人は「みんなの体操」の時間なのに”参加”出来ず、ただただ元気な若い女性の溌剌とした姿に見入るだけだ。そんな毎日の生活の中で元気だった戦前昭和の少年時代の回想に耽った。

あの時代には熱中症という言葉は聞かなかった。代りに日射病があり、僕ら子供たちは日中、外へ遊びに行くたびに母親からこの言葉を聞き、ムギワラ帽子をかぶらされた気がする。僕らは駄菓子屋で、鳥もちと竿を買い、虫かごを持ってトンボとセミを追っかけまわした。水分補給をどうしたのか、ペットボトルなどなく、水筒を持参した記憶がない。まだ東京の区部でも湧水があったのだ。

熱中症という聞きなれない言葉を耳にするようになったのは、ここ10数年ではないだろうか。日射病との違いがよく解らないのでネットの辞書のお世話になったがいまだによく理解できない。僕の理解では日射病は”強い直射日光を長時間当たる”ことによって起きる発汗で脱水症、体調調節不能による倦怠感”で、一方の熱中症は”屋外屋内を問わず高温多湿の環境下で起こるもので、日射病は熱中症の一つとある。

だけど、戦前昭和の時代、僕の家もそうだったがエアコンはおろか扇風器のある家は少なかった。住宅環境は今より劣悪だったが、熱中症の話は聞いたことがなかった。熱中症は地球の温暖化による気温の上昇によって発生し始めたものなのだろうか。いずれにせよ、老人は逆らってはいけない。素直に水分を獲り、エアコンの調節に心がけよう。