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ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

民主党公認を取り消された前田日明氏、「在日」と「日本人」の間で・・・

2010年03月05日 | 政治
前田日明さんの公認取り消しについて、小沢幹事長のコメントは「前田なにがしについては、本人の意識のことやら何やらあったので、今回は見送り。二次公認までの間にいかに戦うか、どうするかを冷静に考えていただくよう、指示しておいた」と述べたそうです。

小沢!石井!恥ずかしくないか!!
前田さんは格闘技出身だけれど、なかなかの人間です。
まともな政治家だったら「三顧の礼」をしてまでも「公認」すべき人ですよ!!!

前田日明さんのトークです。
☆「在日」と「日本人」の間で。
日本のやった戦争に問題があったのは確かだけれど、当時の日本人にしたら、煩悶、苦悩を重ねた末にやらざるを得ないと覚悟を決めてやったわけでしょう。
男子に生まれ、徴兵されたら否でも応でも闘うしかない。
中にはハッキリ嫌だと思う人もいただろう、けれども一応は「お国の為」という大義名分で自分を納得させたはずでしょう。
そういうぎりぎりのところで国とか公に殉じた精神、心根を汲まなくて、全部あの戦争は侵略だったみたいにして断罪するのはそれこそ卑怯だと思います。

敗北だという結果がわかっていて、まるで時間のカンニングペーパーを見て答案を書いているようなものではないですか。
カンニングペーパーを使って、当時の人々の行動を批判するのじゃなくて、侮辱する、そういう人たちの書いたもの、言っていることというのは本当に嫌ですね。

しかも自分は日本の罪を認めています、悔いています、という自分ひとりだけを良心の高みに置いているような感覚がたまらない。

どんなものも光と闇とがある。歴史もそうです。
広瀬武夫や佐久間館長のような軍人もいれば、そうでないひどい軍人もいたでしょう。
誇らしいこともあれば、惨めな恥ずかしいことを背負っていくこともあったはずです。
でもそうした諸々をひっくるめて背負っていく、そういう熱い思いが歴史を語るには何より大事じゃないでしょうか。
俺はそう思いますね。

<従軍慰安婦問題について>
俺はやむを得なかったというのも、一方では確かなことだったという気がするんですよ。
当時、東北の農村なんか、本当に貧しかったわけでしょう。
日本の娘も遊郭に売られることは珍しくなかった。
それは朝鮮半島も同じだった、そういう現実を前にして「親には孝を尽くす」という価値観の中、親がそうしたのか、子供が自らそうしたのか、それはもうさまざまだたろうけれども、逃れられない運命のようなもの、人も国家も翻弄されたというのが実相だったんじゃないかと思うんです。
確かに舞台が戦場だったということで、一層悲惨になったのは間違いないけれど。

<強制連行について>
俺は親戚にいろいろと昔の話を聞くんだけれど、少なくともその範囲では聞かなかったですね。
近親憎悪が日本と韓国の間にある、結局似ているということがかえって反発や憎悪を生んでいるんだと思います。
特に韓国の場合、儒教がいい意味でも悪い意味でもプライドになりすぎているから、歴史的にその文化圏の辺境にある日本に対してはどうしても優越的感情を持つことになる、日本の文化の根源はすべて朝鮮を通過して伝えられたという意識ですね。

在日の差別問題にしても日本の問題にしても、実際にそれを「食い物」にしている奴がずいぶんいます。
自分が現役引退の時に出自を公にしたら、もう嫌になるくらい多くの奴が寄ってきましたよ。
でもその中にどれだけ本物がいたか。

朝鮮総連や韓国民団は日本に対して差別だなんだというけれど、同胞が北朝鮮でどういう目にあわされているか、あるいは韓国に帰って、どういう扱いを受けているかについては、世の中に聴こえるような形では誰も何も言わない!何だ、これは!

出自が在日ということで韓国で就職差別を受けたり、北朝鮮に帰国すれば殺されたり、ひどい目にあわされたりする、こういうことに黙っていながら、日本国内の差別反対だとか、参政権をよこせ、とかいう人間を少なくとも俺は信用できない。(以上)

<前田日明、若者に期待!>
学ぶを好むは知に近く、力行は仁に近く、恥を知るは勇に近し(孔子)
努力を好む者は知に近く、なすべきことを継続して行うことは仁に近く、恥を知ることは勇に近い。

若者よ、君に知仁勇の気概はあるか、自分の人生を、生きる意味を自ら創造する覚悟はあるか!
現代社会に生きるもののふ達よ!
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城内実議員、ブログに謝罪文を書く

2010年03月05日 | 政治
城内実議員は自分のブログに「国民の神経を逆なでするような文」を書いたことを謝罪、自分もオリンピック競技で応援していたことを述べていました。

でも、この人、何もわかっていない!
浅田真央ちゃんはじめ、日本人選手へねぎらいの言葉もなく、「勝たねば意味はない」ようなことを書いたことで怒っているのではない、そして今回の「謝罪文」もある重要なことには一切触れていないのです。

それは「人権擁護法案」のこと、自分が命がけで阻止した(と本人は書いている)この法案も再考せざるを得ない気になった、というところです。
これは国民に対する「恫喝」だからです。
石井一と同じではありませんか。

平沼さんが「待った!」をかけた(偽)人権擁護法案、これは人権を護るどころか、いろいろな問題を多く含み、差別といえば差別になる、糾弾になる恐ろしいものです。

今回、自分のブログが炎上したことで、この法案も「再考」せざるを得ないと考えたことなど、そして自分に抗議するなら「実名」を書け、とブログに感情にまかせて書いていること、それに抗議している人たちの文は大変丁寧で「きたない言葉」で書かれたものはほとんどないのです。
「自分に反対する者は許さない」というのはファシストそのものではありませんか。
今回の謝罪文も、政治家として一番大切な「恫喝」の謝罪をしていない、人権擁護法案は自分が命がけで阻止した、だけど自分のブログやネットにこういうことが書かれるなら、この法案もありだな、と居直っているのです。

悲しいのは、こんな議員のホームページやブログをわざわざ読んでいる人がいるのも、平沼グループの支持者で平沼さんの毅然たる「古武士」のような人柄と政治姿勢にひかれて、ついでにその下にいる城内実のも応援してやろう、という暖かい気持ちからだったのでしょう。私もそうでしたから。

こんなのはどこのグループにもいるのですね。
情けないことです。
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