最高の兵法家ですら!
孫子の兵法といえば「戦わずして勝つ」など有名、春秋・戦国から三国時代ももてはやされ、兵法のバイブルとして深く読まれた、という。
では実際に「孫子」をかかえた呉の国はどうだったか、「孫子」だけでなく「伍子ショ」までかかえ、国力が強大になったのに絶世の美女、西施を敵国の越から贈られ、壮麗な宮殿や生活に散財し、奴隷として使っていた敵国の越の王である勾践を信頼し、伍子ショの戒めもきかず、ついに国を滅ぼした呉王の夫差!
バブルを謳う中国は、チベットやウイグルをはじめ、日本にも手を伸ばしかけているが、内部崩壊は突然起こるだろう。
天災に対する対応も、外国の援助を断る理由は?見られたくない、聞かされたくない現実があるから?
食糧問題その他、生活に関わるところでも、誠意などない。
中国の投資も危険だと思う。ある日突然、という日が!
ふと思ったのだけど、(鳩山政権もそうなのだけど)周囲が黙りこんでいる、というのが崩壊の兆しである。
かつて阿片戦争のときにオオナタを奮った林則徐のような政治家は出ない。その時でも清は林則徐を罷免し、やがて諸外国の侵入を受け入れた。
ヴェルディのオペラ「ナブッコ」はもしかして、中国の呉越の最後の覇者たる<勾践>ではないのか、おごり高ぶり、敗戦を招き奴隷となる、そこから我慢に我慢を重ねて国を再興する。
沖縄での鳩山総理は見苦しいものであった。あのような場であの服装、リゾート地を訪れたような感覚に見える。
周囲はきちんとした服装であったし、沖縄の人たちに詫びる、というならきちっとした服装は当然である。
そして「最低でも県外」と言ったのは「党でなく、個人的に言ったこと」だって?
バカで哀れで目をそむけたくなる、東大に行くために、すべての教科に家庭教師をつけ、学校ではもちろんリーダーシップなどなく、親の財力で「子供」のまま総理になった・・・しかし、今は誰も助けてくれない、罵声を浴びるだけ。
「孫子の兵法」の孫子は自分が仕えた王に、何もできなかった。空しく去った、とある。
傾国の美女、西施にうつつをぬかし、わが世の春を謳歌する呉王夫差に対して心を鬼にして諫めてきた忠臣伍子ショは自殺、夫差が気がついたときはすでに手遅れだった。
越の王、勾践は覇王となるが、このとき、軍師ハンレイもまた、勾践のもとを去るのである。
勾践はその後、越の国力を急速に衰えさせることになる。
トップの政治家はどうあるべきか、歴史は語っている。この時代、孫子、伍子ショ、ハンレイという最高の兵法家がいても、どうにもならなかったトップの愚かさ、政治のトップにそれなりの「器」を求めているように思う。
孫子の兵法といえば「戦わずして勝つ」など有名、春秋・戦国から三国時代ももてはやされ、兵法のバイブルとして深く読まれた、という。
では実際に「孫子」をかかえた呉の国はどうだったか、「孫子」だけでなく「伍子ショ」までかかえ、国力が強大になったのに絶世の美女、西施を敵国の越から贈られ、壮麗な宮殿や生活に散財し、奴隷として使っていた敵国の越の王である勾践を信頼し、伍子ショの戒めもきかず、ついに国を滅ぼした呉王の夫差!
バブルを謳う中国は、チベットやウイグルをはじめ、日本にも手を伸ばしかけているが、内部崩壊は突然起こるだろう。
天災に対する対応も、外国の援助を断る理由は?見られたくない、聞かされたくない現実があるから?
食糧問題その他、生活に関わるところでも、誠意などない。
中国の投資も危険だと思う。ある日突然、という日が!
ふと思ったのだけど、(鳩山政権もそうなのだけど)周囲が黙りこんでいる、というのが崩壊の兆しである。
かつて阿片戦争のときにオオナタを奮った林則徐のような政治家は出ない。その時でも清は林則徐を罷免し、やがて諸外国の侵入を受け入れた。
ヴェルディのオペラ「ナブッコ」はもしかして、中国の呉越の最後の覇者たる<勾践>ではないのか、おごり高ぶり、敗戦を招き奴隷となる、そこから我慢に我慢を重ねて国を再興する。
沖縄での鳩山総理は見苦しいものであった。あのような場であの服装、リゾート地を訪れたような感覚に見える。
周囲はきちんとした服装であったし、沖縄の人たちに詫びる、というならきちっとした服装は当然である。
そして「最低でも県外」と言ったのは「党でなく、個人的に言ったこと」だって?
バカで哀れで目をそむけたくなる、東大に行くために、すべての教科に家庭教師をつけ、学校ではもちろんリーダーシップなどなく、親の財力で「子供」のまま総理になった・・・しかし、今は誰も助けてくれない、罵声を浴びるだけ。
「孫子の兵法」の孫子は自分が仕えた王に、何もできなかった。空しく去った、とある。
傾国の美女、西施にうつつをぬかし、わが世の春を謳歌する呉王夫差に対して心を鬼にして諫めてきた忠臣伍子ショは自殺、夫差が気がついたときはすでに手遅れだった。
越の王、勾践は覇王となるが、このとき、軍師ハンレイもまた、勾践のもとを去るのである。
勾践はその後、越の国力を急速に衰えさせることになる。
トップの政治家はどうあるべきか、歴史は語っている。この時代、孫子、伍子ショ、ハンレイという最高の兵法家がいても、どうにもならなかったトップの愚かさ、政治のトップにそれなりの「器」を求めているように思う。