ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

米アトランタ日本総領事「慰安婦は売春婦」

2017年06月27日 | 政治

★ 実にすがすがしい記事だ。 日本政府は全面的に支えよ!!・・・と希望する。
米アトランタ日本総領事「慰安婦は売春婦」妄言 現地韓国人社会に波紋
6/27(火) 8:43配信

中央日報日本語版

米ジョージア州アトランタ駐在の日本総領事が「慰安婦は売春婦」と発言して韓国人社会に波紋を広げている。

26日(現地時間)、現地韓国人メディアなどによると、篠塚隆総領事は地域メディアとのインタビューの中で「日本軍が第2次世界大戦期間にほぼ韓国からきた女性を性奴隷としていたという証拠はない」とし「その女性は報酬をもらっていた売春婦だった」と話した。

篠塚総領事は今月30日にジョージア州の小都市ブルックヘブン市立公園で除幕予定の「平和の少女像」に反対意思を主張している人物だ。

篠塚総領事は、米国南部に初めて設置される平和の少女像を阻止するためにブルックヘブン市長と市議会に対し、持続的な反対ロビー活動を行ってきた。

篠塚総領事はこのインタビューで「少女像は単なる芸術作品ではない」とし「それは憎しみの象徴であり、日本に対する怒りの象徴物」と主張した。

篠塚総領事の発言が伝えられると、アトランタの少女像建設委員会は声明を出して強く反発した。

同委員会は「在アトランタ日本総領事が慰安婦を認めず性的奴隷になった女性を『謝礼をもらっていた売春婦』と呼んだことは、日本外務省の公職者としては近来初めてのこと」としながら「これは慰安婦女性の苦痛と犠牲を認めて考えていこうとする日本政府の声明と矛盾する」と非難した。

続いて「2015年韓日慰安婦合意で、日本政府がこれ以上慰安婦の存在を信じないということなのか、疑問を投げかけることになる」と伝えた。(以上)


★ この頃、大使館や領事館がよく頑張っていると思う。
ドイツでは欧州はじめての慰安婦像のプレートを撤去させたクライン孝子氏と組んだドイツの大使館・領事館の実績がある。もともと大使や領事は国益を護り、故なき他国からの貶めを排除すべき「最前線」にある。

東京都の選挙戦で支援???(変な応援をして逆効果も?これって応援?)するより、こちらを支援せよ。
もちろん韓国から出国停止の人権無視をされている元自衛官の奥氏についても救出せよ。

目先の「損得」よりも「日本」を考えよ!!
そうしないと日本人はついていかない。



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ジリオラ・フラッツオーニとマリオ・デル・モナコが1957年にミラノ・スカラで歌ったプッチーニ「西部の娘」から二重唱

Mario del Monaco & Gigliola Frazzoni La Fanciulla del West
Mario del Monaco & Gigliola Frazzoni sing the "Love_Duet Act I)
from La Fanciulla del West by Giacomo Puccini
Orchestra e Coro del Teatro alla Scala di Milano
Antonino Votto. conductor
Milano, 21.III.1957

★ 子供の時、この古い録音をトランジスタラジオのFM放送で聴いて心を震わせ涙していた。
(ずっと後になって買ったレコードではフラッツオーニではなくテバルディがミニー役を歌ったのだが)
私は世界最高のソプラノといわれたテバルディより、商業レコードもなく、日本では無名に近いフラッツオーニに軍配を挙げる。

相手役のディック・ジョンソン(実は盗賊の首領ラメレス)を歌うマリオ・デル・モナコの人間的魅力。
二重唱の終わりにミニーをこの上ない優しさで励まし慰める歌い方・・・これはフランコ・コレッリにはない。
もちろん、コレッリのディック・ジョンソンも魅力的だが。
酒場の若き女主人ミニーは炭鉱の荒くれ男が憧れるアイドル、酒場の金庫に彼らの乏しいおカネを預かっている。
外に盗賊がいるという知らせが入っているが、このおカネは護りぬく(youtubeでは8分20秒頃から)という実は純情な乙女。

ミニーは言う。「ああ 誰かがおカネを奪おうとしてもその前に私を殺さなければならないわ。
どれほど貧しい人たちが妻子の為に泥の中でわずかなおカネを得る為に死ににきたでしょうか。」

ディック・ジョンソンは「誰もそんなことはしないよ」とミニーを安心させる。
(ジョンソンは最初は盗るつもりでここにきたのだったが、ミニーのけなげさに心変わりする)


酒場にはじめてきたディック・ジョンソンと名乗る男と会話をしているうちに、はじめて涙を浮かべる。
「私には教養がない、たった30ドル分の教育しか受けていないのよ」と嘆く。
「あなたは天使のようだ」と慰め、その場を去るジョンソン。(12分30秒過ぎ)
「ああ、何といったのでしょう。天使だって?」とひとりでたたずむミニー。彼女の心に初恋が芽生える。


私は今もこの場面でドキドキしてしまう・・・。

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韓国、吉田氏の慰安婦謝罪碑書き換えの奥氏を出国禁止

2017年06月27日 | 政治

吉田清治氏の慰安婦謝罪碑書き換え 韓国警察が元自衛官の奥茂治氏を出国禁止。


韓国、吉田氏の慰安婦謝罪碑書き換えの奥氏を出国禁止 損壊容疑で取り調べ
6/26(月) 7:55配信 産経新聞

 【ソウル=桜井紀雄】朝鮮半島で女性を強制連行したと偽証した故吉田清治氏が韓国の国立墓地に建立した謝罪碑を勝手に書き換えたとして、韓国警察が元自衛官の奥茂治氏(69)を一時拘束していたことが25日、分かった。奥氏は拘束を解かれたが、出国禁止措置が取られているという。

 奥氏によると、24日午後、仁川(インチョン)国際空港に到着したところ、捜査員に手錠をかけられ、中部の忠清南道天安(チュンチョンナムドチョナン)市の警察署に連行された。容疑は公用物損壊や不法侵入の疑いだと告げられたという。取り調べで、奥氏が碑文の書き換えの事実については認めたため、25日未明に拘束を解かれ、現在は市内のホテルで待機している。今後、検察が在宅で取り調べを行う見通し。

 吉田氏は、慰安婦らを「奴隷狩り」のように強制連行した張本人だと名乗り出て、朝日新聞が1980~90年代初頭に紙面で集中的に取り上げた。83年には、著書の印税で天安市の国立墓地「望郷の丘」に「あなたは日本の侵略戦争のために徴用され、強制連行されて…」と記した謝罪碑を建立していた。

 朝日新聞は2014年、吉田証言を「虚偽」と判断し関連記事を取り消した。吉田氏の長男が「父の虚偽で日韓両国民が対立することに耐えられない」「間違いを正せるのは私しかいない」として謝罪碑の撤去を奥氏に相談。奥氏は今年3月、撤去する代わりに元の碑文の上に「慰霊碑 吉田雄兎(ゆうと)(吉田氏の本名) 日本国 福岡」と韓国語で記した別の碑を張り付けた。

 これを受け、韓国警察が奥氏に出頭を要請。奥氏は出頭に応じるため、24日に韓国入りした。

 奥氏は産経新聞の取材に「韓国では吉田証言の嘘について認知されていない。裁判ではっきりと説明していきたい」と話している。


★ もうムチャクチャではないか。奥氏の「出国禁止」だなんて、日本人の救出をすぐにでも政府にお願いしたい。
日本政府は「日本人救出」ができないなら、もはやこのような国に行ってはならない、ということになる。
産経の加藤氏の長い闘争を思い出す・・・。



ブログのティールーム



コルトーが弾くショパン「雨だれ」・・・昔、コルトーの演奏を語った文学者は多い。
優雅さと骨太さ、しかし私はコルトーの演奏の凄さを知りながらあのヴァーグナーの魅力にひかれながらも拒否していた日々を思い出す。好きな演奏なのに・・・。


Alfred Cortot plays Chopin Prelude n. 15

ピアニストとして楽壇にデビューしたが、ワーグナーの作品に傾倒し、先輩であったエドゥアール・リスレール(1873年 - 1929年)に従ってバイロイトに赴き、1896年から1897年までバイロイト音楽祭の助手を務めた。1902年頃からは指揮者として活動、ワーグナーの『神々の黄昏』のフランス初演を行うなどした[3]。1905年にはヴァイオリニストのジャック・ティボー、チェリストのパブロ・カザルスとカザルス三重奏団を結成、1920年代後半にいたるまで素晴らしい演奏を繰り広げたが、最終的にはティボーとの仲が疎遠になって解散した。第一次世界大戦後はピアニストとして欧米をあまねく巡演、広く賞賛を集めた。

1907年にパリ音楽院の教授に就任したが、「音楽院の育成は、ピアニストだとピアノのことしか出来なくなる輪切りシステムだ」と言いつつ改革を訴えていた。1919年に理想の実現のため、オーギュスト・マンジョとともに自らの音楽学校エコールノルマル音楽院を設立し、同年パリ音楽院を辞任した。さらに教育活動にも力を注ぎ、朝から公開レッスンを精力的に行った。エコールノルマル音楽院には彼の名を冠したサル・コルトーという響きの優秀なホールがある。コルトーが絶賛したがコンクールで優勝できなかったとして審査員を降りるという行動で、ディヌ・リパッティをデビューさせたこともある。

第二次世界大戦に際してはヴィシー政権と関わりをもち、フランスの未曾有の国難に対処しようとしたが、戦後はナチスの前で大量に演奏したことなどの責を問われ、フランス国内での演奏の機会を完全に奪われるなど不遇であった。1952年には来日もしており、ベートーヴェンのピアノソナタ第14番「月光」などを演奏した。来日時の演奏中の写真、サインに応じる写真も多く残されている。(WIKIより)


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【西村幸祐】苫小牧大学が突然!中国に無償譲渡される

2017年06月27日 | 政治

【西村幸祐】苫小牧大学が突然!中国に無償譲渡される

京都育英館、中国共産党と関係が深い学校法人。
北海道のシナ人による土地の買収、非常に大きな問題がある。
文科省はどう動いているのか?
中国共産党員が理事をやっている学校法人がなぜ認められているのか。

無償で譲渡する側は「人件費」で退職金を払わなければならない、など。
学校の固定資産税からも解放される、ということもある。

このことについて産経新聞の記事

苫小牧駒沢大が中国化する 譲渡先法人理事「中国共産党員」系列高は田中将大投手ら卒業の名門
 大リーグ・ヤンキースで活躍する田中将大投手やスピードスケートなどでオリンピックに7回出場した橋本聖子参院議員らを輩出した名門、駒澤大付属苫小牧高校を擁する学校法人駒澤大学(須川法昭理事長)が今年1月、傘下の苫小牧駒澤大学(以下苫駒大)を中国と関係が深い京都市の学校法人に無償で移管譲渡することを決めた。すでに協定書を交わし、文部科学省に設置者変更を申請、認可されれば、来年4月1日から、苫駒大の名前が消える。一部大学関係者や寄付行為者である曹洞宗の関係者の間では、移管譲渡までの経緯が不透明なうえ、苫駒大が“中国人大学”になり、駒大グループが“中国化”するのではないかという不安が広がっている。一体、何が起きているのか?

 移管譲渡を受けるのは「学校法人京都育英館」(松尾英孝理事長)。平成25年4月に設立され、京都看護大学や苫小牧市に隣接する白老町で北海道栄高校(生徒数371人)の運営を手がけている。同法人を設立した「学校法人育英館」(同理事長)は、京都ピアノ技術専門学校や関西語言学院(京都市)、四万十看護学院(高知県四万十市)を運営、中国・瀋陽市では、東北育才外国語学校を設立、経営している。

 ホームページによると、関西語言学院は、中国の高校や大学を卒業した学生を日本の大学や大学院に進学させるための日本語学校。在籍する学生は昨年7月現在で540人で、全員が中国人だ。東北育才外国語学校は東北育才学校(瀋陽市)と共同で設立した中高一貫校で、日本語教育を展開。東北育才外国語学校から関西語言学院、そして日本国内の大学へというルートを構築してきた。

民間調査機関によると、27年5月8日現在、「学校法人育英館」には、中国人2人が理事に名前を連ねている。この理事について、駒大関係者はこういう。

 「調査した結果、1人は中国共産党員だった。東北育才外国語学校の終身校監で、東北育才学校の顧問をしている。過去に全国先進的従事者(全国模範労働者)として表彰されるなど有力な人物だと分かった」

 業務内容や理事の顔ぶれから、中国との関係が相当強いのが分かる。

 譲渡されるのは、苫駒大の敷地15ヘクタール(10ヘクタールは苫小牧市からの無償譲渡で、5ヘクタールは無償貸与)と校舎、図書館(蔵書数10万4千冊)、備品類で、全て無償だ。総資産は約40億円で雑書類や備品を加えると50億円を超えるという。

 協定書案によると、移管日は30年4月1日で、「新たな学校名称に『駒澤』『駒沢』『KOMAZAWA』の文字は使用しない」「教職員の人事異動や給与、その他の変更等、管理運営については一切駒大は関与しない」などとなっており、全て京都育英館主導で運営されることになる。

 現金を伴わない完璧な“買収”だ。

 中国による他国の教育機関の買収は韓国でも行われている。

昨年6月28日付の韓国の全国紙ハンギョレ(電子版)は、中国の武昌理工学院が廃校の危機にある韓国・韓中大学(江原道東海市)の買収計画を伝え、「自国の戦略と要求の中で韓国の大学を対象とした買収が行われているため、韓国の高等教育の発展に役立つかは疑問だ」という識者の見解を紹介している。

 京都育英館の進出で、苫駒大が中国化する懸念が十分に予想される。苫駒大関係者は「中国名の大学になる可能性もある」と前置きした上で、こう話した。

 「文科省の認可を受けてから生徒を募集しても集めるのは難しい。結局、中国の留学生を受け入れることになるでしょう。教職員や語学留学生を含め中国人がドッと入ってきて、大規模な中国人大学になる可能性がある」

 岩倉博文苫小牧市長は「少子化の中で、苫駒大の現状を考えると、一定の定員を確保しながら存続していくのは難しい。廃校を避けたいという思いが強く、やむを得ない選択だった」と苦しい胸の内を明かす。

 駒大の理事の一人はこう言って眉をひそめた。

 「日本の有名大学を卒業した中国人エリートに聞くと『間違いなく乗っ取りだ。それに駒大が協力したということ』という答えが返ってきた」

 京都育英館に移管譲渡されることで、苫小牧駒澤大はどう変わるのか? 地元メディアは、文部科学省への設置者変更の認可申請が認められるのを前提に、京都育英館と中国との深い関係を好意的に捉え、新大学設立に期待を寄せる。一方で苫駒大関係者からは「情報が錯(さく)綜(そう)していて、実際にはどうなるのか分からない」(元職員)と不安の声が。

学校法人京都育英館はどう考えているのか?

 松尾英孝理事長は産経新聞の取材に「文科省の認可が出れば大学名を決め、来年度からの学生募集を始める」とした上で「運営理念は地域貢献で地元に貢献するのは日本人でも中国人でも構わない。躍動感のある大学にするために、系列の中国の語学学校などからの受け入れを進めるが、当面は日本人学生だけを募集する」「来年度から四年制大学を造る。平成31年度から看護学部など学部、学科を増やしていき、単科大学から総合大学への移行を目指す」-と構想を述べた。

 苫駒大の川島和浩学長(54)も「松尾理事長は説明会で『ビジネスの視点から経営がしっかりできる大学に立て直したい。3年後ぐらいにはプランを持っている。文科省の認可が下りた段階で公表していく』と強調していた」という。

 ×   × 

 だが、こうした構想に懐疑的な見方も根強く、苫駒大や曹洞宗の宗門の関係者の間では、さまざまな臆測が流れている。

 その一つが、中国人留学生の大量流入だ。

 川島学長によると、松尾理事長は「日本人が集まらない場合は、中国とのルートで留学生を受け入れることも一つの案としてあり得る」と話したといい、同理事長は地元紙のインタビューでも「学生全体の2割程度を外国人学生とし、積極的に受け入れる。東北育才外国語学校の生徒が苫小牧の大学に進学することもあり得る」と述べるなど、中国人留学生の受け入れには前向きだ。

 苫駒大の元職員は「苫駒大は以前、中国人留学生を大量に受け入れたことがある。その際、いろいろな問題が起きた。中国人留学生が増えると、苫小牧がどういうことになるか」と表情は暗い。

北海道栄高校の移転の有無も不安材料の一つだ。京都育英館は、栄高校を苫駒大の敷地内に移転、新しい大学の付属高校化を検討しているとされるからだ。

 駒大は記者会見などで、付属苫小牧高校は駒大が運営を続けるとしているが、松尾理事長は産経新聞の取材でも「栄高校は、連携すれば面白いことができる」と移転をにおわせており、苫駒大関係者からは「栄高校が移転してくると、付属苫小牧高校と競合し、経営は圧迫される」と、存続を危ぶむ声が聞かれる。

 さまざまな臆測が飛び交う中、京都育英館の今後の方針について、岩倉博文苫小牧市長は「全て認可されてからのこと。今後のことは非公式には聞いているが、現段階でそれを明らかにすることはない」と口は堅い。

 ×   × 

 移管譲渡については、曹洞宗関係者は強硬に反対している。譲渡決定への過程が不透明だからだ。

 京都育英館への移管譲渡が公にされたのは、今年1月26日の法人諸学校管理運営検討委員会と理事会、評議員会だった。

 出席した理事の一人はこう振り返る。

 「事前に配布された案内状では『苫小牧駒澤大学の経営方針について』が議題となっていた。ところが、須川法昭理事長が突然、京都育英館へ移管するという声明文を読み上げ、移管協定書案や記者会見などのスケジュールがまとめられた分厚い資料が配られた。全員、寝耳に水の話で、こんなに準備がそろっているのか、と唖(あ)然(ぜん)とした」

 この理事はさらに、「本来、駒澤大学の寄付行為については、重要な案件に関しては資料を1週間前に配布することになっている。緊急の場合はこの限りではないが、今回のケースは緊急でも何でもない。苫駒大の再生の道はある」と不満を募らせた。

 全てが極秘裏に進められたようだ。

 川島学長も「理事会の翌日、急(きゅう)遽(きょ)、招集がかかり、理事会の決定を聞いた。どうしてこのタイミングなのか? どうして京都なのか? なぜ、こんなに急ぐのか? と教職員全員が驚いた」という。

 どういう経緯で移管譲渡が決まったのか? 須川理事長は、記者会見で、入学者減による財政状況の悪化を挙げたが、その後は沈黙を守り、産経新聞の個別取材にも「現在、認可申請中のため、取材をお受けすることをご遠慮いただいております」(駒大広報課)としている。

駒大は、再建のためとはいえ、どうして突然、中国との関係が強い京都育英館への移管譲渡を決めたのか? しかも、無償で。苫駒大の教育理念はどうなるのか? 宗門関係者はいう。

 「疑問が膨らむばかりだ。中国は京都育英館を通して、駒大本校にも進出してくるのでは…という不安もある」

 曹洞宗寺院の最高議決機関、宗議会は、移管譲渡の白紙撤回を求めている。(以上)
http://www.sankei.com/life/news/170619/lif1706190008-n1.html


他に「尖閣」の排他的経済水域にチャイナの海底調査団が居直っている。
これは「実効支配」になる。他国だったら撃墜されていることである。


★ このままではチャイナのやりたい放題である。

加計学園の問題よりもはるかに深刻で国会で取り上げる項目ではないか?





ナントカ王子が内親王の婚約者というマスコミの記事も耐えがたい。
今の日本はまともではない。



ブログのティールーム



マリア・カラスやテバルディの全盛時代(1950~60年代)、力量は十分にあっても商業レコードがなく、日本にその素晴らしさが伝わらなかった名歌手が多い。
その中でもジリオラ・フラッツオーニを続けて「ブログのティールーム」で取り上げているが、
今、これほどの実力ある歌手がいたら・・・と、ため息。

ヴェルディの「トロヴァトーレ」から。名バリトンのロランド・パネライと二重唱。
フラッツオーニの登場からただならぬ緊迫感が伝わる。
ソプラノ・リリコ・スピントという力強さと抒情性を兼ね備える声の質、そして正統的なベルカント唱法である。


Rolando Panerai & Gigliola Frazzoni "Udiste" Il Trovatore



この場面はルーナ伯爵が恋する美しい女官レオノーラを思っているところに、そのレオノーラが登場、驚くルーナ伯爵。
レオノーラは牢獄にいる恋人のマンリーコの助命を乞うが、ルーナ伯爵は嫉妬にとらわれ厳しくはねつける。
そこでレオノーラはルーナ伯爵の愛を受け入れるかわりにマンリーコの命を助けてほしいと言う。
驚き喜ぶルーナ伯爵、マンリーコの釈放を赦す。
しかしこの時にレオノーラはひそかに毒を飲むのだった。

ルーナ伯爵を歌ったロランド・パネライは現在92歳。
下記の動画で歌唱のテクニックについて語っている。

https://www.youtube.com/watch?v=VMcdFMBiPRY

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