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ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

【クライン孝子氏】ドイツ人が見る原爆投下

2018年08月13日 | 政治

【言いたい放談】ドイツ人が見る原爆投下[H30/8/9]

クライン孝子女史のメールマガジンで解説されていますので転載しました。

◆ジプチには1993年、ソマリアへ行く途中、立ち寄った国でしたので、
懐かしかったです。
そのレポートですが、かつて中央公論社発行雑誌「GO」四月号
◆タイトル「ドイツPKO活動に参加して」 クライン孝子
<<ソマリアからの現場報告=PKOは国際政治の道具に過ぎない。
それでもドイツは、戦地にPKOを派遣せざるを得なかった。灼熱の無法地帯で
ドイツ部隊と活動を共にしたドイツ在住のジャーナリストが見たPKOの矛盾>>
として発表してものでした。

◆ さても原爆といえばその発見者、
オットー・ハーン(1879~1968)ドイツ 化学者 http://www.eonet.ne.jp/~m-hirose/ijinden/3gatu/0308.htm を忘れてはなりません。
 ◆ちなみにハーン博士に関しては
書籍「オットー・ハーン 科学者の義務と責任とは https://books.rakuten.co.jp/rb/4143905/?scid=af_pc_etc&sc2id=af_101_0_0

<<【内容情報】(「BOOK」データベースより)
捕虜となった10人のドイツの科学者たちは、盗聴されているとも知らず、
広島への原爆投下を知らせるラジオのニュースに動揺し、
感情を高ぶらせながら議論した。
ハイゼンベルクはドイツの原爆研究が推進されなかったことを悔やんだ。
ヴィルツは、ドイツに原爆があったら、降伏の時によりよい条件で交渉できたはずだ
などという意見を吐いた
ゲルラッハも同じように考えていた。
◆ハーンは「われわれは、それを造らなくてよかった」と言った。
かつての同僚マイトナーとの確執、
ナチス政権下でのウラン計画への参加
広島・長崎への原爆投下に対する道義的責任など
ハーンにとってウランは呪いのようなものでもあった。
新発見の資料や研究成果をもとに、科学者の仕事とは、
そして責任とは何かを考えるための好著。>>
があります。(以上、クライン孝子氏の解説)

 ドイツにも核武装をさせない、という「戦勝国」・・・その他、ドイツ側からの真実、本当にまだ「戦後は終わっていない」

のですね。「戦争孤児」とはギリギリのところにいたというクライン孝子女史、

ドイツはアメリカに対して批判的なことが・・・たとえば音楽でいうと「通奏低音」のようになるのですね。これが複雑でなかなか伝わってこないことでした。

私は戦場の話を父から聴くたびに怖ろしくて震えていました。そして原爆のことも、決して美化してはならないと思うのです。クライン孝子女史の本を読んでいろんなことを系統立てて知ることができました。(ベッラ)


◆拙著「日本人の知らないスパイ活動の全貌」
=第4章 ある核科学者のスパイ力 MI5=
著者 クライン孝子、出版社 海竜社 http://www.kairyusha.co.jp/ISBN/ISBN978-4-7593-1609-4.html

ベッラさんのブログ https://blog.goo.ne.jp/bellavoce3594/e/fccc4fb2fb8b9b82c645da51715f027f

に触れておりますので、お手にとって一読してくださると嬉しいです。(クライン孝子氏のメールマガジン)

 

ブログのティールーム

10代の頃、ヴィクトリア・デ・ロスアンヘレスの美しい声に憧れた。
彼女はイタリアオペラ、ヴァーグナー(バイロイトに「タンホイザー」のエリーザベトで出演、録音が聴ける)、そして何と!「カルメン」これは歌い口の巧さで魅了した。
本日は故郷のスペインの歌曲二曲、もうこれらは最高だ。

Victoria de los Angeles live in concert: Two Songs by Fernando Obradors (c.1958)

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