井財野は今

昔、ベルギーにウジェーヌ・イザイというヴァイオリニスト作曲家がいました。(英語読みでユージン・イザイ)それが語源です。

《アンピトリーテーの声》ができるまで③

2019-06-18 08:21:00 | 井財野作品
とにかく、最初のリハーサルの日が一番疲れた。
それもあって、追加のリハーサル、それは本番当日だと気づくのに、少々時間がかかった。

これは大変だ。1日で何とかしなければならない。

そして告げられた。「初回のリハーサルで井財野は数分オーバーしていたので、今度は5分短くお願いします。」

は?

「それから、リハーサルを終える時間は厳守してください。ユニオンとの契約でそうなっております。」

それは日本のオケでも同じだが、日本のオケは始まりも厳守する。
ところが、このカナディアン達、始まる時間でも一向に揃わない。誰かがいなくなり、戻ると別の誰かがいなくなる。それで、終わりは延びてはならない。
どこかのタチの悪い学生と同じような行動をとる。

それでもバッチリ弾いてくれるなら良いが、また弾けないままリハーサルは終了した。

次は、本番前のドレス・リハーサル、日本で言うゲネプロ。さあどうなるか。

写真は米倉豪志作曲「神威」のリハーサル風景で、この曲だけカナダ人指揮者。

《アンピトリーテーの声》ができるまで②

2019-06-17 07:55:00 | 井財野作品
いよいよバンクーバー・インターカルチュラル・オーケストラと最初のリハーサルの日。

直前になって、メンバーが「楽譜はこれで良いのか」と言ってくる。
見ると、最初ダンバウのために作った試作品の断片だ。
とんでもない!
一体、誰が送った?
送られた側も、1ページしかないト音記号の曲を、変だとも何とも思わないで、リハーサルに臨むとは……。

急遽、リハーサルは中断。携帯電話を駆使してメールを探し出し、プリントアウトして、何とか10分程度のロスで済んだ。
パート譜を紙媒体で送る昔のやり方なら起きない事故であった。

という訳で、弦楽四重奏の4名は初見の状態。案の定、全員リズムが取れない。3回やり直して、それでもできなかった。
あっという間にリハーサル時間を使いきる。

あとは、いわゆるゲネプロしかないが、いくら何でもそれでは全く足りないから、追加のリハーサルをお願いした。
2日後なら時間が取れるとのことで、そこで少しリハーサルできるようになった。

やれやれ。しかし、井財野作品が一番難しいものになってしまったようだ…。

写真はリハーサル風景。


《アンピトリーテーの声》ができるまで①

2019-06-16 09:36:00 | 井財野作品
バンクーバーでは井財野の新作《アンピトリーテーの声》を発表させてもらった。ベトナムの一弦琴「ダンバウ」と弦楽四重奏のための曲である。

これを作るにあたって、最初に講習を受けた。これが昨年の9月。

それを基に、ダンバウのための曲の断片を提出した。これが今年の1月。

そして2月初旬、スカイプを使って最初のセッションを行った。私が作った断片を演奏しながら、問題点を浮かび上がらせるのである。スカイプを通してのやりとりは不自由さもあるが、一応この段階で、私もダンバウに何が可能で、何が不可能かを知ることはできた。

その結果を基に曲を作って、スコアとパート譜を提出したのが4月上旬。演奏者と、念のため主宰者と、事務担当の協会理事3箇所にPDFファイルで送る。こういうことができるようになったのは、Eメール時代の良いところである。

ところが、4月下旬、5月上旬と、とんちんかんなメールがダンバウ奏者から届く。
もしかして届いていない?

後でわかったが、私からのメールは迷惑メールになっていて、全くわからなかったようだ。日本から添付ファイル付きというのは、一般的に危ないメールのようだ。Eメール時代の悪いところである。

急遽、音源を送れだ何だで、大慌てしてリハーサルをむかえた。

会場はバンクーバー市内の観光地として知られる「グランビル・アイランド」にあるグランビル・シアター。
会場を出るとすぐのところに廃線のレールが残してある。
なのでこの地域の別名〈RAIL SPUR〉(線路跡)。
これがそそる。
隣には、機関車を改造したペットショップがあった。


グローバル・サウンドスケープス・フェスティバル

2019-06-13 18:02:43 | 音楽
カナダのバンクーバーで開催された音楽祭に、初めて参加した。九州・沖縄作曲家協会の会員と共に。

ホスト団体はバンクーバー・インターカルチュラル・オーケストラ(VICO)。主にアジアの民族楽器と西洋楽器の混成アンサンブルである。

このような団体に既成の曲はもちろん無い。VICOは作曲家が基盤にある演奏団体、という特徴を持っている訳だ。

そこと九州・沖縄作曲家協会が交流してみないか、という話があったのが2年前。

全てが手探りの中、交流が始まった。とりあえずバンクーバーに赴き、VICOの演奏を聴いた。次には一部メンバーが来福して福岡で25分くらいのオペラを上演した。

そしていよいよ、九州・沖縄作曲家協会のメンバー6名がバンクーバーで作品を発表したのである。

まあとにかくトラブルの連続で大変だった。
しかし、結果的に成功で終わったから、それも良い話のネタに変化する。
なかなか無い充実感にあふれ、メンバーは大いに満足して帰国したと思う。

私も自作を含め4曲を指揮し、カナダで指揮者デビューをはかったことにもなる。この写真はリハーサル風景。