神護寺展へ出かけた。お盆休みのせいか、かなりの盛況。
京都の西北の深部に位置するお寺。5月に訪れた奈良国立博物館の「空海展」で、唐から帰国した空海が拠点として活動していた寺としてその存在を初めて認識した。「神を護る寺」という名前からして凄い。
空海との縁が深いこともあり、前半は空海や真言宗、曼荼羅関連の展示が中心。高雄曼荼羅や遣唐使の帰朝の目録など「空海展」と被る展示(全く同じかどうかは未確認)もあったが、復習にもなり興味深かった。
目を引いたのは、空海の「風信帖」と最澄の直筆の手紙「尺牘(久隔帖)」。並べて展示があったが、自由闊達な空海の書風と几帳面で丁寧な最澄の書風の違いが、(実際にどうだったかは知らないが)二人の性格の違いを示しているようで興味深かった。書に疎い私には、三筆の一人として名高い空海の書のどこが優れているのかも良く分からないのだが、こう比較してみることで違いは私にも分かる。
充実の展示と来訪者の多さに疲れ切った最後のコーナーが「第五章 神護寺の彫刻」。神護寺の仏像群が大フロアを埋めていて壮観だ。(「こうと知っていれば、こちらから鑑賞したのに」と少々後悔。)
(唯一撮影OKだった「二天王立像」(平安時代 12世紀)
チラシのメインキャラになっている薬師如来像(国宝)と脇侍の日光・月光の両菩薩(重要文化財)が中央に位置する。この薬師如来像、私がこれまで見たことのある薬師如来の中では、表情の厳しさ、怖さが群を抜いている。湧き出るようなアウラも強烈だ。逆に、両隣の日光・月光菩薩の穏やかさ、優しさが引き立つ。暫し、3つの仏さまを見惚れてしまった。
そして、壁沿いに立ち並ぶ四天王立像、十二神将立像の展示も見応えたっぷり。多くは江戸時代の制作のものだが、個々の立像の迫力たっぷり。更に、展示の演出が心憎い。立像の影が壁に映り、それが幻想的。立像の影絵が今にも動き出さんばかりのダイナミックで劇的な効果を生んでいた。博物館ならではの展示法だろう。
もう少し落ち着いた環境で鑑賞したかったという気持ちは残ったが、展示は十二分に満足。京都の中心部からかなり離れて位置する寺であるので遠いが、それ故の良さもあるに違いない。紅葉で有名とのことだが、季節にとらわれず、是非、一度訪れたい。
2024年8月16日