
10月のブロムシュテット祭り(以下、敬意をこめてブロム翁)も(私は)いよいよ最後。トリがベートーヴェンの「運命」というなんか出来過ぎたお膳立てである。
前半はスウェーデンの作曲家ステンハンマルから「セレナーデ」。初めて聴く曲だ。北欧っぽい香りがするのかと思いきや、想定外に、明るく、闊達な序曲が、オペラの序曲のように、気持ちや耳をぐっとステージに引きつけてくれた。その後も、様々な変化を見せながら音楽は進むが、どの楽章も耳になじみやすく、追いかけるのが楽しい作品である。シベリウスやニルセンに比べると、演奏機会が少ない作曲家なのが不思議なぐらいだ。
そして、後半のベートーヴェンの「運命」は、将来、伝説の演奏と言われるであろうこと間違いないと思わせる圧巻の演奏だった。きわめて「標準的な」運命だったと思うのだが、その音楽の瑞々しさ、純度の高さ、エネルギー量の大きさが群を抜いている。楽聖ベートーヴェンの音楽がそのまま聴衆一人一人の胸にダイレクトに飛び込んでいっているのではと思わせる演奏。個人技の旨さとかアンサンブルの良さとか、そういう話ではない、聴衆に音楽そのものとの対決が迫られている。聴きながら、そんな思いが去来した。
ステージ後ろのP席でブロム翁の指揮ぶりをガン見しながら、あの動作(指揮棒なし)の何を読み取って、N響のメンバーはこの音楽を奏でているのか?不思議でならなかった。音楽実演経験0の私には全くわからない世界なのだが、間違いなく今ここで生まれている音楽は翁のリードの元に創造されている。そして、楽器が発する音だけでなく、ステージの空間には翁と楽員の「気」が漂い、それがホール全体に伝播していっている。P席からはそれが見える。
第1楽章からボルテージは高いが、それが第2,第3と進むにつれて更に高くなっていく。前のめりで両手を組んで聴く私は、胸が高まり、組んだ手には汗が滲み出る。そして、第4楽章の咆哮には、自分の中にある様々な思いが音楽と一緒になって溢れ出て、涙に変わった。
終演後は、聴衆一人一人が夫々の思いをもって、大きな拍手を寄せた。楽員をステージ後方に向けさせP席の聴衆にも挨拶を促してくれたことも嬉しかった。何度も呼び戻される94歳の翁を気遣うマロさん。2回目のソロコールにはマロさんが翁をエスコートするように登場。老父を支える孝行息子のようである。
「来年も是非振ってくださいね」というのが今日の聴衆みんなの思いだったはずだ。私は、「100歳までは頼みますよ、マエストロ!」と言っておいた。

〈マロさんに導かれて2回目のソロコールから退出するブロム翁〉
第1941回 定期公演 Bプログラム
2021年10月28日(木)開場 6:20pm 開演 7:00pm
サントリーホール
ステンハンマル/セレナード ヘ長調 作品31
ベートーヴェン/交響曲 第5番 ハ短調 作品67
指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット
No. 1941 Subscription (Program B)
Thursday, October 28, 2021 7:00p.m. (Doors open at 6:20p.m.)
Suntory Hall
Stenhammar / Serenade F Major Op. 31
Beethoven / Symphony No. 5 C Minor Op. 67
Herbert Blomstedt, conductor