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その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

宮崎学 『突破者 戦後史の影を駆け抜けた50年』(新潮文庫、2008)

2020-03-30 07:30:00 | 

グリコ森永事件で「キツネ目の男」として容疑者に仕立てられたことで有名な宮崎勤氏の破天荒な半生記。「突破者」とは「思い込んだら一途で、がむしゃら」ということなのだが、「一途のあまり周囲が見えていないという負の評価と、一途ゆえに筋を曲げないで頑張るという正の評価を併せ持って」いて、結局「がむしゃらに走り続けるのだが、何処へ向かって走っているのやら当人自身もわかってない、といった人間を評する言葉」とのこと。その意味通りの筆者の突破者ぶりを描いた本書は、読み始めたら引きこまれ、ページをめくる手が止まらない。

戦後間もないころに、京都のやくざの家に生まれ、学生時代は学生運動の用心棒に身を投じる。週刊誌記者を経て、家業の解体屋の経営に入るものの会社を倒産させ借金取りに追われたり、バブル時代は地上げの口利きを行ったもつれでヤクザから自身も銃撃されて重傷を負う。ありきたりのフィクッションよりもずっとダイナミックで、当たり前だがリアリティ抜群だ。

いわゆる社会の裏側で生きている人たちの息ぶき、うごめき、逞しさがダイレクトに伝わってくる。筆者自身の半生でもあるが、アウトローの世界で生きる人たちへの応援讃歌でもある。アンダーグランドの世界で生きてきた人だけに、その言葉には、ならではなの骨太な強さ、迫力がある。

「ヤクザの世界は三つの言葉を知っていれば渡れる。「イモを引くな」「クンロクを入れる」「往生する」、この三つである。「イモを引くな」とは、切所に立ったらびびるな、ということ。「クンロクを入れる」とは、相手の動揺する心にとどめを指すこと。(中略)そして、「往生する」とは、苦境に立ったとき、自らにふんぎりをつけること、負けを潔く受け入れることである。」 (下巻、pp84-85)

また、学生運動、エセ団体、グリコ森永事件、バブル経済、暴力団廃止法など、昭和史の歩みであり、戦後から今(といっても書かれたのは1996年だが)に至る現代日本社会の生成史の一面が記述されている。

最終章には、筆者の強い思いである、はぐれ者たちと社会の共生が主張される。そんなことが本当に可能なのかは、はなはだ疑問だが、思いは伝わるし、この世から「悪」が消えてなくなることは無いというのは事実だと思った。

普段ではあまりお付き合いがない人たち(近い人たちとは、若き社会人生活の時は幾分の接点はあってたものの)だが、その逞しさ、生きる知恵は学ぶべき面もあるし、こうした裏世界を知ることで人や社会を大きく、深い座標軸で見ることができる。

1 マイ・ファミリー
2 少年鉄砲玉
3 喧嘩と資本論
4 都の西北とインター
5 秘密ゲバルト部隊
6 突撃記者の群れ
7 掟破りの日々

8 金地獄に踊る
9 ゼネコン恐喝
10 悪党の情と非情
11 キツネ目の男
12 銃弾の味
13 野郎どもとバブル
14 葬られてたまるか
最後に

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見事な垂れ桜 聖将山 東郷寺 @府中市

2020-03-27 07:30:00 | 日記 (2012.8~)

 知人のSNS投稿に引かれて、府中市の東郷寺なるお寺を訪ねた。東郷平八郎元帥を開基として、身延山久遠寺を総本山とする日蓮宗の寺院である。(東郷元帥って神様になって東郷神社で祀られているはずなのだが、神様を開基とするお寺というのも、いかにも日本人らしい大らかさ)お目当ては、投稿写真にあった枝垂桜である。

 京王線の多磨霊園駅から徒歩5分ほどですぐ着いた。住宅街の中に突如として現れた、見事な桜と剛毅な門を持つお寺にびっくり仰天。門前には高さ3メートルはあると思われるお寺の名前を彫った石板がそびえる。映画「2001年宇宙の旅」の冒頭に現れる黒い石板(モノリス)を思い起こさせ、猿になって周りを飛び跳ねてまわりたくなるほど。


お寺の名前を彫った石板

府中崖線と呼ばれる崖の上に建っているので、まるでお城のような石垣があり、その上に立派な御門が構えている。なんと黒澤明の映画「羅生門」のモデルになった門という。そして、その門を引き立てるというよりも、覆い隠すように見事な枝垂桜が咲き誇っていた。豪華なこと、この上ない。


<立派な門と豪華な枝垂桜>

石段は30段程度であるが、上から見下ろす桜も素晴らしい。なかなか桜を身近に上から見下ろす機会というのはあまりないのかも。


<石段の上から桜を見下ろす>

見ろした後は、お寺の敷地に入って、逆方向から門を枠にして桜鑑賞。


<門を枠に見る桜も良し>

入れ替わり、立ち替わり、花見客が訪れる。丁度、春のお彼岸とも重なり、墓参りの檀家さんも多く大した賑わいだった。ちょっとした観光地と言っても良いほど。知る人ぞ知る名所らしいので、近くの方は一度桜の時期にいかれることをお勧めします。

2020年3月22日訪問

コメント (2)
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映画 「私はダニエル・ブレイク」(監督 ケン・ローチ、2017年)

2020-03-24 07:30:00 | 映画

イギリスの心臓疾患のため仕事の大工ができなくなり失業給付を求める60歳代の男性と公共住宅に引っ越してきたシングルマザーと二人の子供の家族との交流を通じて、イギリスの普通の市民の貧困を描いたドラマ。社会派で有名なケン・ローチ監督の作品で、2016年に第69回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドール、2017年に英国アカデミー賞で英国作品賞 (2017)を受賞している。

 ワーキングクラスとして普通に仕事をしてきても、健康を害して仕事を続けられなくなった時には、日々の生活が立ち行かなくなる。不幸な結婚の解消と同時に、子どもを抱えて路頭に迷う。怠けていたわけでもなければ、贅沢をしたわけでもない。たまたま巡ってきた運命や環境で、人としての生きる権利や尊厳までが侵される。重くのしかかる現代社会の矛盾が表現されている。主人公のダニエル・ブレイクを演じたデイヴ・ジョーンズの深みのある演技、シングル・マザーのケイティ役、ヘイリー・スクワイアーズの自然体な演技が、リアリティを高めている。

 この映画を観て「貧困は自己責任」と言い切れる人がいるのだろうか。もちろん、国、市町村の福祉にただ乗り、悪乗りしている人を私も見てきているし、世の中には働けるのに働いてない人も存在するだろう。だが、自己責任で片付けられない貧困は確実に存在し、そうした人には一定の支援が必要なはずだ。

 私は未見だが、日本の「万引き家族」、韓国の「パラサイト」など貧困を描いた映画が各国で製作され、評価されているのは、先進国と言われる国においても貧困が課題であることを示しているのだろう。

(最近は日本も同じだが・・・)イギリスのつながらないコールセンターやお役所仕事はロンドンで十分に経験したので、肌感覚としても良く分かる。イングランドの北東部の薄暗い街並み、寒い気候が、厳しい環境を際立たせる。掛け値なしにいい映画だが、明るい展望が見える映画ではないので、観るタイミングは選んだ方が良いと思う。

余談だが、原題は"I, Daniel Blake"。観て頂ければわかるが、邦題は訳としては間違ってないが、ちょっと映画や原題のイメージとは違う。

 

監督:ケン・ローチ
製作:レベッカ・オブライエン
製作総指揮:パスカル・コーシュトゥー グレゴワール・ソルラ バンサン・マラバル
脚本:ポール・ラバーティ
撮影:ロビー・ライアン
美術:ファーガス・クレッグ リンダ・ウィルソン
衣装:ジョアンヌ・スレイター
編集:ジョナサン・モリス
音楽:ジョージ・フェントン

ダニエル・ブレイク:デイブ・ジョーンズ
ケイティ:ヘイリー・スクワイアーズ
ディラン:ディラン・フィリップ・マキアナン
デイジー:ブリアナ・シャン
アン:ケイト・ラッター
シェイラ:シャロン・パーシー
チャイナ:ケマ・シカウズウェ

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近藤 ようこ (漫画), 夏目 漱石(原作) 『夢十夜』(岩波書店、2017)

2020-03-21 07:08:07 | 

家人の本を借りて読んでみた。夏目漱石の「夢十夜」を漫画化したもの。

漱石の原作を読んだのは確か高校生の頃だったから、物語の内容はおぼろげにしか覚えてなかったが、原作の幻想的な雰囲気を上手く作画してるなあと感心した。

読後、改めて原作を青空文庫からダウンロードして読んでみた。逆に、原作はこんな日本語で表現しているのかと文章の巧みさに驚きつつ、10の小話を噛み締めながら読んだ。幸い、漫画のイメージに囚われることなく、自分の想像の世界に浸れた。

漫画、原作ともに簡単に読めるので、両方読み比べをおすすめしたい。今回は私は逆になったが、順番は原作を先に読む方がいいと思う。それぞれの良さはあるが、文章を読むと「夢」が持つ隠喩について思考が及び、漫画を読むと表現に注意が行く。

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高幡不動尊に見仏

2020-03-18 07:30:30 | 旅行 日本


〈シンボルの五重塔〉

 

コロナウイルスの感染防止で人出のあるところは避けるようにしているが、かといって一日家にいるのも退屈なので、先月の連休中日に車で都下を徘徊した。その前週は府中に行ったが、更に西に向かい日野市の高幡不動尊(正式名は高幡山明王院金剛寺)なるお寺を訪ねた。もちろん見仏目的である。

 

パンフレットによると、真言宗智山派別格本山で古来関東三大不動の一つに挙げられているとのこと。(Wikiによると、関東三大不動と言うのは、成田山新勝寺とこの高幡不動尊の2つは確定なのだが、3つめは不動ヶ岡不動尊、大山不動尊などなど諸説あるらしい)。奈良時代からの由緒ある寺院(寺のHP曰く「草創は古文書によれば大宝年間(701)以前とも或いは奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられるが、今を去る1100年前、平安時代初期に慈覚大師円仁が、・・・不動明王をご安置したのに始まる。」)であるのに加えて、新選組副長土方歳三の菩提寺でもある。

 


<仁王門(重要文化財)室町時代>

 

 

丘陵を背に展開されている境内は広く、自然豊かな環境で、「へえ~、こんなところが多摩地区にあったのね」と少々驚かされる。参拝客がひっきりなしに出入りし、境内の内外には出店もあって賑やかだ。まずは、入り口の重要文化財の仁王門をくぐり、これまた重要文化財で東京都最古の文化財建造物というの不動堂でお参り。そして、早速、目的の奥殿(寺宝殿)へ。

 


不動堂(重要文化財)鎌倉時代>

 

入り口で300円支払って、中に入ると想定を遥かに上廻る充実の展示に小躍りした。最初の仏像は、平安時代中期の木造・大日如来像(市指定文化財)。腐食が進み表面がボロボロになりかかっているが、その分魂が内側に秘められた感じがする。仏像内に保存してあった南北朝時代の武士の手紙(像内文書)や室町時代の勧進帳(重要文化財)なども興味深い。後半は、土方歳三の縁か、幕末・維新期の歴史的人物の書や手紙が展示されていて、これも維新好きの私には狂喜。土方らの手紙(代筆らしいが)、榎本武揚が勝海舟にあてた手紙、徳川慶喜の書などの展示がある。

 

そして、最後の部屋が平安時代作の不動妙像。大きいし、平安時代とは思えない保存状態の良さだ。とっても怖く、目を合わしていられない、迫力の不動妙である。更に引き立てているのは、両脇の矜羯羅童子(重要文化財)と制吒迦童子(重要文化財)。どちらも平安時代のものだが、とっても可愛らしくてポーズがユニーク。近寄り難い不動妙よりもこちらの方が気になってしまう。


<不動明王像 (重要文化財)平安時代>

 

これで300円で良いのかと思うぐらいの充実の奥殿を離れ、更に境内を奥に進み、総本堂である大日堂にも立ち寄る。入り口で200円払って、中に入ると、昨夏富良野で入った後藤純夫画伯の襖絵がある大きな内陣がある。更に、仏殿には虹梁に竜が彫ってある鳴り龍天井もある。土方歳三の位牌も置いてある。

 

 

この高幡不動尊が面白いのは、この境内の一部ともいえる裏山に四国八十八ケ所巡拝を模した山内の巡拝コースが整備されていることだ。中世には、山の頂上には高幡城なるものがあったらしく、確かに上ってみると日野、立川、府中一体が見渡せ、城を築くには絶好の地であることが分かる。88の小仏様の巡礼までは流石にしなかったが、プチハイキング気分を味わえるこの裏山はちょっとした自然のアトラクションである。

 


<こういう石仏が88体裏山のあちらこちらに配置してあります>

 


<高幡城址から北(立川の方)を望む>

 

一通り巡って約2時間ちょっと、半日の東京都下散歩にお勧め。

 

 <土方歳三の銅像もあります>

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映画 「トゥルーマン・ショー」(監督ピーター・ウィアー、1998)

2020-03-15 07:58:03 | 映画

ジム・キャリーが好きで、彼が出る映画はほとんど見ていた時期があった。しょうもないドタバタ・コメディ(これが好きだったのだが)が多い初期の作品群の中で、本作品は当時では珍しいブラック・コメディだった。正月に読んだ『21Lessons』で未来を描く映画の一例として紹介されていて、懐かしく久しぶりに見返してみた。

ご覧になった方も多いと思うが、主人公のトゥルーマンはTV番組の主人公として、誕生の時から撮影・放映され、脚本に沿って成長し、人生を生かされてきた。妻も母も親友ですらキャストであり自分の生活の虚構に気づいたトゥルーマンは、自らセットの世界を脱出しリアルの世界に踏み出していく。ブラックユーモアの中に、自己の希求、メディアの影響力、リアルとヴァーチャルの境目などのテーマが織り込まれている色んな見方ができる。久しぶりに観て、改めて良くできた映画だと思った。

本映画を再見して、『21 Lessons』の該当部分をもう一度読み直してみた。筆者のハラリの見方は、私よりもずっと深いところにあったことに改めて気づかされた。

「マトリックス(注:トゥルーマンが生きるバーチャルな世界)の中に閉じ込められた人間には正真正銘の自己があり、(中略)マトリックスの外には本物の現実が待ち受けていて、主人公が一生懸命試みさえすれば、その現実にアクセスできると決めてかかっている。(中略)
 現在のテクノロジーと科学の革命が意味しているのは、正真正銘の個人と正真正銘の現実をアルゴリズムやテレビカメラで操作しうるということではなく、真正性は神話であるということだ。人々は枠の中に閉じ込められるのを恐れるが、自分がすでに枠、すなわち自分の脳の中に閉じ込められていることに気づかない。そして、脳はさらに大きな枠、すなわち無数の独自の虚構を持つ人間社会の中に閉じ込められている。」(pp.320‐321)

「最新のテクノロジーに何ができるかを考えれば、心はつねに操作される危険がある。人を操作する枠組みから解放されたがっている、正真正銘の自己などありはしないのだ。」(p323)

ここまで言ってしまうと実も蓋も無い感じもするが、サピエンスが他の種を抑えてここまで発展してきたのは、「「虚構」を信じ、それに基づき行動することができたことにある」という、ハラリの根本主張と同期している。そもそも私達も「虚構」の中で生きているのだ。

ハラリも映画として「トゥルーマン・ショー」は「見事にできている」と言っている。ただ、SF映画はしばしばテクノロジーや社会の未来の理解を(本当とは異なって)規定してしまうと言う。

単純に映画のできに感心しているだけではダメだったようだ。

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金成 隆一 『ルポ・トランプ王国2: ラストベルト再訪』 (岩波新書、2019)

2020-03-12 07:30:00 | 

アメリカ大統領選の民主党候補者選びが佳境を迎えつつある中、本書を手に取った。トランプ当選の秘密を探るべくラストベルト地帯の有権者を取材した前著『ルポ トランプ王国』の続編である。トランプ大統領就任から2年半がたった時点で、トランプ支持層が政権、政策運営をどう見ているかを、前著同様、アメリカ住民の中に入って取材している。前著も新聞等では深堀されない中西部住民の感情・意見をあぶり出す取材が非常に興味深かったが、それに劣らず読み応え十分だ。

今回はラストベルトのその後を始め、さらに範囲を広げて、退役軍人層や保守的な共和党支持基盤の地域でありバイブル・ベルトとも呼ばれる深南部地域(アラバマ、ルイジアナ)での取材を加え、内容に厚みを増している。本書が面白いのは、バーやダイナー等で一般有権者と積極的に関係を築き、彼らの本音を引き出しているところにある。トランプ政権に満足の人もいれば、期待外れを表明する声あり、反トランプありで、生の声によるアメリカ人の肌感覚を垣間見れる。

個人的ないくつかの気づきを幾つかメモっておくと・・・

(1)トランプ躍進の陰には、民主党の70年代からの戦略変換(「労働者の政党」から「見識があり、高等教育を受け、裕福な人々の政党」を目指した)がある。これは新聞等で読んだかもしれないが、私自身にはあまり残って無かった。民主党・共和党ともに政策、支持基盤層が入り乱れ、無党派層も増え、政党の時代ではなくなってきつつあることも感じ取れる。

「(民主党は)配管工、美容師、大工・・(中略)・・両手を汚して働いている人に経緯を伝えるべきです。重労働の価値を認め、仕事の前ではなく、後に(汗を流す)シャワーを浴びる労働者の仕事に価値を認めるべきです。(中略)「もう両手を使う仕事では食べていけない。教育プログラムを受け、学位を取りなさい。パソコンを使って仕事をしなければだめだ」。そんな言葉にはウンザリなんです。(中略)私が選挙中に聞かされたのは「民主党は、私の雇用より、誰か(性的少数派の人々)の便所の話しばかりしている」という不満だったのです。」(マホニング郡の民主党委員長 デイビッド・べトラスさん p32)

(2)南部には、キリスト教の教義・価値観に従い、進歩的な政策(同性婚や妊娠中絶など)に否定的だったり、福祉は国の仕事ではなく教会がすべきことと考えるような層が一定層いて、共和党・トランプを支持していること

「中央政府の仕事は、インフラ設備や軍隊など、個々人が担うには大きすぎるもの。その他の社会的ニーズは、何らかの支援や食糧が必要な人の面倒を見るのは、教会やコミュニティーの個々人なのです。社会的な責任を負わないでいることを容認してしまうと、当然のように怠けるものが出てきます。私たちに必要なのは、昔から言われてきたように「働かざる者、食うべからずです」」(アラバマ州で巡回裁判所判事 スノディさん p240)

(3)自由主義、資本主義の総本山アメリカで何故「社会主義」的政策を掲げる民主党のサンダース候補があれだけの支持を得るのか分からなかったが、背景には個人の努力ではどうしようもない経済格差、階級の固定化があり、根っこはトランプ支持と相似であること

「私が両親が今の私の年齢の時とは状況が違うのです。両親も労働者階級でしたが、とにかく違ったのです。(中略)父の収入だけで一家が暮らしていけたのです。マイホームも買えて、年に一度のバーケーションにも出られました。(中略)私を含めた2人の子供を育て、大学に送ることだってできたのです。(中略)今はそんなことはできません。私の夫はスーパーマーケットの支配人にまでなりましたが、マイホームは買えませんでした。私の父が当然のようにやっていたことが、できないのです」(ニューヨークに住むサンダース支持者 バーバラ・ブキャラさん pp297-288)

ミドルクラスの崩壊、父親世代を超える幸せを見いだせない若者など、社会事情は日本にも当てはまる。ちまたで「ネトウヨ」と呼ばれるような人の声が目立ってきている背景も、本書のトランプ支持層の声と重なる。アメリカを知り、アメリカを通じて日本を照射する格好の一冊だ。

今年のアメリカ大統領選が100倍楽しくなるのも間違いない。

【目次】

プロローグ―就任式へ、ラストベルトから山を越え

1章 新たなブラック・マンデー

2 3年後の「王国」再訪(ロードトリップ前半)

3章 次もトランプで決まり(ロードトリップ後半)

4章 郊外で「王国」に揺らぎ?

5章 帰還兵とアメリカ

6章 バイブルベルトを行く

7章 もはや手に入らないアップルパイ

エピローグ―クリスマス、ラストベルトから山を越え

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「ブダペスト国立西洋美術館 & ハンガリー・ナショナル・ギャラリー所蔵 ブダペスト―ヨーロッパとハンガリーの美術400年」 @国立新美術館

2020-03-09 07:30:00 | 美術展(2012.8~)


コロナウイルス感染騒ぎで国立新美術館も3月15日まで休館中なので、3月16日までの開催期間の本展がどうなるか分からないが、幸運にも休館前に訪れることができたブタペスト展の印象を残しておきたい。

 1869年に修好通商航海条約に調印した日本とハンガリー(当時はオーストリア=ハンガリーニ重帝国)にとって、今年は外交関係を樹立150周年になるということで、その節目として企画された展覧会である。正直、さほど大きな期待は持たずに出かけたのだが、ルネサンスからの西洋絵画の巨匠の作品から20世紀のハンガリー美術までを一堂に揃える見応えたっぷりの企画展だった。

 前半は北方ドイツ、イタリア、スペイン、オランダと、ルネサンスから18世紀までの西洋美術史の王道を行く展示。いきなりルカス・クラーナハ(父)の《不釣り合いなカップル 老人と若い女》と
《不釣り合いなカップル 老女と若い男》が並んで展示されていて狂喜したが、その後もティツィアーノあり、ヴェロネーゼ、バルトロメ・ゴンザレス、ヤン・ステーン、エル・グレコとそうそうたる巨匠たちの作品が惜しみなく展示してあった。前半だけでもかなりお腹いっぱいになる。


ルカス・クラーナハ(父)《不釣り合いなカップル 老人と若い女》

 後半はハンガリー美術を中心に19世紀・20世紀初頭の絵画を展示。失礼ながら、ハンガリーの画家は名前すら知らない方ばかりだが、西ヨーロッパの画風を吸収しつつ、東ヨーロッパとしてそれらを消化し超えていこうとする意欲が伝わってくる。勝手な印象だが、ゴッホ、マネ、ターナー、バーン・ジョーンズなどを思い起こさせる作品があった。

個人的には、勝手に「美女の間」と呼んだ「 レアリスム―風俗画と肖像画」のコーナーが嬉しかった。ポスターにもなっているシニェイ・メルシェ・パール 《紫のドレスの婦人》を初め、ロツ・カーロイ春—リッピヒ・イロナの肖像》、ギュスターヴ・ドレ 《白いショールをまとった若い女性》、ベンツール・ジュラ 《森のなかで本を読む女性》など美女に囲まれる。う~ん、かなり幸せな時間である。


ギュスターヴ・ドレ 《白いショールをまとった若い女性》

この手の美術館名を関した美術展には、いくつかの名作と一緒に大したことない作品も併せて持ち込まれる「セット販売」も珍しくないと思うのだが、本展は掛け値なしに名作揃い。下に作品リストから抜粋した構成を見て頂ければ分かるのだが、テーマ、種類もほぼルネサンス以降の西洋美術史を網羅しているので、とにかく時間とエネルギーがかかる。ちょっと展覧会の行方が気になるが、もし再開されるようなら、エネルギー充填して気合たっぷりで出かけられることをお勧めします。


【構成】
Iルネサンスから18世紀まで
1. ドイツとネーデルラントの絵画
2. イタリア絵画
3. 黄金時代のオランダ絵画
4. スペイン絵画─黄金時代からゴヤまで
5. ネーデルラントとイタリアの静物画
6. 17-18世紀のヨーロッパの都市と風景
7. 17-18世紀のハンガリー王国の絵画芸術
8. 彫刻

II 19世紀・20世紀初頭
1. ビーダーマイアー
2. レアリスム―風俗画と肖像画
3. 戸外制作の絵画
4. 自然主義
5. 世紀末─神話、寓意、象徴主義
6. ポスト印象派
7. 20世紀初頭の美術─表現主義、構成主義、アール・デコ

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吉見 義明『草の根のファシズム―日本民衆の戦争体験 (新しい世界史7)』東京大学出版会、1987年

2020-03-07 07:56:51 | 

アジア・太平洋戦争を前線で戦った兵士、日本で銃後を支えた日本人、占領地に移住した日本人らの手紙・日記・手記等をもとに、民衆の視点で戦争やファシズムに対する意識を明らかにした一冊。アジア・太平洋戦争に関する歴史書には、しばしば参照、引用される書である。30年以上前の1987年発刊であるが、未だ一読の価値は高く、私自身強烈な衝撃だった。

まず、手紙・日記などを基にした体験記の迫力は凄まじい。個人的な戦争への思いに加えて、侵略地での日本軍の「徴発」、中国・イギリス軍との戦闘、ゲリラとの闘いだけでなく、日本においても農家への強制供米や企業の増産協力など、一般の日本人が戦争をどう体験したかが記される。今も世界の各地で戦争は残っているものの、戦後、平和を享受してきた我々日本人が、80年前に我々の祖先が経験した戦争を追体験する意義は大きい。

歴史書ではどうしても政府、軍部、関係諸国の動向らが中心となる中で、一般の民衆がどう考え、行動していたのかを知ることは、その時代を複眼的、立体的に振り返ることが出来るので、時代の理解が深まること間違いない。筆者の主眼はファシズムが軍部・政治家・資本家だけでなく民衆自身が支えていたことを示すことにあるのだろうが、私にはむしろ、否応なく巻き込まれ、適応せざる得なかった被害者としてのひとりひとりの民衆が浮き上がっているように読めた。

また一口に民衆と言っても、戦争やファシズムの受け止めは、それぞれの環境によって大きく異なることが、(とっても当たり前のことであるのだが、)改めて気づかされる。敗戦の報に接した同じ日本軍兵士であっても、大激戦の中で明日の命が分からない東南アジア戦線で過ごしていた兵士、占領地中国ですごした兵士、すべて見方は異なる。アジア各国への戦争責任、靖国神社への参拝、日本の軍備については、未だ国としての意見は割れたままだが、こうした立場を知ることで、それぞれの視点や価値観の根っこが理解できる。

それにしても、民衆の人生を大きく左右する、施政者、リーダーの責任の重さは強調しすぎることはないだろう。果たして、今のリーダーがどれだけ、こうした「重さ」を理解して議論しているのかを考えると、はなはだ心もとなくみえるのが残念だ。

「お母さんのおとなしい息子だった僕はいま、ひとを殺し、火を放つ恐ろしい戦線の兵士となって暮らしています」(1937年9月1日付に日中戦争従軍の今井龍一の手紙から、p38)こうした日本人が数あまたアジア・太平洋で命を落としていったのだ。

【目次】

第1章 デモクラシーからファシズムへ(戦争への不安と期待
民衆の戦争
中国の戦場で)
第2章 草の根のファシズム(ファシズムの根もと
民衆の序列)
第3章 アジアの戦争(インドネシアの幻影
ビルマの流星群
フィリピンの山野で
再び中国戦線で)
第4章 戦場からのデモクラシー(ひび割れるファシズム
国家の崩壊を越えて)

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茂木大輔『オーケストラは素敵だ オーボエふきの修行帖』(中公文庫、2006)

2020-03-04 07:30:00 | 

元N響、オーボエ首席奏者茂木さんによる腹絶倒のエッセイ。ブックオフの100円コーナーで見つけた。1993年、1995年に発刊された本を再構成したものなので、書かれた時期は随分前だ。

茂木さんの若き日のドイツ留学時代を中心に描かれているが、筆者の大胆不敵な行動とユーモア一杯の記述が楽しく、一気に読んでしまう。オーディションの様子、指揮者とのリハーサル、同じプログラム・同じ指揮者でも毎回異なる音楽となることなど、普段客席からは伺い知れない裏舞台を覗き見るのは、今後表舞台を見るうえでも参考になる。

笑い処満載だが、個人的に一番受けたのは「演奏会の放送を裏チャンネルでプロ野球の実況中継的にやってみる」こと。以下一部を引用すると、

「さあまもまくホルン・ソロ。松崎緊張した面持ち微動もせず指揮者を見た。吹いた。
 ストライク!
 決まった、決まりました。見事に決まっています。
 次はオーボエ。指揮の合図を見て、振りかぶって第一小節を吹いた。低い!
 茂木表情に焦り。リードが悪いのか。
 低い!これまた低い。ワンバウンドの音。カウントが一杯になりました。
 N響ピンチ!
 おっと、
指揮の外山、タイム、タイムを要求しました」
 「ここは茂木を変えますね」
 「オーボエ北島!」 (p148)

 思いっきり噴いた。ただ確かに、聞き方とか、曲の聴きどころが同時進行で分かってめちゃ面白いと思う。是非やってみて欲しいが、まあ当時から25年たってもそうしたものは聞かないのであまり受けないのかな。
 それにしても、流石にN響の首席奏者になるような人は、努力もするが自信も凄い。羨ましい。楽譜すら読めない自分には全くの別次元の世界の話ではあるものの、別次元の話しであるがゆえに、読んでよかった1冊だった。

(目次)

オーディション物語
 オーディション/五次審査への長い時間
 楽員募集/「ダス・オルヒェスター」の求人広告
 書類審査/「飛び込み」という過激な方法
 履歴書/過剰でアイマイなアッピール
 初仕事/ぐしゃ! 花のように開いたリード
 武者修行/つかの間の夢
 転機(1)死にものぐるいの地下室修行
 転機(2)モーツァルト・シャワー
 転機(3)時の人、有頂天から一転して

オーケストラに入ったら
 首席奏者/「主席」は中国の指導者
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 リハーサル/その時、指揮者はなにをするか
 コンサート・ホール/通勤片道十八時間三〇分
 楽屋/「さようなら、クリーンさん」
 ゲネ・プロ/「ノリウチ」ってなんだ 104
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 ラジオ中継/おしゃべり奏者は早口支離滅裂
 休憩時間/休めない休憩
 交響曲/六十四のシンフォニー
 フィナーレ/「もうすぐ終わるよ、ほらね!」
 ブラボー/ああ! 勘違いのカーネギー・ホール
 握手/最後の演奏会の写真
 花束/一輪の白いバラの贅沢

オーボエ吹きのドイツ修行
 宝の山......バッハのカンタータを知る
 基礎訓練の必要あり、見所はあるが三流だ
 バッハ・アカデミーで堂々??の来日
 バッハ「ロ短調ミサ」に学んだこと

文庫版あとがき

 

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映画 "Blinded by the Light" (監督:グリンダ・チャーダ)

2020-03-02 07:30:00 | 映画

ロンドンの近郊の町ルートンに生まれ育ったパキスタン系移民の16歳の少年が主人公。アジア的な家父長的家族の中で価値観の違いや差別に悩みながら、ブルース・スプリグスティーンに魅せられ、成長していく。実話にインスパイアされた物語とのことだ(エンドロールでモデルとなった人たちの写真が紹介される)。成長物語であると同時に、イギリスにおける文化、差別を描いた社会的映画でもある。「ベッカムに恋して」に似てるなあと思って後で確認したら、同じ監督さんだった。

タイトルはスプリングスティーンの歌のタイトルから取っている。スプリングスティーンは私自身は学生時代に少し聴いてたけど、ちょっとあまりにもストレートなメッセージソングに苦手意識があった。でも、この映画で全編に流れるスプリングスティーンは、社会の現実や周囲の人達との関係に悩む思春期の少年の思いと絶妙にマッチしていて、心地よい。

見ていて楽しいし、視聴後は元気も出るし、イギリスの移民社会の勉強にもなる。主人公のサンフラズ・マンズールの演技が自然で好感が持てる。また、主人公の親父の人とキャラが、私がロンドン駐在した当時の経理課長にそっくり(彼はスリランカ移民1世だったけど)で笑った。リアルな移民家庭やイギリス社会が描かれていると思う。

日本では4月に「カセットテープ・ダイアリーズ」というタイトルで公開されるようだ。良く分からん邦題になってしまったが、良質なイギリス映画でお勧め。

※2019年12月に機内で視聴

2019年製作/117分/G/イギリス
原題:Blinded by the Light
配給:ポニーキャニオン

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