『リア王』の翻案ものということは分かっていてチケットを購入したのだが、その違いは遙かに想像を超えていたし、期待を大きく上回って惹きつけられた上演だった。
たしかに「リア王」を元ネタに使ってはいるが、場面設定もストーリーも大きく異なっている。設定は明治時代の九州の筑豊炭鉱にある非財閥系石炭会社「影登」で、メインとなるのはその女性炭鉱主・室重セイと3名の息子、そして(先代の)隠し子だ。原作では、リアとその娘たち、グロスター伯とその息子たちと、二つの家族の親子が対になって描かれるが、本作ではそれをミックスさせて、室重家の一族の話になっている。ストーリーも相続を巡る争いと言えば争いだが、人物の性格や相互の関係性が原作とは大きく異なっている。原作とは別の作品として考えた方が良いだろう。原作とは違うがゆえに、見ていて、原作との差分や翻案自体の面白さで興味が絶えることないし、この作品、結末をどう持っていくのかもドキドキで、2時間半の上演時間、舞台に釘付けであった。
役者たちの熱量も大きい。主演の岩崎加根子は92歳という。先月のブロムシュテット翁やデュトワといい、最近はスーパー高齢者たちばかりに接している。炭鉱主であり経営者としての威厳ある社母から、哀しみの老婆・老母への変遷が痛ましい。(全くの余談だが、最初は、この役者さんの所作がデジャブで、ずーっと気なっていたのだが、途中で「ミュージカル ビリー・エリオット」のビリーの祖母にそっくりだった。)3兄弟の中では、長男・室重龍之輔役の斉藤淳が、家を背負う役割としての自己と本来の自己とのギャップに悩む人物を好演。そして、 私生児・善治の渡辺聡が、原作のエドマンド以上の徹底した悪人ぶり。加えて、悪人ならではの逞しさ、しぶとさの表現が強烈だった。原作ではグロスター伯にあたる与平役の森一の献身ぶりも哀れを誘う。
舞台は木材で組み立てた屋敷の門や壁をメインセットとして置く以外は、適宜、板版で仕切ったり、机を置いたりで、場を設定する。派手な箱ものは無いが、場の設定には過不足なく、想像力も刺激される舞台。また、乞食集団が重要な役回りで何度か登場するが、マクベスの魔女たちを彷彿させ、炭鉱の別世界ふりを際立たせ、現実と魔性の境を曖昧にしているようで効果的だった。
東憲司(私は初めて)の脚本も、ところどころに原作の要素を織り込みつつ、殆どはオリジナル。最後、どうクロージングするのか固唾を飲んで見守った。原作にある主人公の傲慢から悔恨、気づきの変遷も描かれるが、人の裏側に潜む鬼や親子・家族の愛が中心に描かれ、原作とニュアンスが異なる終わり方だった。これはこれで不自然さも無く、素直に受け入れられた。逆に、如何に私が原作のフレームワークに縛られていて、普段から予定調和の中でシェイクスピア劇を見ているかが露見することとなった。
カーテンコールでは、新しい「リア王」の翻案として素晴らしく、熱演の役者陣に大きな拍手を寄せた。
(俳優座 転載OKの舞台写真)
【余談】
初めて、俳優座劇場を訪れたのだが、そのこじんまりとして、古い劇場のたたずまいや内装が、「こういうのロンドンにあるある」と10年以上前の体験がフラッシュバックしてとっても懐かしかった。しかも、別経営ではあるが、バーまである(パブ<HUB>)。これはめちゃ嬉しくて、普段は観劇前は自重するのだが、思わずエールを飲んでしまった。
この劇場は来春に閉館となるらしい。たしかに劇場の椅子はスプリングがお尻にダイレクトに感じられる年代物だったが、初めての私にはとっても残念。今日の観客の平均年齢はかなりシニアで、N響の定演以上ではないかと思わせたが、それだけ長いファンがいらっしゃるということなのだろう。残り半年の間に、もう1回ぐらいは訪れてみたい劇場だ。
2024年11月5日観劇
2024年11月公演「慟哭のリア」
No.358
築地小劇場開場100年
劇団俳優座創立80周年
俳優座劇場創立70周年<共催>
<配役>
室重セイ(炭鉱主) ・・・岩崎加根子
室重龍之輔(長男) ・・・斉藤淳
綾華(龍之輔の妻) ・・・瑞木和加子
室重正之輔(次男) ・・・田中孝宗
頼子(正之輔の妻) ・・・荒木真有美
室重文之輔(三男) ・・・野々山貴之
ハル(文之輔の恋人)・・・増田あかね
与平(使用人) ・・・・・ 森一
善治(私生児) ・・・・・ 渡辺聡
徳右衛門(地元名士) ・・ 川口啓史
影1(佐門)・・・・・・ 小田伸泰
影2(嵯峨野) ・・・・・ 山田定世
影3(兵吉)・・・・・・ 丸本琢郎
影4(又蔵)・・・・・・ 山田貢央
影5(犬丸)・・・・・・ 松本征樹
影6(ぬゑ)・・・・・・ 関山杏里
影7(すゑ)・・・・・・ 稀乃
影8 ・・・・・・・・ 近藤万里愛
乞食一ツ ・・・・・・ 片山万由美
乞食二ツ ・・・・・・ 阿部百合子
スタッフ
原作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:松岡和子
翻案・上演台本・演出:東憲司(劇団桟敷童子)
美術:竹邊奈津子
照明;石島奈津子
音響:木内拓
衣裳:西原梨恵
舞台監督:川口浩三
演出助手:あり紗
舞台監督助手:石井道隆、宮下卓、武藤礼乃
宣伝美術:若林伸重、花岡文子
宣伝写真:藤田一真、小泉将臣
鑑賞サポート:舞台ナビLAMP
制作:劇団俳優座 演劇制作部
制作協力:渡辺裕美