その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

N響4月定期Bプロ、クリストファー・エッシェンバッハ指揮/シューマン交響曲第2番

2024-04-28 07:31:22 | 演奏会・オペラ・バレエ(2012.8~)

N響、4月の定期公演の最後を飾るのは、エッシェンバッハさん指揮によるオール・シューマン・プログラム。3曲夫々素晴らしかったのですが、中でも後半の交響曲第2番が圧巻。音のレンジの広さ、表情の豊かさ、堂々たるスケール感を感じた名演でした。

とりわけ、第2,4楽章での弦陣の気迫あふれる演奏が印象的です。第2楽章は畳み込むように加速がどんどんつき、途中で遠心力働き過ぎてどっかに飛んでいってしまうのではないかと心配した程です。弦パートは各パートリーダーの気魄溢れる演奏に引っ張られ、厚みを持ちつつ、かつ個々の音が春の光が反射する川面のように、キラキラと輝いていました。また、第3楽章のオーボエ、フルート、クラリネットなど木管陣のとろけるような甘美な調べにも痺れました。歌っていましたね。

自席はP席なのでエッシェンバッハさんの表情や動きが良く見えます。ヤノフスキさんにも驚かされましたが、エッシェンバッハさんも今年84歳とはとても思えない姿勢や統率ぶりです。正直、あの指揮棒からどうしてこの音楽が生まれてくるのか全く不思議なのですが、間違いなくN響メンバーは、指揮者とこの作品のイメージを共有して、それに一途に向かっているように感じ取れました。本当にオーケストラって、不思議です。

交響曲2番は、私は今まで殆どマークしてなかった曲です。プログラムにあるように「幻聴に悩まされていた」時に作曲され、「メランコリックな耳鳴りのごとき半音階パッセージの旋回」(第1楽章)、「深い内面に沈んでいく」(第3楽章)ところはあるのですが、私には、この日の演奏は、苦しみながらも、若い前向きのエネルギーを感じるところが大でした。聴きながら、これは明るい「運命」交響曲ではないか、と思ったぐらいです。この日をもって、私の好きな楽曲リスト入りとなりました。

前半のキアン・ソルターニさんソロのチェロ協奏曲は、聴き易い上に情感に訴えるような音楽と演奏でしたが、私の体調が落ち着かず、時折睡魔が襲ってきたりして、非常に集中力を欠いたままでの鑑賞。ゴメンナサイでした。ただ、協奏曲後のアンコールはしっかり聴けました。ペルシャ民謡からで、民族性豊かなしみじみとした音楽で、聴けて良かったピースでした。

終演時の拍手は非常に大きく、暖かいものでした。エッシェンバッハさんは指揮台に上がっている時は全く年齢感じませんが、ステージ出入りの足取りはゆっくりと84歳仕様。私たちの感動を拍手で表し本人にお返ししたい、という気持ちと、あまり無理をお願いするのもどうか、という背反の気持ちが交差します。強面のマエストロもこの大拍手にはとっても嬉しそうな様子。最後はソロカーテンコール付きとなりました。N響とエッシェンバッハさんの演奏会は過去から何度か来ていますが、ここまでの熱と気持ちの入った拍手が続くのは初めての気がします。

またの来日を是非ともお願いしたいと思います。

 

定期公演 2023-2024シーズンBプログラム
第2009回 定期公演 Bプログラム

2024年4月25日(木) 開演 7:00pm [ 開場 6:20pm ]

サントリーホール

シューマン/歌劇「ゲノヴェーヴァ」 序曲
シューマン/チェロ協奏曲 イ短調 作品129
シューマン/交響曲 第2番 ハ長調 作品61

[アンコール曲]

4/25:ペルシア民謡/シーラーズの娘
チェロ:キアン・ソルターニ

指揮:クリストフ・エッシェンバッハ
チェロ:キアン・ソルターニ

 

Subscription Concerts 2023-2024Program B

No. 2009 Subscription (Program B)
Thursday, April 25, 2024 7:00pm [ Doors Open 6:20pm ]

Suntory Hall

Schumann / Genoveva, opera Op. 81—Overture
Schumann /A Minor Op. 129
Schumann / Symphony No. 2 C Major Op. 61

[Encore]
Arpril 25: Persian Folk Song / The girl from Shiraz
Cello: Kian Soltani

Artists
Conductor:Christoph Eschenbach
Cello:Kian Soltani

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N響、4月Cプロ/ブルックナー 交響曲 第7番 ホ長調 (指揮:クリストフ・エッシェンバッハ)

2024-04-25 07:29:25 | 演奏会・オペラ・バレエ(2012.8~)

まだヤノフスキさんのブラームスの興奮(Aプロ)が醒めやらぬ中、Cプロでも大御所の登場です。今年84歳というクリストフ・エッシェンバッハさんによるブルックナー交響曲7番一本勝負。

演奏始まって直ぐに「お〜」と唸りたくなるようなスローペース。じっくり、しっとりと聴かせてくれます。このあたりは、前週の筋肉質なヤノフスキさんとは好対照。ただ私には、ペースはスローながら、決してしつこさやねっちこさを感じるところはなく、とっても純粋で澄んだ音色のブルックナーに聴こえました(Xで多くの方が、逆の感想をポストされていたので、私の感覚がちょっと違ったのかもしれません)。特に、第2楽章の美しさは格別で、Xで「私の葬式音楽にして」とポストされた方がいらっしゃいましたが、全く同感。私も、聴きながら「自分の葬式音楽に流してほしいなあ」という心持で聴いていました。

第3楽章からはペースの遅さも感じず、スケール大きなブルックナーワールドが展開されました。N響も前週までとは全く違ったマエストロの芸風にしっかりとついて、熱演。コンマスはゲストコンマスに就任された川崎さん。とっても堂々とされた見た目と切れ味鋭いヴァイオリンの音が飛んでききます。オーボエ首席には吉井さんが座りました。いつもながら吉井さんのオーボエは芯が太くて、強く引き付けられました。

エッシェンバッハさん、ブルックナーという組合せもあってか、会場は8割方埋まってました。一人のフライングブラボー・拍手も出ることなく、余韻を楽しみながらの終演。大きな拍手に包まれてエッシェンバッハさんも満足そうだし、我々聴衆もお腹一杯という感じです。

ヤノフスキさんとスタイルは違いましたが、似ていたのは前X上での好き・嫌いの分断。其々のコメントがとっても興味深いものでした。

演奏会前の室内楽では、オーボエ、イングリッシュ・ホルンの降り番の吉村さん、坪池さん、和久井さんが登場。ベートーヴェンの「2本のオーボエとイングリッシュ・ホルンのための三重奏曲」の第一楽章、そしてアンコールとして第三楽章を演奏してくれました。優しくおおらかな音楽で演奏も素敵でした。加えて、私は、初めて吉村さんの生声聞いてとっても嬉し😅

 

定期公演 2023-2024シーズンCプログラム
第2008回 定期公演 Cプログラム

ブルックナー生誕200年

2024年4月19日(金) 開演 7:30pm(休憩なし) [ 開場 6:30pm ]
NHKホール

曲目:
ブルックナー/交響曲 第7番 ホ長調

指揮:クリストフ・エッシェンバッハ

 

開演前の室内楽
曲目:
ベートーヴェン/2本のオーボエとイングリッシュ・ホルンのための三重奏曲 ハ長調 作品87―第1楽章

オーボエ:𠮷村結実、坪池泉美
イングリッシュ・ホルン:和久井 仁

Subscription Concerts 2023-2024Program C
No. 2008 Subscription (Program C)
The 200th Anniversary of Anton Bruckner's Birth

Friday, April 19, 2024 7:30pm [ Doors Open 6:30pm ]
NHK Hall

Program
Bruckner / Symphony No. 7 E Major

Conductor:Christoph Eschenbach

Pre-concert Chamber Music Performance

Program:
Beethoven / Trio for 2 Oboes and English Horn C Major Op. 87―1st Mov.

Artists

Oboe

Yumi Yoshimura
Izumi Tsuboike

English Horn
Hitoshi Wakui

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こまばアゴラ劇場サヨナラ公演 青年団『S高原から』(作・演出:平田オリザ)

2024-04-23 07:44:06 | ミュージカル、演劇
 
こまばアゴラ劇場サヨナラ公演、青年団による『S高原から』を観劇。10年ほど前に平田オリザさんの社会人向け演劇ワークショップに参加した際、『S高原から』はテキストして部分的に朗読した覚えある作品だ。
 
とある夏の日の午後の高原にあるサナトリウムが舞台。死と隣合わせで生活する患者たちと見舞いに訪れる友人・恋人たちとの会話が淡々と描かれる。

オリザさんらしく、日常の一瞬に現れる死生観や人の意識がさりげなく表現される。ダイナミックなプロットや明快な結論があるわけではない。夫々のエピソードの結末が回収されることもない。沈黙の間も多く、極めて普通の時間が舞台に流れることで、観るものは日々の自分たちの生活を見るように、療養所の談話室の出来事を目撃する。住宅街にひっそりと佇むこまばアゴラ劇場のように、この演劇もひっそりと佇んでいる感じだ。

役者さんは青年団らしい個性あふれる演技であったが、個人的には入院患者の西岡と村西を演じた、吉田庸さんと木村巴秋さんが舞台をしっかり支えてた。また、村西の恋人の友人久恵役の田崎小春さんの表情が印象的だった。

アゴラ劇場は通い詰めたというほどでは無いが、ちょくちょく青年団の芝居を中心にお邪魔してきて、いろんな思い出の詰まった場であったので、無くなるのはとっても寂しい。70名程度収容の芝居小屋的雰囲気がとっても好きだった。ありがとうございました。
 
劇場訪問の際は寄っていた近くの定食屋さん菱田屋も足が遠のきそうだ。残念・・・。
 
(2024年4月18日)
 
(劇場正面)

(1階ロビー)
(2014年公演のパネル)
(菱田屋さんの生姜焼き定食。これは本当に美味しい)
 
青年団第99回公演
こまばアゴラ劇場サヨナラ公演

『S高原から』
作・演出:平田オリザ
2024年4月5日(金) - 4月22日(月)

会場:こまばアゴラ劇場

出演     
島田曜蔵 大竹 直 村田牧子 井上みなみ 串尾一輝 中藤 奨 永山由里恵 南波 圭 吉田 庸 木村巴秋 南風盛もえ 和田華子 瀬戸ゆりか 田崎小春 松井壮大 山田遥野

スタッフ   
舞台美術:杉山 至
舞台監督:中西隆雄
照明:西本 彩
衣裳:正金 彩 中原明子
宣伝美術:kyo.designworks
票券:服部悦子
制作:金澤 昭
 
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至高の音楽体験! 東京春祭 ヴェルディ〈アイーダ〉(指揮:リッカルド・ムーティ) @東京文化会館

2024-04-21 10:40:55 | 演奏会・オペラ・バレエ(2012.8~)

私にとって今年の東京春祭、最後の公演。ムーティ御大によるヴェルディ〈アイーダ〉です。(今回は奮発して1階左側のB席。開演30分以上前から陣取りました。)

厳父とでも呼びたくなるようなムーティのオーラと緊張感溢れる統率の元、歌手陣、合唱、オケどれも超絶素晴らしく、胸一杯の至高の音楽体験となりました。

歌手陣は夫々が実力発揮でしたが、アムネリスを演じたユリア・マトーチュキナさんが演技・歌唱とも群を抜いていました。この方、昨年の春祭の〈仮面舞踏会〉でも占い師ウルリカ役で存在感抜群でしたが、今回は題名役以上に物語の中心に座った感じで、声量たっぷりの美しい歌声と熱い演技を披露し、強い印象を残しました。

アイーダ役のマリア・ホセ・シーリさんは声量的にやや物足りさは感じたものの、最終幕では気持ち入った歌唱で涙を誘います。ラダメス役のルチアーノ・ガンチさんはクロディアン・カチャーニさんの代役での登場。キャラ立ちしたところは無いですが、柔らかく、伸びやかなテノールを聴かせてくれました。

日本人歌手陣では、エジプト国王を演じた片山将司さん、伝令の石井基幾さん、巫女の中畑有美子さん、ぞれぞれ要所をしっかり務め、いい仕事をされていました。特に、中畑さんは私は初めてお聴きする方なのですが、伸びある美しいソプラノで、今後マークしたい歌い手さんです。

個々の歌手陣を上回る存在感だったと感じたのは東京オペラシンガーズの合唱。総勢100名程度のメンバーの個々の歌声が聴きとれると思えるほどの個の歌声と集団の力が掛け合わされて、パワフルかつ美しい合唱を披露。出番が多い上に、盛り上がり処での仕事が多いこの作品。今回の公演の中での貢献度は計り知れません。

そして、ムーティが指揮する春祭オーケストラの演奏も素晴らしかった。緊張感と集中度の高いオケの気合が聴衆にもダイレクトに伝わります。その演奏は、繊細な弱音を奏でるところ、豪快に鳴らす場、場面場面での音楽が日本刀の名刀のように切れ味が抜群で研ぎ澄まされた美しさです。オペラとしてのアイーダは、過去に何度も鑑賞していますが、この場面の音楽はこんな美しい旋律だったのかとか、今更のように気づかされるところばかり。今まで如何に豪華絢爛な演出に目を奪われて、舞台を観てはいるが、音楽はろくに聴いていないことが判明し、目から鱗が取れる体験でした。

ムーティ御大が言う、「ヴェルディを楽譜通りの演奏する」ということが具体的にどういうことなのか全く分かってない私が言うのも変ですが、作品の素晴らしさが浮き出るような演奏でした。音が良く届く1階席を頑張って購入して良かったと心底思いました。

終演後は、最終幕での緊張感が一挙に解き放たれ、文化会館の隅々にまで広がる感動の拍手と歓声。私も言葉にできない万感の思いを抱えて、拍手を送ります。こんなアイーダは今後、体験することがあるのだろうか。一生の宝としたい音楽体験でした。

(2024年4月20日)

 

 

東京・春・音楽祭

《アイーダ》(演奏会形式/字幕付)

 

日時・会場
2024年4月20日 [土] 14:00開演(13:00開場)
東京文化会館 大ホール

出演
指揮:リッカルド・ムーティ
アイーダ(ソプラノ):マリア・ホセ・シーリ
ラダメス(テノール):ルチアーノ・ガンチ
アモナズロ(バリトン):セルバン・ヴァシレ
アムネリス(メゾ・ソプラノ):ユリア・マトーチュキナ
ランフィス(バス):ヴィットリオ・デ・カンポ
エジプト国王(バス):片山将司
伝令(テノール):石井基幾
巫女(ソプラノ):中畑有美子

管弦楽:東京春祭オーケストラ

合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:仲田淳也

曲目

ヴェルディ:歌劇《アイーダ》(全4幕) [試聴]

上演時間:約3時間20分(休憩2回含む)

 

Spring Festival in Tokyo

"Aida"(Concert Style/With Subtitles)

 

Date/Place
April 20 [Sat.], 2024 at 14:00(Door Open at 13:00)

Tokyo Bunka Kaikan Main Hall

Cast
Conductor:Riccardo Muti
Aida(Soprano):Maria José Siri
Radamès(Tenor):Luciano Ganci
Amonasro(Baritone):Serban Vasile
Amneris(Mezzo-soprano):Yulia Matochkina
Ramfis(Bass):Vittorio De Campo
Il Re d’Egitto(Bass):Masashi Katayama
Un messaggero(Tenor):Motoki Ishii
Una sacerdotessa(Soprano):Yumiko Nakahata

Orchestra:Tokyo-HARUSAI Festival Orchestra

Chorus:Tokyo Opera Singers
Chorus Master:Junya Nakata

Program

Verdi:”Aida”

Approx. 3 hours 15 min. including intermissions.

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春爛漫の日比谷公園

2024-04-19 07:32:33 | 日記 (2012.8~)

週末の野川・武蔵野公園がとっても素晴らしかったので、お客様訪問の途中、日比谷公園に立ち寄り、都心の春もほんの一瞬楽しみました。

丁度、木々に新緑の若葉が芽吹き始めたところ。これから毎日、表情が変わっていくんですよね。

池の周辺の緑も眩しいくらい。

チューチップ畑も。

公園中央の緑地は今全面改修中でフェンスが張ってあり少々興ざめですが、気軽に立ち寄れる都心のオアシスとして、日比谷公園はとっても貴重です。

2024年4月15日

 

 

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春爛漫の武蔵野 @野川・武蔵野公園

2024-04-18 07:41:32 | 日記 (2012.8~)

ついこの間までコートを着て出歩いていたのが、いつの間にか夏の気配さえ感じられる本格的な春となりました。日曜日の朝、春を感じに野川・武蔵野公園に朝ジョグに。


朝7時過ぎの武蔵野公園。犬の散歩に来る人、ジョッガー、朝の散歩・・・、夫々の目的で、朝の新鮮な空気を吸いこんでいます。

こちらは野川公園。まだ陽が低いので木々の影が長いです。


なかなか紫の色が捉えきれていないのですが、息を飲むうつくさです。

 


武蔵野公園から野川沿いに小金井方面へ。枝垂桜の並木道になっています。


音声ファイルが無いのが残念ですが、この辺りは、この季節うぐいすが鳴きます。この日は3羽を視認。


野川公園入口手前の「大沢の里」。この季節、毎年鯉のぼりが上がります。この日、この朝時間帯は無風で、鯉も死んだように元気なし。

眩しいくらいの新緑の若緑、さまざまな鳥の鳴き声、最初は冷たいぐらいだったのがどんどん温まってくる空気・・・自分の感覚をフルオープンにして、感度も上げてゆっくりゆっくりのジョギングは、自分の心身への最高のプレゼントです。

2024年4月14日

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N響定期4月Aプロ、指揮:マレク・ヤノフスキ、ブラームス交響曲第1番ほか

2024-04-16 07:35:10 | 演奏会・オペラ・バレエ(2012.8~)

東京春祭から続いたヤノフスキ翁(以下、敬意をもって翁)とN響の今シーズン最後のプログラムです。翁のドイツ・オーストリアプログラムという期待もあってか、NHKホールはほぼ満員の入り。昨年のルイージさんの2000回記念定期並みの熱気でした。

前半のシューベルトの交響曲第4番。実演に接した経験は数回しかなく、この音楽がなぜ「悲劇的」なのかは、未だ私にはよくわかってません。プログラムには「モーツァルトの短調の交響曲にも通じるような古代ギリシア悲劇の基調を成す崇高な悲しみが、彼の念頭にあったと考えられる」と解説されています。確かに暗い基調に感じられるところもありますが、むしろ私には若さと瑞々しさがほとばしっている音楽に聞えます。自分の音楽リテラシーの無さをさらけ出すようで、お恥ずかしいですが・・・。

演奏は、翁らしく無駄なく質実剛健です。前回コロナ禍の特別演奏会で聴いた鈴木パパ指揮の同曲よりも、重厚な作りの印象でした。が、決して悲しいというよりは、がっちりと堅牢に組み立てられている構造的な美しさが引き立っていました。

休憩挟んで、さあ、後半のブラームス交響曲第1番。N響でも十八番のレパートリーだと思いますが、今回のブラームス1番は今までの誰が振ったのとも違ってました。音が引き締まって密度が高い。音楽に修飾を感じず、無駄なく漏れなく流れていきます。節々にテンポの振れはあるのですが、日頃聴き慣れたロマンティックで情感ある1番とは異なった、似て非なる1番に聴こえます。

個人的には、第2楽章と第4楽章が痺れました。第2楽章は磨かれ抜いた美しさを感じます。差し詰め、純米大吟醸酒という感じ。(吉村さんのオーボエも普段以上に引き立ってました)第4楽章は後半に進むにつれて圧を増し、フィナーレへ進む怒涛の勢いは血気迫ります。翁は85歳とは全く思えないほどエネルギーと気迫に溢れ、その前傾姿勢はオーケストラに挑みかかる虎のよう。この迫力、どこから生まれてくるのでしょうか。3階席から背中を見てるだけで怖いですから、近くにいる団員の方は一体どんな気持ちなんでしょうね。サントリーホールのP席で見て、聴いてみたい。

聴きながらが、決して私が馴染んで好きなブラームスではないが、凄いものを、今、ここで聴いているという実感が確かにありました。ここでこんな楽器がこう鳴っているのかとかの発見もあり、好みとの違いは感じながらも、ぐーっと引き込まれるものがありました。N響メンバーの必死さ、集中力、熱気も手に取るように伝わる、有無を言わせぬ名演です。

終演後は久しぶりのNHKホールいっぱいに広がる拍手とブラボー。わかりますねえ~。同じ時間、空間を共有する聴衆としてもとっても嬉しいです。

余談ですが、この演奏会後の「X」での聴衆の皆さんからのポストが賛否両論でとっても興味深いものでした。一つ一つのポストを読みながら、なるほどこう聴きとるのか、この感じたのか・・・と、いつも漫然とユルユル聴いている私としては、音楽の聴き方についての勉強になりますし、音楽の奥深さを感じます。

定期公演 2023-2024シーズンAプログラム
第2007回 定期公演 Aプログラム
2024年4月14日(日) 開演 2:00pm [ 開場 1:00pm ]

NHKホール
指揮:マレク・ヤノフスキ

シューベルト/交響曲 第4番 ハ短調 D. 417「悲劇的」
ブラームス/交響曲 第1番 ハ短調 作品68

 

Subscription Concerts 2023-2024Program A
No. 2007 Subscription (Program A)
Sunday, April 14, 2024 2:00pm [ Doors Open 1:00pm ]

NHK Hall

Schubert / Symphony No. 4 C Minor D. 417, Tragische (Tragic)
Brahms / Symphony No. 1 C Minor Op. 68

Artists
Conductor: Marek Janowski

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東京春祭プッチーニ・シリーズ vol.5 《ラ・ボエーム》

2024-04-15 07:30:33 | 演奏会・オペラ・バレエ(2012.8~)

東京春祭のオペラ公演(演奏会方式)第2弾、プッチーニ〈ラ・ボエーム〉を東京文化会館5階Rサイド1列から鑑賞。

ラ・ボエームはべたな恋愛青春讃歌がエモーショナルな音楽と併せて、私の大好きな演目。今回は、外国人出演者の方々も初顔合わせばかりで、どんな公演になるかとっても楽しみだった。そして、歌手陣、コーラス、オーケストラどれも素晴らしく、思いっきり感情移入しながら、この作品の素晴らしさを堪能した。

主要役柄を独占した外国人歌手陣は、誰もがとても力強い歌唱を披露し、流石と唸った。ロドルフォ役のポップさんは声量たっぷりのテノール。前半やや硬い印象もあったが、尻上がりに調子を上げた。4幕のミミとの死別シーンでは迫真の演技で、観衆を引き付ける吸引力が凄まじい。

ミミ役のザネッティも声量大きく、安定した歌唱だった。個人的にはムゼッタ役のバッティステッリさんの歌声が好み。巨漢たちに囲まれてアフリカの女子マラソン選手のように見える細身の体躯だが、若さを感じる張りのある歌声に痺れた。他のボヘミアンであるマルチェッロ役のカリアさん、コッリーネ役のタロシュさんの歌声も聴きごたえたっぷりだった。

オペラシンガーズ、東京少年少女合唱隊のコーラスも、いい仕事してた。

指揮のモランディさんも初めて。東響から情感たっぷりの音楽を引き出していた。演奏会方式のラ・ボエームは、2007年にサンティ翁とN響で聴いて以来だが、各場面での楽器の活躍が視覚的にわかるのが楽しい。コンマスのニキティンさんのリードが光る。

歌手陣の演技も入り演奏会方式ながら舞台装置が無いだけなのだが、これだけ優れた公演だと、これに舞台セットがついたら更にパワーアップしたことだろうと感じた。

唯一残念だったのは客席の入。5階席から下界を見渡すと、6割程度の入りで1階や2階の奥にはまとまった空席ゾーンも目立つ。幸い、熱の籠った好演に触れて、客席の温度感は十分高かったが、もっと入っていたら更に盛り上がっただろう。東京春祭、プログラムがとっても充実していて素晴らしいが、私もそうだが、お財布には限界があるので、皆さん公演選びに苦労されているのではないか。

(2024年4月11日)


(カーテンコール)


(ロドルフォ(テノール):ステファン・ポップ)


(ミミ(ソプラノ):セレーネ・ザネッティ)


ムゼッタ(ソプラノ):マリアム・バッティステッリ

東京春祭プッチーニ・シリーズ vol.5
《ラ・ボエーム》(演奏会形式/字幕付)

日時・会場
2024年4月11日 [木] 18:30開演(17:30開場)
2024年4月14日 [日] 14:00開演(13:00開場)
東京文化会館 大ホール

出演
指揮:ピエール・ジョルジョ・モランディ
ロドルフォ(テノール):ステファン・ポップ
ミミ(ソプラノ):セレーネ・ザネッティ
マルチェッロ(バリトン):マルコ・カリア
ムゼッタ(ソプラノ):マリアム・バッティステッリ
ショナール(バリトン):リヴュー・ホレンダー
コッリーネ(バス): ボグダン・タロシュ
べノア(バス・バリトン):畠山 茂
アルチンドロ(バリトン):イオアン・ホレンダー
パルピニョール(テノール):安保克則

管弦楽:東京交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
児童合唱:東京少年少女合唱隊
合唱指揮:仲田淳也
児童合唱指揮:長谷川久恵

曲目
プッチーニ:歌劇《ラ・ボエーム》(全4幕) [試聴]
上演時間:約3時間(休憩2回含む)

Tokyo-HARUSAI Puccini Series vol.5
"La Bohème"(Concert Style/With Subtitles)

Date/Place
April 11 [Thu.], 2024 at 18:30(Door Open at 17:30)
April 14 [Sun.], 2024 at 14:00(Door Open at 13:00)
Tokyo Bunka Kaikan Main Hall

Cast
Conductor:Pier Giorgio Morandi
Rodolfo(Tenor):Stefan Pop
Mimì(Soprano):Selene Zanetti
Marcello(Baritone):Marco Caria
Musetta(Soprano):Mariam Battistelli
Schaunard(Baritone): Liviu Holender
Colline(Bass):Bogdan Talos
Benoît(Bass-Baritone):Shigeru Hatakeyama
Alcindoro(Baritone):Ioan Holender
Parpignol(Tenor):Katsunori Ambo
Orchestra:Tokyo Symphony Orchestra
Chorus:Tokyo Opera Singers
Children Chorus:The Little Singers of Tokyo
Chorus Master:Junya Nakata
Children Chorus Master:Hisae Hasegawa

Program
Puccini:”La Bohème”
Approx. 3 hours including intermissions.
 
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山田悠史『最高の老後「死ぬまで元気」を実現する5つのM 』(講談社、2023)

2024-04-12 07:30:18 | 

老齢の母の生活支援をしながら、そろそろ自分の老後についても真面目に考えねばと思っていた矢先に、図書館の新着図書のコーナーで見つけ思わず手に取った。

健康寿命と言われる72歳(男性)から平均寿命の81歳までの約10年間に何を考えなくてはいけないかを5つの切り口で整理して解説する。この枠組みは2017年にカナダと米国の老年医学会により提唱され、今では老年医学専門医の基本指針とされているとのことだ。

5つのMとは、
Mobility からだ(身体機能)
Mind こころ(認知機能、精神状態)
Medications くすり(ポリファーマシー:患者が数多くの薬を飲んでいる状態)
Multicomplexity よぼう(多様な疾患)
Matters Most to Me いきがい (人生の優先順位)
を指す。

考え方のフレームワークとして分かりやすい上に、1つのMごとに1章を割いて解説される考え方は説得力あり、「最高の老後」を迎えるためのアドバイスも納得感高い。エビデンスを重視し、巷の俗説については相関関係や因果関係まで見ようとする姿勢は米国での医師経験がある筆者ならではだ。本の構成や記述も読みやすい。とってもお勧めできる健康本である。

 

(以下、いくつか勉強になった知見やアドバイスをメモ)

・寿命を規定するもののうち、25%程度が遺伝子情報に左右される。75%は自分次第。(p.25)

・30~50代の経済状況が老後の健康状態に大きく関わる(p.79)

・運動は量よりも継続が第一(強度すぎる運動は寿命に逆効果)。適度な運動と適切な栄養の両輪がかみ合うことが大切(pp.88⁻91)

・認知症の原因疾患は多様。直る認知症もある。(p124ー)

・科学的根拠ある認知症予防法はない。運動の予防効果はよくわかっていない。7時間以上の睡眠は効果ありそう。地中海式ダイエットも期待できそう。(pp. 142⁻160)

・医者は薬の足し算はできるが、引き算が苦手。薬はかかりつけ薬局を持ち、相談。(p.198/p.211)

・サプリメントはほぼ不要。副作用も存在。(→今の、小林製薬の紅麴問題を予見しているかのよう)(p.221)

・コレステロールの薬は将来の自分を守るための投資(p.230)

・予防接種は体の防災訓練のようなもの(p.288)

・病気は突然やってくる。最期を迎える人の約7割が自分で意思決定できない→家族らと医療方針について話しておく、「事前指示書」(事前に自分の医療方針を書面で明示する)を書くなどの準備も必要。(pp.321⁻330)

・医師が重要と思うことと患者が重要と思うことはずれがある。自分にとっての生きがいを大切にする。(p340)

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映画 「ティファニーで朝食を」(監督 ブレイク・エドワーズ、1961年)

2024-04-09 07:34:29 | 映画

(過去メモの蔵出し投稿です)

機内の映画リストから選んで視聴。学生時代にカポーティの小説は読んだ記憶がある(書棚にも残っている)が、全く忘れてしまっている。映画も若かりしときに一度観た気がするが、記憶には残っていなかった。

感想は、「オードリーヘップバーンの、オードリーヘップバーンによる、オードリーヘップバーンのための映画」ということにつきる。。

数十年前の映画ではあるが、表情豊かで、チャーミングな所作はまさに可愛い綺麗。モニターに釘付けとなった。凄まじい吸引力だ。BGMとしてゆったりと流れる、アカデミー賞主題歌部門を受賞した「ムーン・リバー」もなんとも物悲しい。

主人公の逞しさには魅かれるが、ストーリーは至ってシンプル。親父目線で恥ずかしいが、ただただ、ヘップバーンの魅力を味わうだけで、十二分に観賞価値あると感じた作品だった。

(2023.11.14)

 

監督       ブレイク・エドワーズ
脚本       ジョージ・アクセルロッド(英語版)
原作       トルーマン・カポーティ
製作       マーティン・ジュロウ(英語版)
リチャード・シェファード

出演者   オードリー・ヘプバーン
ジョージ・ペパード
パトリシア・ニール

音楽       ヘンリー・マンシーニ
主題歌   ヘンリー・マンシーニ(作曲)
ジョニー・マーサー(作詞)
「ムーン・リバー」
撮影       フランツ・プラナー(英語版)
フィリップ・H・ラスロップ

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「モダン・タイムス・イン・パリ 1925 ― 機械時代のアートとデザイン」@ポーラ美術館

2024-04-05 07:27:47 | 美術展(2012.8~)

年明けの1月7日に訪れたので、3ヶ月遅れのエントリーになりますが、箱根のポーラ美術館でおすすめできる企画展が5月19日まで開催中なので、今更ですがその時の感想をアップします。

毎年、お正月が明けた最初の日曜日に「ギャラリートーク駅伝」というイベントが開催される(一時期、コロナでお休み)ので、都合がつく限り行くようにしている。ポーラ美術館の学芸員の方が襷をつないで、選りすぐりの1枚を解説してくれるイベントだ。午前中は、開催中の企画展「モダンタイムスインパリ in 1925」の展示作品を中心に紹介された。

この企画展は、第一次世界大戦からの復興によって急速に工業化が進み、「機械時代」(マシン・エイジ)と呼ばれる華やかでダイナミックな時代を迎えたパリが舞台。美術における機械の受容について探求する。「1920-1930年代のパリを中心に、ヨーロッパやアメリカ、日本における機械と人間との関係をめぐる様相を紹介」(企画展HP)したものである。学芸員さんによると、産業機械に美しさ(芸術性)を求め始めた時代であり、第1次世界大戦後の大衆文化とモダニズムの時代である。

第1区は自動車。自動車や航空機が普及しはじめ、機械が何なる手段・道具としてではなく、そのデザインや美しさが追及され始めた時代だという。第3区はノルマンディ号のポスター。また、1900年前後のアールヌーボーの様式と1925年当時のアールデコの様式や時代背景の違いなど、ォ恥ずかしながら知らないことも教えていただいた。

展示作品は、絵画を中心としつつも、映像、ポスターや模型、ガラス工芸品、合金ロボット模型、パソコンを使ったメディアアートなど多種多様で、企画そのものがとっても興味深い。ギャラリートークの第1区では学芸員さんから、エットーレ・ブガッティの車模型「ブガッティ タイプ52(ベイビー)」が開設された。この時代は、自動車や航空機が普及しはじめ、機械が何なる手段・道具としてではなく、そのデザインや美しさが追及され始めた時代だという。

第3区はA.M. カッサンドルのポスター「ノルマンディー号」(第2区はポーラ美術館の建築について)。破格の大型客船の宣伝ポスターがいかにその大きさを表すための工夫がなされているかとかが説明された。第4区は、河辺昌久「メカニズム」。シュールレアリズムを機械文明に対する「人間の意識の下に閉じ込められている無意識」に光を与える運動として、日本での展開を紹介。コラージュがかかった作品の読み解きが楽しい。そして、第5区では、空山基のロボット、ラファエル・ローゼンダールのウッブ・サイトが紹介された。


エットーレ・ブガッティ「ブガッティ タイプ52(ベイビー)」


空山基 Untitled_Sexy Robot type II floating (中央)/ Untitled_Sexy Robot_Space traveler (左右)2022年

恥ずかしながら、1900年前後の自然で曲線的な「アールヌーヴォー」様式と、1925年当時の都会的で直線的な「アールデコ」の違い(しかも「アールデコ」は後世の命名)や、アンチ機械としての「シュールレアリスム宣言」(1924年)といったことも初めて知った。時代と芸術の関係史のお勉強になる。

また、こうした20世紀前半の機械文明の興隆を振り返ると、必然的に「今」に目が行く。今のAI、特に生成AIらの新しいテクノロジーの隆盛は、芸術活動や人間・社会にどのような影響を与えるのか。100年後に、今回の企画展のような、AIと芸術、AIと人間・社会の新しい関係を振り返る展示会が行われたら、どんな展示になるのだろうか。そんなこともつらつらと考えた。

これから新緑が美しい箱根。ゴールデンウイークにでも足を運ばれることをお勧めします。

余談ですが、4月1日から強羅~ポーラ美術館間に無料送迎バスが運行開始するとのこと。1日13往復もしてくれるそうなので、アクセスもぐっと良くなりそうです。

 

※帰路は小田原によって、お刺身定食

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スコット・ギャロウェイ(著)、 渡会圭子(訳)『GAFA next stage  ガーファ ネクストステージ 四騎士+Xの次なる支配戦略』(東洋経済新報社、2021)

2024-04-03 07:30:30 | 

原題は"Post Corona: From Crisis to Opportunity"。邦題からは前作『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界 』の続編的な位置づけのようであるが、GAFAについての記述は前半だけ。むしろコロナ禍がGAFA+Xなどのテクノロジー業界や米国社会へ与えた影響を考察したエッセイ。全体を通じては、コロナ中・後のビッグテックの動きや米国社会情勢を知るには良いが、目を開かれるような新しい情報や分析は多くはなかったというのが正直なところである。

そんな中で、3点、個人的に興味を引いた点をメモしておく。

1つは、GAFA+Xに代表されるビッグテックのビジネスモデルを「赤」と「青」で2分していること。

「青」は商品を製造コストより高い値段で売るモデル。アップルのiOSに代表される「高品質でブランド力あり高価格だが、裏で(ユーザの)データ利用されることが少ない」。「赤」は商品を無料で配り(あるいは原価以下で売り)他の企業に利用者の行動データを有料で提供するモデル。グーグルのアンドロイドのように、「まずまずの品質で初期費用が安いが、ユーザのデータとプライバシーを広告主に差し出さねばいけない」モデルである。動画サイトで言えば、青はNetflix、赤はYoutubeである。ほとんどのSNSは赤だ。筆者は「青」のモデルに期待を寄せ、X(ツイッター)も青のモデルに移行すべきと主張する。(マスク氏のXの有料化構想は、筆者の主張に沿う)。

2点目は、コロナの影響の見立てだ。GAFA+Xの支配は加速し、「少数のアメリカ企業による支配の始まり」が進んでいる。筆者は、テック企業の支配力の高まりが社会に及ぼす悪影響について警鐘を鳴らす。ビッグテックは「何も悪いことは起きてない」と自分たちの悪影響に対して無視を決め込む一方で、対立と分断をあおっている。様々なメディアで、米国の貧富格差の拡大や中間層の没落(普通に頑張って普通に豊かな生活を送れる時代の終焉)が指摘されるが、本書も指摘もその流れに沿ったものだ。

3つ目は、こうしたビックテックの暴走への歯止め策だ。筆者は、政府の役割を見直し、強力な政府が必要と主張する。教育など公共サービスの充実、独禁法規制の強化などとともに、一般市民は選挙を通じて、「政府を信じ、特定の個人に権力が集中することの脅威を理解し、科学を尊重する人」を選ぶことが主張される。ビジネススクールの教授が、政府の役割強化を主張するのも珍しいのではないかと思うが、そのこと自体が、事態の深刻さを物語っている。

これからの数十年で世界はどう変わっていくのだろう。明るい未来は想像が難しい。そんな感想を持たざるを得ない米国の今がある。

 

目次

イントロダクション
 新型コロナは「時間の流れ」を変えた
 「GAFA+α」はパンデミックでより強大になった
 極小のウィルスが「特大の加速装置」になったわけ
 危機はチャンスをもたらすが、それが平等とはかぎらない
 痛みは「弱者にアウトソーシング」された

第1章 新型コロナとGAFA+X
 強者はもっと強くなり、弱者はもっと弱くなる。あるいは死ぬ
 危機を生き残れた企業がやったこと
 ポスト・コロナで勃興する新ビジネス
 「他人を搾取するビジネス」は危機にも最強
 パンデミックはすべてを「分散化」させる
 「ブランド時代」が終わり、「プロダクト時代」がやってくる
 プロダクト時代を支配する「赤」と「青」のビジネスモデル
 「赤」と「青」に分岐する世界

第2章 四騎士GAFA+X
 加速する「GAFA+X」の支配
 「GAFA+X」の3つの力の根源
 搾取:GAFA+Xだけが持つ最強の装置「フライホール」
 メディアはGAFA+Xの次なる主戦場
 テック企業が大きくなれば問題も大きくなる
 GAFA+Xに対抗する
 GAFAが自らにかけた「成長」という呪い
 最強の騎士アマゾン
 青の騎士アップル
 赤の2大巨頭、グーグルとフェイスブック

第3章 台頭するディスラプターズ
 ディスラプタビリティ・インデックス
 「加熱」の一途をたどるスタートアップ業界
 ユニコーンの誕生
 カリスマ創業者が語る「ヨガバブル」というたわごと
 カネ余りとGAFAがディスラプターに力を与える
 「最強のディスラプター」が持つ8つの特徴
 勃興するディスラプターズ

第4章 大学はディスラプターの餌食
 ディスラプションの機は熟している
 大学に大変革を起こす力
 パンデミックがディスラプションの引き金を引いた
 大学を襲うディスラプションの大波
 大学の改善に向けた提言

第5章 資本主義の暴走に対抗する
 あまりにも無力になった政府
 資本主義の功罪
 資本主義のブレーキを握る政府の役割
 資本主義(社会の階段を登る場合)+社会主義(社会の階段を降りる場合)=縁故主義
 縁故主義と不公平
 アメリカで生まれた「新たなカースト制」
 搾取経済
 政府のことを真剣に考えよ
 政府がパンデミックですべきだったこと
 ディスラプターズとの闘い
 いましなければならないこと

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東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.15 《トリスタンとイゾルデ》(マレク・ヤノフスキ指揮、N響)

2024-04-01 07:30:50 | 演奏会・オペラ・バレエ(2012.8~)

世界の名だたる音楽都市でも、「トリスタンとイゾルデ」が同時期に、その国を代表するトップ楽団(/劇場)によって公演されるというのは殆どないであろう。この春、東京では、大野和士さん・都響の新国立劇場とヤノフスキさん・N響の東京・春・音楽祭(演奏会形式)が重なった。残念ながら、前者はどうしても日程が合わず行けなかったが、後者を鑑賞。5時間(休憩込み)の時間を全く感じさせない、ワールドクラスの素晴らしい公演だった。

主要歌手陣を外国人歌手で固めた布陣はほぼ盤石。とりわけ、トリスタン役のスケルトンさん、マルケ王のゼーリヒさん、クルヴェナール役のアイヒェさんの男声陣が強力。2月にタンホイザーでサイモンオニールさんも巨漢だが、一回り以上大きいのではないかと思わせるスケルトンさんは、力と伸びのあるテノールで、長丁場を歌い切った。そして、主役を食うほどの存在感を示したのはゼーリヒさん。地底から絞り出されるような迫力の低音が文化会館大ホールに響き渡り、終始痺れまくった。クルヴェナール役のアイヒェさんのバリトンも聴きごたえたっぷり。自席が4階Rの2列目だったこともあり、センターから右サイドの男性歌手陣の様子が殆ど見えなかったのが非常に残念だった。イゾルデ役のクリステンセンさんは、聴きごたえあるシーンもあったが、声量面で物足りなさを感じる面があるなど、波があった印象。

歌手陣に全く引けをとらず、大きな感動の源となったのはヤノフスキ指揮のN響。毎回のことではあるが、ヤノフスキさんの音楽はシャープで研ぎ澄まされたもの。私の経験値では他の「トリスタン」の演奏とは比較できないものの、本題目の官能的な濃さは抑えられているが、この物語の流れのうねりが、豊かな表現ととともにスケール感一杯に展開された。楽員さんたちの、集中度の高さが、私の4階席からも手に取るように伝わってくる。

春祭のコンサートマスターは、例年キュッヒルさんが務めていたが、今年はベンジャミン・ボウマンさん。Xのポストの情報だと、METのコンサートマスターの方のようだが、力強く美しい音がとっても良く届いた。管・弦・打、夫々のパートが素晴らしかったが、とりわけ、第3幕で登場したオーボエの吉井さんの芯の強い音色や第三幕の池田さんのコール・アングレの美しい響きは悶絶ものだった。ただ、ここでも、私の席からは池田さんの演奏姿は全く見えず、残念通り越して地団駄踏む思いだった。

演奏会方式で、数年前にはあったスクリーンでのイメージ映像等も無く、照明の色のみでの演出だが、演奏と歌唱に集中できてこれで十分。終演後は割れるような大拍手と歓声が飛んで、ヤノフスキさん、歌手陣らも嬉しそう。N響メンバーも、やりきった満足感が表情に現れていた。

それにしても、この物語で描かれる愛の形は(まあオペラにはよくあることだが)私にはちょっと理解の範囲を超えていて、幸か不幸か、経験も無ければ経験してみたいとも思わないが、私を含めて熱狂させるこのオペラの吸引力はいったい何なのだろう。間違いなく、ワーグナーの音楽の至高の美しくさで、背筋をぞくぞくさせる魅力を放っている。自分には無い世界に没入させ、無いものねだりの隠れた願望を満たしてくれているのだろうか。

(2024年3月27日)

(揃い踏み)

 

(もう階段降りてたら、題名役の2人が再登場してくれたので、2階正面席から)

 

東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.15

《トリスタンとイゾルデ》(演奏会形式/字幕付)

日時・会場
2024年3月27日 [水] 15:00開演(14:00開場)
2024年3月30日 [土] 15:00開演(14:00開場)
東京文化会館 大ホール

出演
指揮:マレク・ヤノフスキ
トリスタン(テノール):スチュアート・スケルトン
マルケ王(バス):フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ
イゾルデ(ソプラノ):ビルギッテ・クリステンセン
クルヴェナール(バリトン):マルクス・アイヒェ
メロート(バリトン):甲斐栄次郎
ブランゲーネ(メゾ・ソプラノ):ルクサンドラ・ドノーセ
牧童(テノール):大槻孝志
舵取り(バリトン):高橋洋介
若い水夫の声(テノール):金山京介

管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ベンジャミン・ボウマン)
合唱:東京オペラシンガーズ

合唱指揮:エベルハルト・フリードリヒ、西口彰浩
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン

曲目

ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》(全3幕)
上演時間:約5時間(休憩2回含む)

Tokyo-HARUSAI Wagner Series vol.15
"Tristan und Isolde"(Concert Style/With Subtitles)

Date/Place
March 27 [Wed.], 2024 at 15:00(Door Open at 14:00)
March 30 [Sat.], 2024 at 15:00(Door Open at 14:00)
Tokyo Bunka Kaikan Main Hall

Cast
Conductor:Marek Janowski
Tristan(Tenor):Stuart Skelton
König Marke(Bass):Franz-Josef Selig
Isolde(Soprano):Birgitte Christensen
Kurwenal(Baritone):Markus Eiche
Melot(Baritone):Eijiro Kai
Brangäne(Mezzo-soprano):Ruxandra Donose
Ein Hirt(Tenor):Takashi Otsuki
Ein Steuermann(Baritone):Yosuke Takahashi
Stimme eines jungen Seemanns(Tenor):Kyosuke Kanayama

Orchestra:NHK Symphony Orchestra, Tokyo(Guest Concertmaster:Benjamin Bowman)
Chorus:Tokyo Opera Singers

Chorus Master:Eberhard Friedrich, Akihiro Nishiguchi
Musical Preparation:Thomas Lausmann

Program
Wagner:”Tristan und Isolde”
Approx. 5 hours including intermissions.

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