とっても懐かしい匂いを感じる一冊である。
雑誌『ポパイ』(まだ、あったんだ!)に連載された村上春樹さん
村上さんほどではないが、私も30歳くらいになるまで、コレク
忘れかけている昭和の匂い(バブル?)が漂う。村上さん同様、私
この本に共感できるかどうかは、一つの世代リトマス試験紙なよう
N響4月演奏会の第3弾。指揮の大植英次さんの実演に接するのは初めてです。この日はステージ後ろのP席に陣取りました。マンボウのためか、それとも6時という開演時間故か、はたまた帝王ムーティの〈マクベス〉とのバッティングのかは分かりませんが、P席から見える正面の聴衆席はガラガラ。こんな客入りでは、奏者のモチベーションにも影響するのではと、余計な心配がよぎります。(ただ、P席だけは満員で、熱気むんむんでした)
しかしながら公演の方は、私の素人的心配を吹き飛ばす大熱演。汗と涙と感動のサントリーホールとなりました。特に、後半のシベリウス交響曲第2番が圧巻。この曲、ここ数年を振り返っても、パーヴォ(2017年2月)、サラステ(2015年5月)、ネーメ・ヤルヴィ(2014年4月)と名演続きなのですが、この日の演奏はまるで別の音楽に聴こえるほど、新たな発見や驚きがあり、これらの名演以上の感動に満ちたものでした。
スローペースで始まった第1楽章から弦の合奏や管楽器のソロの美しさに心を奪われます。P席は各楽器の動きが手に取るように分かるので、ここでこの楽器がこんな音を出していたんだ、という気づきも楽しい。第2楽章では、弦のピチカートの深遠な響きが心に響きました。ステージ全体に漂う張り詰めた緊張感が客席にも伝わってきます。そして、第3,4楽章では弦、管の素晴らしい合奏やソロに手に汗握ります。指揮の大植さんは想像以上に小柄な方でしたが、渾身の指揮ぶりで、極大のエネルギーをN響から引き出し、ホールに放出させていました。神がかり的な「気」を感じたのは私だけではないでしょう。クライマックスはエクスタシーの頂点。不思議に涙が出てくる自分が居ました。
3割程度の入りの聴衆ですが、満員のホールに劣らない熱い拍手が送られました。この日、この場に居合わせた自分たちの幸運を、共有しているようでした。
前半のショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番は、阪田さんの軽快なピアノソロとレーザービームのように突き抜ける長谷川さんのトランペットが印象的。ショスタコーヴィチらしい変化に富んだ音楽を楽しみました。
4月は3つのプログラム、どれも大充実でした。毎回、日本人指揮者のもとで今までのN響とは違った一面を見せ、聴かせてくれています。災い転じて福となったコロナ禍であった、と思い起こすことができる日が一日も早く来て欲しいです。
NHK交響楽団 4⽉公演 サントリーホール
2021年4月21日(水)開場 5:00pm 開演 6:00pm
サントリーホール
グリーグ/2つの悲しい旋律 作品34 ─「胸の痛手」「春」
ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲 第1番 ハ短調 作品35
シベリウス/交響曲 第2番 ニ長調 作品43
指揮:大植英次
ピアノ:阪田知樹
【本公演のアンコール曲】ラフマニノフ(阪田知樹編)/歌曲集 作品21―第7曲「なんとすばらしい所」(ピアノ:阪田知樹)
NHK Symphony Orchestra April Concerts at Suntory Hall
Wednesday, April 21, 2021 6:00p.m. (doors open at 5:00p.m.)
Suntory Hall
Grieg / 2 Elegische Melodien Op. 34
Shostakovich / Piano Concerto No. 1 C Minor Op. 35
Sibelius / Symphony No. 2 D Major Op. 43
Eiji Oue, conductor
Tomoki Sakata, piano
N響4月演奏会、第2弾。昨年10月に続いてパパ鈴木が指揮台に上って、ハイドン、モーツァルト、シューマンのプログラム。定期演奏会と違って各回、席を選ぶのは面倒ではあるけども、いろんな席が試せて楽しいです。最近は、ステージ横や後ろの席が、お手頃価格な上に、音がダイレクトに感じられてお気に入りです。
今回の圧巻は、吉井瑞穂さん独奏によるモーツァルトのオーボエ協奏曲。マーラー室内管弦楽団の来日時やN響のゲスト奏者として聴いたことがありますが、ソロは初めて。20分ちょっとの短めの曲ですが、吉井さんのオーボエが圧巻。余計なアクセントや装飾なく、音のそのものが端正で、清々しい。そして、透明感の中に、とっても優しさが籠っているデリケートな音色。うっとりと、ほろ酔い気分で夢心地の時間でした。
LB席だと指揮者の表情、指揮ぶりを見ながら演奏を楽しめるのが良いですね。1曲目のハイドンの交響曲は、アクセントの利かせ方が楽しい。そして、後半のシューマン交響曲1番は、畳みかけるような一気呵成の勢い。パパ鈴木は本曲の指揮は初めてということですが、全然そんな感じはしません。唸り声なのか、鼻息なのかよくわかりませんが、合間でパパさんの気合も聴こえてきます。春の突風のような演奏を楽しみました。
エントランスでは、秋からの来シーズン定期プログラムのチラシが配布されていました。豪華指揮陣の中には鈴木ジュニア入っています。これからも親子でN響を盛り上げて欲しいです。
NHK交響楽団 4⽉公演 東京芸術劇場
2021年4月16日(金)開場 5:00pm 開演 6:00pm
東京芸術劇場 コンサートホール
ハイドン/交響曲 第95番 ハ短調 Hob. I-95
モーツァルト/オーボエ協奏曲 ハ長調 K. 314
シューマン/交響曲 第1番 変ロ長調 作品38「春」
指揮:鈴木雅明
オーボエ:吉井瑞穂
NHK Symphony Orchestra April Concerts at Tokyo Metropolitan Theatre
Friday, April 16, 2021 6:00p.m. (doors open at 5:00p.m.)
Tokyo Metropolitan Theatre
Haydn / Symphony No. 95 C Minor Hob. I-95
Mozart / Oboe Concerto C Major K. 314
Schumann / Symphony No. 1 B-flat Major Op. 38 "Frühling"
ブレイディみかこさんのイギリス・貧困レポートの最新刊。月刊誌「群像」に2018年3月号から2020年9月号に連載されたエッセイを中心に編集されている。イギリスのコメディ、パブ、映画、コロナ禍などを通じて、LGBT、階級対立、文化といったイギリス社会の今を伝える。
イギリス在住者の肌感覚が伝わるエッセイは毎度のことながら非常に興味深く読める。本書は筆者の保育士としての実経験よりも社会ネタを切り取ったものなので、過去の保育士は見た系の類書にリアリティは及ばないが、社会時評として十分面白い。
いくつも興味深い指摘があるのだが、3点を書き留めておきたい。
一つは、大衆に訴える言葉が持った力について。EU離脱派キャンペーンで”Take Back Control”(原案はTake controlだった)が効果的に人々に訴えた言葉だった一方で、データを重視して離脱の不合理性を訴えたEU残留派は敗れた。
「残留はデータやエビデンスを重んじるばかりに、スローガンが人の感情や想像力に及ぼす力を軽視していた。むかしから、檄文というのはあっても、檄データなんてものはないのある。・・・あの投票で真に覇権を回復したのは「言葉」だったのかもしれない。」(p98)
データ、ファクト重視が時代の風潮であるが、言葉やストーリーの持つ力を侮ってはいけないことを再認識させられる。
2点目は、現代社会の複雑化について。対立しているはずのクリスチャンとモスリムが反LGBT教育では共闘しているという。周辺化された犠牲者であったモスリムも今は政治的に声を上げるほどの大きな勢力となって、モスリムの教義に矛盾するLGBT教育に反対の声を上げている。そして、伝統的価値観を持つクリスチャン(テロやその価値観に対して反モスリム)が反LGBT教育ではモスリムと手を組んで共闘している。
「現代社会におけるアイデンティティ政治の相関図は、誰と誰が敵対し、誰と誰は同じ陣営だとは常に言えない構図になっていて、なんかもう多様性戦国時代みないな混沌の様相だ。」(p131) ステレオタイプな見方ではもうこの現代社会はとても理解できないことを教えてくれる事例だろう。
そして、2019年の英国総選挙のレポートも秀逸だ。反緊縮派の労働党コービン党首が大盤振る舞いの財政投資による公共政策を打ち出し、労働党よりも桁違いにしょぼい財政支出を打ち出したジョンソン首相が、北部や西武の労働党の牙城の地域で支持を得た。
これは2010年代に通じた緊縮財政に慣れてしまった人々には、コービンの政策は栄養価が高すぎ、梅干しのほうが有難かった。「断食でふらふらしている人にいきなりサーロイン・ステーキを食べさせても腹を下すが、梅干しだけのおかゆなら楽に消化できるのに似ている。」(pp.207‐208) 面白い見方だ。こういったところが政治や我々庶民の難しさであり、面白さなのだ。
どの現象や論点も、イギリスの対岸の火事とみなすことは出来ないことばかりである。国は違えども、これだけ情報や政策がユニバーサルになっている現代世界、色んな所が日本とつながっている。日本社会を見る時の視座にもなり、筆者のレポートは有用だ。
N響定演には(引っ越し等での中断はあるものの)足かけ数十年通っているが、こうしたオペラの歌を中心に据えたプログラムは初めてだ。コロナが生んだ不幸中の幸いと言えるかもしれない。チケットもコロナ禍で1回券販売になっているので、定演はNHKホールD席会員の私だが奮発してS席にアップグレード。サントリーホールの1階センター席なんて何年ぶりだろう。見える風景が違うわ~。
指揮の三ッ橋敬子さんはテレビで観たことはあるが、実演は初めて。とっても小柄な方で驚いたが、凛としてきびきびした指揮姿が気持ちがいい。前半のモーツァルトはちょっと楷書体的でモーツァルト特有の遊びが少ない気がしたけど、森谷真理さん、福井敬さんの美声をダイレクトに体で受け止める快感に震えた。
後半はヴェルディ、マスネ、プッチーニの甘美な音楽に酔う。N響は完璧なアンサンブルに加えて、マロさんのヴァイオリン・ソロを初め、クラリネット、フルートらの管楽器の個人技も聴かせる。最後の「蝶々夫人」の二重唱「夕暮れは迫り」は、オペラのシーンが目に浮かび、今すぐにでもオペラを観に行きたくなった。
森谷さんは調布国際音楽祭や2年前の二期会公演「サロメ」での熱演がまだ記憶に新しいが、華があって存在感が強烈。この日も迫力ある、美しい高音を聴かせてくれた。福井さんのテノールは安定してシュア。ベテランの味だった。
とっても贅沢な休日の午後。こうした幸せなひと時をくれた関係者に感謝。
NHK交響楽団 4⽉公演 サントリーホール
2021年4月11日(日)開場 1:20pm 開演 2:00pm
サントリーホール
指揮:三ツ橋敬子
ソプラノ:森谷真理*
テノール:福井 敬**
モーツァルト/歌劇「魔笛」
─ 序曲
─ タミーノのアリア「なんと美しい絵姿」**
─ パミーナのアリア「愛の喜びは露と消え」*
モーツァルト/歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」
─ フィオルディリージとフェランドの二重唱「夫の腕の中に」* **
モーツァルト/歌劇「イドメネオ」
─ バレエ音楽 K. 367から「パ・スル(1人の踊り)」
─ イドメネオのアリア「海の外なる胸の内の海は」**
─ エレットラのレチタティーヴォとアリア「ああ私の切望、怒り」~「血を分けたオレステよ」*
ヴェルディ/歌劇「シチリア島の夕べの祈り」
─ バレエ音楽「春」
マスネ/歌劇「ウェルテル」
─ オシアンの歌(ウェルテルのアリア)「春風よ、なぜ私を目ざますのか」**
マスネ/歌劇「タイス」
─ 鏡の歌(タイスのアリア)「私を美しいと言っておくれ」*
― タイスの冥想曲
プッチーニ/歌劇「蝶々夫人」
─ ピンカートンと蝶々夫人による愛の二重唱「夕暮れは迫り」* **
NHK Symphony Orchestra April Concerts at Suntory Hall
Sunday, April 11, 2021 2:00p.m.
Suntory Hall
Keiko Mitsuhashi, conductor
Mari Moriya, soprano*
Kei Fukui, tenor**
Mozart / "Die Zauberflöte," opera K. 620 — Overture, Aria"Dies Bildnis ist bezaubernd schön"(Tamino)**, Aria"Ach, ich fühl’s, es ist verschwunde"(Pamina)*
Mozart / "Così fan tutte," opera K. 588 — Duetto"Fra gli amplessi"(Fiorgiligi/ Ferrando)* / **
Mozart / "Idomeneo," ballet K. 367 — "Pas seul"
Mozart / "Idomeneo," opera K. 366 — Aria"Fuor del mar ho un mar in sento"(Idomeneo)**, Recitative and Aria"Oh smania! oh furie!〜"D'Oreste, d'Aiace Ho in seno i tormenti" (Elettra)*
Verdi / "I vespri siciliani," opera — "La Primavera," ballet
Massenet / "Werther," opera — Lied d'Ossian "Pourquoi me réveiller, ô souffle du printemps?"(Werther)**
Massenet / "Thaïs," opera — Air de miroir "O mon miroir fidèle, dis-moi que je suis belle"(Thaïs)*, "Méditation"
Puccini / "Madama Butterfly," opera — Duetto "Viene la sera" (Pinkerton, Madama Butterfly)* / **
アンデルセン童話を基にしたロシアのオペラ2本立て。いずれも初見のオペラだったが、個人的な感想は2本で随分と異なった。
1本目、ストラヴィンスキーの「夜鳴きうぐいす」は好みだった。全編を通じて、うぐいす役の三宅理恵さんのソプラノが美しく、聞き惚れる。本物のうぐいすの鳴き声を耳にして、その姿を探す時のように耳をそばだてて聴いた。仕草もチャーミングで可愛らしい。
また、初めて聴く方だが、漁師役の伊藤達人さんの歌声も深みがあって、朗々と流れる美声である。
音楽は、ストラヴィンスキーらしい美しさとアクセント強くみなぎる緊張感が併存していて楽しめた。
舞台は1幕は静かで落ち着いた海岸、2,3幕はコテコテに派手な宮殿でそのギャップに違和感はあったが、50分余りの小品としてはとっても楽しめたオペラだった。
2本目の「イオランタ」は、残念だが、私のストライクゾーンからは外れていた。チャイコフスキーの音楽は耳に馴染みやすいし、題名役の大隅智佳子さんのソプラノも美しかった。にもかかわらず、どこか物足りなさが最後まで抜けなかった。一つには、物語の展開がゆっくりで、間延び感があった。また、これはどうしようもないことだが、感染対策で歌手と歌手の距離を確保しているためか、舞台としてどこか散漫な印象が残った。更に、イオランタと結ばれるヴォデモン伯爵役の内山信吾さんのテノールが、音程、声量ともにかなり不満足。大事な役だけにこれは、正直とってもずっこけた。
ということで、満足と残念がミックスされた公演となった。終演は10時10分過ぎ。会場入りするときは、雷交じりの豪雨だったが、雨はすっかり上がっていた。
2020/2021シーズン
イーゴリ・ストラヴィンスキー
夜鳴きうぐいす<新制作>
Le Rossignol/Igor Stravinsky
全3幕<ロシア語上演/日本語及び英語字幕付>
ピョートル・チャイコフスキー
イオランタ<新制作>
Iolanta/Pyotr Tchaikovsky
全1幕<ロシア語上演/日本語及び英語字幕付>
2021年4月8日[木]19:00開演
予定上演時間:約3時間5分(夜鳴きうぐいす:50分 休憩:40分 イオランタ:95分)
スタッフ
【指 揮】高関 健
【演出・美術・衣裳】ヤニス・コッコス
【アーティスティック・コラボレーター】アンヌ・ブランカール
【照 明】ヴィニチオ・ケリ
【映 像】エリック・デュラント
【振 付】ナタリー・ヴァン・パリス
キャスト
『夜鳴きうぐいす』
【夜鳴きうぐいす】三宅理恵
【料理人】針生美智子
【漁師】伊藤達人
【中国の皇帝】吉川健一
【侍従】ヴィタリ・ユシュマノフ
【僧侶】志村文彦
【死神】山下牧子
【三人の日本の使者たち】高橋正尚/濱松孝行/青地英幸
『イオランタ』
【ルネ】妻屋秀和
【ロベルト】井上大聞
【ヴォデモン伯爵】内山信吾
【エブン=ハキア】ヴィタリ・ユシュマノフ
【アルメリック】村上公太
【ベルトラン】大塚博章
【イオランタ】大隅智佳子
【マルタ】山下牧子
【ブリギッタ】日比野幸
【ラウラ】富岡明子
【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
Le Rossignol / Iolanta
2020/2021 SEASON
New Production
"Le Rossignol"
Music by Igor STRAVINSKY
Opera in 3 Acts
Sung in Russian with English and Japanese surtitles
"Iolanta"
Music by Pyotr TCHAIKOVSKY
Opera in 1 Act
Sung in Russian with English and Japanese surtitles
OPERA PALACE
8 Apr 2021
CREATIVE TEAM
Conductor: TAKASEKI Ken
Production, Set and Costume Design:
Yannis KOKKOS
Artistic Collaborator: Anne BLANCARD
Lighting Design: Vinicio CHELI
Video: Eric DURANTEAU
Choreographer: Natalie VAN PARYS
CAST
"Le Rossignol"
Le Rossignol: MIYAKE Rie
La Cuisinière: HARIU Michiko
Le Pêcheur: ITO Tatsundo
L'Empereur de Chine: YOSHIKAWA Kenichi
Le Chambellan: Vitaly YUSHMANOV
Le Bonze: SHIMURA Fumihiko
La Mort: YAMASHITA Makiko
Trois émissaires japonais: TAKAHASHI Masanao/HAMAMATSU Takayuki/AOCHI Hideyuki
"Iolanta"
René: TSUMAYA Hidekazu
Robert: INOUE Tamon
Le Comte Vaudémont: UCHIYAMA Shingo
Ibn-Hakia: Vitaly YUSHMANOV
Alméric: MURAKAMI Kota
Bertrand: OTSUKA Hiroaki
Iolanta: OHSUMI Chikako
Martha: YAMASHITA Makiko
Brigitta: HIBINO Miyuki
Laura: TOMIOKA Akiko
Chorus: New National Theatre Chorus
Orchestra: Tokyo Philharmonic Orchestra
先日、地元のホールで、数十年ぶりに生・落語を聴いた。歯切れ良い話しっぷり、想像力を刺激する豊かな話芸、顔を含めた上半身をフル動員した表現などなど、楽しさ一杯である。2時間余りの公演は時間が経つのを忘れるほどだった。落語ってこんなに面白かったっけ?
本書は、会場のショップで売ってて、ガイドブックとして使えそうだったので買ってみた。今、活躍する名人から若手まで60人ほどの落語家の紹介を軸に、落語の楽しみ方を紹介した入門本である。
顔や名前に覚えはあっても、個々の落語家の特徴や「売り」を知らない私にはうってつけの一冊であった。これほどまでに落語家の個性って異なっているのかと感心する。同時に、次はどの落語家さんを聴いてみようかと前のめりにもなる。
ふんだんに写真を使ったガイド本なので誰にでも手軽に読める。落語に興味はあるが、どこに誰を聴けばいいのかよく分からない人にはうってつけの1冊目になるであろう。さあ、次は誰を聞こうかな。
筆者のイギリス「底辺」レポートを読むのは、『僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー』、『ワイルドサイドをほっつき歩け ――ハマータウンのおっさんたち』に続いて3冊目。本書は、筆者が働く「底辺」託児所(平均収入、失業率、疾病率が全国最悪の水準1%に該当する地区にある託児所なので筆者がつけたニックネームだが、本書の前半で筆者は、緊縮財政の影響をダイレクトにうけた「緊縮」託児所と呼び直している)」での体験をもとに、前半が緊縮財政真っ只中の2015-2016、後半は遡って2008-2009の時期の「底辺」託児所日記である。
時期が入れ替わっているのは、労働党が政権を失い保守党が緊縮政策を取った2010年を境に、政策が託児所に与えた影響がビフォー/アフターでより鮮明に浮かび上がってくるからだ。筆者が、緊縮時代を経て見えた「底辺」託児所の世界は、ビフォーにあった「下側の者たち」のコミュニティが崩壊、「下側の者たち」の分裂した社会だった。保育士としての職業経験を通じたイギリス社会・政治の観察と分析は、地に足がついたリアリティ抜群の社会時評である。
ページをめくる手が止まらない。個々のエピソードが笑い、驚き、ため息、諦め、憤りに満ちており、それを疑似体験できる。小説よりも波乱万丈ではと思わせる関係者の人生や生活の一面に触れることができるのが、本書の面白さの一つだ。また、そうしたエピソードを通じた筆者の受け止めや感性ははっとさせられるものが多い。
例として2つほど引用すると。
「子どもをサポートするということは、その親をサポートするということです」・・・それは花柄の理想論でも無ければ、政治家のレトリックでもない。現場で母獣たちの背中をさすっている人間だけが吐ける、リアルな児童保護論なのだ。(p220)
「政治は議論するものでも、思考するものでもない。それは生きることであり、暮らすことだ。そう私が体感するようになったのは、託児所で出会ったさまざまな人々が文字通り政治に生かされたり、苦しめられたり、助けられたり、ひもじい思いをさせられたりしているからだ。」(p282)
一つ気になるのは、筆者が職業上知り得た情報や出来事をここまで赤裸々に公にしていいものなのだろうか、という守秘性の問題だ。赤裸々なので等身大のリアリティ抜群のエッセイになっているのだが、(もともとは筆者のブログ記事をもとにしているらしいが、)日本に居たら日本語で職場のことをここまでは書けないだろうし、イギリスにおいても英語でここまでのレポートが書けるのだろうか?取材ではないので、登場する人たちの許諾を得ているとも思えない。まあ、私が気にすることではないのだが、私自身、ロンドン在住時に職場で起こったことをブログで紹介するのに、何をどこまで書いていいものやらと随分悩んだので、本書のオープンな内容・編集には、有難いと思う反面、ほんとにいいんだろうかと心配になった。
いずれにせよ、本書はイギリス社会、そしてイギリスを鏡とした日本を考えるのに絶好の一冊であることは間違いない。強くお勧めできる一冊だ。
「寅さん」の山田洋次監督作品であることやタイトルから、のんびりした人情映画を勝手に想像していたが、想定を超えるハラハラ、ドキドキを伴うヒューマンドラマだった。庄内地方の美しい自然・風景など和ませる映像の中、ゆったりとした時間軸で話は進むが、朋江との恋の行方やラストの果し合いシーンなどの緊張感伴うエピソードが上手く配合されている。
印象的だったのは役者たちの好演。真田広之は家族思いの朴訥で誠実だが、実は名剣士である清兵衛を淡々と演じながら、存在感が抜群。朋江役の宮沢りえの美しさや凛とした身のこなしにも息を飲む。そして、ラストの清兵衛の果し合い相手役の田中泯の凄みも半端ない。清兵衛の娘井登役の橋口恵莉奈の純朴さもめんこい。
ストーリー的にはややできすぎ(ありがち)なところも感じたが、家族というテーマ、引き込まれる物語、個性豊かな俳優達、美しい映像など、良質な映画であることは間違いない。