その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

映画 PERFECT DAYS (パーフェクト デイズ) (監督:ヴィム・ヴェンダース)

2025-02-06 07:30:31 | 映画

主演の役所広司がカンヌ国際映画祭男優賞を受賞し話題になった作品。劇場で観たかったが、時機を逸し今回DVDで視聴。

東京渋谷区の公衆トイレ清掃員として真摯に働き、清貧で充足した日々を過ごす中年男性を淡々と追うドキュメンタリー風の映画。

主人公の平山を演じる役所広司の存在感が終始スクリーンを圧している。性格的に極めて無口な設定なこともあり、台詞が非常に少ない(というか、殆ど無い)。そのため、言葉でなく、表情、仕草で人物の感情、思考を表現するのだが、その制約を超えて役所の演技は平山の人物造形をクリアに浮き上がらせていた。さすが。他の役者が演じたら、どういう映画になるのだろう。

リアリティ高い映像で、都会ならでは孤独や静謐さが表現されていたのも印象的。映画の中にあった台詞(正確ではない)だが、一つの世界の中で人は別々の違う世界を生きている。

60年代から70年代前半の洋楽を中心にした音楽は、主人公の人物理解のためにも、作品を支えるのにも重要な役割を果たす。時代は令和だが、平山が生きる「いま」とは時間的にズレがある。平山の「完璧な日々」には欠かせないアイテムだ。

計算された感動ではなく、観るもの夫々の人生経験や想いが反映される映画であると感じた。なので、人により感想は巾があると思う。私自身は平山的生き様には共感はできないし、真似たいとも思わなかった。ただ、様々な人生を追体験するのは、自分の世界が広がるし、作品としての質は高いので、観て良かったと思った映画であった。

 

PERFECT DAYS(パーフェクト デイズ)
2023年(日本/ドイツ)
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
音楽:ルー・リード、ヴァン・モリソン、ニール・ヤング他
キャスト:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、三浦友和、田中泯、他

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近内悠太『世界は贈与でできている 資本主義のすきまを埋める倫理学』(ニュースピックス、2020)

2025-02-04 07:30:10 | 

参加している読書コミュニティでの「利他」をテーマとした課題図書の1冊。自分の認知の枠組みに新たな軸を与えてくれた1冊となりました。

筆者の贈与とは、「僕らが必要としているにもかかわらずお金で買うことのできないものおよびその移動」と定義します。身近なところでは、家族や友人、恋人との関係性などであるし、社会的には(補償金支払いの前提が無い)核廃棄物の処理場受け入れなどです。本書はその「贈与」の原理について、解きほぐすための「言葉」と「概念・思考」と併せて解明します。タイトルは「贈与」ですが、検討・記述範囲は広いです。平易に分かりやすく書かれてはいますが、内容は哲学そのもので意味深く、おそらく今時点では半分ぐらいしか理解できてないと感じる所です。

ただ、これまで深く考えることの無かった「贈与」というテーマについて考えることで、普段の自分の行動や取り巻く環境が違った角度で見えてくる新鮮さと驚きを味わえました。資本主義の真っただ中で生きることで、数値化、経済的価値、交換の発想が意識しないうちに染みついている多くの現代人に、お金で買えないものの存在、そしてその重要性(資本主義と矛盾するわけでもない)について気が付かせてくれます。(ただタイトルの「贈与でできている」は書きすぎで、サブタイトルの「『すきま』を埋める」ものとして贈与が正確)

「贈与」ということにここまで難しく考え抜かなくてはいけないのか?言葉遊びになってないか?と感じてしまう私も多分に感じながら、これからも本書を時折、読みかえすことになるでしょう。

2025年1月3日 読了

 

<印象に残った記述の抜粋>

・贈与を上げる人が嬉しいのは、贈与を受け取ってくれたということは、その相手がこちらと何らかの関係性、つまり「つながり」を持つことを受け入れたことを意味するから。

・親は自分の子供がその子供(孫)を愛するのを見て、自分の子供への愛の正当性を確認している。(pp..30-31)

・贈与はすでに受け取ったものに対する返礼(過去の負い目にもとづく)であり、受け取ることなく開始されることは無い。贈与は返礼として始まる。(pp..42-45)

・贈与の対抗は交換。交換するものが無い時、つながりや援助が必要

・贈与は、それが贈与と知られてはいけない。明示的に知らされる贈与は、見返りを求めない贈与から「交換」へ変わる。それは「呪い」(返礼義務の負い目)にもなる。

・(贈与における「受取人」の重要性)贈与は「受け取る」から始まる。受取人においては贈与は過去にある。贈与は差出人に倫理を要求し、受取人に知性を要求する。過去の中に埋もれた贈与を受け取ることのできた主体だけが、つまり贈与に気づくことができたしゅたいだけが再び未来に向かって贈与を差し出すことが出来る(pp..111-114)

・アンサングヒーロー:評価されることも褒められることもなく、人知れず社会の最悪を取り除く人。アンサングヒーローは、想像力を持つ人にしか見えない。アンサングヒーローの仕事にはインセンティブ(報酬)とサンクションが機能しない。アンサングヒーローは自分が差し出す贈与が気づかれなくても構わないと思うことができる。それどころか気がつかないままであってほしいとさえ思っている。なぜなら、受け取り人がそれが贈与だと気づかないと言う事は、社会が平和であることの何よりの証拠だから。自身の贈与によって最悪を未然に防げたからこそ、受け取り人がそれに気づかない。(pp..209‐213)

・贈与は僕らの前に、不合理なもの、つまりアノマリーと言う形で現れる。現代社会が採用しているゲームが等価交換を前提とし、市場経済と言うシステムを採用しているから。だからその中に存在している(商品じゃないもの)に、僕らは気づくことができる。だから贈与は市場経済の「隙間」に存在すると言える。市場、経済のシステムの中に存在する無数の「隙間」そのものが贈与。資本主義と言うシステム、市場経済と言うシステムが贈与をアノマリーたらしめる(pp..223‐224)

・ギブアンドテイク、winーwinの中から「仕事のやりがい」は生まれないのは、交換に目指したものだから。不当に受け取ってしまった。だから、このパスを次に繋げなければならない。誤配を受け取ってしまった。だから、これを正しい持ち主に手渡さなければならない。この自覚から始まる贈与の結果として、宛先から逆向きに「仕事のやりがい」や「生きる意味」が偶然帰ってくる。仕事のやりがいと生きる意味の獲得は、目的ではなく結果。目的はあくまでもパスをつなぐ使命を果たすこと。このような贈与によって、僕らはこの世界の「隙間」を埋めていく。この地道な作業を通して、僕らは健全な資本主義、手触りの暖かい資本主義を生きることができる。(pp..242-244)

 

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ソヒエフ祭り最終日:トゥガン・ソヒエフ、N響 1月Bプロ

2025-02-02 07:38:14 | 演奏会・オペラ・バレエ(2012.8~)

ソヒエフ祭り定演最終回はBプログラムで東欧・ロシアの作曲家の作品です。

冒頭のムソルグスキー(リャードフ編)/歌劇「ソロチンツィの市」からの2曲は、軽快で明るい音楽でしたが、こちらの準備が整わず、直ぐに睡魔に襲われ、朦朧状態。ごめんなさいでした。

続く、バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番は全く初めて聴く曲で、ソリストはN響のコンサートマスターの郷古さん。マイシートがP席なので、後ろ姿ではありますが積極的な攻めの姿勢が感じられ、切れ良く、しかも美しいヴィオリンの音が響いてきました。一方で、楽曲がちょっと私には難易度高く、何をどう聴いていいのか分からないままで終わってしまいました。せっかくの郷古さんがソロなのだし、しっかり予習すべきだったと、後悔しきり。

アンコールでは、マロさんに代わってコンサートマスターに就任される長原さんとコンマスコンビでバルトークの「44のヴァイオリン二重奏曲」から第28番「悲しみ」。新しいN響の幕開けを予感させるフレッシュさが良かったです。

白眉は後半のドヴォルザーク交響曲第8番。私にもなじみのあるこの楽曲をソヒエフさんがN響から素晴らしい音を引き出していました。まずの全体の印象は、本当にN響が良く鳴っている。各パーツのリーダーの方の演奏はもちろんなのですが、各楽器からの音が隅々から明瞭に聴こえてきます。音の情報量が半端ないです。

そしてソヒエフさんが紡ぐ音は、とっても表情豊か。決して何かの情景を描いた音楽では無いとは思うのですが、印象派の画家が広い野原を描いたような、何か色のついた情景が目に浮かぶような気にさせられます。この曲はN響ではマリナーさん、広上さん、ブロム翁など、名だたる名指揮者の棒で聴いていますが、ソヒエフさんならでは重層的で味わい深く、暖かい感じのする演奏でした。

もちろん終演後は大拍手。N響メンバーの表情を観ていても、ソヒエフさんへの信頼感、一緒に音楽を創造する喜びに満ちているのが伝わってきます。これからも継続的な登壇をお願いします。





(P席にもご挨拶いただき嬉しい!)

定期公演 2024-2025シーズンBプログラム
第2030回 定期公演 Bプログラム
2025年1月31日(金) 開演 7:00pm [ 開場 6:20pm ]

サントリーホール

指揮 : トゥガン・ソヒエフ
ヴァイオリン : 郷古 廉(N響第1コンサートマスター)

ムソルグスキー(リャードフ編)/歌劇「ソロチンツィの市」─「序曲」「ゴパック」
バルトーク/ヴァイオリン協奏曲 第2番
ドヴォルザーク/交響曲 第8番 ト長調 作品88

Subscription Concerts 2024-2025Program B
No. 2030 Subscription (Program B)
Friday, January 31, 2025 7:00pm [ Doors Open 6:20pm ]

Suntory Hall

Mussorgsky / Liadov / The Fair at Sorochyntsi, opera―Introduction, Gopak
Bartók / Violin Concerto No. 2
Dvořák / Symphony No. 8 G Major Op. 88

Conductor
Tugan Sokhiev
Violin
Sunao Goko (First Concertmaster, NHKSO)

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