その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

NHKスペシャル 「メイド・イン・ジャパン 逆襲のシナリオ 第2回 復活への新戦略」

2012-10-29 23:20:34 | 日記 (2012.8~)
 NHKスペシャル 「メイド・イン・ジャパン 逆襲のシナリオ」の2日目を見ました。初日の放送が、苦戦中の日系メーカーのソニー、シャープを取り上げたのに対して、2日目は、ダイキン、東レなど巧みにグローバル競争を勝ち抜いている日系企業やベンチャー企業にスポットライトを当てます。成功企業の実践から逆襲のシナリオを探るというわけです。1日目の番組を見たときは一種の絶望感に捕らわれたところもあるのですが、2日目は、やり方で日本企業もまだまだ戦えるという希望が沸いてくる内容です。

感じたことを思いつくままにいくつか列挙します。

○ リーダーが大事
 グローバル競争の中、経営者のリーダーシップがますます重要となっていることが分かります。ハイアールの経営に入ったサンヨーの冷蔵庫事業が、サンヨー時代にはうまく行かなかったにもかかわらず、中国人経営者の下で、見事に復活しているエピソードは驚きでした。当たり前のことですが、企業の業績における、経営者の影響度がますます高まっていることは間違いないです。

○ 「超継続が革新を生む」
 初日の番組を見て、右肩上がりの経済が終わった今の世の中で、ゆとりのある研究開発活動は難しいのではと感じたのですが、東レが数十年前から長期的視点で研究開発を維持していることや、現在も、技術者の20%の時間を好きな研究にあてて、その成果をつないで新製品開発に活かしているというエピソードには感心しました。グーグルも同様の施策を行っているのは有名な話ですが、日本でもやっている企業はあるわけです。

○ プロディーサー型人材が必要
 大学の先生が言うことなのでちょっと概念的ですが、「知を総動員して人々を動機付け、場を作り、場と場をつなげて、組織全体あるいは組織グループ全体で、実現していく」プロデューサー的人材が求められていると言います(一橋大学 野中郁次郎)。番組では新世代プロデューサーとして、大企業を飛び出して新規事業に臨む若手の動きが紹介されました。どんどん、こういう人材が出てきて欲しいですね。

 日系企業を巡る環境的な厳しさが、今後、強まることはあっても、弱くなることはないでしょう。でも「チャンスがあることはわかりました。・・・ひとりひとり何ができるのか?」という番組の結びは、まさに自分に対する問いと同じものでした。


 10月28日放送
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NHKスペシャル 「メイド・イン・ジャパン 逆襲のシナリオ 第1回 岐路に立つ"日の丸家電"」

2012-10-28 00:00:18 | 日記 (2012.8~)

(写真はNHKホームページから)

 今週末のNHKスペシャル「メイド・イン・ジャパン 逆襲のシナリオ 第1回 岐路に立つ"日の丸家電"」を見ました。タイムリーな企画で、内容も充実したもので、見ごたえ十分でした。

 ソニー、シャープを中心に日本を代表するメーカーが、何故、アップルやサムスンなどの後塵を拝してしまったのか?反撃の戦略はあるのかが描かれます。新聞、雑誌等でも、いろんな角度から分析がされているネタではありますが、当事者たちを映像で追う迫力には、紙メディアでは伝わりにくいビビッドさがあります。

 以下、いくつか感じたことです。

 ソニーの平井社長が、厳しい表情で、いたるところで社員に危機感を訴えているのが印象的でした。これこれで、大事なことだと思うのですが、私にはむしろ、2年連続で当期利益が赤字になっている会社でも、未だ危機感がないと経営者が思うような状態なのかということが不思議でした。本当のSONYの社内はどういう雰囲気なのでしょうか。本当に危機感が十分でないなら、本当の危機ですね。
 余談ですが、52歳で、若々しくて驚きました。やっぱり、日本の会社もこのぐらい若い(?)人がリーダーとして引っ張ってて行くべきだと心底思います。

 ソニーが創業時の精神である自由闊達さを取り上げ、今のSONYにはそれが無くなったという懐古的なコメント、紹介がありましたが、当時の自由さを今の時代に当てはめるのは、所詮無理というものだと思います。右肩上がりの経済の中、いろんなトライ アンド エラーで可能だった時代でもあるし、色んな技術を組みあわせて製品化するアナログ時代の技術と今のデジタル時代の製品化技術は、求められているものが全然違っているのではないでしょうか?自由闊達で風通しのよい企業文化が必要と言う意味では同意しますが、SONYの問題はもっと戦略的な事業の再設定が必要だと感じます。 

 番組終盤で、インド市場で、青・赤色を好むインド人マーケットにチューンしたTVの売り上げが好調で、ソニーのテレビがシェア1位になっている状況が紹介されました。これはこれで、喜ばしいことですが、この単発の成功事例で、今のSONYを構造的に救う一手にはなりにくいです。戦略的なSONYの逆襲のシナリオは何なのか?は依然、誰にも分からないままです。

 正直、SONY、シャープの消費者家電事業は今後もかなり厳しい戦いを強いられることは間違いないと思います。日本で生産している限り、コスト競争には中国・韓国・台湾のメーカーには勝てないだろうし、短期の製品のライフサイクルに対応するスピード力や、デジタル時代の開発力をソニーがどこまで持ち合わせているかというのは、このTVを観るかぎりでは、正直、分からなかったです。
 
 2夜連続なので、明日も楽しみです。

 ※番組のHPはこちら→ 

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富士・鳴沢紅葉ロードレース大会

2012-10-23 00:11:59 | ロードレース参戦 (in 欧州、日本)
 帰国後、初めてハーフマラソンのレースに参加しました。河口湖の奥にある鳴沢村で行われた富士・鳴沢紅葉ロードレースです。

 日曜日は朝から雲一つない秋晴れ。一年で一番天気の良い日ではと思わせるような天気です。中央自動車道で河口湖を目指しますが、朝日に照らされる山の尾根の緑が鮮やかに輝きます。「日本の空もこんなに青いんだ」と素直に感動します。そして、都留を超え、富士山が真正面に迫ってくると、自然と「♪♪♪富士はにっぽん一の山〜♪♪♪」と口ずさんでしまいます。


(中央高速道相模湖付近)


(中央高速道都留付近)

 大会はハーフマラソンで800名程度の参加者ですので、中規模な大会です。スタート地点は芝が綺麗に引き詰められた鳴沢村活き活き広場。正面に富士山を見通す最高の環境です。まだ今年で3回目の若い大会ですから、これから毎年、規模が大きくなるのでしょう。大会アドバイザーのSB食品陸上部監督の瀬古利彦監督が、「(SBの陸上部が廃部になるので)毎日、就職活動中です!!!」と笑えない自虐ギャグを飛ばしながら気さくな挨拶とスターターを務めてくれました。久しぶりのレースと言うことで、自分自身、少し緊張気味でしたが、こんなランニング日和の日はなく、神さまに感謝です。


(鳴沢村活き活き広場で思い思いに準備体操)


(挨拶する瀬古コーチ)


(スタート5分前)

 コースは富士山麓の林の中を駆け抜ける素晴らしいコースです。ただ、アップダウンが激しく、前半はなんと高低差230メートルを上ります。最初の5キロは上って、下ってで、自分のペースをつかむ間もなく、7キロから11キロまでの坂道へ。これは、きつかった。最近、長距離をあまり走っていないので、脚力の衰えが顕著。足が自分の足で無いように、浮いた感じで、地面を自分の意志で蹴っているという感じが全くしないのです。このまま、行くと足が痙攣して、途中棄権が見えてしまったので、斜度がきつい一部のところでは、無念の競歩状態となってしまいました。情けない・・・。


(畑を抜けるといよいよ上り坂へ)


(富士山麓の林を抜けていきます)


(長い~上り坂)

 11キロ程から下りに入ります。案の定、前半の上りでの無理が祟って、このあたりからふくらはぎがピクピクと言い始めます。長い一本道のくだりを過ぎると、なだらかではありますが、再び上りへ。今度は、前腿が痛み始めました。こういったトラブルはもう慣れっこになっていますから、なんとかごまかし、ごまかし走りますが、最後の1キロはアウトでした。後ろ腿まで釣り始めて、道端でストレッチ、屈伸、マッサージ。自分の体をなだめすかして、何とかゴール。不思議に体全体はまだまだ元気いっぱいだったのですが、脚だけに疲れが集中するということになりました。まあ、久しぶりにしては、完走したし、タイム(2:00:54)もさほど悪くないのですが、どうも、自分としては満足感の低いレースでした。やっぱり、練習は嘘つかないななあ。


(途中、数少ない富士山が間近に観れる地点)


(秋の気配が・・・)


(いよいよ広場に戻って来ました)


(もうすぐゴール)

 コース運営はとても良かったです。ボランティアの方が、5キロ毎に給水所で水をくれますし、2か所ではバナナとスポーツドリンクも補給できます。1点、難を言えば距離表示が5キロ毎しかなかったので、自分のペースが今一つ図り難かったし、もし1か所でも見落とすと、かなりつらくなります。


(給水所)

 アフター・ランのおもてなしも素晴らしいかったです。地元のソバが無料で振舞われます。参加賞も、地元で採れた大根、芋、キャベツ。秋晴れの、素晴らしい1日でした。


(そばのテント)


(具も沢山入った、レースの疲れが吹き飛ぶ蕎麦)


(参加賞の地元野菜。この写真では良く分かりませんが、目茶大きいキャベツです)
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N響/ マゼール/ ワーグナー 「言葉のない「指環」~ニーベルングの指環 管弦楽曲集」

2012-10-20 21:12:42 | 演奏会・オペラ・バレエ(2012.8~)


 ロンドンから戻ってまだ2カ月余りなのに、まさかこんなに早く、東京でマゼールさんの指揮を見ることができるとは思ってもみませんでした。ロンドンではフィルハーモニア管を4回、ウイーンフィルを1回、マゼールさんの指揮で聴きましたが、時として素晴らしく、時には「なんだ、これ?」という具合に、サプライズが多かった記憶が強烈で、N響では初登場と言う今回の演奏会は、どんなサプライズになるのか楽しみでした。

 演奏曲は、マゼールさん自身が編曲したワーグナーの「言葉のない「指環」~ニーベルングの指環 管弦楽曲集」という、指輪の管弦楽曲抜粋版のような演目です。丁度、今頃、ロンドンではロイヤルオペラハウスでパッパーノ大将による「指輪」のチクルスが始まったころだと思いますが、残念ながらロイヤルオペラハウスは遥か遠くの世界になってしまった私には、なんとも皮肉な巡り合わせの演目となりました。


(開演前)

 そして、演奏の方は、幸か不幸か大きなサプライズはありませんでしたが、指揮者、演奏者ともに大変な熱演でした。マゼールさんは、暗譜でしっかりN響をコントロールしていました。とても82歳には見えない、姿勢正しい、矍鑠たる指揮ぶりです。N響も、弦、管、打楽器ともに気合いが入っていました。2階席の奥でしたが、演奏者の気合いが十分に伝わってくるものでした。チェロの独奏が美しい。木管陣のソロが光っていましたね。全体のサンサンブルも良く、マゼールさんとN響の力が十分に発揮された演奏だと思います。

 「指輪」は、私自身「ワルキューレの騎行」をCDで聴いたことがあるぐらいで、生で聴くのは初めてなので、他の演奏との比較はできないのですが、全体にゆっくり目のペースだったと思います。プログラムでは70分と書いてあるのに、実際の演奏時間は80分近くありました。編曲者自身が振っていてのこの時間差は、何を意味するかは、正直私にはわかりません。
 
 ただ、これは今日の私が疲労が蓄積した体調で聴いたためだと思うのですが、これだけの名演だったにもかかわらず、感動度と言う意味では、残念ながら平均的なものでした。体調のせいか?それともサプライズ期待値が高すぎた?ちょっと思ったのは、ワーグナーのオペラをダイジェストにして80分で聴いても、ワーグナーらしさというのはあまり味わえないなあということかもしれません。ワーグナーは、劇場で3時間以上の監禁状態で聴く洗脳の音楽ですから、80分でワーグナーを味わおうというのはちょっと虫が良すぎると言うことなのでしょう。

 会場はブラボーの嵐。普段、私のヨーロッパでの印象は、マゼールさんは終演後の拍手には淡々としてることが多く、時としてそっけなさすぎる愛想のなさなのですが、今日は非常に嬉しそうに、4度5度と舞台に戻って来てくれました。

 ホールを出るともうめっきり夕暮れ。秋の深まりを感じる季節となりました。

 

第1737回 定期公演 Cプログラム
2012年10月20日(土) 開場 2:00pm 開演 3:00pm

NHKホール

ワーグナー(マゼール編)/言葉のない「指環」~ニーベルングの指環 管弦楽曲集

指揮:ロリン・マゼール
演奏:NHK交響楽団

《ラインの黄金》
 ・かくして、ライン川の〈緑あやなすたそがれ〉が始まる(序奏)
 ・神々の城への歩み・ワルハラ城への神々の入城(第2場冒頭。正確には眠りから覚めたウォータンが完成したワルハラ城を妻フリッカと眺める場面)
 ・地の底へと潜ったこびとたちが鉄を鍛える(第2場から第3場への場面転換音楽)
 ・雷神ドンナーが槌(つち)を振り下ろし、喉(のど)の渇きを覚えたジークムントが這(は)いつくばりながら、(たまたま)竈(かまど)のそばにいるジークリンデに水を求める(前半は第4場幕切れ近くの同場面。後半は《ワルキューレ》第1幕の前奏曲後半およびそれに続く同場面より)

《ワルキューレ》
 ・〈響きの暗号〉のうちに、ジークムントの愛の眼差(まなざ)しを「見る」我ら(前場面より続く)
 ・ジークムントとジークリンデの逃避行(第1幕幕切れ)
 ・ウォータンの怒り(第2幕前奏曲と幕切れ)
 ・ワルキューレ(ブリュンヒルデの妹たち)の騎行(第3幕第1場冒頭)
 ・ウォータンと、その愛する娘ブリュンヒルデとの別れ、ウォータンの別れと魔の炎の音楽(第3幕第3場後半より幕切れまで)

《ジークフリート》
 ・ミーメの「怖れ」(第1幕第3場冒頭から前半)
 ・魔法の剣を鍛えるジークフリート(第1幕第3場幕切れ。正確には鍛えた剣の切れ味をミーメに見せる箇所。ジークフリートの歌唱部分がトロンボーンで加えられている)
 ・ジークフリート、森をさまよう、森のささやき
 ・大蛇を退治
 ・大蛇の嘆き(以上3箇所、第2幕第2場)

《神々のたそがれ》
 ・ジークフリートとブリュンヒルデの情熱を包む朝焼け(序幕後半)
 ・ジークフリートのラインの旅(序幕から第1幕への場面転換音楽)
 ・家臣を招集するハーゲン(第2幕第3場)
 ・ジークフリートとラインの乙女たち(第3幕第1場)
 ・ジークフリートの葬送行進曲(第3幕第2場から第3場への場面転換音楽)
 ・ブリュンヒルデの自己犠牲(第3幕第3場後半から幕切れまで)

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アンドリュー・ロス・ソーキン (著) 『リーマン・ショック・コンフィデンシャル(上/下)』

2012-10-17 23:19:45 | 


 ロンドンの本屋の店頭でいつも山積みにされていた2年前のベストセラー"Too big to fail"の和訳版『リーマン ショック コンフィデンシャル』を読みました。原語で読みたいと思いつつ、電話帳並みの厚さのペーパーバックは読み切れないのが明白でしたので自重していたのですが、やっと日本語版を読むことができました。

 あたかも自分がその現場に居合わせているようなリアリティがある経済ルポルタージュです。経済ルポルタージュと言っても、本書は、リーマンショックの仕組みや影響を解説するのではなく、リーマンショック前後の、米国主要投資銀行の幹部、財務長官、連邦準備制度理事会議長、ニューヨーク連邦準備銀行総裁といった当事者たちの行動・心理を追ったヒューマンドラマです。

 彼らの強い個性と、世界経済を左右する緊迫した場面の連続は、サスペンス小説も真っ青の、スリルに満ち溢れています。違いは、サスペンス小説には出て来がちの美人のヒロインがいないことぐらいでしょうか。 一時、ウォーターゲート事件を暴いたボブ・ウッドワード氏の政界もののノン・フィクションを愛読していたのですが、本書はその経済版と言っても良い、手に汗握る一級の読み物になっています。

 読みながら、学ぶこと、考えさせられることも多いです。世界経済を牛耳っていると言っても良いほどの大手米国投資銀行トップエリート達の考えや行動、政策責任者、中央銀行の思いと行動、未知の世界を知る楽しさと興奮に満ちています。この前に読んだ『世紀の空売り』が、サブプライムローンの逆に賭けた一方で、今回の主要人物は、サブプライムローンに乗ってこけた人たちが中心。こちらの登場人物から見ると、空売り屋は悪の根源。コインの裏と表を見ている面白さがありますので、両方を読まれることをお勧めします。

 700ページにわたって詳細に現場を描いた筆者が、エピローグにおいて一歩引いた視点で総括しているのが印象的でした。以下、引用します。

「かつて金融業界は、広範な経済を裏で支え、新たなビジネスの成長や、成熟企業の適応、拡大を助けてきた。しかし、危機に先立つ年月で、金融分野はみずからが表に立つようになった。ウォール街のゴールは、顧客ではなく自分のための手数料稼ぎに変った。(中略)金融システムをあるべき場所に戻して、リスクを抑制するという提案はいくつか出されているが、どれも中途半端で、熱意に欠けている印象を受ける。」
「その一方で、曲がったものの折れはしなかったウォール街は、新たな利益を求めてまた突き進んでいる。システムには再びリスクが導入されつつある。・・・(中略)・・・なかんずく気がかかりなのは、いまだにウォール街のマシンの中心に位置するのが、エゴであることだ。・・・(中略)・・・・いまの環境に欠けているのは、純粋な人間性だ」(下巻pp356-357)

 筆者が「純粋な人間性」というナイーブとも取れる言葉を使っているのは少々意外でしたが、私自身、この現実をどう総括すればいいのかはまだ答えが見つかっていません。


 蛇足ですが、ポールソン財務長官とモルガン・スタンレーのCEOジョン・マックとの会話は、笑えないですが、笑えます。
 
 マック   「日本人がいる!三菱が乗って来る」
 ポールソン 「おいおい、日本人のことはわかっているだろう。彼らはことを起こさない。迅速に動くことはぜったいにない」
 
 日本人のビジネスってこう見られているんですよね。
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初秋のジョギング

2012-10-11 06:18:40 | 日記 (2012.8~)
 帰国して以降、全然走れてませんでした。8,9月は暑すぎて、とても外にジョギングに行くような気候ではなかったので、走りたくても走れないというのは相当フラストレーションが溜ります。10月に入り、ようやく気温も下がってきたので、ようやく再開です。(実は来月下旬にフルマラソンにエントリーしてるんです)

 祝日の月曜日、朝7:00過ぎから近所の小川沿いのいつものコースです。陽も大分、短くなったので、7:00過ぎでも随分低い位置にある太陽が作る影と頬にあたる空気の冷たさが秋の訪れを伝えてくれます。

 そんな中、小川のほとりで見つけたもの。

 下の写真でわかりますでしょうか?丁度、真ん中にしみのようにオレンジ色が写っています。分からんかな~、これでは。


 答えは、カワセミでした。片手サイズのバカチョンカメラで、更に望遠を目一杯にあげて撮ってみました。かなりぼやけてますが、分かりますか?


 こんな朝の始まりは、かなり気分のいいものです。

 2012年10月8日
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読響/ G.ロジェストヴェンスキー/ チャイコフスキー 交響曲第6番ほか

2012-10-09 06:02:03 | 演奏会・オペラ・バレエ(2012.8~)


 午後の予定がぽっかり空いていたので、どうしたものかと思案していたら、読売日本交響楽団のコンサートがあることを知りました。ボックス・オフィスに電話して当日券について訊ねたところ、「C席は10席程度しかありませんが、B席以上は余裕がございます」とのことだったので、午後から東京芸術劇場に足を運びました。


(東京芸術劇場5階からの眺め)

 なんとかC席をゲットしたかったので、販売開始の30分前に到着。それでも15名ちょっと先客が居たので、C席は無理かなあと思って半ばあきらめ。ところが、自分の順番になっても、その日のC席はまだ2席しか買い手が着いてなかったので、らくらくゲットできました。世の中、自分みたいに安い席ばっかり狙う人でないんですね~。

 この日は、東京芸術劇場リニューアル記念と題したG.ロジェストヴェンスキーと読売日本交響楽団によるチャイコフスキー後期交響曲チクルスの最終日。超有名なヴァイオリン協奏曲と交響曲第6番「悲愴」です。東京芸術劇場は以前2回ほど来た記憶がありますが、もう4年以上来ていないので、何がリニューアルなのかは良くわかりません。3階席に入ると、思いのほか大きなホールにびっくり。NHKホール程ではありませんが、近いものがあるかもしれません。


(開演前)

 1曲目のチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。ヴァイオリン独奏は、指揮者と同じ名字のサーシャ・ロジェストヴェンスキー。残念ながら、これは私の好みの演奏ではありませんでした。緩いペースで始まった演奏には、結局、最後まで乗れませんでした。流れるような演奏というよりも、短く切ったような奏法で、音がざらついた感じがします。流れるように聞えるアメリカ英語とアクセントの強いイギリス英語の違いを見ているようでした。また、細部についても丁寧さが感じられず、大味な音に聞えたのは残念でした。個性的と言えば、個性的なのでしょうが、私は好きにはなれません。逆に、オーケストラの方は、おおらかな包みこむような音で、とっても美しいです。でも、それが却って、ヴァイオリンとオーケストラが乖離しているおうな感覚になり、二つの別の音楽を聞いているのかと思ったほどです。お客さん受けは良かったようなので、私の気のせいかもしれません。アンコールもやってくれました。

 休憩挟んでの「悲愴」は文句なしの素晴らしい演奏でした。この曲は超有名のわりにはロンドンでは一度も聴く機会に恵まれませんでした。お茶の水博士をほうふつさせるサーシャ・ロジェストヴェンスキーさんの指揮は、ゆっくり目のペースで入り、大きな音楽を紡ぐようなイメージです。指揮台もおかず、手や体の動きも必要最小限なのですが、緩と急、剛と柔のバランスも素晴らしく、オケはしっかりコントロールされています。指揮者と奏者の互いの信頼感を感じるものでした。

 特にどこのパートが目立ったというよりは、弦、金管、木管、打楽器それぞれが、持ち味を十分に出し切った演奏でした。興奮とドキドキ感のある演奏は大満足です。

 読響はこれで帰国後2回目ですが、弦パートがとっても熱い演奏をしているのが印象的です。音も重層的で、厚く、大きい。金管や木管も、目立つところは目立ち、抑えるところは抑えて好感度高いです。私としては、お行儀いいN響よりも好みかも。

 最後の最後、第4楽章が終わろうとする寸前に、客席からくしゃみとも咳とも取れる大きなノイズがホール一杯に響いたのは、本当に残念でした。いくら何でもこのタイミングはないだろう。第3楽章の打楽器、金管のドンチャン騒ぎの時にやってもらえれば、良かったのに。

 あと、印象的だったのは、3階席の音の良さ。それなりにステージとの距離はあるのですが、十二分に響きます。3階席としては、NHKホールはもちろんのこと、ロイヤルフェスティバルホールやバービカンホールの3階よりも明らかに良いと断言できます。東京芸術劇場はC席で充分かもしれません。


(終演後)




東京芸術劇場リニューアル記念
G.ロジェストヴェンスキー&読売日本交響楽団 
チャイコフスキー後期交響曲チクルス

2012年10月08日 (月)15:00 開演
東京芸術劇場 コンサートホール

曲目
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調
チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調「悲愴」

出演
指揮:ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
ヴァイオリン:サーシャ・ロジェストヴェンスキー
管弦楽:読売日本交響楽団
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NHK土曜ドラマスペシャル 「負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~」

2012-10-08 09:34:43 | 映画


 NHKの5回シリーズで放映された歴史ドラマ「負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~」が土曜日に終了した。吉田茂を中心に戦後からサンフランシスコ講和条約までの日本を描いたこのドラマ、なかなか力作で良い出来だった。

 戦後、焦土と解した敗戦国日本の舵を、米ソ中などの大国の思惑が交錯する中、どう取るか、極めて難しい局面であることは容易に想像できる。吉田は、GHQ、ワシントン、内政、国民等のステークホルダーの力関係を睨みながら、日本のあるべき道を探る。吉田茂については、ワンマン宰相として、賛否両論あるものの、吉田ぐらいの胆力を持った政治家でなければ、とてもこの難局を乗り切れなかったであろうことが分かった。

 独立を勝ち取るために、講和条約と並行して日米安保条約を結んだのは、未だ、現在の日本に直接つながる大政治決断だったわけだが、その背景も良く分かる。全面講和論と単独講和論のせめぎ合いなど、戦後の日本の繁栄の前提となる枠組みを作ったことの背景も良く理解できる。

 歴史書や政治経済の読み物を読んだだけでは、理屈としては理解できても、よっぽどの想像力がなければ、肌感覚としてはなかなか理解しずらいことがある。ドラマや映画というのは、登場人物が限定され、ある特定の視点からの場面の切り取りという限界はあるものの、歴史は人間が作っているということ、人間は限定された情報や思考の枠組みの中で、(動機は何であれ、その人にとっての)最善を取ろうとしていることが、実感として理解できるという意味で、極めて優れたメディアだと、再認識した。

 あえて、付け加えるなら、ドラマなので完璧はないことは承知の上で、渡辺謙が演じる吉田茂はちょっと格好良すぎるなあ。美化しすぎではと思うところは正直あった。

 今は既にこの時代から60年以上が経過しているとはいえ、安全保障についてはこの枠組みの延長だ。沖縄基地の問題もこの時から生まれている。若い人を含めて多くの人に見て欲しいドラマだった。

 ※ドラマの公式HPはこちら→
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船便到着!

2012-10-07 09:57:54 | 日記 (2012.8~)
 昨日の土曜日、ついにロンドンから送った船便が2カ月たって到着。ただでさえ、狭い我が家にドンボール29箱が届き、家じゅう箱の山。

 箱を開けると、ロンドンのコンサートやオペラの大量のプログラムや、旅行先の美術館で購入したカタログとかが、ざっくざっく。それらを手に取り眺めていると、ロンドンに居た時は生活の一部、延長としてあったものが、もう過去の思い出となっていて、今の自分とは完全に断絶した感覚があるのが、何とも不思議な気分でした。
 
 2か月前に「こんなの日本に持ち帰って部屋に収まるのかあ~。でも捨てるわけにはいかないし・・・」と思いつつ、万感の思いを胸に段ボール詰めしたプログラムも、届いた今となっては、「記念品にしては数が多すぎ。これじゃあ、家が傾く。大半は捨てるしかないね」とあっさり心変わり。

 過去よりも、今と未来を見なくては・・・と、自分に言い訳しながらも、あまりの自分の変わり身の速さに、驚くやら、呆れるやらです。
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