コンサート前はとってもミックスした気持ちでした。オール・ショスタコーヴィチ(以下、タコ)のプログラムは何とも魅力である一方、自分のほうは水曜日に鑑賞した「ラ・ボエーム」の余韻が残っていて、頭の中で「ムゼッタのワルツ」や「冷たい手を」がクルクル回っている状態。これがタコに上書きされるかと思うと何とも寂しい・・・
今回の指揮の井上道義さんは、個人的には本当に久しぶりです。まだ、クラシックを聴き始めの学生時代に、初めて年末の第九なるものを聴きに行った時の指揮が井上氏(オケは新日本フィル)。あれから、数十年経ってますが、この間、なぜかあまりご縁がありませんでした。でも、ステージ上に現れた井上さんは、数十年前と印象が変わらず、年月を飛び越えているように感じられました。
特に理由はありませんが、タコは進んで聴きに行く作曲家ではないので、しばしば演奏される交響曲第5番などを除いてはあまりなじみがありません。なので、今日のプログラムは全て初モノ。
冒頭の「ロシアとキルギスの民謡による序曲」は民族色豊かな、聴きやすい音楽でした。冊子には、「序奏やアレグロ主部に流れる各主題は全音階的で、ロシア民謡というよりもソ連的な響き」とありましたが、ソ連的な響きというのはよくわからずじまい。
続くピアノ協奏曲第一番は、オケは管弦楽のみで通常、管の皆さんが位置する後部座席部分は照明もオフ。この曲、ピアノ協奏曲とありますが、出版前には「ピアノ、トランペット、弦楽合奏のための協奏曲」と呼ばれていたらしく、ピアノとトランペットとの掛け合いが妙です。解説によると「様々な借用やパロディがちりばめられている」らしいのですが、元の音楽を知らない私には無関係で、純粋にピアノとトランペットのコンビネーションを楽しみました。ヴォロディンさんのピアノは、軽快で優しい印象。菊本さんのトランペットもスーッと通る美音でうっとりです。ヴォロディンさんはアンコールでラフマニノフ前奏曲作品23第4番を。これもブラボー。
休憩後のメインは、交響曲第12番。解説によると、「1917年」という表題をもち、「レーニンを讃えることで共産党を賛美し、党に捧げられた作品として広く認知」されたらしいのですが、筆者の中田朱美氏は、実はその裏でタコさんはスターリンへの影もしくは自身への揶揄を隠しているのではないかという、他の学者さんやご自身の仮説を紹介され、演奏前から興味を掻き立てくれます。そして、演奏の方はまさに爆演とも言える、すさまじい音圧の中で管弦のバランスが絶妙に取れた素晴らしいものでした。井上さんはこの曲を知り尽くした感があって、大きなジェスチャーでぐいぐいとN響を引っ張り、N響も応えてました。最近のN響金管陣の充実ぶりがいかんなく発揮されましたね。私は、曲は全く初めてでしたが、同じ動機が全曲中何度も顔を出すので、馴染みやすく、投入感も高まります。確かに、共産党讃美歌らしい(?)高揚感たっぷりの、ストレスが抜ける音楽でした。
全プログラムを通じて感じたのは、井上氏のエンターテイナー性。指揮姿はもちろんのこと、オケへの称賛や聴衆への感謝などの表現が実にストレートで開放的です。なんか、井上さんでホール全体が明るい空気に包まれるような、特別なオーラを感じます。とかく、ベテラン大指揮者が振ることが多くどうしても「硬い」雰囲気になりがちな定演が、(井上さんももちろん実績豊かなベテラン指揮者ですが)とっても柔らかくなった印象。こういう雰囲気って、N響のためにもとっても大事なんじゃないか、そんな感想を持ちました。
予想通り「ラ・ボエーム」は完全に上書きされてしまいましたが、実に気分爽快で気持ちよくホールを後にすることができ、井上氏とN響に大きく感謝です。
《終演後のNHKホール前。青の洞窟》
《こちらは開演前》
《晩秋ですね》
第1849回 定期公演 Cプログラム
2016年11月26日(土) 開場 2:00pm 開演 3:00pm
NHKホール
ショスタコーヴィチ/ロシアとキルギスの民謡による序曲 作品115
ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲 第1番 ハ短調 作品35
ショスタコーヴィチ/交響曲 第12番 ニ短調 作品112「1917年」
指揮:井上道義
ピアノ:アレクセイ・ヴォロディン
ゲスト・コンサートマスター:ダンカン・リデル
No.1849 Subscription (Program C)
Saturday, November 26, 2016 3:00p.m. (doors open at 2:00p.m.)
NHK Hall Access Seating chart
Shostakovich / Overture on Russian and Kyrgyz Folk Themes op.115
Shostakovich / Piano Concerto No.1 c minor op.35
Shostakovich / Symphony No.12 d minor op.112 “The Year of 1917”
Michiyoshi Inoue, conductor
Alexei Volodin, piano
Duncan Riddell, Guest Concertmaster