20年以上前に著者の小川和久氏の講演を聞いたことがある。日本の安全保障がテーマだったが、シャープな語り口と徹底した現実主義に立脚した考えがとっても印象的で、自分にとって他人事感があった安全保障の問題が非常に身近なものとして捉えられるようになった。
本書は、その筆者がライフワークとも言える沖縄の米軍普天間基地の移転問題について、筆者の関わりや考えを時系列に振り返った記録である。時に民間アナリストとして、時に公式な政府のアドバイザーとして、本件に長く携わってきた筆者ならではの生の裏事情を知ることができ、貴重な記録であるとともに沖縄基地問題の複雑さ、難しさが良く分かる。
政治、外交、軍事、社会等様々な要素が絡み合う基地問題に関して、日本の政権、政治家、官僚たちがどう考え、動いてきたかを知ることができるのが、何よりの本書の面白さだ。新聞紙面を読んでいるだけでは、夫々のステークホルダーたちが何を目指して、どう行動しているかは点としての記事としては読めても、連続した線としてはなかなか読み取れない。小川氏のレンズを通した見方であるものの、複雑系の本課題の構造や時系列での推移が分かるのが嬉しい。
また、(筆者の本意ではないかもしれないが、)筆者の関係者の人物評も舌鋒鋭く、テレビ3面記事的な面白さがある。例えば、現役外交官を辞めて外交コンサルタントとして独立した岡本行男氏についてここまでボロクソに書かれた読み物は私には初めてだった。本人は今年他界されて、反論を聞くことができず残念だ。岡本氏以外にも、自民党の実力者野中氏、鳩山首相、作家の佐藤優氏など、著者との個人的交流も含んだコメントはリアリティ満載だ。
致し方ないことであるが、筆者の個人の記録であるため、あくまでも一関係者の視座からの見方であり、フテンマ問題の全体像にはたどり着けないところはある。それぞれのステークホルダーから本件がどう見えていたのかが興味深い。きっと映画「羅生門」のような世界が展開していたに違いない。
ただそれでも、記録の重要さに改めて深く気づかされる。今回、著者がこのような記録を遺してくれたのは、日米安全保障史においても貴重な史料になりうると思う。筆者のプロ意識に深く敬意を表したい。
今、ここにある現実の政治課題であるため、なかなかまだ言えないこと、書けないことがあるだろう。ただ、中国等の軍事圧力が高まっている現在、安全保障問題は避けて通れない政治問題であり、最終的には経済につながる問題である。今につながった現代史の面白さが満喫できる1冊だ。
【目次】
はじめに なぜ普天間返還は進まないのか?
序章 チャンスは4回あった
第1章 迷走への序曲 自民党本部1996
第2章 小渕官邸1998~2000
第3章 小泉・安倍・福田・麻生官邸2001~2009
第4章 鳩山官邸2009~2010「トラスト・ミー」の陰で
第5章 沖縄クエスチョン1999~2011
第6章 鳩山だけが普天間を迷走させたのか? 2010~2019
あとがき 信頼を回復する道