その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

近内悠太『世界は贈与でできている 資本主義のすきまを埋める倫理学』(ニュースピックス、2020)

2025-02-04 07:30:10 | 

参加している読書コミュニティでの「利他」をテーマとした課題図書の1冊。自分の認知の枠組みに新たな軸を与えてくれた1冊となりました。

筆者の贈与とは、「僕らが必要としているにもかかわらずお金で買うことのできないものおよびその移動」と定義します。身近なところでは、家族や友人、恋人との関係性などであるし、社会的には(補償金支払いの前提が無い)核廃棄物の処理場受け入れなどです。本書はその「贈与」の原理について、解きほぐすための「言葉」と「概念・思考」と併せて解明します。タイトルは「贈与」ですが、検討・記述範囲は広いです。平易に分かりやすく書かれてはいますが、内容は哲学そのもので意味深く、おそらく今時点では半分ぐらいしか理解できてないと感じる所です。

ただ、これまで深く考えることの無かった「贈与」というテーマについて考えることで、普段の自分の行動や取り巻く環境が違った角度で見えてくる新鮮さと驚きを味わえました。資本主義の真っただ中で生きることで、数値化、経済的価値、交換の発想が意識しないうちに染みついている多くの現代人に、お金で買えないものの存在、そしてその重要性(資本主義と矛盾するわけでもない)について気が付かせてくれます。(ただタイトルの「贈与でできている」は書きすぎで、サブタイトルの「『すきま』を埋める」ものとして贈与が正確)

「贈与」ということにここまで難しく考え抜かなくてはいけないのか?言葉遊びになってないか?と感じてしまう私も多分に感じながら、これからも本書を時折、読みかえすことになるでしょう。

2025年1月3日 読了

 

<印象に残った記述の抜粋>

・贈与を上げる人が嬉しいのは、贈与を受け取ってくれたということは、その相手がこちらと何らかの関係性、つまり「つながり」を持つことを受け入れたことを意味するから。

・親は自分の子供がその子供(孫)を愛するのを見て、自分の子供への愛の正当性を確認している。(pp..30-31)

・贈与はすでに受け取ったものに対する返礼(過去の負い目にもとづく)であり、受け取ることなく開始されることは無い。贈与は返礼として始まる。(pp..42-45)

・贈与の対抗は交換。交換するものが無い時、つながりや援助が必要

・贈与は、それが贈与と知られてはいけない。明示的に知らされる贈与は、見返りを求めない贈与から「交換」へ変わる。それは「呪い」(返礼義務の負い目)にもなる。

・(贈与における「受取人」の重要性)贈与は「受け取る」から始まる。受取人においては贈与は過去にある。贈与は差出人に倫理を要求し、受取人に知性を要求する。過去の中に埋もれた贈与を受け取ることのできた主体だけが、つまり贈与に気づくことができたしゅたいだけが再び未来に向かって贈与を差し出すことが出来る(pp..111-114)

・アンサングヒーロー:評価されることも褒められることもなく、人知れず社会の最悪を取り除く人。アンサングヒーローは、想像力を持つ人にしか見えない。アンサングヒーローの仕事にはインセンティブ(報酬)とサンクションが機能しない。アンサングヒーローは自分が差し出す贈与が気づかれなくても構わないと思うことができる。それどころか気がつかないままであってほしいとさえ思っている。なぜなら、受け取り人がそれが贈与だと気づかないと言う事は、社会が平和であることの何よりの証拠だから。自身の贈与によって最悪を未然に防げたからこそ、受け取り人がそれに気づかない。(pp..209‐213)

・贈与は僕らの前に、不合理なもの、つまりアノマリーと言う形で現れる。現代社会が採用しているゲームが等価交換を前提とし、市場経済と言うシステムを採用しているから。だからその中に存在している(商品じゃないもの)に、僕らは気づくことができる。だから贈与は市場経済の「隙間」に存在すると言える。市場、経済のシステムの中に存在する無数の「隙間」そのものが贈与。資本主義と言うシステム、市場経済と言うシステムが贈与をアノマリーたらしめる(pp..223‐224)

・ギブアンドテイク、winーwinの中から「仕事のやりがい」は生まれないのは、交換に目指したものだから。不当に受け取ってしまった。だから、このパスを次に繋げなければならない。誤配を受け取ってしまった。だから、これを正しい持ち主に手渡さなければならない。この自覚から始まる贈与の結果として、宛先から逆向きに「仕事のやりがい」や「生きる意味」が偶然帰ってくる。仕事のやりがいと生きる意味の獲得は、目的ではなく結果。目的はあくまでもパスをつなぐ使命を果たすこと。このような贈与によって、僕らはこの世界の「隙間」を埋めていく。この地道な作業を通して、僕らは健全な資本主義、手触りの暖かい資本主義を生きることができる。(pp..242-244)

 

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小川幸司『世界史とは何か 「歴史実践」のために  シリーズ歴史総合を学ぶ3』(岩波新書、2023)

2025-01-17 07:40:38 | 

シリーズ歴史総合を学ぶの最終巻(のはず)。歴史実践(歴史を日常生活の中で考える対象にしてその考えをもとに行動すること)の指南書である。筆者の歴史実践に対する熱意や使命感が痛いほど現れた力作。読みごたえたっぷりの新書だ。

歴史実践の考え方や方法論について紹介した後、新しく導入された「歴史総合」の具体的授業プランの一例として、「近代化」について人種主義の歴史、「国際秩序の変化や大衆化」については不戦条約の歴史、「グローバル化」については強制追放の歴史を取り上げる。歴史的出来事に対しての、比較や問いを通じて、テーマに関連させて、歴史的事実の意味合いや現代とのつながりを思索し、今を生きる読者に思考や行動のヒントを与える。

例えば「近代化」については、アメリカ合衆国での黒人奴隷、第2次大戦時のドイツのユダヤ人へのスタンス、近代日本のアイヌ人への人種主義等を比較し、それと国民国家の形成とクロスさせて歴史を考えると言った具合だ(第3講)。「歴史総合」の授業を受けるはずの一般の高校生にはレベルが高すぎるのではと思うが、私自身、筆者の歴史授業を受けてみたい。

本書の執筆にあたっては、言いたいこと、書きたいことが山のようにあるなかで、紙面の都合で相当の取捨選択があったのではと思わせる。私も読者として、一度の通読では筆者の思いは受け止められるものの、とても内容の十分な理解までは追いついていない。再読要の一冊となった。

 

(目次)

 はじめに

第1講 私たちの誰もが世界史を実践している
 1 どうしても世界史を学びたかった経験
 2 私たちの歴史実践と二つの世界史

第2講 世界史の主体的な学び方
 1 歴史実践の六層構造
 2 世界史という歴史実践の再検討
 3 歴史対話の五つの方法

第3講 近代化と私たち
 1 奴隷や女性を主語にした歴史叙述の試み
 2 人種主義に着目して国民国家を再考する

第4講 国際秩序の変容や大衆化と私たち
 1 不戦条約を世界史に位置付ける
 2 戦争違法化の歴史から「問う私」を振り返る

第5講 グローバル化と私たち
 1 二〇世紀後半の民族浄化と強制追放を見つめる
 2 ガザ回廊から二一世紀の日本へ

まとめ 世界史の学び方一〇のテーゼ

 おわりに

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骨太の近未来小説: 伊藤計劃『虐殺器官』(ハヤカワ文庫、2014)

2025-01-09 12:03:49 | 

昨年読んだユートピア的ディストピアを描いたSF小説『ハーモニー』に強く引き付けられたので、同じ作者のデビュー作を読んだ。発表は2007年。劇場アニメ化もされた有名な作品であるが、私は全く予備知識無かった。『ハーモニー』とは異なったディストピアの近未来世界を描くSF小説であり、読み手に強い吸引力で引き込み、読後感も強烈だ。

核戦争へのハードルが大きく下がった世界、テクノロジーによる個人情報管理が社会の隅々まで行き届いた世界、ことば・文法を駆使して仕組まれる虐殺。昨今の世界情勢や技術の進歩は、本書刊行時とは比較にならないほどのリアリティを持った物語として通用するだろう。米国内内戦を暗示するエピローグは、昨年公開になった映画「シビルウォー」の前編のようにも読める。

未来世界を提示しながらも、ことば・文法・コミュニケーション、遺伝子やミーム、歴史解釈など、人間についての思考が語られる。進歩する科学の中で、認知能力や遺伝子に規定された人間は、何を見て、考え、どう行動するのか。読み進めながら、背筋が冷たくなる。骨太なSF小説の醍醐味を味わえた。

タイトルから想定されるように、生々しい暴力・殺人表現もあるが、それらを超えて読む価値が高い一冊だった。返す返す、作者が本作でデビューして2年後に34歳で早逝されたのが、残念でならない。

 

(以下、個人的抜き書き)

歴史とは勝者の歴史、という言い方もあるが、それもまた異なる。
歴史とは、さまざな言説がその伝播を競い合う闘技場であり、言説とはすなわち個人の主観だ。・・・商社の書いた歴史が通りやすいのは事実ではあるが、そこには弱者や敗者の歴史だってじゅうぶんに入り込む余地がある。世界で勝者となることと、歴史で勝者となることは、往々にして別なこともあるのだ。 (P.44)

アレックスはそうじゃないと言って自分の頭を指さした。
「地獄はここにあります。頭の中、脳みそのなかに。大脳費筆のひだのパターンに。目の前の風景は地獄なんかじゃない。逃れられますからね。・・・地獄からは逃れられない。だって、それはこの頭の中にあるんですから」(p.52)

人間がどんな性格になるか、どんな障害を負うか、どんな政治的傾向を持つか。それは遺伝子によってほぼ決定されている。そこに環境が加えられる変化となると、ごくわずかだ。・・・きみはまず、自分が遺伝コードによって生成された肉の塊であることを認めなければならない。心臓や腸や腎臓がそうであるべき形に作られているというのに、心がそのコードから特権的に自由であることなどありえないのだよ (p.217)

仕事だから。一九世紀の夜明けからこのかた、仕事だから仕方がないという言葉が虫も殺さぬ凡庸な人間たちから、どれだけの残虐さを引き出すことに成功したか、きみは知っているのかね。仕事だから、ナチはユダヤ人をガス室に送れた。・・・ すべての仕事は、人間の良心を麻痺させるために存在するんだよ。資本主義を生み出したのは、仕事に打ち込み貯蓄を良しとするプロテスタンティズムだ。つまり、仕事とは宗教なのだよ。 (p.310)

人々は個人認証セキュリティに血道をあげているが、あれはテロ対策にはほとんど効果が無い。というのも、ほんとうの絶望から発したテロというのは、自爆なり、特攻なりの、追跡可能性をリスクを度がし下自殺的行為だからだ。社会の絶望から発したものを、システムで減らすことは無理だし意味が無いんだよ。 (p.371)

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いささか古いが、プラットフォームビジネスの名教科書:ジェフリー・G・パーカー 他『プラットフォームレボリューション  未知の巨大なライバルとの競争に勝つために』(ダイヤモンド社、2018)

2025-01-07 08:57:10 | 

昨秋、自主参加した「DXの組織的影響」について考える勉強会で参考図書指定されていた書籍をやっと読了。大学の先生の指導の下、アカデミックと実務の両面からのアプローチを取った勉強会での参考図書らしく、網羅的で地に足に着いた記述で、プラットフォームビジネス(以下、PFビジネス)について一から学ぶのに良書である。

PFビジネスの特徴(特にネットワーク効果)、PFの設計の仕方、市場への導入・収益化の戦略、運営上の留意点、競争戦略、規制対応など、このビジネスを考えるために必要なフレームワークや要素をほぼ網羅して解説している。

記載も非常に客観的。ウーバーやエアビーアンドビーなどの例を多用しながら、従来型のビジネス(パイプライン型と呼んでいる)との違いなども含めての説明は納得感高い。

ただ、PFビジネスそのものはもう新しいものではないので、当時(翻訳は2018年、原著は2016年)に比べると既に一般化している知識も多い。しかもトータルで500ページにもなる厚い本なので読み通すには根気も必要だ。(正直、PFビジネスについて同様のことをもっと簡単に解説した書籍は、その後いくつも出ている)

それでもプラットフォームビジネスについて、研究・実務に関わらず、真正面から取り組みたい人にはその考え方のプロセスを学ぶ上でも、本書にじっくり向きあうのはとっても有益だと感じた。

 

(個人的に印象に残った記述等はまた別途)

目次

はじめに  ──  なぜ、プラットフォームは、既存のビジネスを打ち負かすことができるのか
CHAPTER1 プラットフォーム・ビジネスの現在
プラットフォーム革命にようこそ/プラットフォーム革命と変化のパターン/プラットフォーム革命にどう対応するか

CHAPTER2 ネットワーク効果 プラットフォームはなぜ強いのか
低すぎたウーバーの価値/需要サイドの規模の経済/ツーサイド・ネットワーク効果/ネットワーク効果と成長促進策/ネットワーク効果を拡張する ── 参加しやすさと拡張可能性を高めるツール群/負のネットワーク効果 ── その原因と対策/4種類のネットワーク効果/構造変化 ── ネットワーク効果は企業活動を正反対に変える

CHAPTER3 アーキテクチャ 成功するプラットフォームの設計原則
どこから設計を始めるか/コア・インタラクション ── プラットフォームの設計目的/3ステップの設計方法 ── 誘引、促進、マッチング/重層的なインタラクションの拡張/エンド・ツー・エンド原則の適用/モジュール方式の力/プラットフォームの再設計/反復的な改善

CHAPTER4 プラットフォームによる破壊 転換を迫られるオールド・ビジネス
圧倒的産業変革力の源泉/デジタルによる破壊の歴史/劣勢に立たされるパイプライン/価値創造、価値消費、品質管理への影響/ビジネス全体への構造的な影響/既存企業の反撃 ── プラットフォーム化するパイプライン/破壊の主因は技術ではない

CHAPTER5 市場導入 8つの立ち上げ戦略
ペイパル創業者たちの初期の挫折/プル型マーケティング ── バイラリティの拡大/既存企業の優位性 ── 現実か幻想か/多種多様なプラットフォームの立ち上げ方/ニワトリと卵のジレンマを打破する8つの戦略/ユーザー・ツー・ユーザーの立ち上げメカニズム

CHAPTER6 収益化 価値を求めてネットワーク効果を強化する
あるプラットフォーム起業家の収益化計画/価値の発見 ── 数字だけでは不十分/収益化策① 取引手数料を取る/収益化策② アクセスに課金する/収益化策③ アクセス強化策に課金する/収益化策④ キュレーション強化策に課金する/課金対象を誰にすべきか/無料から有料への移行

CHAPTER7 オープン性 プラットフォームの利用範囲を規定する
ウィキペディアのトラブル/オープン化とクローズド化の綱渡り/エコシステムとオープン性の種類/管理者とスポンサーの参加形態/開発者を参加させる/何をオープンにし、何を所有すべきか/ユーザーの参加を促す/オープン性のレベルで差別化/段階的なオープン化 ── メリットとリスク

CHAPTER8 ガバナンス 価値向上と成長強化のための方針
コミュニティを怒らせたキューリグ/国家としてのプラットフォーム/市場の失敗とその原因/ガバナンスの4つのツール ── 法律、規範、アーキテクチャ、市場/賢い自己ガバナンス原則

CHAPTER9 評価指標 プラットフォームが問題にすべきこと
過去のリーダーはどんな評価指標を用いたか/新しい評価上の課題/ライフサイクルと指標の設計/ステージ① 立ち上げ段階の指標/ステージ② 成長期の指標/ステージ③ 成熟段階の指標/スマートな指標の設計

CHAPTER 10 戦略 プラットフォームによる競争の変化
アリババが示したプラットフォームの世界の競争/20世紀の戦略 ── 歴史のおさらい/3次元チェス ── 競争の複雑化/競争戦略① アクセス制限でマルチホーミングを防ぐ/競争戦略② イノベーションを促進し、その価値を獲得する/競争戦略③ データの価値を活用する/競争戦略④ M&Aの再定義/競争戦略⑤ プラットフォームの封じ込め/競争戦略⑥ プラットフォーム設計の向上/勝者独り勝ち市場の持続的優位性

CHAPTER 11 政策 プラットフォームに対する規制
ニューヨーク市にとってエアビーアンドビーは恵みか/規制をめぐる課題 ── 古いルールの改定/プラットフォーム革命の負の側面/規制に対抗する方法/プラットフォームの成長に伴う規制問題/規制2.0時代が到来?/規制当局へのアドバイス

CHAPTER 12 プラットフォーム革命の未来
プラットフォーム革命にどう備えるか/教育 ── 世界の教室としてのプラットフォーム/ヘルスケア ── 扱いにくいシステムのパーツをつなぐ/エネルギー ── スマートグリッドから多方向プラットフォームまで/ファイナンス ── お金のデジタル化/物流と輸送/人材紹介サービス ── 仕事の特性を再定義する/政府機能のプラットフォーム化/IoTのインパクト/挑戦的な未来


解説  ──  妹尾堅一郎(産学連携推進機構 理事長)
用語解説
原注
索引

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長谷川眞理子『進化とは何だろうか』(岩波ジュニア新書、1999)

2024-12-27 12:07:38 | 

昨年、人類の起源・進化についての本を数冊読み、近年のDNA解析による人類史研究の急速な進歩に衝撃を受けた。進化・遺伝と言ったテーマは、中学・高校の「生物」の知識の残骸がある程度なので、進化についての基礎を抑えておきたいと思い、本書を手にした。1999年発刊なので25年前の本だが、適応、自然淘汰、雄と雌(性)などの「進化」の仕組みを、とっても分かりやすく解説している。TVの自然番組などで時折目にしてきたことが整理・説明され、改めて生命の神秘や奇跡のような仕組みを驚きとともに理解できる一冊だ。とってもお勧め。

印象に残ったのは、筆者が一般的によくある誤解として紹介している進化についての理解(第三章)。

例えば、自然淘汰は、適応を生み出すように「目的をもって」働いているわけではなく、環境とは無関係に生じる遺伝子の変異が前提で、変異の中であるものが、他のものよりも環境に適しているときに自然淘汰が行われる。(pp..59-61)

また、進化とは、生物が時間とともに「変化」していくことであって、その変化は必ずしも「進歩」であるとは限らない。進化とは、さまざまに異なる環境に適した、様々に異なる生き物を生み出す枝分かれの過程であるという。(pp..61-63)

こうした誤解は、人間が常に目的をもって行動し、昨日よりは今日の方が良くなるように進歩しようとする人間中心主義に由来する。生き物を観察するときには、人間の価値観を離れて虚心坦懐に観る必要があるのだ。(p.64)

その生き物の世界を目的をもって人為的に操作している現代の科学は、人間や人以外の生物をどこに導くのだろうか。

本書で唯一残念なのは、参考文献や本書の次の図書リストの記載がないこと。岩波ジュニア新書というならなおさら、更に学びたい人へのガイドが欲しい。

(目次)

 はじめに

第1章 生物の多様性と適応
  種の多様性
  生活史・サイズその他における多様性
  うまくできたデザインや行動

第2章 生命の長い鎖──つながっていく存在としての生物──
  進化ということ
  生き物の定義
  遺伝子のもと──DNA
  DNAの複製
  タンパク質の合成
  親から子へ
  ゲノムと遺伝子
  個体変異と進化
  化石が語るもの
  地球上のすべての生命のもと

第3章 自然淘汰と適応
  適応が生じる仕組み
  個体変異
  個体群の増加
  資源をめぐる競争
  適応度
  自然淘汰の働き
  フィンチの嘴
  嘴の厚さの変異と遺伝
  誰が生き残ったか?
  アノールトカゲの足
  自然淘汰に目的はない
  進化は進歩ではない
  適応は万能ではない

第4章 変異の性質と淘汰の種類
  変異の源泉
  点突然変異
  大規模な突然変異
  遺伝子の重複
  突然変異率
  有害か有利か
  組み替え
  淘汰の種類──安定化淘汰・方向性淘汰・分断淘汰
  中立な変異
  分子進化の中立説
  中立な変化の速度
  ヘモグロビンのβ鎖
  形態の変化と適応

第5章 新しい種の誕生
  種とは何か?
  新しい種の出現
  種内変異とクライン
  輪状種
  異所的種分化
  同所的種分化
  種分化の速度
  南極海に住むコオリウオの仲間の進化
  種の多様性

第6章 進化的軍拡競争と共進化
  アリとチョウの幼虫
  食う・食われる・食われないの軍拡競争
  花と動物
  果実と動物
  カッコウの托卵

第7章 最適化の理論
  最適採食戦略
  餌場の防衛
  最適一腹卵数

第8章 頻度依存による自然淘汰
  闘争とゲーム理論
  タカ‐ハトゲーム
  進化的に安定な戦略
  タカ‐ハト‐ブルジョワゲーム
  タンガニーカ湖の魚の曲がった口
  雄と雌の数──性比
  フィッシャーの性比の理論
  近親交配する昆虫の性比

第9章 雄と雌はなぜ違う?
  有性生殖と無性生殖
  雄と雌
  性の起源の謎
  有性生殖の二倍のコスト
  赤の女王仮説
  性淘汰の理論──性差はなぜあるのか?
  ダーウィンの性淘汰の考え
  繁殖の速度と性比
  配偶者獲得をめぐる同性間の競争
  配偶者の選り好み

第10章 進化の考えがたどった道
  博物学の伝統と新世界の発見
  リンネによる分類
  ペイリーのデザイン論
  進化の考え
  ダーウィン登場
  総合説の時代
  現代の発展

 おわりに

 

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宮島未奈 『婚活マエストロ』(文藝春秋、2024)

2024-12-26 09:34:16 | 

在宅フリーランスの独身Webライター(40歳、男性)が、婚活企画運営会社のWeb制作の仕事を依頼されて、婚活にかかわっていくお話し。

「成瀬」シリーズと同様、ほのぼのとしたエピソード集だ。「成瀬」の舞台は滋賀県膳所だったが、今回は静岡県浜松市。膳所ほど地域性は前面に出てこないが、作者の市井の人々への暖かいまなざしが感じられる。

通勤電車の行き帰りで1話づつ読んで、肩の力を抜かせてもらった。

 

【目次】

第1話 婚活初心者
第2話 婚活傍観者
第3話 婚活旅行者
第4話 婚活探求者
第5話 婚活運営者
第6話 婚活主催者

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生成AI入門に最適: 今井翔太『生成AIで世界はこう変わる』(SB新書、2024)

2024-12-25 07:30:58 | 

生成AIについて、技術、人間の仕事への影響、創作物への影響、人類との未来などの切り口で解説した書籍。筆者は東大のAIで超有名な松尾研究室の研究者である。専門家の著書にありそうなマニアックな内容は皆無で、むしろその道のプロならではの明快で分かりやすい解説で、すらすら読めて頭にも入る。生成AIの入門には最適の図書と感じた。

以下、印象に残った記述を書き抜き、サマっておく。

・「いかに賢いアルゴリズムを開発するか」に力が注がれた従前のAI研究は、「良い性能を出すにはトランスフォーマーのニューラルネットワークを、大量データセットで長時間学習すればよい」というスケーリング則により「いかに(データセットや学習のための)お金をかけられるか」という問題に変わってしまった。(pp.69⁻71)

→明示はしていないが、これはもうAI開発のメインストリームではお金の無い日本は勝てない、アメリカや中国のおこぼれをもらうしかないということだ。

・機械学習やディープラーニングは、人間が作業をプログラミングするのではなく、データから自ら学習することにより、非定型型の作業の一部を可能とした。言葉にできない作業過程も自律的に学んでくれる。・・・人間の創造的な作業とされていたものの大半は、「過去の経験のなかから、価値ある新しい組み合わせを見つけること」であり、生成AIは膨大なデータ学習からこれらをみつけられるようになった。・・・生成AI登場後の「AIの影響を受けにくい職業」とは、肉体労働を中心とした職種。(頭を使うことはAIができるが、服を畳む、食べ物を箸でつまむ、ものを探して持ってくるといった作業はAIにとって大変)(pp.105-113)

→「AIは肉体労働が苦手」は前に読んだ西田宗千佳『生成AIの核心』にも指摘があったが、笑うに笑えないファクトだ。

・生成AIの出現は「AIの認知革命」と表現しても良い。・・・意外と近い未来には、われわれが想像もできないような機械の知能と、それによって変革させられた社会が実現するのではないかというのが私の考えです。・・・「指数関数的な成長」が始まる起点、人類の時代をそれ以前とそれ以降に分けるようなイベントが起きているのが、まさに今ではないでしょうか。(中略)人間にとって「賢い蟻」と頭の悪い蟻の差が大したことないことが示すように、知能とは相対的なもの。人間を超えた機械にとっては、凡人とアインシュタインの差も大したことない。機械の知能が何を生み出すかは人間には想像できない。人間の思考の限界を超えて、人にとって価値のあるものを生み出してくれる未来を期待したいが、人間の想像のはるか外にある脅威を持ち込んでくる未来を恐れる。

→第一線のAI研究者である筆者の生成AI観が示される。凡人の私には脅威でしかないわ。(pp.217ー221)

巻末の松尾教授との特別対談も興味深った。松尾先生は、個人が身につけるべきスキルや心構えとして、「極端な行動をとること」「自分自身のメタ認知を上げる」「人のできないことを淡々とやり続けたり、勝負所を見極めて一気に仕掛ける」「AIに対してうまく指示ができるスキル」などを挙げている。

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ハビエル・ガラルダ 『愛を見つめて 高め合い、乗り越える』(集英社インターナショナル新書、2023)

2024-12-24 07:28:24 | 

参加している読書コミュニティの課題図書として読んだ。読書会のいいところは、本書のように自分では普段手に取ることのない書籍を読む機会ができることである。

筆者は長く日本に滞在するカトリック系の司祭であり、神学者。その筋ではとっても有名な方のようだ。

本書を読んで、「利他」について考えようというのが読書会のお題だったのだが、俗にまみれた私には難度が高く、読んでは見たものの、考えがまとまらないままとなってしまった。せめて、雑駁ながら印象に残った記述をいくつか自分のために書き残しておきたい。

○人間愛の特徴:無償

・「報いなど期待せずに、お互いに無償で分けた情こそが、人間愛です。・・・見返りを目的として行いは、愛ではなく、利害関係に過ぎません。しかし、誰しも感謝や関心といった細やかな見返りは、心の底で望んでしまうでしょう。それでも、何らかのご褒美や報酬を目的とせず、条件にもしないことが大切です。」(p.56)

・「『バラを捧げる手には、薔薇の香りが残る』と言うことわざがあります。お礼に別の花を受け取ることや、金銭を受け取ることがなくても、自分の手に残ったバラの香りは、ささやかでも深い喜びをもたらします。この香りは自己満足ではなく、愛に伴う、精神的な作用です。良い心が感じさせる「調和」と言う香りなのです。」(p.57)

→「利他」を考える上で、「無償/有償」、「見返りの有無」は切り口の1つと考えたのだが、「利他」と本書で説かれる宗教的「人間愛」の関係はどう考えればいいのか。私たちは、無償の利他的な行為でも、非経済的な報酬は受けていると思う。ここでは、愛についてはそれすら期待するべきではないと言うことのように読める。

○向上心

・「向上心はより優れた状態を目指そうとする心です。自分の得意な分野で出世を果たしたいと言う情熱は、高慢にも映りますが、素晴らしい憧れです。向上することよりも、目立たないでいることを選ぶ気持ちは、謙虚さから生じるのではなく、怠慢や臆病から生まれているかもしれません。」(p.144)

・「成長と自己実現は、向上心の目的ではなく、向上への努力の結果です。向上そのものの目的は、誰かの助けとなることです。人が助かるために、自分を改善することが手段となります。」(p.146)

・「おごらずに、人が助かるために人に仕えると言う姿勢が、向上のためのカギです。」

・「人を大切にするあまり、自分と言う水差しにワインを注ぐことを語る人は、すぐに空になって何もできなくなってしまいます。
かといって自分を大切にする。あまり、水差しのワインを誰にも分け与えなければ、そのワインは参加するばかりです。
ワインでいっぱいに満たした水差しを、テーブルに置いておけば良いのです。飲みたい人は飲む、そうしたらワインを注ぎ、足せば良い。こうすれば、水差しのワインは常に新鮮です。
このような姿勢が、自己愛と人間愛等両立させます。自分のために生きるのか、人のために生きるのかと言うジレンマは自然に解消します。」(p.148)

→向上心は成長や自己実現のためではなく、誰かの助けになるためという考えや、そのイメージとしてのグラスのワインの例えは、これまでの私の発想にないもので新鮮だった。

○信じすぎずに信じる

「人を信じすぎれば人にだまされることもあります。でも人を信じなければ、人は離れて行きます。(中略)心も目も開く。これはその人の行動をしっかり見ながら、信じようとすることです。」(p.126)

→以前読んだ山岸俊雄『安心社会から信頼社会』で指摘があった信頼社会における「ヘッドライト型知性」にも通じるものかと理解。日本人は身内(うち)でない人に心と目を開くことが苦手。そとの人に対して、「信じすぎずに信じる」ことを身につけたい。

「利他」のお題についてはもう1冊課題図書があるので、読了次第、また投稿予定。

 

【内容】
「第一部 愛の対象」
第1章 自己愛について
第2章 人を大切にする
第3章 友情
第4章 男女の愛
「第二部 愛し合う」
第5章 コミュニケーション
第6章 求め合う
第7章 赦し合う
第8章 信頼が生まれるとき
第9章 忍耐とは何か
第10章 分かち合い
「第三部 高め合う」
第11章 向上心
第12章 生きる夢
第13章 謙虚な自信
第14章 心が望む価値観

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川北稔『砂糖の世界史』岩波ジュニア新書、1996年

2024-12-23 07:30:02 | 

30年近く前の刊行でいささか古いが、16世紀以降、砂糖がいかに世界商品化されていったかが分かりやすく記述されている名著。大航海時代、植民地のプランテーションと奴隷制度の仕組み、三

角貿易の構造、産業革命などに触れられ、世界経済史の絶好のケーススタディといえる。

現代社会では、本書で取り上げられた砂糖やチョコレートのみならず、あらゆる製品、食品、サービスが世界商品化され、まさにグローバルバリューチェーンの中で生産され、消費されている。世界商品化は光と影の部分が常にセットであり、現代においても、影の一面として児童労働や強制労働などの問題もあり、砂糖のプランテーションの例と相似形ともいえる。現代との連続性を意識させられる。

グローバライゼーションは、これからも不可逆的に進行していくだろうから、影の部分をどう克服していくのかというのが課題になる。

教科書的なことを言ってもしょうがないかもしれないが、ステークホルダーとして企業の責任は大きく、様々なSDGsにおける行動目標を地道に実直に進めて行くことが大切だろう。

余談だが、過去記事になるが、2011年2月に、好きなビートルズの聖地巡礼目的でイギリス・リバプールを訪れた。その際に、偶然「International Slavery Museum | National Museums Liverpool (liverpoolmuseums.org.uk)」(国際奴隷博物館)という博物館があることを知り、立ち寄ったのだが、そこでは本書で言うリバプールを起点とした奴隷の三角貿易について、かなり詳しく展示されていた。

アフリカの黒人文化の紹介、奴隷貿易の実態、リヴァプールとの関わり、プランテーションでの奴隷の生活、黒人開放の歩み、そして現代での黒人の活躍ぶりが、模型やコンピュータグラフィックも活用して、物語、歴史的遺品、フィルム、パネルなどによって語られている。なかなか行く機会は少ない都市だとは思うが、もし訪ねる機会があったら、奴隷博物館訪問もお勧めしたい。ロンドンからも2時間ちょっとで行ける。

 

(付録)以下、印象に残った部分を引用。

・1)さとうきびの栽培には、膨大な人数の、命令の行き届きやすい労働力が必要と言う事と2)それが地味、つまり、土地の植物を育てる能力を急速に失わせる作物であったと言うことが、・・・さとうきび栽培は、早くから奴隷のような強制労働を使い、プランテーションの形を取る大規模な経営が取られ、新しい土地と労働力を求めて、次々と移動していったのです。(p.28)

・イギリスのリバプールを出発した奴隷、貿易船は、奴隷と交換するために、アフリカの黒人王国が求める鉄砲やガラス玉、綿織物などを持っていきました。それらを西アフリカで奴隷と交換したわけです。ついで、獲得した奴隷を悲劇の中間航路に沿って輸送し、南北アメリカやカリブ海域で売り、砂糖(稀に綿花)を獲得して、リバプールに帰るのでした。奴隷貿易を中心とする三角貿易によって、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカの3大陸は、初めて本格的に結びつけられたのです。(pp55-56)

・ 砂糖入り紅茶の朝食は、いわば地球の両側から持ち込まれた、2つの食品によって成立しました。言い換えれば、イギリスが世界商業の(中核)の位置を占めることになったからこそ、このようなことが可能になったのです。都市から始まったイギリス風朝食は、やがて農村にも広がっていきます・・・イギリス国内の農民の作る穀物などより、奴隷の作る砂糖の方が、地球の裏側から運んできたとしても、安上がりになったということです(p170)

・ カリブ海にいろいろな産業が成立しなかったのは、・・・この地域が世界商品となったさとうきびの生産に適していたために、ヨーロッパ人がここにプランテーションを作り、モノカルチャーの世界にしてしまったことが、大きな原因だったのです。カリブ海で砂糖のプランテーションが成立したことと、イギリスで産業革命が進行したこととは、同じ1つの現象だったのです。(p206)

 

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アラン(訳:石川湧)『幸福論』(角川ソフィア文庫、1951)

2024-12-18 07:27:04 | 

プライベートで参加している読書会の課題図書として読みました。ヒルティの『幸福論』(1891年)、アランの『幸福論』(1925年)、ラッセルの『幸福論』(1930年)は三大幸福論と呼ばれているそうで、その中の一冊となります。本書を読んで、「幸福観」について考えようというお題です。書き様は平易ですが、なかなか私の頭の中には浸み込まず、難儀しました。

人生の警句に満ちた書なのですが、特に幸福関連の記述からいくつか引用すると。

・「人間は、意欲し創造することによってのみ幸福である」(44ディオゲネス、p127)

・「幸福はいつでもわれわれを避けるという。・・・自分で作る幸福は、決して人を欺かない。それは学ぶことであり、そして人は常に学ぶものである。知れば知るほど、学ぶことができるようになる。」(47アリストテレス、p137)

・「幸福になることを欲し、それに身を入れることが必要である。」(90幸福は高邁なもの、p254)

・「幸福になることは常にむずかしい。それは多くの人々に対する闘争である。・・・幸福になろうと望まないならば、幸福になることは不可能だ。自分の幸福を望み、それを作らなければならないのである。」(92幸福たるべき義務、p261)

一貫して本書で語られるのは、幸福は待っていて訪れるものではなくて、自ら求め、作るものだという、「意志」への拘りです(「闘争」とまで言っています)。1920年代に世に出た書であるので、時代背景や社会情勢の影響もあるとは想像しますが、私自身、「幸福」を静態的な状態を表す言葉として捉えていたので、行動指針のような「幸福観」は新鮮でした。

幸福観は個人の価値観、人生観によっても異なるため、「どのように生きていくのが幸せなのか」に正解はないと考えます。「個人として、未来に向けて、今につながっている過去の資産を活用しつつ、現在を精一杯生きること」が幸せなのでは?という極めて一般的な「幸福観」が今現在の自分解という結論に落ち着きました。

 

(附記)

幸福については、以前読んだユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』の記述があったのを思いだし、該当部分(下巻第19章)を読み返してみました。以下、自分のためのサマリーです。

『サピエンス全史(下)』第19章「文明は人間を幸福にしたのか」pp..214⁻240から

・過去の研究成果:幸福は客観的な条件(富・健康・コミュニティ)よりも、客観的な条件と主観的な期待との相関関係に拠ってきまる

・生化学側面重視:私たちの精神的・感情的世界は、進化の過程で形成された生化学的な仕組みに支配されている。人間を幸せにするのは、体内に生じる快感である(神経やニューロン、シナプス、ゼトロリン、ドーパミン、オキシトシンのような生化学物質からなる複雑なシステムによって決定)

・認知的・倫理的側面重視:幸せかどうかは、ある人の人生全体が有意義で価値あるものとみなせるかどうかにかかっている。(しかし、人生に認める価値あるかどうかは、主観的なものであり妄想に過ぎない。それであれば、人生の意義についての妄想を、時代の支配的な集団妄想に一致させることが幸福につながる)

・仏教の教え:苦しみの根源は、束の間の感情(快も不快も)を果てしなく、空しく求め続けることにある。幸せへのカギは真の自分を知り、感情は自分自身とは別物で、特定の感情を追い求めても不幸になるだけを理解すること。最大の問題は、自分の真の姿を見抜けるか。

雑感:「幸せ」の定義により、その捉え方・測り方が異なるということ。仏教の教えから筆者が導く、感情を切り離し、真の自分を知ることにより得る幸せの世界は、凡人にはあまりにもハードルが高いように思われます。

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西田宗千佳『生成AIの核心 「新しい知」といかに向き合うか』(NHK出版新書、2023)

2024-12-11 12:02:26 | 

生成AI使っていますか?

この夏から業務で使える生成AIが社内展開されて、仕事でも使えるようになった。使いこなしているとは言い難いし、未だ嘘(ハルシネーション)も多々あるので恐る恐るの活用だが、その能力は恐ろしいほどだ。自ら使いつつ、客観的に捉えて考えたいと思い、手軽に読めそうな新書をいくつか読み始めた。

本書は23年9月発刊なので、1年と3カ月しか経ってないが、その情報の多くが既知のものになっていることがこの分野の凄まじい発展を物語っている。筆者自身も「生成Aiについて書くのは大変だ。・・・最新事情をかいたつもりがすぐに古びてしまう」と「おわりに」で書いてあるが、まさにその通り。

ただ、そうとは言え、その仕組み、影響度、利用上の注意、そして未来について、基本的な理解を得るのに良くまとまった入門書。筆者はテック分野で多くの著述もあり、知見も広い。

個人的に面白かったのは、同じ質問を違う生成AIのアプリ(Chat-GPT/Bing/Bard)に質問を投げた際の回答の違い(p.122)。本書のこの部分は、生成AIを使った「壁打ち」による思考訓練の例として紹介してくれているが、私は少々違って捉えた。アプリの学習のさせ方やロジックの組み方で、検索エンジン同様、回答は異なってくるわけで、そうした裏側を知ったうえで、使う側は回答を客観的に捉えないと、容易にソフト作成側に操られる怖れがあるということだ。

また、生成AIが普及すると、結局、人間の価値、得意とする仕事は「肉体」であり「肉体を使う仕事」という指摘も、目から鱗が落ちた。「柔軟かつ低コストな運動性能」(ロボットは柔軟ではない)が人間の差別化要因という(p.206)。人の仕事の未来はどうなっていくのだろうか。

著作権の問題、政府の規制、学習(タグ付け)のための人手、大量の電力消費などの諸課題も提示されていて、考えるきっかけになる。生成AIを使う方の入門書としてお勧めできる。

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日本企業の現場力は死んだ? : 遠藤功『新しい現場力』(東洋経済新報社、2024)

2024-12-04 07:30:41 | 

筆者は、日本企業の強みである「現場力」の重要性を20年以上にわたって訴えてきた「現場力おじさん」(敬意を持って勝手に名付け)である。その筆者が、昨今の日本企業の現場力の劣化を憂い、「現場力は死んだ」とまで言わざるを得ない状況が日本企業を覆っていると述べている。本書は、様々な事業環境の変化を踏まえ、「新しい現場力」を構築する必要性について論じる。

本書で言う「新しい現場力」とは、①競争戦略、②現場力、③組織・カルチャーという事業経営の3つの要素が、「経営理念・ビジョン」によって一貫して繋がっているものである。本書では、その具体的な内容や実践企業の例が紹介されている。

正直、これらのフレームワークは既存の経営理論の焼き直し感もあるが、本書の指摘にはいくつか気づかされる点があった。

後半では「新しい現場力」を実現するために必要な「新しいリーダーシップ」について解説されている。「ビジョナリー」と「キャプテンシー」の2つを備えた「溶け込むリーダーシップ」が重要であるとの指摘だ。キャプテンシーとは、スポーツチームにおけるキャプテンのように「フィールドで汗をかき」「ハンズオン(自ら参加し、手を動かす)」で動くことだ。「新しいリーダー」には監督とキャプテンの2つの役割が求められるのだ。私自身、これまで欧米の起業家経営者たちと接してきた体験から常に感じていたのは、まさにこのキャプテンシーの強さであったため、この主張には大いに賛同できる。

また、これは野中先生の主張の紹介ではあるが、日本企業をダメにしてきた3つの過剰についても全くその通りだと思う。「分析の過剰」、「計画の過剰」、「管理の過剰」である。これは、まさに「あるある」である。

キャプテンシーとは少し異なるが、「経営者は数字を語るな。『大義・大志』を語れ」というのも非常に納得できる意見である。「パーパス経営」というバズワードもここ数年の流行りではあるが、「大義・大志」と言った方がしっくりくる。数字や個々の事業戦術ももちろん大事だが、働く者としては、リーダーには大義・大志を語ってもらいたいと強く感じる。

非常に読みやすいので、出張時のお伴に良い。既知のことも多いかと思うが、どこか自分の関心にひっかかるビジネス・パーソンは少なくないと思う。

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宮島奈央『成瀬は信じた道を行く』(新潮社、2024)

2024-11-26 07:30:16 | 

『成瀬は天下を取りに行く』の続編。大学生(京大生!)になった主人公成瀬あかりが引き続き、地元膳所を舞台に、常人とは一段も二段も違うレベルでの行動で活躍する。

気軽に読めて、ほっこりする人情も差し込まれる各エピソードは、疲れた現代人の心を和ませてくれる。個人的には3章め「やめたいクレーマー」の地元スーパーでアルバイトする成瀬と「クレーマー」呉摩氏の「こだわり」者同士のやりとりが一番の笑いを誘った。

前作同様、ここまでのヒットシリーズになるのは意外感はあるけど、読んで気が休まるお話集だ。

 

<目次>

ときめきっ子タイム

成瀬慶彦の憂鬱

やめたいクレーマー

コンビーフはうまい

探さないでください

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宇多川元一 『他者と働く 「わかりあえなさ」から始める組織論』NewsPicksパブリッシング、2019年

2024-11-20 07:29:24 | 

(今年読んだ本のメモが全然書けてない。今年もカウントダウン間近なので、とりあえず簡単ですが、書けるものを書いていきます)

 

既存の方法では解決できない複雑で困難な問題(適応課題)を解くために、組織のコミュニケーションを「対話」と「ナラティブ」を切り口に分析する。理論と実践(実務)のバランスが取れた信頼できる本と感じた。

「ナラティブ」とは「物語、つまりその語りを生み出す「解釈の枠組み」のこと」(p32)。そして、「対話」とは人それぞれの異なるナラティブに橋を架け、新しい関係性を築くこととする。組織とは関係性そのものであるから、対話とナラティブは新しい関係性を築く組織論となる。筆者は、そのための方法論を実例を交えて説明する。

準備、観察、解釈、介入と言う対話のプロセスとその実践例は納得感ある。また、「マネジメントは現場を経営戦略を実行するための道具扱いしない」、「立場が上の人間を悪者にしておきやすい「弱い立場ゆえの正義のナラティブ」に陥らないように」、「対話の罠として「迎合」「馴れ合い」といった事象への注意」などの個々の指摘も身につまされる。

節目節目で読み返し、その時々の自分と対話すると、そのたびに新しい気づきが得られる気がする。職場でも、良書として紹介した。

 

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シニアのための良心的で、優しく、易しい仕事への向きあい方の本:高尾義明『50代からの幸せな働き方』(ダイヤモンド社、2024)

2024-11-16 07:30:50 | 

今年前半に石山恒貴氏の『定年前と定年後の働き方~サードエイジを生きる思考』 (光文社新書、2023)を読んで、「ジョブクラフティング」という考え方・手法が紹介されていたので、読んでみた。

ジョブクラフティングとは「みずからの仕事体験をよりよいものにするために、主体的に仕事そのものや仕事に関係する人たちとのかかわり方に変化を加えていくプロセス」(p.14)のことである。ジョブクラフティングには、業務クラフティング(業務の内容や方法を変更する)、関係性クラフティング(人との関係性の質や量を変化させる)、認知的クラフティング(仕事に関わるものの見方を変える)の3つの手法がある。公私ともどもに環境変化が起こり得るミドル・シニア社員には、特にジョブクラフティングのマインドややり方が、仕事へのやりがいや生活の充実につなげる有効な方法となる。本書はその具体的なやり方を、さまざまなフレームワークらとともに指南する。

読者の立場にたったとっても良心的で優しい記述で、内容理解も非常に分かりやすいので、仕事への向き合い方に悩むシニア社員にお勧めしたい。私自身、新しい知識や気づきがあったし、多数のシニア社員やその予備軍が在籍する私の職場においても、紹介したい考えでありアプローチだ。

私にとっての学びを列挙すると、

・上記のジョブクラフティングの3つの形式には、縦軸に「仕事の変化の性質」を置き「物理的変化/認知的変化」、横軸に「変化させる対象(変化する境界)」を「タスク(業務)境界/関係的」の4象限に分けて考えると分かりやすい。物理的変化が期待できるタスク的境界は「業務クラフティング」、物理的変化だが関係的境界では「関係性クラフティング」、認知的変化によりタスク境界や関係的境界に変化を与えるものは「認知的クラフティング」となる

・ジョブクラフティングを進める上でマインドがとっても大事になる。例えば、「MUST」、「CAN」、「WILL」のフレームワークがあって、CANとWILLが揃って初めてWillの実践(Jジョブクラフティング)に結びつく。

・業務を、投入時間の「多い/少ない」、自分のエネルギー「得られる/放出する」の2軸4象限に分けて棚卸(エネルギー・マッピング)する。そのうえで、「投入時間大×エネルギー放出」と「投入時間小×エネルギー獲得」の2つの象限をクラフティングの優先度の高い業務とする

・仕事に「自分の一匙を入れる」ことの大切さ

・ひとりよがりなジョブクラフティングのやりすぎは周囲との軋轢につながる恐れもあるので注意する

まあ、当たり前の話だが、この手の指南書は読んだだけでは何も得るものは無い。机に座って、自らを省みる作業が必須だ。まずは、その時間を作って、考えてみることにしよう。

 

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