今年も調布国際音楽祭に行ってきた。毎年通っていると分かるのだが、この音楽祭、年々プログラムが進化している。昨年ついにモーツァルトの《バスティアンとバスティエンヌ》と《劇場支配人》の2本の短編物オペラがプログラム入りしたのが狂喜だったが、今年はさらに《後宮からの誘拐》という本格オペラプログラムに発展していた。それも金・土の2回公演。私は、土曜日に公演に足を運んだ。会場は調布市の複合文化施設の中にある500名ほどの中ホール。
歌は原語(字幕付き)だけど、台詞は日本語でつなぐので実に分かりやすいし、所々に地元調布市のネタや本音楽祭のエグゼクティブ・プロデューサーである鈴木優人氏と監修を務める鈴木雅明氏の自虐的親子ネタなども織り込まれ、実にアットホームで暖かい雰囲気を醸し出している。こうした「手入れ」が、作品の本来の良さを損ねるということは全くなく、むしろ親しみやすさを増すという意味で、とっても良いと思った演出だった。
そして、音楽の方は、演奏がBCJ、歌手陣も実力派揃いで、文句なく一流レベル。これがこの中規模の手が届く様なところで聴くことができるという何という贅沢さだろう。古楽器を使ったBCJの演奏は、モーツァルトのオペラの雰囲気にぴったり。奏者一人一人の発する音がしっかり分かる環境で、一つ一つの音、アンサンブルを噛みしめて耳を傾けた。
歌手陣ではヒロイン・コンスタンツェ役の森谷真理さんの大きな声量と高く澄んだソプラノが群を抜いていた。他の独唱陣が台本(楽譜と台詞が記載されているようでした)を持ちながらの歌唱・演技だったのに対して、彼女は(殆ど台詞が無いからか?)台本無しで、観客席に正面を向いての横綱歌唱。普段、新国立劇場4階や文化会館の5階で聴いている私には、歌声が自分の身体に直接ぶつかってくるエクスタシーを久しぶりに感じた。
バッハの受難曲で何度か素晴らしい歌唱を聴かせてもらっている櫻田さんのテノールは、相変わらず安定して美しい。ただ、あえて言うと、特に台詞も多いこの役柄もあってか、台本に目を落とすことがかなり多く、演技も入るこの演出では物足りないところがあった。特に重唱もある森谷さんとのコンビは、森谷さんの堂々たる歌いっぷりにやや押され気味で、バランス上も櫻田さんの良さが出きってないように見受けられたのは残念だった。
全体を通してとっても満足度の高い、良い公演だったのは、指揮と演奏とセリム役の3役を演じた鈴木優人さんの仕切りのうまさや雰囲気作りが大きく影響していると思う。さて、来年はさらにどう進化を遂げるのか?今から楽しみである。
《後宮からの誘拐》
Opera Matinee “Die Entführung aus dem Serail”
演奏会形式
日本語字幕付・原語上演/180分(休憩含む)
Concert Performance (in German, with Japanese surtitles)
Duration: 3 hours including intermission
日時:6月29日(土) 14:00
Saturday, June 29
場所 調布市文化会館たづくり くすのきホール
Chofu City Culture Hall, Kusunoki Hall
曲目
モーツァルト:後宮からの誘拐 KV 384 (全3幕)
Wolfgang Amadeus Mozart: “Die Entführung aus dem Serail”, KV 384
出演
指揮/セリム:鈴木優人
Masato Suzuki, Conductor/ Selim
管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン
Bach Collegium Japan
演出: 田尾下 哲
Tetsu Taoshita, Director
コンスタンツェ[ベルモンテの婚約者]:森谷真理(ソプラノ)
Konstanze: Mari Moriya, Soprano
ベルモンテ[スペインの貴族]:櫻田 亮(テノール)
Belmonte: Makoto Sakurada, Tenor
ブロンデ[コンスタンツェの召使]:澤江衣里(ソプラノ)
Blonde: Eri Sawae, Soprano
ペドリッロ[ベルモンテの召使]:谷口洋介(テノール)
Pedrillo: Yosuke Taniguchi, Tenor
オスミン[太守の監督官]:ドミニク・ヴェルナー(バス)
Osmin: Dominik Wörner, Bass