★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

終戦記念日

2014年08月15日 23時11分00秒 | 徒然(つれづれ)
 昨日は終戦記念日だった。
 ニュース番組では特集を組み、戦争の被害者として、当時は子供だった人達に、当時の映像をまじえながらインタビューをしていた。
 戦争の悲惨さを、これでもかとばかりに演出していた。
 この時期のテレビの恒例行事だ。 

 あの戦争が間違いだったことは、歴史が証明しているが、それは戦争に敗けたからだ。
 もし、勝っていたならば、どんな番組になっていたのだろうか。
 戦争には相手がいる。相手の言い分を一切排除した戦争番組にどんな意味があるのか。
 甚大な被害を蒙った、市井の人々たちだけをクローズアップして、戦争の悲惨さや残酷さを訴えようとしているやり方はいかがなものか。
 
 番組の作り手に戦争経験者はいるのか。
 何年も使い回されている映像を、なんの疑問もなく、毎年垂れ流している番組制作者は何を考えているのだろうか。
 この時期だけ特集を組んで、あとの日々はお茶らけのおバカ番組を流しているのに、なんの矛盾も感じないのだろうか。
 当時の政治家や軍の上層部を、完膚なきまでに糾弾する番組は作れないのか。

 終戦から70年近くも経っていて、戦争を知らない子供達や、そのまた子供達が大勢を占める現在に、テレビやマスコミは何を訴えようとしているのか。
 ゲームの中でバーチャルウォーを遊んでいる世代に、戦争特集は時代遅れのバーチャルリアリティとしてしか映らないのではないか。
 戦争の悲惨さを知ることは重要だが、次代を担う者たちはそんな経験もないし、生まれた時から平和を何の疑問もなく享受しているはずだし、これからの自身の将来に、大地震の憂いは考慮するかもしれないが、戦争というファクターを考える事はまずないだろう。
 
 集団的自衛権の行使容認も、戦争を知らない子供達世代の現内閣が、ゲーム感覚で進めているのかも知れない。
 尖閣問題、竹島問題、北方領土と日本を取り巻く現状は、一触即発と言っても過言ではない。だが、それを第二次大戦に結び付けて考えることには無理がある。時代が違うのだ。誰も戦争をしようとは思っていない。現代の戦争の恐ろしさをわかっているからだ。
 
 テレビの戦争特集が、それを新たな戦争の抑止力と考えているのなら、それは時代遅れも甚だしい。もし現代に世界規模の戦争が起こったならば、第二次世界大戦のように長期にわたることなく、短期間で終戦となるだろう。
 コンピュータ戦争と言われたイラク戦争の例を見るまでもなく、それ以上の破壊力を備えた現在の当事国が悪魔のボタンを押せば、世界が終わる事は目に見えている。
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