友人が「私はあんまり相手を不快と思わないから、
不快だと思う相手の気持ちがいまいち分かっていないかもしれない」と。
世の中が不安定の影響か、カルシウムが足りないのかなんとなく世の中がささくれだち、
すぐにカチンと着たり、イラっとしたりする人が多い中で、
不快だと思うことがないだなんて!
だから、だ。
彼女と話していると、誰とでも仲良くやっていけるタイプだろうなと思うことが多々ある。
それは彼女自身がいつも快スイッチだから、楽しいのだと。
彼女の悩みの種は私からすると魅力の種なのだが・・・
誰とでも、誰にでもなんて不可能だと知りつつ、やはりいい気はしない。
答えなどすぐに見つかるものではないけれど、友達が落ち込んでいる時は一緒に考えたい。
この歳になっても、あ、今、相手を傷つけてしまったなと思うこと多々あり。
気づいている場合はいいけれど、知らず知らずのうちに罪を犯していることもあるようで、
いくつになっても人間関係は難問だ。
私が同じことをしても、その日の状況によって相手の解釈が異なる場合もあるだろうし、
相手の思いがどこから来ているのか踏み込んでいくことも、変えることも難しい。
信念が異なれば、どんなに言葉を重ねても伝わらない場合だってある。
いい解答例は色々あるのだろうけれど、ここ最近、
あぁ、これは自分自身でどうにかできる問題でもないなと流れが変わるのを待っている。
果敢に話しかけるとか関係を修復するような努力改善型ではないかもしれないけれど、
お互い、力を抜いて軽やかにかわしていけたらいいね。
(かわし方はきっと私よりあなたの方が上手だと思うわ)
もち米を蒸すところから始め、石製の臼(うす)と杵(きね)で餅を作った。
鏡餅、白い餅、水玉模様の豆餅、赤いえび餅・・・
できたてのお餅をひとくち頬張りながら、丸めた日が懐かしい。
祖父が亡くなった後も祖母は続けたが、祖母が亡くなってから途絶えている。
鏡開きの日を迎える頃、
手作りの鏡餅は「お母さんのかかと」のように乾燥し、ひびが入っていたものだが、
今、我が家にある鏡餅は相変わらずのもち肌で下からパック餅が出てくる仕組みだ。
鏡餅の由来を調べると、鏡餅に年神様が宿り、年神様宿る鏡餅を頂くという事は
「新しい生命をいただく」こととなり、その年を健やかに過ごす事ができるとのこと。
鏡餅の上になぜ橙(だいだい)がのっかっているのか、どうして二段なのか・・・
調べてみると、奥深い日本文化。
自然に、物に、道端の石にさえ思いを込める日本人。やはりここでも色々かけていた。
白いお餅に橙、緑に赤と配色もすばらしい。
学んでから改めて見ると、なんと美しい姿よと思う。
我が家の毛穴ひとつないこの餅に年神様が入り込む隙間があったのかどうか不安であるが、
気持ちが大切、本日開封し、その力を授かってみようと思う。
今年のお正月は鈍痛を抱え、晴れない体調でした。
仕事納め後、ほっと気を抜いた折にどっと疲れが出たのだと思います。
家族みんなが健康でありますように・・・
この歳になると、健康第一と祈ることがしみてきます。
私にとって1月は誕生月、
新しい年の始まりであると同時に、新しい歳の始まりでもあります。
今年はさらに新しい年代の始まりでもあります。
未知なる年代を目前に控え、幸せな年老い方を考えますと、
どんどんシンプルになって、「楽」になっていくことではないかと思います。
40代、自分に課したテーマは「シンプルに楽しく」です。
不要なものはどんどん削ぎ落として、本当に欲しいものだけを求めていけたらと思います。
40代、身につけたいのは「子供の素直さと大人の謙虚さ」です。
第522話で一流の謙虚さについて綴っておりますが、謙虚であることに美を感じました。
話は少しそれますが、外見に伴う謙虚さについて・・・
どんなに若々しくあろうとしても、
自分の目に見えないところ、気づかないところに隠しようのない現実があります。
例えるなら、後頭部の白髪。
私は後頭部に潜む一本の長い白髪こそ、女性が謙虚になれる秘訣ではないかと思っております(笑)
節目年なので、いつもより深く一年の計を考えてしまいました。
以上、抽象的かつ長期的計画宣言。
具体的な1年計画も立てましたが、こちらは叶った折に報告できたらいいなと思います。
追伸
ここで実年齢を公開するのは初めてです。
いつまでも秘密にしておきたかったのですが、現実を現実として受け入れ、それがどうした精神で更新します。
本日より仕事始め。
朝一番の職場は、かなりの冷え込みが予想される。
机の中のファイルや書類が冷たく私を迎えてくれ、
正月ボケの私をヒヤッと目覚めさせてくれることであろう。
毎度のことながら長期休暇は自堕落になる。
自分を律することのできる女性であればいいが、
私が専業主婦になった場合、今(年相応)以上の老けこみが予想される。
私のようなタイプは仕事という時間割がなければ規則正しい生活を送ることができない。
外に出ることで身ぎれいになる方向性から仕事始めをありがたく思う。
毎週日曜日に感じる月曜日への憂鬱と安心も小さな仕事始めであるが、
年をまたいでの仕事始めに気合いが入るというか、気合いを入れるというか・・・
しばらく元の生活サイクルに戻すしんどさと闘わなければならないであろう。
睡眠時間の短さにはきそうになりながら・・・っしゃ、がんばっていきまっしょい!
※久しぶりに発した「がんばっていきまっしょい」(笑)
仕事始めの自分にかけてあげたい掛け声にぴったり。
「そんなものは、ない」
で、会話終了・・・そういえば、昨年もそうだった。
結婚して「夢は?」ときいた時も同じ回答。
確かに新年明けたといって何も変わらない。平常心もいいが、会話に拡がりがない。
たまには、相手(女性)にあわせて虚構を語ろう。ウソも方便だ。
欲しい物がある。
丸いダイニングテーブル。
デンマーク製のヴィンテージ家具で、
ホームパーティーを開く折は楕円形に使用できる伸長式で、
ローズウッド使用・・・うっとり。
主人にダイニングテーブルは丸がいいと申し出ると即・却下。
憧れ打ち砕く「だめだ」の一言。 住む場所からインテリアまで歩み寄りがない。
たまには、聞いているフリ、考えているフリをしよう。先延ばしも有効な手段だ。
「絶対しない(主義)」「当然だ」「そんなものはない」「だめだ」
って、独断的だと思うんですけど?
どれも嫌な言葉なのだけれど、「私ばっかり」もカチンとくる。
主人は自分のことを私というのでここでは主人の言葉。
でも、私も言ってしまう言葉。
私が「結構、私、がんばってると思うんだけど?」と言うと、
主人が「がんばるという言葉は自分が言うものではない」と言う。
この法則でいうと「私ばっかり」は自分で言う言葉ではないことになるのでは?
こんなにしてあげているのに精神が出でくると危険信号。
こんな時は、自分の時間を作って休んだ方がいい。余裕あってこそ、相手を思いやれるものだから?
目を細めながら「マイルドだぜぇ」とスギちゃんのものまねをする息子。
正しくはワイルドなのだが・・・マイルドの方が息子らしい。
正さず、我が家はマイルド派。
我が家は三人家族。夫婦で意見がわれた時には、息子が登場。
「僕、ママグループにつくな」
ママグループって、ママだけだけど?・・・貴重な一票に感謝する。
でも、時に自分の気に食わないことがあると、
「僕、パパグループに入るで。いいの?」とおどしてくる(笑)
マイルドにグループ宣言も多いけれど、今、息子一番の流行りは「いいやろ!」
「ウィザードライバー(変身ベルト)、買って」
「クリスマスプレゼント、サンタさんにもらったばっかりやん」
「いいやろ!」
「ウィザードリング(変身するための指輪)、買って」
「ドライバー、買ったばっかりやん」
「いいやろ!」
このキレてゴリ押し戦法ですべてを入手。
「歯磨き、しなよ」
「いいやろ!」(しないでいいやろと、しない)
この独断と偏見で我が儘に生きる。なにしても「いいやろ!」発言。
この口癖だけはなんとか直さないと思う。
追伸
ウィザードライバー各種は親も欲しいところがあったので、対応が甘くなった。
(というか、息子に言われる前に既に購入済み。お年玉を口実についに解禁)
お正月はずっと「シャバドゥビ タッチ変身」音をききながらファンキーだったし、
スタイルチェンジは「火」も「水」も「風」も「土」、この効果音も超イイネ!
さらに、息子がリングを間違ってドライバーにかざすと、
ベルトが「逆サイド、逆サイド」と明るく教えてくれる。なかなかのすぐれもので、サイコ~。
あけまして おめでとうございます。
旧年中は格別のご厚情を賜り、誠にありがとうございました。
次はどんな話を書こうか?と考え続け、
どう書こうか?と迷い続け、
楽しんでいただけただろうか?と思い続け、綴っておりますが・・・
年末に書きました「年末のご挨拶」がここ最近の中で一番訪問者数が多かったのに驚き、
えっ、これ、いわゆる定型文ですやん! 苦労して書いた創作文よりいいんですか?!
と思わず一人突っ込みました(笑) ほんと、わからないものですね・・・だからこそ、面白い?
世紀末に、年度末に、年齢末(○○代最後)・・・
なんでも「末」というのは、なんとなくしんどいものです。
ところが、たった一日異なるだけでございますが、
年始になると、気持ち新たに、清々しくなりますのでお正月とは不思議なものです。
息子に新しい靴を、新しい歯ブラシをおろしながら、
2013年、我が家がどんな年になるのか?! 期待してしまいます。
本年も、私の中の思いを、我が家に起こった様々な出来事を
心を込めて、綴ってまいりたいと存じますので、
本年も変わらぬお引き立ての程、よろしくお願い申し上げます。
末筆ではございますが、みなさまのご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。