また雨が欲しい

2016年07月25日 | Weblog



やっぱり仕事をしていると、直射日光を浴びながらの時には気になります。以前、熱中症なんて知らないころは平気で我慢できたのですけどね。
いまでも我慢はできますが、いったんなってしまうと何日も不愉快な思いをしなければならないし、不愉快だけで済まないことになったら一大事ですからね。

 
              午前中しか咲いていませんので油断していると撮れません

草刈り機の刃が切れなくなってきたのか、刈り残しの部分が多くなってきました。

もっとも倒れて地面に近いところにぺたっとしていたり、細く長い茎で刃が回転して行っても撫でる程度で過ぎてしまうような草も多くなってきたせいもありますが。
そういうところを補助的に刈り払い機で仕上げをしています。もちろん、木の根元近く付近も大きな機械では無理です。

 

そろそろ雨が欲しくなってきました。渇きが早いですからね。でも、もう8月になります。8月は、普通は夕立程度で、あまりまとまった雨は降りません。
首都圏に水を送る関東西北部のダムの水はまだまだ足りないでしょうね。

「 つゆだな~ 」 と思わせるような雨はあまり無かったです。 「 今日は雨か 」 と言う感じの雨の日ばかりでした。

  

マイクロトマトは、これを食べると言うより、ちょっとした料理の飾りにという感じですね。刺身だったらツマのような役割かなと思っています。
食べて見ると甘いですが、たっぷり芳醇な味を楽しむというには何せ小さすぎます。たくさんの粒を一度にほおばらないとね~。

 

ブログを更新するときには、このごろは懐かしい曲を聞きながらの時が多いです。一抱え買い物紙袋に入れて持ってきて、順番に聞いています。
CDは腐ってなくなるなんてことが無いので、また摩擦によって減ったり音質がわるくなったりしないし、小さいので音は何時までも良いし、保管しておくのもレコードよりはスペースを取らず、軽いのが特長ですね。
あ~、この曲を聴いていた頃は、あゝだったなとか、こうだったな~などと、若かったころのことを思い出したりします。

 
                            





 


夏祭り

2016年07月25日 | Weblog

 

きのうは、忙しくてブログの更新ができませんでした。いそがしいと言っても、いつものように草を相手とか、庭木や垣根が相手ではなく、御神輿が出る夏祭りがあったからです。

昭和とか平成の大合併で出来上がった市町村という単位ではなく、昭和の戦前あたりより前で言う、いわゆる昔の行政単位の 「 村 」 のお祭は、私のところでは冬に多く、夏はこの御神輿の出るお祭と、二百十日を前にしての 嵐を避ける ための 「 嵐除け 」 と言う祭しかありません。

 

神輿はたいへん重いのに担ぐ人があまりいません。しかもほとんどが年配以上の人です。腰つきでなんとなく分かると思います。
これは神社の境内で担ぎ回っているのですが、これから今年の当番にあたる自分の町内に移動するのには、人が足りず、しかも年寄りばかりなので、とてもそこまでは担いで行けず、鳥居から出た所で軽トラに御神輿に乗ってもらい、町内の公民館まで移動しました。

近ごろは人が足りないばかりではなく、昔の人がやったように、米俵を担ぐような仕事など農業での力仕事はみんな機械に任せてやっているので  -  そうなることが多くを生産できるし体への負担が少なくなるので、当然のことではありますが - 力も持続力も極端に減退しています。

時代は完全にぐるりと回転をして変わってしまいました。それでも何とか、御神輿の出るお祭は続いています。しかし、これもどうなって行くのか先のことは分からないです。

 
                     今年も我家に山車がやってきました

夏のお祭が少ないのは、元の農村の地域の祭と言うのは基本的に農業を中心とした生活から行なわれていたので、夏は忙しいからです。
反面、晩年から早春にかけての、いわゆる冬の時期のお祭が多いです。農閑期だからです。

夏祭りは、作物の病虫害避けのためとか、食中毒とか今で言う熱中症や、夏ばてなどを神様の力で吹き飛ばしてもらうためだ、という話を聞いた事があります。

  
                        山車の上では子どものこんな踊りが・・・・・

秋から春にかけては、収穫に対する感謝や今年も豊かな恵みと幸せな生活をお願いの意味のあるお祭となるのだそうです。
何せ、今でもそうですが、やれ雨が少ないと水が足りない、生活が大変になるというように、自然の恵みによっていますからね。

 

山車の中では笛・太鼓です。影になっていて分かりにくいですが、大きな太鼓も小太鼓も小学生です。みんな元気で可愛いですね~。
そして、今年はアメリカから来て教えている小学校の英語の先生も参加しました。ちょっぴり国際的 。 

この小学生たちは今は少なくなり、町内だけではメンバーを満たすことが出来ないそうです。私の町内ではとっくに子ども会がなくなってしまいました。さびしいですね。
世の中、いろいろ変わっていきますが、子どもが少なくなるのは寂しいことです。将来が心配です。

やっぱり、その全国的な子どもの減少を防ぐには一般人の努力ももちろんですが、若い人が安定した、しかもゆとりのある職に就けるような政策しかないと思います。がんばって欲しいと思います。

暑い一日の、熱い行事でした。