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日本のパンデミックへの対処は如何に

私達はこのパンデミックに如何に対処するべきか。頼りない政府の政策の果てに、何をなすべきか。一人ひとり皆それぞれに、生き残りをかけて知恵を絞る必要がある。
しかし、そのためには客観的には現状はどういう状態なのか認識しておく必要がある。そこで、その人の立場によって様々な見方があるのは、当然のことだ。なので、私の立ち位置から見た現状分析をこれまで通りに展開してみたい。それでしか、私としてはここで意見表明できない。読者には、それをご自分なりに解釈して頂きたいと考える。

さて、先週7日夕、首相は“緊急事態宣言を発出”した。もったいぶった出だしは何とかやったようだが、モタモタは続いた。そもそもこの“発出”は既に遅かった。それは“準備が必要だった”という表向きの言い訳だったが、実際はその後、東京都との政策齟齬がありモタモタ。迅速な“完全な実施”とはならず、1週間何もしていなかったかのようだ。想像力の欠如か無能かのどちらか、つまりアホだ。
それに、名古屋や京都を“宣言”の対象外とした。ここに何だか現政権の底意地の悪さを感じ取ってしまうのは、私だけだろうか。この背景には、次の事実があったからだ。“愛知県の大村秀章知事は2日の記者会見で、政府の専門家会議が新型コロナウイルスの医療提供態勢が逼迫している都府県の一つに愛知県を挙げたことに、「名古屋市内(の病床)がいっぱいになりつつあるのは事実だが、県全体では十分に対応できる。事実を踏まえない発言は大変迷惑で遺憾だ」と批判した。”ならば、とばかりに現政権は愛知・名古屋を飛ばしたのではないか。この期に及んで、何と“料簡の狭い”ことか、呆れるばかりだ。京都を外した理由は意味不明。まるで、イジメを率先している。
とにかく、首都圏、近畿圏、中京圏、北九州圏と北海道に適用するのが普通の政治感覚ではないのか?何とも、恣意的なやり口で、政権忖度奨励ではないか。

私は知らなかったが、日本の医師数は欧米水準より低い。1000人当たりの医師数は、あの医療崩壊したイタリアの4.0人に対し、2.4人と半分近い。米国も2.6人と低いが、日本よりは多い。この感染流行の当初、日本の病床数は断然多いと、“専門家”は解説していた。確かに信頼できる数字の急性病床数は、断トツで多いが一部ダブルカウントの部分があり数字の綾だという。という。だが問題は重症者を扱う集中治療室ICUの数だ。人口10万人当たりの数で、何と米国34.7の五分の一。韓国の10.6に対し日本の7.3だ。
テレビ・ワイドショウのミヤネ屋のMCがこのような数字を見て、ついに思わず“日本は後進国か?”と叫んでいたのが耳に残る。“だって、PCR検査にしても韓国より少ないではないか!”と続けてボヤイた。そう、これが日本の医療の実態なのだ。
人工呼吸器があったとしても、人工心肺ECMOがあったとしても、そもそも集中治療室ICUが無ければ、これら機器は有効活用できない。医師や専門の医療従事者、つまり機器の扱えるオペレータも居なければ、正しく使用できないのだ。数字でみれば医師もICUも少ない日本はお寒い実態つまり、医療後進国に近いのだ。繰り返すが数字的にはイタリアより低劣で、先進国ではない。

こういう状態で如何に武漢ウィルスに挑むかが、問題になる。こういう条件下で日本の取るべき戦略は、重傷者を出さずに軽症の内に手厚い看護を行い患者本来の持つ免疫力の回復・再生を図ることだ。そのためには、できるだけ多数の人々に検査を実施して陽性か否かスクリーニングして、陽性者は直ちに隔離し、軽症の内に手当して、重症者を出さないようにすることではないか。これがPDCAであり論理的思考だ。検査はCheckであり、隔離と手当はActになる。日本人はこうした単純な論理にすら弱い。
それにもかかわらず何故か、実際には検査の手間を惜しんで軽症者を4日間野放しにして、感染者を増やしてしまったのだ。特に、それとは知らず院内感染をいくつも起こしている。それにもかかわらず識者やテレビ・コメンテーター、インフルエンサーにも論理思考に疎く、政府の権威に弱い人物が多く、変なコメント“検査は不要!”などと平気でうそぶく。しかし実際は、ご自分は検査を受けていたという人物さえいる。彼は有名政治家だったので、一般人なら不可能なPCR検査も容易に検査できたのだろう。一般人はどうなっても、“自分だけは助かる!”これが日本の“指導者・政治家”の正体だ。
正しくは、本来の日本の医療戦略は資源に乏しかった頃に構築されたと思われる。だからコストのかからない軽症者ベッドは多く、高価なICUに手が回らなかった。そこでこれまで、チョットでも異常があれば早めに手当てして重傷者を出さないようにするため国民皆保険を推進してきたのではないか。そういう従来戦略であったのならば、その戦略に沿った対策Actionがとられなければならない。しかし、今ここに来て何故か従来戦略と異なる米国同様の重症者救命戦略を取ってしまった。この矛盾した対応は必ず破綻する。つまり、日本の現状対策はいずれ崩壊する。

その上に国民に十分な経済的支援をせず、“自粛対応”の微温策は決して上手く行かない。西村担当大臣の言う“様子を見て少しづつ手綱を引き締める”は正しく“戦力の逐次投入”である。“戦力の逐次投入”は戦前の日本軍がやったし、米軍がベトナムでやった。結果として犠牲者は多く出た上に、効果は少なく敗北した。この必敗の戦いを率先実行しているのがアホアホ政権の率いる日本政府だ。
現に、埼玉県は新規の感染陽性者を自宅待機させているという。大阪府も同じだ。これでは隔離にならない。つまり既に事実上、医療崩壊している。マスコミは何故かこの重大な事実を大きく報じない。首都圏に限らず、今後オーバーシュートすれば、これをきっかけに医療崩壊するのではないか。それが目前であることは明白で“時すでに遅し”と思われる。

そして、この政府の108兆円の経済対策は、“事業規模”という分かり難い霞が関用語で公表された。これは相当な財政通でも正確に分析することは困難な数字だとのこと。何故、そのような分かり難い政策を発表するのか。政策とはわかりやすいものでなければならないのではないかと思うのだが、どうだろう。
その内容は財政支出39兆円で現金給付等と公的金融機関等からの企業等への貸付69兆円から成っているという。安倍首相は“これまでにない規模の財政支出39兆円、事業規模108兆円、GDPの2割に及ぶ、世界的に見ても最大級の経済対策”と言ったという。貸付金はGDPに寄与する数字ではないので、108兆円をGDP比で議論するのは間違い。しかし、アホ首相は“事業規模”という言葉を使って平気でウソをつく。しかも、39兆円の内には、既に令和2年度予算計上していた費目10兆円が含まれていて、真水の本当の部分は16兆円のショボイもの。残り13兆円は財政投融資、つまり貸付金だという。これに対し世界各国の経済対策はほぼ“真水”のようだ。真水で米国は220兆円、ドイツは90兆円、イギリス43兆円のようだ。特に米国のヘリコプター・マネー(小切手配布)は、それが第1弾の対策であり、同規模の第2弾も用意しつつあるようだ。
日本はその16兆円は何に使うのだろうか。各家庭2枚のマスク配布の200億円もこれに含まれるのだろうか。
国民一人当たり10万円横線渡し小切手を配布して12兆円を支出し、そして翌年課税対象として回収するのが緊急・公平且つ効果的な財政支出ではないだろうか。その課税に当たっては必要に応じで税法を改正すれば良い。しかし課税実態はそこまでする必要性は感じない。何故なら申告時の当局当事者の自信に満ちた表情からは、所得税捕捉率は年々高めてきているように見えるからだ。

中国は武漢の都市封鎖を解除して、お祝いムード一色で、はしゃぎ回っているようだ。あたかもウィルスを絶滅したかのようだ。だが、実態はそうではない。なるほど武漢及びその周辺では感染蔓延して集団免疫を獲得したかも知れないが、中国全土がそうなった訳ではあるまい。それに今回の武漢ウィルスはこれまでのウィルスとは異なる性質を示してきている。だから免疫獲得者には本当に体内ウィルスは完全に消えた状態なのだろうか。これが完全に消えていなければ、そのまま他に感染させる能力を持ったままの人が、中国全土に行き渡ることになる。そうなれば、今度は感染第2波で中国全土にウィルス蔓延となるのは確実ではないか。ウィルス撲滅は完全ではないのだから、要注意で浮かれるのは早すぎる気がする。
この中国、自ら感染源でありながら日本の開発した治療薬アビガンを世界に売り、人工呼吸器・人工心肺を売ろうと手ぐすね引いているという。究極の国際的マッチポンプだ。世界はこんな国を許して良いのだろうか。

以上のようなことを事実として認識している。ではさて、一般国民はどのように自分を守るか。なかなか難しい。
真の実態を把握しようにも、日本の報道にはウソが多く、先ほども言ったが“識者やコメンテーター”にいい加減な連中が多い。ネット情報はさらに信頼できない。
だから、真相は藪の中、と諦めてしまっては元も子もない。ネット情報も含めて、できるだけ幅広く情報収集に努めて、情報相互に矛盾がないか自分の中で再構築してみることだ。また、そうする中で信頼できる人物を見極めて行き、信頼できそうな人物の発言を追うことが肝要ではないか。
言っておきたいが、“緊急事態”は一部軍隊がクーデターを起こし、戒厳令を布いた状態に近い異常事態だというのが客観情勢。しかも海外には現状は人の往来が制限されていて、鎖国状態だ。このような事態は、近年全く見たことがない。世界中が一気にこうなったことは歴史上ないのではないか。全くの未経験領域であり、人類史的に異常事態であることは間違いない。
私もできるだけ、情報を集めて経験を生かして分析し、事実を再構成し、このブログでその結果を報告しているつもりだ。文章化するにあたって、結構論理思考が必要になり、簡潔な表現力も必要になってくる。そのプロセスで自らを磨くことができるのではないかと考え、この作業を毎週行っているつもりだ。そのつもりで、このブログを読んで頂きたい。

世の中の真相を把握した上で、自分なりの生き方を考えること、それが必要なことではないか。私自身は“自分なりの生き方”についてまで、言及することはここではできない。それはプライバシーそのものであり、人それぞれの人生だからだ。ここから先は自分自身で考える必要があるのだ。
兎にも角にも、当面はできるだけの自粛と外出時の防御策はできるだけ完璧を期することだろう。手洗い、うがいの励行であろうか。

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